表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Parfum  作者: 響かほり
第十章 謎は多すぎると胡散臭い
48/100

48


「健斗から聞いているでしょう?俺、一八の時に榊から勘当されたんだ。だから、吉良も普通に接していたんじゃないの?」

「いえ。そのお話は初めて聞きました」


 さも私が当然の様に知っているだろうと訊ねる相手に、私は首を横に振る。

 院長に榊紫苑の事を聞いても話を逸らすのは、この話を避けて通れなかったからかもしれない。

 院長が話したがらないことは、私もあえて深くは訊ねなかった。彼の事を知りたいと言う好奇心も興味もさほどなかったから、私が知る彼個人の情報なんてほとんど無いに等しい。


「貴方個人に一切の興味ナシです」

「…もう少し、俺に興味持ってくれないかな?」


 本当に困ったような顔をした相手は、首を竦めた。

 嫌いだとはっきり宣告しても応えた様子はないし、興味がないと言うのに興味を持てと持ちかけるし。

 やっぱり、榊紫苑とはどこか会話が通じない。


「そうしたら、たぶんキスしたりしないと思うんだ。貴女の興味を引きたいが為の行動だと思うから」

「そうなんですか…ん?…えっ!?」


 興味を引くためにキスをするとか、その発想が榊のエロ遺伝子のなせる技だと危うく納得しそうになった。


「自分のしたことに確信が持てないってどういうことです?しかも、はた迷惑な興味の引き方をしないで下さい」

「普通のアプローチの仕方は知らない。女性と色恋なしに付き合った事もないから」

「男性のお友達くらい居るでしょう?」

「仕事仲間はたくさんいるけど、プライベートまでの深い関係の人間は片手で余るかな…」

「その人とは、どうやって仲良くなったんですか?」

「まあ、趣味が一致したからとか…かな。基本的に、広く浅く付き合う主義だから、自分からは踏み込んだ事がない」


 要は、自発的に積極性を持って親しい友人は作って来なかったということね。


「…男の人と仲良くなる感じで、女性に接してみてはどうですか?」

「俺、無駄に顔が良いから、女性の方からいつも恋愛感情ありきで寄って来るんだよ。だから、女性とは男の様にはいかない。だから女性とは色恋絡みの付き合いだけしか、した事がないし、言い寄る女が途切れた事がないから、自分から口説く事もなかったし」


 榊紫苑のこれまでの、私に対する一連の拙い接し方の原因は、此処にあるのだろう。

 ともすれば嫌味に取れる彼の言葉を、私が嫌味と感じなかったのは、彼の声にありありと嫌悪が浮かんでいたから。


「限られた交友関係しか築けないのも、大変ですね」

「そうだね。俺がこんな容姿じゃなかったら、もっと違う人生だったのかもしれない…でも、この容姿だから、家を勘当されても仕事にありつけた。そっくりな顔をくれた事が、母親に対して唯一、俺が感謝の念を抱けることだよ」


 母親と言った彼の表情が、酷く暗いものに変わる。

 あまり母親との関係が良くなかったのか、榊紫苑の酷く憂鬱に沈んだ表情をこの時、初めて見た。

 女性にもてそうだけれど、どこか女の人を冷めた目で見ていた印象があったのは、母親との間に何かあったからなのかもしれない。


「…ところで、ご飯まだ?」


 私が口を開くよりも早く、榊紫苑はそう尋ねて来た。

 まるで子供の様な質問をした相手に、私はなんだか脱力する。


「すぐ作りますから…貴方は絆創膏を持ってきてください。傷を保護したいので」

「…あったかな。探してみるよ」


 血の止まった左手の親指を見せて、料理を中断させた張本人をキッチンから追い出す。

 行動に一貫性がない榊紫苑を相手に話をするのは、なんだかひどく疲れてしまい深くため息が漏れた。

 良く言えば、独特の世界観を持っている。悪く言えば、空気が読めない。


“…でも、手を怪我した時…一応、心配はしてくれたから、たぶんそこまで悪い人じゃないとは思うけど…”


 手当の仕方が‘誤解’とはいえ、ものすごく歪んでいたので、優しさが帳消しなのだが。

 手当をされた時の事を思い出し、榊紫苑に触れられていた指が異常に熱く感じた。

 思わず左手を右手で包むように押さえて、私は胸元に引き寄せた。

 また顔が熱くなり、心臓の拍動数が一気に跳ね上がるのが分かる。

 嫌なのに、榊紫苑がもたらす快楽に溺れそうになる自分。


“榊さんが変な事ばっかりするから、私の頭の中までピンクになってきたのかなぁ…それとも欲求不満?…それはやだなぁ…”


 性交渉に対して自分は淡白だと思っていただけに、不安だった。

 恋人でもない相手からの行為に、淫らな感覚を誘い出されたから。

 欲求の為だけに好きでもない相手と交渉するという概念もない、まして自分にその気なんてまるで無かったのに。

 榊紫苑の行動にうっかり嵌ってしまいそうになった事実は、私の頭を鈍器で殴りつける程の衝撃だった。


“だめだめ。もう、変なことは考えない。仕事に集中しよう”


 意識すればするほど、榊紫苑の顔さえ見られなくなりそうだったので、無理やり頭の中から出来事を排除しようと無理矢理、他事に集中しようと意識を向けた。

 私にとって、仕事をしてお金を稼ぐことが最優先事項だったので、気持ちを切り替えるのにさほど時間は要しなかった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ