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Parfum  作者: 響かほり
第五章 それを人は気の迷いと云う
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22



     §



 吉良に平手打ちをされた翌日、俺の携帯電話に一通のメールが入っていた。

 差出人の名前は、榊美菜。

 従兄弟の榊健斗の妻にして、俺の最凶の天敵。

 天上天下唯我独尊、世が世なら独裁者になれたであろう女傑。

 そして俺が唯一、逆らえない女性。


「げっ、デビルメール…」


 思わず美菜様の名前を見て、ぼそりと呟いてしまった。

 こんな事を言っていたと本人にバレたら、確実に殺されるだろう…

 思わず、色々な意味で緊張が走る。

 同時に、嫌な予感が脳裏をよぎった。

 今の俺は、絶対に情けない顔をしているに違いない。

 今がロケの休憩中で、自分の車の中で一人きりだった事に俺は感謝し、恐る恐る、メールを開く。




  ※※※※※※※


 あたくしに電話なさい。

 今すぐ!


  ※※※※※※※




 簡潔明瞭、命令形。

 彼女から来るメールは、いつもこんな感じだ。

 着信が入っていた時刻を確かめると、午前十時二十二分。

 現時刻は既に、午後一時を回っている。

 今回は、これでも早く見つけられた方だが…。


「…絶対に、キレてるな」


 電話をしたくない気分が七割、仕返し怖さが十二割増しで、俺は渋々、美菜様に電話をかける。

 二コール目で、相手はすぐに出た。


『貴方、何時になったら日本語が理解できますの?』


 開口一番、絶対零度の冷めた女性の声が俺の耳に届く。


「…あの、俺は一応、社会人」

『お黙り!しーちゃんのくせに、口答えなんて十年早くてよ!』


 俺の言葉をさえぎって、美菜様は俺を一喝する。


『このあたくしを待たせるなんて、何時から貴方は偉くなったの』

「いや、しご…」

『言い訳無用!』

「…申し訳ありませんでした」

『貴方のその誠意のない謝罪なんて、その辺の雀にでも食べさせておしまいなさい!』


 渋々、場を収める為に社交辞令的に謝れば、相手はそれを見抜いてしまう。

 俺が仕事で簡単に電話が出来ない事を知っているくせに、この夫人はいつも無理難題を俺に吹き掛ける。

 そして、難題を果たせない俺の言葉など一切無視して、俺を責める。

 だから、彼女と俺は会話が成立しない。

 否、彼女からの一方的な話に終始する。

 彼女との会話に、俺の意思は無意味。


「用事がないなら、切りますけど?」

『電話をしたのは貴方でしょう!』


“いや、するように言ったのは、貴女ですけどね?”


 言おうと思ったが、さらに叱責が飛ぶのが分かっているので、あえて何も言うまい。


「それで、俺に何か用事でも?」

『吉良あげはの事よ』


 途端に冷静な語り方になった相手に、冷や汗が背筋を伝う。

 吉良経由か、健斗経由かは分からないが、俺の素行が美菜様の耳に入ったようだ。

 俺の女遊びに関して、容赦ない罵声を浴びせてきた彼女のお小言を聞かなければならないのかと、必然的にため息が漏れた。


『あたくしを前にため息?』


 失笑ともとれるその声に、俺は自分の頬が引きつるのを感じた。

 何で怒らない?

 決して怒られたいなんて言うマゾヒスト的な性癖はない。ただ普通なら、此処で必ず美菜様の叱責が飛んでくるのが常。

 何の前触れだ?


「…昨日食べた、彼女の手料理の味を思い出して」

『健から聞いているわ』


 言い訳を呟けば、珍しく美菜様から普通の返事が戻ってきた。

 奇跡か、それとも白昼夢か?



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