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Parfum  作者: 響かほり
第七章 時にはハンターの様に
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33



     §



 その後、吉良は逃げるように榊邸を後にし、入れ替わるように屋敷の主、榊健斗が帰宅した。

 美菜様は吉良を車で家に送る為に外出し、不在だった。

 健斗は吉良が作り置きした料理で遅い夕食を済ませ、リビングのソファーに腰を下ろし、英字の医療雑誌を読んでいる。

 俺は健斗の隣に腰を下ろした。


「…お前、吉良にまた手を出したってな?あれには、遊びで手を出すなって言っただろ」


 雑誌に目を向けたまま、健斗は呆れたように言う。


「本気なら良い訳?」


 健斗が俺をじろりと見る。莫迦な事を言うなと眼が訴えかけてくる。


「なぁ、健斗。俺に吉良をくれよ」

「…お前ら親子は同じ事を言いやがるな。吉良は物じゃねぇ」


 まるで射殺すような鋭い瞳が、レンズ越しに俺を貫く。

 比較対象とされなくない人間と同等に扱われた健斗の言葉に、自分の表情が硬くなるのを感じた。


「…どういう意味だよ」

「お前の親父も、三年前、吉良をよこせと言いやがった。無論、断ったがな」


 二重の意味で、俺は驚いた。

 絶縁状態の俺の父は、榊一族の本家の長。医療法人『聖心会』の現会長でもある。

 日本の医師会にも絶大な影響力を持つ会長の要請を、傘下の医者が断ることなど、医者としての死活問題。

 そして親父が吉良を知り、彼女を欲したという事実は、少なからず俺を動揺させた。


「まぁ、お前の親父は吉良を看護師として、純粋に手元に残したかったらしいがな」

「あの親父が?」

「吉良は元々、優秀な『器械出し』だったからな」

「器械出し?」


 聞き慣れない言葉に、俺は首をかしげる。


「オペで、メスをはじめとする手術器械を医者に手渡す仕事だ。『いずみ病院』で会長一派が高難度のオペをする時には、必ず吉良が指名された」


 医療にも榊一族の内情にも全く関知しない俺には、良くは分からないが、吉良が親父に気に入られているというのは分かった。

 人材コレクターの親父が欲しがる人間だ、吉良は俺が思うより有能なのかもしれない。


「吉良は元々、本院に勤めてたのか?」

「あぁ。あいつがオペに入ると、いちいち指図しなくても器械が出てくるから、無駄な時間がなくなって医者の集中力を妨げない。だから、オペがしやすい」

「すごい事なのか?」

「退職をしてオペから退いても、未だに『聖心会』や他の病院からもヘッドハンティングされるくらいにはな」


 さっき、吉良が俺の言葉をヘッドハンティングと勘違いし、露骨に不快感を示した理由が分かった。


「…何でそんな有能な人が、健斗の所で働いているんだ?」

「俺と美菜に勧誘されて、逆らえると思ってるのか?」


 健斗は嘘か真かそう嘯き、鼻で笑う。

 確かに強力な二人に勧誘されたら、逆らえないだろうが、腑に落ちないこともある。


「吉良も健斗も、親父の命令を無碍にして平気なのか?」

「紫苑、切り札ってのは、何時使うか知ってるか?」


 不敵に自信たっぷりに唇の端を歪めた従兄弟に、俺はため息をつく。

 裏で何かやったのだ。

 しかも、医療界の首領でさえ引き下がるほどの何かを盾に。


「会長にも、お前にもくれてやるつもりはない。とっとと諦めて、他の女でも探せ」

「嫌だ」

「餓鬼か、お前。会長や凱と対峙も出来ない癖に、吉良を手に入れられると思うなよ?」


 凱…その名前に、俺の心が酷く澱む。

 奴は俺の三番目の異母兄で、歳は健斗と同じ、脳外科医で今はアメリカにいるらしい。

 正妻の子供である凱は、妾腹の俺が気に入らなかったらしく、俺は散々いびられた。

 凱は健斗と歳が同じこともあり、何かと比較対照されてきたせいか仲が悪く、健斗は意趣返しか俺に何かと目をかけてくれた。

 他の異母兄弟とも仲の悪かった俺にとっては、健斗の方が実の兄貴より親しみやすい。


「あの腹黒の話なんかするな、胸糞悪い」


 奴の事を思い出すと、自分の感情が歪んで黒くなる。

 あいつの執拗な嫌がらせのおかげで、俺には癒えない心の傷と忘れようもない根深い恨みがある。


「お前、ドス効かせて喋るな。おまけに人相まで悪くなってるぞ」

「あいつ思い出すと、悪意しか芽生えないんだよね」


 指摘されたので、一応、改めたが、俺の不愉快指数は奴のせいで上がりっぱなしだ。


「だいたい、親父はいざ知らず、何で凱まで引き合いに出すんだ。嫌がらせか」

「吉良は凱の、一番のお気に入りでもあったからな」


 俺の腹の底で、黒い澱がまた沈殿する。




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