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Parfum  作者: 響かほり
第四章 美形との昼食はろくでもない
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 愛とか、意味が分かりませんけど、院長…。

 絶対に確信犯の嫌がらせだと分かり、私はちらりと榊紫苑を見る。

 ものすごく怪訝そうな顔をして、私を見つめている。

 この表情は、一〇〇%誤解している顔だわ。


「なに、やっぱり付き合ってるの?」

「違いま…」


 言いかけた時、立ち上がった院長に突然、左側に顔を向けられる。

 何事かと思えば、口の中にだし巻き卵が入った。


「!!!」


 私の顎を捉えていた院長がニヤリとした瞬間、そのまま院長の顔が近付いてくる。

 かわす間も無いまま、院長は私が咥えていた卵焼きに齧りつく。

 唇に触れるか触れないかの、際どい所まで近付いていた院長は、すぐに離れる。

 だし巻き卵の大半を奪い去って。

 あり得ない事態に、体と思考が凍りつく。

 院長は何事もないかのように、奪い取った戦利品を食べ、淫靡に笑う。

 あんぐりと開いた私の口から、ポロっと残された卵焼きが落ちる。


「勿体ないことするな」


 なんなの、今日の院長は!

 いくらなんでも、嫌がらせの度が過ぎている。


“こ、こんな恥ずかしい真似、よくも!”


 その場から立ち上がった私は、力の限り叫んだ。


「セクハラっ!変態っ!エロ親父っ!何考えてるんですかーーっ!」

「つれない事を言うな、honey」

「誰がhoneyですかっ!人で遊ぶの止めてくださいって、前から言ってるじゃないですかぁっ!」

「真っ赤な顔して、初だな」


 私の怒りなんてまるで歯牙にもかけず、鬼院長は不敵に笑い、榊紫苑は何を思ったか大爆笑していた。



    §



「はぁ…」


 何度目のため息だろう。

 給湯室で紅茶を入れていた私の口から出るのは、もうため息しかなかった。

 あんな嫌がらせをするなんて、水を買いに行った帰りが遅かったことを、院長は相当根に持っているに違いない。

 だからと言って、あれはあり得ない。


「…はぁ」

「吉良さん、そんなに溜息つくと、幸せが逃げるよ?」


 鼻梁に香水の香りが届いたと同時に、不意に右の耳元で声がして、慌てて目の前のティーカップから声のする方に顔を上げる。

 吐息がかかるほど近くに、榊紫苑の綺麗な顔がある。


「なっ!」


 思わず仰け反れば、手に持っていたチャイナ・ボーンの紅茶ティーポットを危うく落としそうになる。

 ナルミ製の、ミラノのティーポット。


“一つ二万円弱!”


 危ない以前に、物の値段が脳裏をよぎり、一瞬にして血の気が引く。

 私の掌からティーポットが零れ落ちるより早く、私の両脇から腕が伸びて、ティーポットは私の手ごと大きな男の掌で支えられる。

 中身は既にティーカップの中に注がれていて、零れることも、火傷することも無かった。


「危ないよ?」

「良かったぁ…ありがとうございます。二万円が昇天する所でした」


 とりあえずティーポットが死守され、ほっと安堵した。

 ティーポットをチェックして、破損もなかったので弁償と言う大事には至らない。

 良かった。

 それにしても、今日は何なの?厄日なの?

 イケメンに絡まれても、正直、あまり嬉しくはない。好みじゃないから。

 彼氏がいた頃は、同僚や院長夫妻からは、もう少し顔で男を選べとよく言われたっけ。

 私はどちらかと言うと、ほっこりとする親しみやすい愛嬌溢れる容姿の方が好きなのに、どうして駄目なのかしら。

 男は顔じゃないと思うんだけどなぁ…。


「吉良さん?」

「え?あ、はい、何ですか?」


 考え事をして少し意識を飛ばしていた私を、榊紫苑は不思議そうな顔をして見ている。


「…吉良さん、やっぱり面白い発想するよね?」

「どうしてですか?」

「どうして…って…俺、自信なくなるよ」


 苦笑した榊紫苑の言葉の意味が分からず、私は首をひねる。


「こんなに傍にいて、何にも感じない?俺、そんなに魅力ないかな?」




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