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「だから俺の家に?誰が連れてきたの?」
「院長と私で。院長はリビングのソファで寝ていますよ」
「…此処で治療したの?」
「別の病院、探したほうが良かったですか?」
問われて、俺は答えられなかった。
病院など行きたくないのが本音。だが、弱みを人に晒したくない。
吉良はしばらく俺の答えを待っていたようだが、返事が無いので首をすくめた。
「院長が此処で自分が治療すると言って、丸目先生に治療方針を確認していたので、此処で治療するのは確定事項なんです」
「で、俺の世話でも命令された?」
吉良は頷いた。
「とりあえず昨日から、二十四時間体制で貴方の看護を命じられました」
「…泊まるつもり?」
冗談じゃない。
マスコミにも俺が此処に住んでいることを悟られないように、細心の注意を払っているのに。
恋人だろうが、女を自分の部屋にあげたことも無いし、いくら気を許した看護師でも泊めるつもりなど毛頭ない。
とはいっても、既に一泊しているようだったけれど。
吉良は困ったように首を竦める。
「彼氏でもない人の家に、気安く泊まれませんよ。昨日は院長も居たし、貴方は高熱でうなされているので仕方なくです」
「…健斗が一緒でも良いんだ?」
「院長が一緒でないのなら、昨日だって泊まりませんでしたよ?」
吉良は何がいけないのかとばかりに、不思議そうに首をかしげる。
「健斗も手が早いから、危険だと思うけど?」
理解していない吉良に、率直に問いかければ、彼女は更に首をひねる。
「貴女、男に対して警戒心が弱過ぎるよ」
「突然キスする貴方よりは、ずっと紳士ですよ」
吉良はさらっと、キツイ事を言う。しかも、紳士を強調して。
今でこそ健斗は落ち着いたが、俺より健斗の方が紳士だなんてあり得ない。
「もし貴方の熱が落ち着かなければ、今日は院長だけが泊っていきますから」
「…それ、俺に死ねと?」
「点滴以外の診療なら、院長はまともですよ?」
その宥め方もどうかと思うが、吉良が泊らないと分かり、ほっとする。
「健斗、美菜様の方に付いて居なくて良かったの?」
「本当は院長、美菜先生の所に付いて居たかったみたいなんですけど、美菜先生は貴方を看る様にって、院長を病室から追い出したんです。だから院長、ちょっと不機嫌なんですよね。起きたら気を付けてください」
健斗が相手なら、どう回避しようとも地雷に足を踏み込む気がするが、それは言わずにおこう。今回は、健斗に殴られても文句は言えないのだから。
吉良はゆっくりと腰を上げる。
「とりあえず食事の用意をして来るので、まだ休んでいてください」
踵を返そうとした吉良の手を、俺は思わず止めた。
「…ちょっと待って。ここ、調理器具とか食材は一切置いてないけど?」
「えぇ。見事に何もありませんでしたよ、調味料から包丁一本、お茶碗に至るまで。なので、必要なものだけ、簡単に揃えてあります」
手際が良いと言うかなんというか…揃えてもらっても、俺は一切使いこなせないのだけれど。
「それと…今更ですけど、勝手に家の中の物を見たり、物を使っても大丈夫でした?」
「本当に今更だね」
「院長が大方、場所を知っていたので、水場とこの部屋で少し探し物はしましたけど…」
見渡しても、俺が知っている風景と何ら変わりはない。
此処に何度か来た事のある健斗が、ある程度の物の場所は知っているはずだから、探し回る必要もほとんどないはず。
何より、必要最低限の物以外、物は置いてない。使うほど長居もしない。
「…鍵の掛かっている部屋以外なら困らない。まあ…あまり我が物顔でウロウロされるのは嫌だけど、それなりに自由にしてくれていいよ」
そこには、台本とか仕事上で使用したものが収納されているから、誰が訊ねて来ても良いように鍵は常に掛けてある。
それ以外で、家にあるので見つけられて困るものは一切ない。
「水場くらいしか使わないと思います。分からないものや、判断に迷う場所については貴方に確認をします」
「そんなに生真面目にしなくても大丈夫だよ」
「そうですか?」
そこまで徹底して仕事モードで動く心積もりの吉良なら、大きな過ちも犯さないだろうし、逐一、いろいろ聞かれるのは正直面倒くさい。
「逆に俺が疲れるから」
「わかりました。しばらくお部屋の物をお借りします」
吉良は少しほっとした顔をして、礼儀正しく礼をして寝室を出て行った。
そんな吉良の後ろ姿を、俺はなんだかモヤモヤした気分で見送った。