11 ~紫苑side~
第三章 二人の俺
「お、伊織じゃ~ん。久しぶり」
雑誌の表紙撮影が終わった後、控室に戻ろうとスタジオの廊下を歩いていた俺を、神埼亮が呼びとめた。
亮は中性的な顔立ちで、しかも童顔。体型は華奢で、身長は平均値。
一見すると儚げな印象の男だが、ロックバンド『belladonna』のボーカルをやっている。
見た目に反して、性格も歌い方も、バンド活動もかなりアグレッシブ。
同じ事務所に所属している縁もあって、俺の二つ年上だが、良くつるんで遊ぶ仲間でもある。
「亮?何でお前が此処に?」
上坂伊織の時は、榊紫苑の時と違い、自然と言葉づかいや声音が変わるから、我ながら不思議だ。
「今度ソロで新曲出すから、これからそれのインタビューと雑誌用の撮影…って、お前、なんか痩せたか?」
亮が不思議そうに俺を覗きこむ。
最近、食事も満足にしていないから、体重がかなり落ちた。けど、それを人に言うことはない。
「あぁ、すこし体を絞りこんでるからな」
「それなら良いけど。最近お前付き合い悪いから、調子悪いのかと思ってさ」
「違う。小さい仕事が多くて、時間が合わないだけだ」
「じゃ、伊織はいつ暇だ?」
「そうだな…今日はこのまま私用があるから無理だな。一週間くらいすれば、夜は暇になる。何かあるのか?」
「あ?俺の連れの仲間に、お前のファンって女がいるんだ。そいつがお前に会わせろってうるさくてな」
思わず、失笑が零れる。
つまり、亮とは何のかかわりもない他人ってことか。
亮の表情からして、乗り気ではないのがわかる。
俺も同じように亮を紹介しろと言われたこともあるし、何となく、亮の今の気持ちは分かる。
「亮、俺の事ちゃんと言ってあるだろうな?」
「遊びでしか付き合わねえし、二度はねぇって?言ってあるぜ?それでも良いからとか、何遍断ってもしつこいから、マジウザくて。野郎ならぶん殴れるのによ」
亮の直接的な知り合いなら、顔を立てて会うのは構わないのだが。
正直、初めからつまみ食いされることを希望して、礼儀知らずに強引に会わせろとか言う女は、下手に断っても、引き受けても面倒くさい。
だから亮も、断りつつも、俺に話を持ってきたのだろう。
「俺に彼女がいるから、無理って言っといて」
その一言に、亮の二重の双眸が驚きに見開かれる。
「お前が、女を一人に絞り込む?あり得ねぇ、ってか、信用されねぇだろ」
笑いながらバンバンと俺の腕を叩く亮に、俺は首をすくめる。
そんなにあり得ないことかと、ちょっと自問してみるが、確かに不似合いな気はする。
俺が女に本気になるなんて。
だが、それを亮に見透かされているのは、癪に障る。
「だいたい、本命の女なんていないだろ」
「俺の心を二年間、ずっと占めている女なら居るぞ」
「…うっそ!」
大げさに驚いて見せた亮に、俺は鼻で笑う。
こいつをからかうと、おもしろいから好きだ。
もっとも、俺は嘘を言ってはいない。
ずっと気になっている女性ならいる。
恋愛感情ではないけれど。
「何、片思い?プラトニック?お前が?マジか!お赤飯炊くか!」
なんだ、そのお赤飯って。
祝い事レベルの話か?
「よし、分かった!女の方は断ってやるから、その話、今度、じっくり聞かせろや。赤飯食べながら聞いてやっから!」
いや、何も分かってないだろ、亮。
しかも、赤飯からいい加減、話を逸らせ。
そんなに赤飯が食べたいのか、お前。
そう突っ込みたかったが、あまりに純粋に喜んでいる亮がおもしろくて、そのまま話を否定もせずに、今度、食事をする約束をして別れた。