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Parfum  作者: 響かほり
第二章 金が結んだ縁
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「…で、話がそれましたけど…。榊さんは、人に弱みを見せたがらない性格ですから、恋人がいても、あまり現状と変らない気がしますけど」

「どうして、紫苑の性格が分かった?そんなに、話もしてないだろ」

「点滴をしている時に、もしかしてそうかなって」

「点滴?」

「榊さん、駆血帯くけつたいを巻いた腕に必要以上に力が入っているし、針を刺した後は、異常なくらい掌に汗をかいているんです」

「それがどうした」

「注射や点滴が嫌いな人に、良く見られる特徴なんです。でも榊さんは顔色一つ、態度も全く変えずに表面上は平静を装っていました」

「それだけで判断するのは早計だろ」

「やせ我慢は、私が知る榊一族全員に共通する性格でもありますから」


 不意に、院長が唇の端を緩める。


「お前に読み取られるようじゃ、榊の一族も脇が甘い」


 自分が貶されたのか、判断に困る微妙な言葉だった。

 あえて何も言わない方が良い気がして、再び箸を動かしはじめた。

 院長も、何も言わず同じように食事を再開する。

 静寂の中、お弁当を食べながら、私はぼんやりと考えていた。

 院長が、榊紫苑の話をいつもはぐらかす理由を。

 恐らく、意図的になされているそれは、私が特別時間給で働く理由につながっているのだろうと思う。

 だからこの二年の間、深く話を掘り下げて、院長に聞くような真似もしてこなかった。

 榊紫苑に直に問うことも、意図的に避けてはきた。

 良いアルバイトを失うのが、厭だっていうのが大きな理由だけど、それ以上に、深入りするなと、彼らに見えない境界線がある様に感じていたから。

 榊紫苑に対する第一印象もあったから、余計に触れてはこなかったけど。

 でも、最近の榊紫苑の様子を見ていると、それではいけないような気もしてきた。

 少しやつれているし、顔色もずっと悪いまま。

 彼の治療は、院長にしては珍しく思うように進んでいない。

 普段なら、常勤で来ているカウンセラーさんと連携もするのだけれど、時間外にこっそりやってくる榊紫苑にはそれも出来ない。

 駄目もとで、一度、榊紫苑と話をしてみようかな。

 彼が心を開いて話をするとは、到底思えないけれど。やらないよりはまし。


「…どうした」


 院長の声に、はっとして顔を上げる。

 お弁当を見つめたまま、手を止めていたらしい。


「なに海老天と見つめあってんだ」

「いえ…ダイエットの為に衣を外して食べるか、欲望に任せてそのまま食べようか迷ってました」


 院長に言えば、余計なことをするなって言われそうな気がして、あえてそうはぐらかす。


「遠慮なく欲望に溺れろ。ダイエットなんざ考えなくても、必然的に痩せるように仕事を振ってやる」

「…鬼ですね」

「愛だと言え。うちの社員規定、忘れた訳じゃないだろうな?」


 その言葉に、うっとなる。

 うちのクリニックは院長の独断と偏見で、男女問わず職員は、かなり容姿の綺麗な人がそろっている。

 私の容姿は例外としても、美人どころが揃っているし…どこの社員規定に、個人個人に対してスリーサイズのアウトラインを設ける所がありますか?

 妊婦さんになった場合は除外だけど、規定を超えるサイズになったらクビとか、あり得ない。

 しかも、スリーサイズを見ただけで言い当てる院長に、偽りの自己申告など無意味だし。

 院長曰く、体形変化は日々の自己管理ができているか否かを、視覚的に簡潔に判断する事が出来るから…らしい。

 容姿に対するこだわりは強いけれど、仕事能力の無い外見だけのナルシストな人材は絶対に入れないから、院長の審美眼は侮れない。

 痩せすぎも「醜い」と言われるので、ベストバランスの維持は難しい。それでも体型維持を意識的に努めているせいか、職員はほぼ風邪ひとつ引かないから、健康管理にも役立っているみたい。

侮れないわ、院長…。


「雑用係のお前に抜けられると、俺が面倒だからな」

「…『雑用係』を強調して言うの、止めてくださいよね」

「わがままな女だな…ともかく、明後日の午後は残れよ?」

「分かりました」


 わがままは貴方の専売特許でしょ?と、言いたいのを飲みこんで、私は海老天を箸でつまみ、大きな口でかじりついた。



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