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つながった手を持ち上げ、吉良はそれを強調するように振る。
彼女の表情が、どことなく険しい。
「これです、こ、れ」
「なに?指をからませる、恋人つなぎの方が良かった?」
「…違います。どうして、手を繋ぐんですか?」
「出された手を、手ぶらで返すのも何だから」
呆れたような顔をして、吉良は俺を見る。
「その発想が分かりませんから。素直に手を離して、荷物を下さい」
「やだ」
「…その返事は、私が嫌です」
この俺と手を繋いでいるのに嫌だなんて、一体、吉良の感性はどちらを向いているのだろうか。
女性受けは良いと自負しているだけに、吉良のこの反応は俺の自尊心を傷つける。
「っ、ちょっと、榊さん!?」
俺の手を一生懸命振りほどこうとする吉良の手を引くように、俺は歩き出す。
初めは少しだけからかって遊ぶつもりだったけど、気分が変わった。
照れるか、少しでも嬉しそうな顔をしたら、すぐに手を離すつもりだったけど、露骨に嫌そうな顔をされると、意地でも離したくなくない。
「さ、榊さん、ほんとに困ります…うわっ、まずい」
吉良は手をつないだ恰好のまま、不意に俺の背後に隠れて止まる。
俺は彼女のせいで後ろに引っ張られ、吉良とぶつかるようにして立ち止る。
俺に背を預けるようにした吉良が、「だから、困るって言ったのに…」と、力なく呟いている。
何事かと思い前方を見れば、あんぐりと口を開けた女がいる。
年齢は三十代半ば、一般人としては文句なしに洗練された華やかな容姿をしている。
「…誰?」
「同僚です…」
吉良が答えると同時に、少し先にいた女性が駆けてくる。
女性はものすごい勢いで駆け寄り、俺の背後に回り込む。
「あげはちゃん、何で隠れてるのよっ!」
“あげは?あぁ、名前か”
期せず吉良の名前を知った俺は、吉良に向き直る。手は繋いだまま。
「やだもぅ、彼氏と制服デートなんて、マニアックすぎよぉ~」
「あ、絢子さん、痛い…」
絢子という女性に、肩をばしばしと叩かれ、吉良は困った顔をする。
「彼氏なんていないって言ってたのに、あげはちゃんったら~」
「あの…絢子さん…この人…彼氏じゃ…」
「またまたぁ!こんなイケメンと、手つなぎデートしながら何言ってるの。ほれ、お姉さまに紹介してごらんなさい」
何というか、あまり人の話を聞かない感じが、俺の苦手な人に似ている。
俺は、相手に愛想よく笑みを浮かべる。すると、相手は俺の顔をまじまじと凝視する。
「…貴方、上坂伊織に似てるわね?」
一瞬、背筋が冷える。
そう言えば、健斗が『受付の絢子』という女性が、俺のファンだと言っていたな。
多分、この女性がそうなのだろう。
とりあえず、かわさなくては。
「What?Say it again.」
首をかしげて尋ねると、一瞬にして相手は固まる。
おおよその日本人は、流暢な英語で問われると思考回路が停止する。
「絢子さん、この人、日本語が通じないみたいで、手を離してくれないの…助けて?」
俺に話を合わせてはくれたけど、本当にこの状況を何とかしてほしいのか、吉良の言葉は相手に縋る様だった。
「む、無理無理無理っ!失礼しますぅ」
「あ、絢子さん…」
勢いよく踵を返した相手は、猛ダッシュで走り去った。
思惑通りだ。
悲壮感たっぷりの表情で相手の後ろ姿を見送っていた吉良は、ちらりと俺の方を見る。
物言いたげな表情で俺を見た後、深いため息と共に視線を逸らす。
「はぁ…絶対、絢子さんに勘違いされたわ…」
「俺が相手じゃ不服?」
「不服以前に、セクハラですから」
「手を繋いだだけで?」
「セクハラって言うのは、受けた側がそう感じたら、確定するんです」
つまり、俺にこうされるのは不愉快だと言う訳だ。
嫌がられているにも関わらず、俺は何故だか愉快な気分だった。
記憶のどこを辿っても、女性から拒まれた記憶がない。
こういう吉良の反応は、新鮮でいい。