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「…お前、身を慎め」
身を慎む?
健斗からそんな台詞が聞けるとは、思ってもみなかった。
一番、使わなさそうで、不似合いな人間なのに。
まあ、俺も人のことは言えないが。
「毎回毎回、別の女とのゴシップ記事なんざ撮られやがって。節操なしに女を抱いたりするから、面倒事が起こるんだ。遊ぶ女は選べ。人気が落ちてもしらねぇぞ?」
珍しく健斗に心配され、俺はその慣れない相手の心遣いに笑ってしまった。
俺の職業は俳優。時々、雑誌のモデルもする。
芸名は“上坂伊織”
一応、それなりに名前は売れているし、この何年か、ありがたい事に休暇を取る余裕すらないほどスケジュールも埋まって、仕事は巧くいっている方だと思う。
世間ではイケメン俳優とか、そんなカテゴリーにくくられている。
それも、母親譲りの異国情緒あふれる美貌があったからこそなんだろうけど、親父の血を受け継いでも、それなりに良い顔立ちにはなっただろう。
出来れば、どちらの顔にも似たくなかったというのが本音だが、子供は親を選べないから諦めるしかない。
自分の顔は好きではないけれど、この顔で得をしている事もあるし、捨てられる物でもない。使えるものは利用すればいいと、子供の頃に腹をくくった。
親父にすれば、俺の顔を見る度に母さんを思い出して不愉快になるだろうから、せいぜい有名になってテレビに顔を出し続けてやる。
そんな復讐心もあって、この業界を選んだのも今の俺がある理由の一つ。
顔のせいで相手から言い寄ってくるから、女に苦労したこともない。
そのせいか、よくスキャンダル記事を週刊誌に書きたてられる。
「あれは、ほとんど捏造記事。映画の共演者との熱愛は、ほとんど話題づくりのための仕事の一環。手なんか出してない」
「クラブで毎回、女を持ち帰るとかいうアレは?」
「…何、健斗、週刊誌とか読むの?」
妙に詳しい事情を尋ねてくる相手は、ゴシップ雑誌はほとんど読まなかったはずだが。
「受付の絢子が、お前のファンでな。お前の載った雑誌を、吉良と見て話している所を、聞いただけだ」
その言葉に、俺は背筋に嫌な汗をかく。
「…もしかして、吉良さん、俺のこと気付いているのか?」
「さぁな。あいつの芸能関係の知識は、無さ過ぎて困るくらいだ。吉良は仕事以外で人の顔と名前を覚えられない、残念な記憶力だからな。一体どこまで絢子が教えた芸能人を把握したのかは、些か謎だ」
俺としては都合がいいのだが、そつなく物事をこなす吉良にそんな欠点があるのは、意外だった。
「もっとも、お前の素姓に気付いても、知らないフリを通すだろう。知ったところで、患者の事は一切、他所には口外しない女だ」
「彼女、信用できるのか?」
「俺の選んだ女に間違いがあるとでも言うのか?」
ほかの人間が聞いたら誤解しかねない言葉に、俺は苦笑が浮かぶ。
「女を見る目だけは、認めるよ」
健斗は、人の本質を見抜くのが巧みだ。特に、女性のそれは。
健斗が言うのなら、問題ない。
その辺は信用している。
まあ、吉良が信用に足る人間でなければ、俺の診察に立ち合わせることなど、そもそも健斗はしないだろう。
「で、噂の真相はどうなんだ?毎回、お持ち帰りか?」
そこが気になるのか、健斗は話を戻した。
「いや、持ち帰らないよ。第一、サカリがついているのが多いから、後々面倒くさい。一番、相手にしたくない」
後腐れのある様な付き合い方など一切しないし、リスクは常に最小限に抑える配慮もしている。
どの女とも関係を持つのは一度きり、俺が相手に惚れることは一度もない。
だから交際をしても長くは続かない。そのせいで俺は『恋多き男』という、おかしなレッテルを貼られている。
女が特別好きと言う訳でもない。ただの時間つぶしだ。
最も、最近は仕事の忙しさも手伝って遊ぶ時間どころか眠る時間もない。余計に、不眠症に拍車がかかっている。
仕事をこなすだけの体力維持も、難しくなってきている。
だから、健斗のクリニックに内緒で通って、不眠症の治療をしつつ、時々、こうして栄養剤入りの点滴を打つ。
女を見たら口説くのが榊家の礼儀だが、最近は口説く気力もなければ、女と遊ぶ気分にもならない。
けど、そんなことを同族の健斗に言えば、『お前は去勢された犬か』って、突っ込みが来るのも分かり切ったこと。
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最近、私の天敵花粉が猛威をふるって、マスク生活も相まってかなりの酸欠状態。
なので、一応のチェックはしていますが、誤字脱字などたくさんあるかも…
発見したらメッセージや、活動報告の所からでも教えていただけると助かります。
皆様は、花粉や風邪に負けませんよう、お身体大切にしてくださいね。