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Parfum  作者: 響かほり
第五章 それを人は気の迷いと云う
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    §



「カット!」


 監督の険しい声で、俺は我に帰る。

 そこは、都内にある某ビルのとあるフロア。

 俺の周囲には撮影クルーが仰々しく機材を持ちながら、渋い顔をみせる。

 目の前には、相手の女優が困惑気に俺を見上げている。


“しまった。またやった…”


 また撮影の最中に、意識が飛んだ。


「お前、やる気あるのか!」


 演技に厳しい事で有名な映画監督、周防修平が床に思いっきり台本を投げつける。

 元から人相が悪かったが、更に鬼と呼ぶにふさわしい、修羅の顔。

 当然だ。

立て続けに、NGを十回も出せば、周防監督でなくともキレる。

 美菜様からの電話の後、俺の演技はボロボロだった。


「すみません。もう一度やらせてください」

「集中力のねぇ野郎に何遍やらせても無駄だ!頭冷やしてこい!上坂抜きのシーン、先撮るぞ!」


 周防監督は立ち上がり、周囲のスタッフはその声に従い、移動を開始する。

 俺はその場から身動きが取れず、己の不甲斐無さに額を抑える。

 どれほど体調が悪くても、ほとんどNGなど出した事はない。

 なのに、今日は何度も同じ所で間違える。

 恋人との別れのシーン。

 別れの言葉が、どうしても出ない。

 台詞は覚えている。

 どう表現するのかも、頭の中に出来上がっている。

 なのに、言葉を発する事が出来ないのだ。

 自分らしくない失敗に、苛立ちが募る。


「上坂さん、大丈夫ですか?なんだか調子が悪そうです」


 視線を上げれば、ヒロイン役の子がそこに残っていた。

 今売出し中の若手女優で、この所、人気が急上昇している。

 見た目は可愛らしくスタッフの受けも良いが、男の前で態度が変わるし、男に対する節操のない噂話は良く聞いている。

 業界で人気のある男と交際すれば、名が売れるからだろう。

 まあ、処世術だから嫌いではないが、俺に何かと媚を売るように接触してくるので、やんわりかわしていた。


「…あぁ、ごめんね、結城さん。こんなにリテイク出して」


 愛想笑いを浮かべで見ても、自分の顔の筋肉が何所かぎこちなく動く。

 重症だ。

 笑うことすら出来なくなってる。

 だが、彼女は何も気にする様子もなく、少し物憂げな表情を浮かべる。


「そんな事…いつも、私がリテイクばかりだから…気にしないでください。私に出来る事があったら、何でも言ってくださいね。私、上坂さんのお役に、立ちたいです」


 普通の男が今の俺と同じ状態なら、くらっとくるのかもしれない。

 だが、どれだけ巧妙でも俺は気付いてしまう。

 彼女の中にある、打算的な仕草と言葉を。


「結城ちゃーん!」


 遠くでスタッフが彼女を呼ぶ。


「ありがとう。でも君は、向こうに行った方が良いようだね」

「…でも」


 渋るように、俺を上目遣いで見上げてくる相手に、内心で少し腹が立つ。

 正直、こんな状態の自分の傍に人が居るのは、不愉快だった。


「監督が言うとおり、俺は頭を冷やして来るよ。一人で考えたい事もあるし、早く戻らないと、君まで監督に怒鳴られる…それは俺が嫌だな」


 困ったように小さく笑みを浮かべれば、相手の頬は朱に染まる。

 この程度で俺に惑わされるようなら、俺を籠絡など出来ないのに。


「あ、あの、待ってますから…失礼します」


 頭を下げ、スタッフの方へ走っていく相手の後ろ姿を見送らず、俺はそのまま逆方向へと歩き出す。

 時を見計らったかのように、マネージャーの熊井が俺の傍に駆け寄ってくる。

 今までにないスランプに、熊井の表情が硬い。


「伊織」

「…悪い。クマ、一人にさせてくれ」


 俺はそのまま人気のない場所に出ていった。




 どれほど時間を費やしても、その日、嵌り込んだスランプから、俺は一度も立ち直る事が出来なった。



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