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「健斗の目の届かない所であるかも知れないだろ。女なんてのは、影でこそこそ悪巧みするのが好きで、その場凌ぎの嘘も平気でつくような人種だ」
「その陰険な人種が、そこにいるぞ?」
従兄弟は吉良に視線を向ける。
俺が彼女を見ると、吉良は苦笑している。
怒りとか不愉快という、負の感情で現れたものではなさそうだ。
どちらかというと、呆れている感じだ。
「陰険なんて言ってないだろ」
「なんだ、てっきり吉良が陰険で姑息だと言っているのかと思ったぞ」
「別に吉良さんのことを陰険とは言っていない…」
「ほぉ?姑息とは認めるのか」
「違うから。吉良さんの事じゃない」
「では、吉良は女ではないと」
「…健斗、言葉の綾で、上げ足を取らないでくれないか」
意地の悪い従兄弟を睨めば、健斗は鼻で笑う。
「院長、私をダシに使って遊ぶのは止めてくださいね。榊さんが困ってますよ?」
助け船を出す様に、吉良が健斗を窘めれば、健斗はにやりと笑う。
「俺も榊なんだがな?」
「もう、すぐそうやって上げ足を取る。悪い癖ですよ」
「そんな俺に飽きもせず八年近く連れ添っているのは、お前だろ。そろそろ、愛でも芽生えただろ。俺に告白でもしたらどうだ?」
「それは連れ添うのではなく、付き合わされている、です。ちなみに、愛じゃなくて腐れ縁で結ばれているんですよ、院長」
聞いている俺が恥ずかしくなる様な誘惑に満ちた声で言葉を投げた健斗に、吉良はさらりとデッドボールクラスの言葉を返し、俺は思わず吹いてしまう。
こんなにあっさり従兄弟の口説きをかわす女性を、俺は初めて見た。
笑った俺を一睨みして処置室に入ってきた健斗は、吉良の手から点滴の道具が入った膿盆を取り上げる。
「吉良、そろそろ約束の時間じゃないのか?あいつを待たせるのか?」
「え?…嘘っ、こんな時間!?大変、遅刻ですっ!院長、私これで失礼します!」
腕時計をみた吉良は、驚いたようにそう言うと俺たちに頭を下げて出て行った。
あの慌てぶりは、デートか。
彼女の背を視線で追いかけ、その姿が消えた直後、鋭い視線を肌に感じた。
視線をそちらに向ければ、健斗がじとりと俺を見ている。
「ナースを口説くなら、よその病院でやれ」
べつに口説いてなどいないが、健斗が本気で注意しているのが分かる。
「そんなに大事なら、首輪でも付けて檻に入れておけば?」
「出来るものならそうしたい所だ」
俺が寝ている診療台の横にある丸椅子に腰を下ろした健斗は、深くため息を漏らす。
そんな物憂げな従兄弟を見るのは、初めてだった。
そもそも、健斗がその気なら、女はいくらでも落せる。
気弱な発言自体、あり得ない。
だが、さっきの二人のやり取りを見えれば、吉良には俺達のやり方は通用しないと言うのが分かる。
落とすには、厄介な相手なのかもしれないが、健斗に其処まで言わせる女は、健斗の妻になった美菜様以来かもしれない。
「何、そんなに吉良さん大事?」
「当たり前だろ。高い金を払ってあいつを引き抜いたのは、ほかの男に易くくれてやる為じゃねえぞ」
あまりにストレートな発言に、俺は従兄弟を凝視する。
いまだかつて、健斗がそこまで女に固執したのを見たことがない。
美菜様の時も無論、固執はしていたし榊の力を使ってもいた。だが、金の力を借りると言うやり方は、健斗にとっては邪道。
吉良のことを気に入っているのは、診察に来る度、健斗の様子を見ていれば分かるけれど、スマートな口説きを重視する健斗が露骨に金銭を動かすのは、吉良に異常なこだわりがあるとしか思えない。
「この俺のペットかつ、有能な仕事の相棒だぞ?どこぞの馬の骨に掻っ攫われるくらいなら、俺の愛人に据える」
その一言に、げんなりする。
言っちゃったよ、健斗の奴。
仕事の相棒よりも先に、ペットって。
健斗にとっての吉良の一番のポジションは、サドっ気を満たしてくれる玩具なのか?
しかも、女とは浅く広く付き合う健斗が、愛人にしても良いくらい、吉良のことは気に入っていると言っているわけだ。
「無論、女に本気にならねぇお前にも、やらねぇぞ?」
俺にすら、そんな父親的意見で牽制をかけるくらい。
「…吉良さんも、面倒な男に見染められたものだね」
「女絡みのお前は、絶対的に信用できない」
「健斗に言われたくないよ」
反論すれば、健斗があり得ないほど嫌な顔をした。
ご指摘を頂いた箇所を一部、修正いたしました。