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Parfum  作者: 響かほり
第十章 謎は多すぎると胡散臭い
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「貴方が莫迦なことを言うからです!」


 誰のせいで手元が狂ったのか、この美青年は全く理解していない。

 親指が、拍動と共に鈍い痛みをもたらして、余計に気分が悪い。

 手を振りほどこうとしたけど、相手の手はびくともしない。


「手当てをしないと」

「この程度、舐めておけば大丈夫です!」


 見目の優雅さに反して腕の力の強い相手が次の瞬間にとった行動に、私は絶句した。

 私の左手の親指を口に含んだのだ。


“いやぁぁぁぁぁぁーっ!た、食べられ…ゆ、指っ!!!”


 しかも、舌で傷口を撫でる。

 一瞬にして私の体中の体温が失われ、身体が硬直する。


“あ、あり得ない…あり得ない!なんて真似してるの、この男っ!”


 まるで、愛撫するかのように優しく皮膚に舌が絡みつき、時にきつく吸い上げられる。

 行為も媚態を帯びていれば、榊紫苑の表情もどこか官能的で痛みなどどこかに吹き飛ぶ。

 ただ指の腹に絡む感覚だけが、心臓の拍動と共に私の中で膨れ上がる。

 悪寒なのか、恐怖なのか、甘い痺れなのか、私に満ちてくる感覚が理解できないまま、脳内を駆け巡り、思考はショート寸前。

 心臓は破裂するのか潰れるのか解らないくらい苦しい。

 声を出そうにも、どうやったら声が出るのかすら分からなくなって、ただ相手を見上げて行為を見ている事しか出来ない。

 相手にされるがままに。

 離してほしいのに、それが言えない。

 恥ずかしくてどこか怖くて泣きたくなる気持ちと、親指を侵食する危険な艶めかしい感触に溺れて行きそうな自分の体が震えるのが分かる。

 長いのか短いのか分からない時間の後、人の指を弄びながらゆっくりと見下ろしてきた年下男の瞳と目が合った。

 まるで淫靡な世界に誘うかのような挑発的で熱を帯びた視線が、不意に悪戯っ子の様なものに変わる。


「大根の味がする」


 そう言われた瞬間、ようやく自分が現実に引き戻され、血液が体中を勢いよくめぐり出したような気分になった。

 全身が熱い。

 特に顔はもう発火するのではないかと思うくらい。


“こんな嫌がらせ極まりない羞恥プレイ、院長にだってされたことないのに!”


 きっと、今の私の顔は真っ赤だ。しかも、泣きそになってるはず。


「…そんな顔すると、襲うよ?」


 慌てて相手の手から自分の手をもぎ取り、榊紫苑を睨む。


「あ、貴方には、節操ってものがないんですか」

「どちらかって言うと…ない…かな?」

「ぅ…このザル頭のエロ美青年っ!貴方、脳内が一面お花畑で、しかもショッキングピンク一色なんでしょっ!だから、節操がないんでしょ!」

「俺だって、相手くらいは選ぶよ?」

「そ、それなら、私で遊ばないで下さい!」

「…遊んでいるつもりはないし、手当てをしたのにどうして怒るのか分からないけど?」

「な、何が手当てですか」

「だって吉良、舐めておけば大丈夫って」

「それは傷が大したことがないという意味であって、本当に舐めて治療はしません!」

「あれは、そういう意味か…日本語って表現が湾曲しているから難しいね」


 本当に意味を知らなかったのか、見た目は完全に外国人の榊紫苑は、至極真面目な顔をして頷いて納得をした表情を見せた。


「…い、一応、その…手当て、ありがとうございます」


 流暢に難しい日本語を喋るから、本当にどこまで真実かはわからないけれど、一応、‘手当て’をしてくれたのでお礼を言ってみる。

が、榊紫苑は眉間にしわを刻んだかと思うと、片手で口元を押えて顔を逸らす。


「いや、お礼は言わないで。正直、間違えてかなり恥ずかしいから」


 しれっとした顔をしていたのに、実は恥ずかしかったらしい美青年の頬がわずかに朱に染まっている。この人でもこういう顔をするのかと思うと、なんだか頬が緩む。


「…なに、俺の間違いがそんなに面白い?」

「そうではなくて、貴方が自然な表情をするのは珍しいなと思って」

「え…?」


 むっとしていた彼の表情が、愕然としたものに変わる。心なしか顔色も悪い。


“あ、もしかして踏み込まれたくない部分だったのかしら…”


 珍しく、榊紫苑が動揺している。


「榊の人だから、処世術で身に付けているのかもしれませんが、いつも本心を隠して感情を表情をされるので」


 院長も榊のパーティーや診療中に同じ表情をする。診療中に限っては人間が営業用の別物になっている事を患者様は知らないけれど、スタッフの皆は豹変する院長を見慣れていても詐欺行為だと言うくらい露骨。

 でも、パーティーの時は、表情の変わる仮面を付けているみたい。

 それは道化のメイクにも似ている。

 常に張り付いた笑顔の奥にある瞳は、全く笑っていない。瞳を見ても心の奥底が分からなくてどこか身構えたくなる。

 榊紫苑も表情を良く変えて喜怒哀楽を表現するけれど、瞳の感情までは変わらない。私の前でも、院長の前でも。

 付き合いの長い仲の良い相手なら、素になっても良いはずなのに、それが榊紫苑には全くない。


「…それはきっと、吉良が俺を良くも悪くも特別扱いしないから」

「…?それは、榊の人間としてVIP待遇していないと言う意味ですか?」


 意外にも、榊紫苑はあっさりと私の話を肯定した。そして、同時にチクリと言われた気がした。

 患者である以上、私は、どのような相手であれ対応の仕方に差は付けないよう心がけている。無論、榊紫苑に対しても。

 それを咎められているのだろうかと思ったのだけれど、榊紫苑はわずかに笑う。

 何処となく自嘲気味に。


「俺をVIP扱いする人間なんていないよ」

 

 何故と、訊ねてはいけない気がして、私はただ相手を見た。



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