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Parfum  作者: 響かほり
第十章 謎は多すぎると胡散臭い
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     §



 あれから私はうどんを作り、まだかとせかす榊紫苑と二人で食べた。

 榊紫苑はたっぷりの野菜と卵の入ったそのうどんを、しっかり二人前を腹の中に収めた。院長並みの食欲で。


“この分なら、夕食はもう少ししっかりしたものを準備しても大丈夫かも。二、三日分の保存がきく料理も作って念のため置いた方がいいかしら…何にしても、後で買い出しに行かないと…”


 食べられないことを前提にしてあまり食材を買わなかったので、良い意味で予想を裏切ってくれた榊紫苑の為に、少し食材の買い足しが必要だった。

 この人、あまり食事をしないって聞いたけど、食べると大食漢の部類かも。そうなると、作り置きの料理の量も増やした方がいいのかもしれないけど、それは後で榊紫苑に確認してからにしようと決めた。

 食後、榊紫苑はやっぱりベッドで寝る気配がなく、リビングの六十インチを超える大画面のテレビで映画を見ていた。

 微熱はあったものの、食事もしっかり食べて薬も飲み、ソファに寝転がって体を一応は休めていているので私はあえて何も言わなかった。

 見えない所で動き回って安静が保てないのも困るし、仕事をしながら様子が見ていられると思えば悪くなかった。


“なんだろう…この子供の面倒を見ているような感じ…”


 その大きな子供が要望したプリンを作りながら、不意に思い出す。

 お弁当を食べていた時も唐揚げとか、わりと子供が好きそうな庶民メニューばかり食べていた事を。

 感情を隠している普段の榊紫苑から、子供が大好物を前にした時の高揚と嬉々とした様子が見て取れた。だから、好きな食べ物だとは単純に分かるけど、彼の容姿だけで判断すれば、もっと高級志向で洗練された料理を食べているイメージがある。

 だから、予想外と言えば予想外だけど、庶民的な料理でも文句を言わずに食べてくれるのは、作る側としてはとても助かる。

 何より体力回復のためには、まず経口から食事をしっかり食べてもらう事が、大前提だから。この分なら、榊紫苑の体調もすぐに戻るはず。

あぁ、でも今作っているプリンも、また一気に食べてしまうのだろうかと考えると、ちょっと心配になる。

 何事も、度が過ぎると良い事も悪くなる。

 特に、榊紫苑は行動の端々が妙に子供っぽい。天の邪鬼と言えばそれまでだけど。

 そう思いながらも、生地をココット型に入れ、オーブンで焼きながらカラメルソースを作りあげて冷蔵庫で冷やす。

 プリンが焼き上がるまでに時間があったので、干したシーツを取りこんでアイロンをかけようと思ったけれど、アイロンがない…。

 榊紫苑に尋ねれば、「いつもクリーニングに出して済ませているから無い」のだとか。

 洗濯物は全てクリーニングだなんて、まったくもって不経済な話よね。

 洗濯機はあるのに洗剤類が一切なかったり、物干し竿は備え付けの物があるけどハンガー類が一切ないとか、まるで生活感が無かった。

 だから、アイロンがなくてもさほど驚かなかったけど、皺の寄ったシーツはどうしよう。


「…なんでシーツと睨みあってるの?」


 顔の前で持ち上げて広げていたシーツを下ろせば、榊紫苑が正面に座っている。


「このままにしたら、絶対に貴方はアイロンをかけないだろうなと思って」

「良いよ。最悪、クマ呼んで何とかするから」

「…クマ?」

「あぁ、マネージャ…」


 榊紫苑は慌てて口を噤んだ。

 おそらく、マネージャーと言うつもりだったのだろう。

 それを隠すように視線を逸らした相手に、何となくやましさが窺える。

 やっぱり、言い辛い業種の仕事をしているに違いない。


「ホストの?」


 医師や医療関連の業種につく榊一族の人間にとって、ホストというウォータービジネスは十二分に言い難い職種のはず。

 そう尋ねてみると、相手は明らかにうろたえた様子で私を見る。


「どう見ても、普通のサラリーマンには見えませんし、かといって、お医者様特有の雰囲気もありませんし」

「…」

「それに榊一族ですから、女性の扱いはお上手だし、容姿と話術で女性を誑しこむのもお手の物って感じがします」


 片手で額を押さえ、深いため息を漏らした榊紫苑は、しばらく沈黙する。

 ショックを受けているようだけど、何にショックを受けたのか私にはわからない。


「…榊さん?」


 ゆっくりと顔から手を離したイケメンは、立ち直れない様子で私を見る。


「ホストになったから、厳格な榊の家を勘当されたのかなって、思ったんですけど」

「…吉良の洞察力と想像力には負けるよ」


 そう言って笑った彼には、既に表情の暗さはない。

 ただ、嬉しくて笑うと言うよりは不機嫌を隠すように笑っているように見えて、ちょっと怖い。


「これから話す事、口外しないでね?」


 院長似の似非紳士スマイルに殺気が籠っていて怖かったので、何度も首を縦に振った。


「俺、いわゆる妾腹だから兄弟仲が最悪で、親父とも折り合いが悪かったんだ」

「…それで反発したんですか?」

「それもあるけど、医療界に入っても、折り合いの悪い兄貴達に医者の道を潰されるのは目に見えていたから」


 榊は医者がほとんどのエリート集団故に、派閥もあるし派閥同士の確執も多くあったのを、聖心会の本院で勤務していた頃に見ている。

 例え兄弟でも折り合いが悪ければ、水面下で足を引っ張り合う泥仕合をしている。

 だから、榊紫苑が言うことは、実際に起こりうる事象で否定は出来なかった。




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