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Parfum  作者: 響かほり
第六章 弱った大型犬にもご注意を
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 美菜先生はアルコール綿で彼の腕を素早く消毒し、彼の腕を摘まむとそこに注射針を突き刺す。


「っつぅ!」


 針がずれないよう、痛みで身じろぎしようとする彼の体をきつく抱きしめる。

 すぐに注射は終わり、針を抜いた所をアルコール綿で押さえた美菜先生は、私に眼で合図する。

 美菜先生が押さえていた所を、私が代わりに押さえ、薬液が体内に吸収されやすいように揉む。


「相変わらず、容赦ないなぁ…」


 唸るように注射嫌いの男は呟く。


「貴方は痛い目にあって丁度良いのよ。これに懲りたら、自重なさい」


 美菜先生は、点滴と注射に使った道具を持ってその場から立ち上がり、部屋を出ていく。

 私は榊紫苑から離れる。

 すこしフラフラしながらも、座った状態を維持する事を確かめ、ワイシャツを正してボタンを閉じる。

 本当なら、ワイシャツが皺になるので脱がせたかったのだけれど、それよりも早く、美菜先生が点滴を刺してしまったから、仕方ない。

 皺と汗で汚れる事覚悟で、着替えは院長の物を借りてもらえば良いだろうし。

 点滴の針がずれていないか、腕を確認し、ぼんやりしている榊紫苑をベッドに横たえる。


「薬が効いて熱が下がった頃に、食事と飲み物を持ってきます」


 立ち去ろうとした私の手を、熱を孕んだ手が掴んだ。

 見下ろせば、榊紫苑が私の手を掴んでいる。


「…何ですか?」

「…なんで俺の事、助けてくれたの?」

「病人を助けるのが私の仕事だからです…病人はまず、きちんと休んで体を治すのが仕事ですよ」


 腹も立ったけど、病人にお説教するのも気が引けるし、とりあえず元気にはなってもらわないと。


「…吉良さん、大人だね…羨ましいよ…」

「貴方よりは年上ですから」

「そういう意味じゃないよ…」


 榊紫苑は私の手を離し、そう呟いてかすかに笑った。

 その笑みが物憂げに見えたのは、彼の心情が揺れているからか、それともただ熱で力がなかっただけなのか、私には推し量る事は出来なかった。




    §




「貴女も少し、休憩なさって」


 榊紫苑が眠ったのを見届けてからリビングに行くと、美菜先生は既に執事の小野さんにハーブティーを入れてもらって、優雅に飲んでいた。

 女の私から見ても、ため息が出るほど無駄のないプロポーションの美女。

 しかもお金持ちで、医者なのだから神様は才能の与え方を間違っている気がする。

 八人掛けの大きな大理石のテーブルを挟み、私は美菜先生の前の席に腰を下ろした。

 ロマンスグレーの小野さんは、ハーブティーを淹れた白磁のティーカップをそっと置いてくれる。


「ありがとうございます、小野さん」


 唇の端をわずかに緩めて、小野さんは軽く頷いた。

 五十代後半の小野さんは、美菜先生専属の執事で、美菜先生が幼いころからずっと仕えているのだとか。


「無理を言いましたわ、あげは」

「いいえ。そもそも榊さんを見つけたのは、私ですから…」

「貴女が慌てて走っていくから、何事かと思いましたわ」

「すみません。体調が悪そうな人がいるなって思ったら、体がつい…」


 本当は、美菜先生とディナーを食べに行く予定だったのだけれど、駐車場で病人を拾ってしまった。

 声をかけてみたら、榊紫苑だったというオマケつきで。

 だって、体調が悪そうな人がいたら、仕事外でも気になって声をかけたくなっちゃうのは、看護師の性なんだもの…。

 美菜先生は、凄艶に微笑む。


「それが貴女の素敵な所よ…それにしても、しーちゃん、貴女に色々迷惑をかけたようですわね?」

「えぇ…まぁ…」


 歯切れが悪くなるのは、昨日のキスのせいかもしれない。


「昨日の事は、野犬に軽く咬まれたと思ってお忘れなさい。榊の人間のする事なんて、何時もろくでもない事よ」


 夫婦に同じ事を言われ、無意識に苦笑いが出た。

 院長と美菜先生、そういう思考はものすごくよく似てるの。


「…美菜先生、榊の人間は、好きでもない女性にも平気でキス出来るものですか?」


 過去、榊一族の男性を多く見て、女に節操がないのは良く分かるけど、その気のある女性にしか手を出していなかった記憶しかない。

 榊紫苑の様なタイプは、初めて見た。

 美菜先生は眼を細め、ティーカップを机の上に置いた。



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