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Parfum  作者: 響かほり
第四章 美形との昼食はろくでもない
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 言われて、気付く。

 抱き締められるような恰好になっていることに。

 密着し過ぎて、背後から伝わる体の大きさと、温もり。

 覆いかぶさる、見た目に反した男っぽいごつごつした手の感触に、変に相手を意識してしまい、一気に心臓が暴れだす。

 過度の接触による緊張で、体が強張る。


「さ、榊さん、ち、近いですけど…」


 いつもはしない榊紫苑の香水の香りが、鼻梁をくすぐる。

 間近にいることで、意識しなければ感じない程度の香りも、強く感じる。

 通常よりもかなり薄い香りになっているけど、この独特な香りのノートはシャネルのエゴイスト。

 本来は名前そのままに自己主張の強い香りで、こんなに弱い匂いではないのに。

 榊紫苑が纏うこのエゴイストは、控えめだ。


“どうしてだろう…って、違う!”


 自分が、他事で現状をはぐらかそうとしている事に気付く。

 思った以上に動揺しているみたい。

 けれど、見目の良いこの年下の男は、慣れたように微笑みかけてくる。

 この程度の接触は日常茶飯事なのがまるわかりな相手の平然さが、何だか悔しい。


「吉良さん、ちっとも俺の事を気付いてくれないんだね?」

「き、気付きましたから、離れてください」


 榊紫苑は、そのまま手を離し、私からすんなりと離れてくれた。

 私は内心で安堵して、そっとティーポットを台の上に置くと、相手に向き直る。


「それで、私に何か?」

「今日は点滴をしないで帰るよ」

「え?どうしてですか?」


 そもそも、点滴だけをやりに来たはずなのに、どうして?

 考えて、一つ思い当たる。

 コンビニの帰り道に、不愉快任せに意地悪を言ったことを。


「もしかして、院長が本当に点滴すると思ってますか?」

「それ、一瞬、本気にしたけどね。そういう理由じゃないから」

「お仕事ですか?」

「…単に、ご飯を食べて元気が出たから、いらなくなっただけ」


 そうはいっても、顔色は全然、良くなっていないのに。

 じっと、相手の顔を見れば、榊紫苑は愛想笑いをする。


「健斗も、今日はしなくても良いって言ってくれたし」

「…そうですか。それなら良かったです」


 点滴なんてしないに越したことはないし、院長がそう判断したのなら、私が口を挟む事でもない。


「吉良さんのおかげかな」

「私の?」

「そう。料理上手なんだね。弁当、美味しかったよ」


 お世辞でも、褒められれば、現金なもので嬉しい気持ちになる。


「お口に合って良かったです」

「ずっと外食ばかりだったから、手料理も、あんなに食べたのも久しぶりだよ」


 恐らく、榊紫苑は食事も満足にしていなかったに違いない。

 この顔色の悪さは、不眠だけが原因とはとても思えない。

 不眠が続けば、身体バランスを崩して食欲さえ失くしてしまう。

 だから院長は、私にお弁当を作らせたのだ。

 彼が食事をするように。

 榊紫苑が食べていたのは、ほぼ洋食。

 和食は出し巻き卵くらいしか手をつけていなかったから、院長がリクエストしたメニューは、彼の好物なのかもしれない。


「外食だけじゃ、体に悪いですよ?」

「俺、料理できないから」

「彼女さんに、お願いして作ってもらったらどうです?」


 何気なく言ったその一言に、榊紫苑は首をすくめる。


「俺の付き合う子、みんな料理が出来ないんだよね」

「…そ、そうですか」


 どれくらいの人数と付き合ったのかは分からないけれど、一様に料理が出来ないなんて、ものすごい確率。

 もしかして、手料理自体が好きじゃないのかも。院長みたいに。

 だから、出来ない相手を選んでいるのかしら?


「今日は楽しかったよ。美味しいご飯も食べられたし、笑わせてもらったし」

「あれは、笑い事じゃ…」

「あそこまでされるのに、健斗に靡かないなんて、よっぽど彼氏に惚れているんだね?」


 榊紫苑の言葉に、私は首をひねる。


「彼氏?」

「違うの?この間来た時、慌てて帰ったから、彼氏とデートかと思っていたけど」

「あの時は、美菜先生のご実家が経営されるエステサロンで、マッサージの講習があって遅刻厳禁だったんです」


 美菜先生と聞いた途端、榊紫苑の頬がピクリと引き攣った。



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