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Parfum  作者: 響かほり
第六章 弱った大型犬にもご注意を
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「健斗はあたくとのお見合い当日に、その気のないあたくしを抱きましてよ?」


 衝撃的事実に、がちゃんと、私のカップが音を立てて机の上に倒れた。


「きゃぁぁぁっ!ごめんなさいっ!」


 食器は割れなかったけれど、折角のハーブティーが盛大に大理石の机の上に広がる。

 慌てて立ち上がれば、小野さんが手早く布巾を持ってきて、濡れた場所を拭いてくれる。


「吉良様、お濡れになりませんでしたか?」

「だ、大丈夫です。すみません」

「いえ。代わりの物をお持ちいたしましょう」


 そつなく机の上の惨劇を片付けて、小野さんは一礼して下がる。

 席に再び腰を下ろした私は、恥ずかしくて美菜先生が直視できない。

 院長と美菜先生は研修医インターンの頃に顔を合わせているけど、そのあとで一族絡みでお見合いをして婚約、結婚という流れをとっているとは聞いていたけど…。


“院長、どれだけ野獣なんですか。お見合いの当日とか、ホントに!”


「あげは、男なんてものは須らくケダモノ。榊の人間だからこそ、欲望に忠実だと思った様がよろしくてよ?」


 確かに、美菜先生の言う事には一理ある。

 欲求を抑えることなんて、榊一族の人間にはまずない。我慢しなくても、欲しいものは榊の名で全て手に入れられる。

 だからこそ、行動が放埓なのだ。

 院長然り、榊紫苑然り。


「あげは、健以外の男に操を捧げては駄目よ?貴女には、健の愛人になっていただかなくては困りますのよ?」

「…う…それは…院長への愛がこれっぽっちもないので、どれだけ頑張っても、無理です」

「何を仰いますの!」


 突然、美菜先生が立ちあがる。


「あたくしは、貴女と健の子供が欲しいのよっ!貴女以外の女に、健斗の子供を産ませるなんて、あたくしは嫌ですからね!」


 美菜先生は、二十代の時に巨大な子宮筋腫が見つかり、子宮を全摘している。

 だから子供が産めない。

 それを知っているのはごくわずかの人で、院長は承知の上で美菜先生と結婚している。

 子供がいなくても良いと言う院長に対して、美菜先生はどんな形であれ、院長の子供が欲しいと思っている。

 でも、愛人にしても人工授精の代理母にしても、美菜先生のお眼鏡にかなう女性が見つからない。

 それで、付き合いが長くて気心が知れている私に、白羽の矢がむけられているのだけど。

 何度お断りしても、美菜先生は諦めてくれない…私にも事情というものがたくさんあるのだけど。


「いくらなんでもそれは倫理的に無理です、美菜先生…」


 倫理的にまず無理だし、院長は好きだけどそれは恋愛感情じゃないから論外。例え驚く様な大金を積まれても、そんな関係になるつもりは毛頭ない。


「それに…家族はもういらないんです」


 私の家族はもういない。

 借金を作って、それを娘の私に擦り付けて何年も豪遊して生きた両親を、私は捨てた。

 私に兄弟は居なかったし、親族は、借金の問題で掌を返したように疎遠になった。

 数千万円にも及ぶ借金を返すために、一人で頑張って頑張りぬいて、大好きな看護師の仕事でさえ辞めて、夜の仕事をした。

 それでも日増しに膨れる借金が、私を追い詰めて昼夜構わず働いて、体を壊した。

 どうしようもなくなった時、手を差し伸べて助けてくれたのは院長と美菜先生だった。

 今、誰も恨まずに、こうして看護師として生きていけるのは、二人のおかげ。

 だから、院長や美菜先生の為なら、多少無理をしてでも願いをかなえたいと思うけれど、こればかりは無理。


「だから、どうしても、叶えられません」


 美菜先生の表情が曇る。


「…謝らないでくださいまし。それに、人間の気持ちに絶対的な不変はあり得ませんもの。貴女の心が変るまで、気長に待ちますわ」


 この場は諦めてくれるけど、完全にはやっぱりあきらめてくれない美菜先生に、思わず笑みがこぼれる。


「そうですね…人はいつか変わるものですよね…でも、今はお一人様生活を満喫しているので、恋人も恋愛もまだ遠慮したいです」

「その気になったら、すぐにおっしゃって。健ならいくらでも貸しますから」


 慌てて私は首を横に振る。


「い、院長は美菜先生一筋なので、遠慮します。私は私だけを必要としてくれる人を探しますから!」

「ふふっ、あげはったら欲張りさんですわ。でも、女はそうでなくては」


 優雅に笑う美菜先生に、ほっとする。

 そして、不意に思い出す。


「あ…美菜先生、お夕食どうしましょう?」

「そうね…今日は、午後からシェフに休みを与えてしまいましたし…」


 ディナーの為に予約したお店はキャンセルしてしまったし、まさか病人を放置して食事をしに行く訳にもいかない。


「私でよければ、何か作りますよ?榊さんのお粥も作らないといけないですし」

「まぁ!久しぶりにあげはの手料理は頂けるのね。是非、お願いしますわ」

「じゃあ、厨房をお借りしても良いですか?」

「勿論。お好きな物を使って下さいまし」


 お言葉に甘えて、勝手知ったる程出入りしている榊邸のキッチンで、普段では滅多にお目にかかれない高級な食材たちを相手に、私はお料理を堪能した。



 閲覧、ありがとうございます。

 お気に入り登録、評価もありがとうございます。

 少しずつ、見に来てくれる方が増えて嬉しいと同時に、何だかとても心臓がバクバクしております。

 楽しんで読んで頂けるよう頂けるよう、出来る限り更新速度を落とさないよう頑張っていきますので、どうぞよろしくお付き合い下さいませ。


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