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Parfum  作者: 響かほり
第八章 普段おとなしい人間はキレると危険
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39



    §



「お疲れ様でした」


 診療を終えた院長に、いつものようにコーヒーを淹れて運べば、やや疲れた様子でそのコーヒーを受け取る。

 土曜日と言うこともあり、患者さんの数がいつも以上に多くて診療時間も一時間近くオーバーしてしまった。

 院長が見るからに疲れていたので、お茶請けに頂き物のチョコレートを二つ添えてある。

 それを見た院長が机に肘をついたまま、額を指で押さえながら深いため息をつく。


「お前、まだ怒ってるのか。いい加減、機嫌を直せ」

「…いえ?別に今は怒ってませんけど?」

「だったらどうして、チョコレートを添えた」


 甘いものが全般苦手な院長は、不機嫌にそう尋ねてくる。

 私としては、掃除機を院長にかけてもらった時点で、院長への怒りはなくなっているのだけど、院長はそうは思っていないらしい。

 診療前に掃除機をかけさせたことを、ひそかに根に持っているようでもあったけれど…。


「疲れた顔をしていたので。チョコレートには疲労回復効果があるんですよ?それは、院長でも大丈夫なビターチョコレートです」


 院長は怪訝そうな顔をし、チョコレートの包装を剥き、それを口にする。


「…まあ、甘さは及第点だ」


 一応、名の通った美味しいと評判の高級チョコレートなので、まずいとは言わなかったけれど、早々にコーヒーで口の中にあるチョコレートの余韻を流し落していた。


「後五分したら、掃除するのでお部屋開けてくださいね」

「あぁ」


 私が診療室を出ていく間際、机の上に置かれた院長の携帯電話のバイブレーションが聞こえる。携帯電話を手に撮った院長は、ディスプレイに表示された文字を見て、眉間に深い皺を寄せて通話ボタンを押した。


「あぁ、俺だ。どうした?」


 院長の通話の邪魔にならないよう、そっと診療室の扉を閉め、そのまま給湯室に戻ると、結城さんがハーブティーの棚をごそごそしていた。


「あ、あげちゃん、カモミールとローズマリーの茶葉がもうあらしまへんのよ。発注、もう無理やろか?」


 カウンセリングの時に用意するハーブティーの茶葉を整理していた結城さんが、困ったようにそう尋ねてくる。

「え?たしか昨日、その二つ届いてますよ?昼休憩中に院長が受け取りしてましたから」

「健斗先生、何処にしまわはったんやろ…」


 そういえば院長は、「しまっておいたぞ」って、珍しく気を利かせて行動してくれていたけど、ハーブティーの茶葉なんて触った事のない院長は片付ける場所を知らないはず。

 そうなると、どこに‘隠した’のだろう。


“下手に探すより、聞いた方がこれは早そうね”


「院長に確認した方が良いですね」

「そんなら、うち、聞いてきま…」


 結城さんの声を塞ぐように、大きな音がクリニックに響き渡る。

 音からして、診療室の扉を勢いよく開けたのだろうけど、ちょっと大き過ぎる。


「な、何やろか…」


 私と結城さんは顔を見合わせ、給湯室から顔を出し、診療室のある廊下に視線を向ける。


「吉良っ!」

「は、はいっ!」


 白衣を脱ぎ、激怒した様子の院長が私の名前を呼んで歩いてくる。

 見るかに般若の形相と、下手に関わったら殺されそうなほど危険な殺気を立ち昇らせて、院長は大股で近付いて来る。

 何度かこれを見た事のある私は、かろうじて動く足で廊下に出る。

 院長が本気で怒っている所を見たことがない結城さんは、顔面蒼白して硬直している。


“さっきの電話で何かあったのかしら…”


 がしっと腕を掴まれ、そのまま院長に引っ張られる。


「え、ちょっと、何ですか!?」

「病院行くぞ」

「は、えっ!?何処のですかっ!?」

「紫苑の奴、入院先で治療拒否して暴れてやがる」

「あの人、入院したんですか!?というか、嫌ですよ。榊紫苑の所なんて!」

「つべこべ言うな!美菜でさえ手に負えねぇんだ。犯すぞお前!」

「お、横暴ですっ!」


 美菜先生絡みになると、この院長は傍若無人ぶりに拍車がかかる。

 気迫に気圧され容赦なく引きずられる私を、結城さんが心配そうに見ている。


「あ、あげちゃん…」

「ハーブティーは帰ったら何とかするので、あ、後片付けと戸締りだけ、しっかりとお願いします!」

「お、お気張りやすー!」


 遠くなる結城さんの声を耳にしながら、私と院長はクリニックを後にした。



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