第一章
サアア…
少年の目の前に広がっている庭の木々は,緩やかな夏の風に身を任せ,音を奏でている。
その音は,例えるならば
[川のせせらぎ]のようであり,少年の心を 体を 吹き抜けるように響き渡っていた。
少年の名は 鈴野 光希
1年前,両親をある事故で亡くし,現在は祖母,祖父の家に引き取られている。
生まれつき声帯が悪く,声が出ないってお祖母ちゃんが教えてくれた。
今は中学2年生で,丁度夏休みが終わる頃だ。
「光希君。明日は学校よ。準備はしなくてもいいの?」
お祖母ちゃんだ。
かなり穏やかな声だから,後ろからいきなり声をかけられても驚きはしなかった。
僕は声が出ないから,お祖母ちゃんに顔だけ向けて,
軽く頷いた。
「ハア…いつも言ってるでしょ?メモ張とペンを常にもってなさいって。」
頷いてるだけじゃ分からないわ,と言葉に付け足した後,僕がつかっているメモ帳とペンをわざわざ2階にある僕の部屋から持ってきてくれた。
僕はそれを受けとると,
「夕飯を食べてからにするよ。今はここに居たい気分なんだ。
わざわざごめん。おばあちゃんありがとう。」
と書いて見せた。
お祖母ちゃんはそれを見ると
「いいのよ。もっと頼ってくれても。光希君,あなたは一人でなんでもしよいこみすぎよ?迷惑なんて,これっぽっちもおもって無いんだから…」
お祖母ちゃんがそう言ってる間,ふと悲しそうな目をしたのが僕には分かった。
僕は
「うん。分かったよ。」
とメモにかいて見せた。
その日の夜,夢を見た。
ずっと向こうで誰かが手を降っている…
僕は,その「誰か」に近づこうとするけど,距離は離れるばかり。そして,「誰か」の姿がもう消えそうになった時…
「「光希…」」
この声は…父さんと…母さん…?
一瞬で辺りが闇につつまれる。
「き…こう…」
誰かの声がする。
「…」
あれ?聞こえなくなった。
「光希君!!!!」
「…!」
目を開けたら,掛け布団をまくりあげられていた。
もう…朝だ。声の正体はお祖母ちゃん。
「今日から学校よ?しゃきっとしなさい。しゃきっと!」
なんだか今日はものすごくテンションが高いような気が…
僕はその後,朝ご飯を食べてから学校へ向かった。
朝ご飯を食べている時に聞いたのだが,今日はお祖父ちゃんが帰ってくる日らしい。どうりでお祖母ちゃんの機嫌がいいわけだ。
そんな事を考えていたら,いつの間にか学校の校門に着いていた。
翼芽生中学校
僕が通っている学校だ。
ツバサメバエ中学校…なんとも洒落た名前だと,みるたびに痛感させられる。
なんでも,この名前になった理由は,翼は未来に向かって羽ばたく勇気を表していて,その勇気を芽生えさせよう。と言うことらしい。
頭に光沢がみられる校長先生が毎回,集会などで懲りずに説明している。
その熱烈に語る姿は,どこかの独裁者のようだ。
だから学校にいる皆は,イヤでも覚えてしまう。
後ろから足音が聞こえてきた。ゆっくりと近づいてきている。僕を驚かすつもりだろう。
残念だけど…バレバレだ。
僕は後ろを素早く振り向いて,「彼」を睨み付けた。
「…!?よ,よお!光希。校門に突っ立って,なにしてんだよ。相変わらず変なやつだなぁ!」
ハッハッハ と豪快にわらっている。周りの視線とか,気にならないのだろうか。 声をかけてきたのは,去年知り合った,福田 典弘だった。知り合ったと言っても,彼が一方的に僕に話しかけてきただけだ。
「ただ,ぼうっとしてただけだよ。」
そうメモに書いて,彼に見せた。
「…お前は,ほんっとに相変わらずだなあ。」
そして一呼吸おいた後に
「早く,教室いこうぜ。」と言ってきた。
彼が歩き出したので,僕はなにも言わずについていった。
なにも言わず,といっても僕は喋れないのだが。
僕たちが生徒玄関に入ろうとした瞬間
不意にガラスの割れる音がした。しかも,結構な音量だ。
おそらく,校門を右に出たところにあるコンビニ付近からだろう。
僕たちは瞬間,顔を見合わせた,そして福田が言った。
「…行こう!!」
僕と福田は足を揃えて音がした場所に向かい,走り出した。