表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Parfum  作者: 響かほり
第九章 クレーム・ランヴェルセは甘くて苦い
44/100

44



     §



 休んでいろと言われたけれど、結局俺は吉良の言う事を聞かなかった。

 点滴をしたまま一人で居るのが、たまらなく居心地が悪くて怖かったからだ。

 俺は五分もしないうちに、点滴を吊り下げた帽子掛けを持って廊下に出る。

 十二時間以上を睡眠に費やすと言う、普段ではあり得ない状況のせいか、体中の関節と筋肉が異常に痛い上に体がだるかった。

 普段感じない疲労感が、どっと押し寄せたようだった。


“でも、こんなに眠ったの初めてかも”


 疲労に追い詰められるように眠っても、二、三時間程度。浅い眠りを繰り返すだけ。

 深く意識を落として眠ったのは、どれだけ振りだろう。

 そんなことを思いながらリビングに行くと、健斗が三人掛けの皮張りのソファの上で窮屈そうに眠っている。

 リビングと続きになっているダイニングキッチンを見れば、吉良が料理の最中だった。

 大理石のカウンターテーブルを挟み、何かを盛り付けている彼女が、不意に顔を上げて俺を見る。

 呆れたような、やっぱりというような顔をして小さくため息を漏らす。


「…人の言う事を全然聞かないんですね?」

「人が料理する所って、俺、見たことがなくて」


 それが目的ではないけれど、嘘ではない。

 俺の母親は料理など一切しない女性。榊の家では料理人が作った物を食べるだけ。恋人関係になった女性には、料理などさせたことはない。

 だから、どのように料理をしているのか、興味は多少あった。

 俺がダイニングテーブルの椅子に腰を下ろすと、吉良は首を竦め、引き出しから何かを取り出した後、冷蔵庫からも何かを取り出して盆に載せて俺の傍に来る。


「良かったらどうぞ」


 白磁の陶器の小鉢が一つと、ガラスの小鉢が一つと銀のスプーンが俺の前に出される。

 陶器の小鉢の中にはカラメルソースのかかったカスタードプリンと、ガラスのそれにはグレープのゼリーがある。

 思わず、吉良を凝視する。

 幼稚過ぎてイメージにそぐわないので公に出来ないが、プリンは俺の大好物だ。特に、カスタードプリンは。

 これは偶然なのだろうか。それとも…。


「もしかして、甘いものは嫌いですか?」

「別に嫌いではないけど、どうしてこれが出てくるのか解らなくて」

「食欲がなくても、喉越しの良いものなら食べられるかなと思って、作っておいたんです」


 確かに食欲はないけど、吉良が言う様に、これなら食べられそうな気がする。

「…どうして二種類?」

「嗜好の問題もあるので…もし二つとも駄目でしたら、ヨーグルトとアイスクリームもありますよ?」

「いや、これで良いよ」


 何だろう、この用意周到さ。かゆい所に手が届くと言うか、嗜好問題まで考慮して人の行動の一手先を考える手の回し方は、俺には無理だし全然思いもつかない。

 吉良がこういう行動をとってくれているから、俺は何時も病院で嫌な思いをあまりしないのかもしれない。

 俺が思うより先に、いつも吉良が行動して対処してくれるから、嫌とか、怖いと言う感覚をあまり感じなかった。

 これまでは全く感じなかったけれど、吉良はやはり凄い人間なのかもしれない。

 俺はスプーンを持ち、カスタードプリンから手をつける。

 プリン自体の甘さは少し控えめで、カラメルの苦みと甘みがほんのりプリンに絡んで、卵の風味もバニラの香りも程良く活きている。プルンとして喉越しも良い。

 俺が食べた歴代のプリンの中でも、お世辞抜きで美味しいと思える。

 どこかの店の物と言っても、遜色はない。

 気付けばあっという間に容器は空になった。


「お腹、空いてまし…わっ、な、何ですか!?」


 傍に居た吉良の手を取り、俺は両手でその手を握ると、彼女に顔を寄せる。

 吉良は困惑したように、身を逸らし逃げようとする。


「ち、近いです、榊さん」

「めちゃくちゃ美味いんだけど、ホントに貴女が作ったの?」

「と、友達にパティシエが居るんです。その子から、洋菓子のレシピを教わったんです。必要なら、レシピ書きましょうか?」

「いや、俺作れないから…どうせなら、また作って」

「まだありますから、もうひとつ出しましょうか?」

「あるだけ出して」


 手を離し、姿勢を戻した俺がそう言うと、吉良は少し驚いた顔をする。


「あるだけ?あと四つはありますけど」

「全部食べる」

「…気持ち悪くなりますよ?」

「食べる」


 俺からしたら、五個くらいは普通なのだけど…

 そう言ったら、吉良はどういう反応をするのか気になったけれど、止められそうだからあえて言うのは止めた。

 少し考えた後、吉良は冷蔵庫に行き、あるだけのプリンを出して持ってきてくれた。


「知りませんからね?」


 念押しをして、吉良はキッチンに戻り料理を再開した。

 俺は久しぶりのクレーム・ランヴェルセを堪能した。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ