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Parfum  作者: 響かほり
第四章 美形との昼食はろくでもない
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「美菜先生って…健斗の奥さんのこと?」

「えぇ」

「もしかして、美菜様とも交流があるの?」


 美菜…様?

 何で様付けなのだろうかと思いながら、私は頷く。


「美菜先生繋がりで、院長と知り合ったようなものですから」

「仲…良いの?」


 美菜先生の信奉者か、苦手なのか、榊紫苑はどちらだろう。

 前者だと返答の仕方を間違えると、捻じれた嫉妬を浴びることになるから、注意して答えないと。


「時々、職場での院長の様子を報告はしています。榊さんは、美菜先生と仲がよろしいんですか?」


 さし障りのなさそうな事実を伝えて尋ねれば、年下の美青年は力ない笑みを浮かべる。


「健斗と仲が良いから、色々、気にはかけてくれるけど…あの人の愛情表現って、何というか独特だから…」


 言葉を濁したけれど、表情から察するに、彼にとって美菜先生は苦手な人のようだった。

 美菜先生はものすごく美人で、男性に良くもてるけど男性嫌いで、愛情表現が下手。女性にはそんなこと全然ないのだけど。

 外見が華やかで歯に衣着せぬ率直な言葉もあって、特に男性には『女王様』みたいだって誤解されがちなのだけど、細やかな配慮が出来る素敵な人。

 …ツンデレって、院長が言っていた気がする。

 ツンデレがなにか、知らないけれど。


「でも、エステを受けに行くんじゃなくて、マッサージの勉強ってどういうこと?」

「院長命令なんです。アロマテラピーとマッサージを使った不眠治療法の勉強をかねて…」


 反射的に答えて、しまったと思う。

 まだ、正式にクリニックで取り入れるとも決まっていない話なのに。


「アロマ?あぁ、だから、吉良さんラベンダーの匂いがするんだ」


 言われて、思わず自分の腕を寄せて匂いを嗅ぐ。自分では良く分からない。


「…匂います?」

「近付くと、少しだけ」


 私の姿を見て、榊紫苑は穏やかに笑う。


「ラベンダーと何か別の匂いもしたけど、その時で香が違うし、何か分からなくて。ずっと気になっていたんだ」

「それならたぶん、クラリセージかマンダリンです。寝室用で調香したルームフレグランスの配合で良く使うのが、その二種類なので」

「調香?」

「香りを掛け合わせるんです」

「そんなことできるの?」

「エッセンシャルオイルがあれば…簡単ですよ?」

「ちなみに、何の効果があるの?」

「どの香にも一応、リラックス効果がありますね。気分が落ち着くと睡眠導入が行いやすくなるので、寝つきを良くしたい時に、体調に合わせてラベンダーベースで香を変えます」


 流石に、クラリセージに通経作用があって月経不順に効くとは言えないんだけど、ちゃんとリラックス効果もあるし、嘘は言っていない。


「…それ、効く?」


 珍しく興味津々な相手に、私はすこし言葉を考える。

 アロマオイルの原料にもなる薬草は、今の様な化学薬品が発達していない時代は、医薬品として様々な形で用いられてきた。

 だからこそ、効果が気休め程度のものではないことは確かだけれど、過度の期待を持たせるのも危険。


「精神的な昂りやストレスで眠れないのなら、効果があるかも知れませんね」

「曖昧に言うんだね?」

「匂いの好みや体質もありますし、神経が異常に昂っていても効果は薄れます。万人に等しく効果を発揮するという訳でもないんですよ」

「ふーん」


 榊紫苑は、納得したような、しないような表情で私をじっと見下ろしてくる。


「興味があるようでしたら、此処にも一応いくつかエッセンシャルオイルがありますから、試しに好みの香りを合わせてみますか?」

「…せっかくだけど、止めておくよ。俺の不眠の原因には効きそうにないから」


 そう答えて、榊紫苑は苦笑する。

 彼の不眠の原因は、いったい何なのだろう。

 尋ねようかとも思ったけれど、笑みの中に触れてほしくないという明らかな拒絶もあって、私は言葉を飲み込んだ。


「でも…」


 不意に榊紫苑が近付き、思わず私は後退るけれど、シンク台に背後を阻まれる。

 相手の指先が私の左頬を、撫でるように触れる。

 私を見下ろす男の表情に笑みはなく、驚くほど真摯な顔をしていた。

 榊一族の美形に見慣れた私でさえ、榊紫苑の卓越した美貌に息をのんだ。

 相手の手を、振り払うことを失念するほどに。


「貴女にはとても興味があるから、色々、俺だけに貴女のこと教えてほしいな」


 低く囁かれた声はひどく淫靡で、乙女の心蕩かす様なその文句の後、新たな衝撃が私を襲った。

 重ねられた唇に、私の理性が粉々に砕け散った。



※アロマなマメ知識メモ

 クラリセージには女性ホルモン(エストロゲン)に似た成分が含まれているので、月経周期の乱れや更年期の様々な症状を和らげる効果がある、女性向きな精油とされています。

 ただ、月経を促す作用があるので、妊娠中の方はご使用にならないでくださいね。



 

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