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Parfum  作者: 響かほり
第七章 時にはハンターの様に
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     §



 思考が巡る。

 ぐるぐると、俺の感情を絡め取りながら、螺旋を描いて。

 仕事が全く持って手に付かなくなったことから、今日の厄災は始まった。

 親父が吉良の実力をかっているとか、吉良が凱とただならぬ仲だとか、美菜様のお気に入りだとか…とどめに、健斗が吉良を愛していると宣言するとか…。

 矢継ぎ早に振り込んでくる情報。

 今日はいったい何だ。

 運命なんていう下らない時間軸が、吉良に関わるなとでも警告しているのか。

 俺はただ、気負わずに穏やかに居られる時間が欲しいだけ。

 それさえも、許さないなどという傲慢な権限が、一体誰に、何処にあるという。


“くそっ…何だってこんなに苛々するんだ”


 健斗の宣言を聞いた時、自分で想像するよりも酷く心にダメージが残った。

 言葉を失うほどに、己の時を止めてしまうほどに。

 従兄弟が吉良を同僚以上に見ていることなど、最初から分かっていたのに。

 臆面もなく言い切った健斗に驚き、言葉を失った。

 お前には絶対に渡さないと言わんばかりの態度に、次第に苛立ちが募った。


“お前の女でもない癖に”


 心の中でそう悪態づき、俺は、ベッドの上で寝がえりを打つ。

 部屋に淡く立ちこめるハーブの香り。

 吉良が調香したと言う、ルームフレグランスの匂い。

 ラベンダーとマンダリンが混ざったその香りを、瞳を閉じてゆっくりと鼻梁に取り込んでみる。

 ラベンダーの作用か、少しだけささくれ立った気持ちが鎮静する。


“確かに気休め程度ではあるのかもな…”


 劇的な効果はなくとも、緩やかな効き目はあるようだった。

 だが、吉良の傍にいるような安寧はない。

 吉良が纏っている香りとは、わずかに違うからか。彼女が使用しているシャンプーやボディーソープの仄かな香りが足りない。俺は他の人に比べて匂いには敏感な性質だから、そう言う小さな匂いの変化でも気になる。

 彼女から漂う芳香は、もっとしとやかで甘美だ。

 例えるなら花の様だ。楚々としていながら、匂い立つ香りで蝶や蜂を誘い込む。

 吉良の香りは俺を優しく抱擁して、柔らかな女の肌と人の温もりを想像させる。決して淫靡ではないのに、俺の中から欠落していた欲情を呼び起こす。

 触れてかのじょの甘さを知ったら幾度だって吉良を求めずにはいられない中毒性の高い媚薬の様。

 それを思えば、此処に宿る香りは人工香料の様で他人行儀。

 仕事と割り切って俺に接する彼女と同じ、そっけない匂い。

 そう思うと、無性に苛立つ。

 彼女が仕事なのは当然で、俺は穏やかに過ごせればそれでよかったのに。

 吉良を手に入れたい。

 まるで子供がおもちゃを欲しがる時の様な、わがままな感情ばかりが湧いてくる。

 欲しくて、欲しくてたまらない。

 俺だけを見て、俺の為だけに心を向けて欲しい。

 そう願う。

 けれど、どこかでそれを拒絶する。


“所詮、女なんてあの女と同じ。慾深く、利己主義で、男も子供も己を飾るものとしか見ない。信用などできるか”


 相反する思いが、俺のなかで犇めく。

 飽きた玩具を捨てるように、他の男と消えた母の影に、思わず俺はベッドを殴りつける。

 スプリングが重く鈍い音で軋む。

 あの女がとった自堕落な行動のツケは、全て榊本家に押し込められた俺が受けた。

 二度と、本家の敷居など跨ぎたくもない。

 あの苦痛ばかりの安らぎのない日々に追いやった母を、赦さない。

 その母と同じ女という生き物を、信用などしない。

 どうせ、吉良も同じだ。

 本性など暴いてみればあの女と変わらない。

 そう思い、要らぬと拒めば、どこかで欲しいと望む。

 その終わりを知らない葛藤が、俺の中に苛立ちを募らせる。


“結局のところ、俺は吉良をどうしたい?”


 自分の本心が分からない。

 何故、他の女には感じなかった物を、吉良にだけは感じるのだろう。

 良い思いも、不愉快な思いも。

 だから…俺は惑ったまま。

 終わりのない螺旋思考に落ちて…。




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