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Prism Hearts  作者: 霧原真
第八章
99/222

食べるか食べざるか、それが問題だ

「ゆっきぃ、お腹すいた~」

「? なんだよ、急だな……。まだそんなに時間経ってないんだし、もうちょっと我慢しなさいよ」

それから二十分ばかり俺と志穂はしりとりをしていたわけなのだが、そろそろゲームとしての体をなしていない感じになりつつある。それというのも、志穂は俺の使った言葉がしばしば分からないようだし、俺は志穂の言った言葉のほぼ大半が分からないからだ。

いや、分からないと言っても、決して俺が志穂よりも圧倒的に無知というわけではない。俺はそこそこまともな言葉を基本的に使っているのだが、志穂はもはや普通の言葉を使うことを諦めて道場で仕込まれているらしい技名らしきものを連発するばかりで、俺の理解を拒むのである。しかもその技名は、やはり技名とは思えないようなものばかりであり、しかしそれが本当にあるのかということについて確証を持てないのと同様に、それが絶対にないということについても言うことができず非常にもどかしい思いを強いられるのだ。

「っていうかしりとりお前の番だよ」

「あきちゃった~」

「え~、飽きたってお前……。ここまでやりたい放題自分勝手にやってきたのに、最後の最後まで勝手だな……」

「おなかすいちゃったからあきちゃった~」

「飽きた理由が、お腹空いたから!? お前、勝手すぎるだろ!!」

「でもおなかぺこぺこだも~ん」

「ま、まぁ…、そんなにお腹ぺこぺこだって言うんなら、別に俺もそんなしりとりに未練ないからいいんだけどさ……。でも昼飯はまだだからな、とりあえずおかしでも食べとけ」

いくらお腹が減ったと言われても時間はまだ十時半を少し回ったくらいで、昼飯の時間にしてしまうには少々早すぎる。こんな時間に昼飯を食べさせてしまっては、確かに今この瞬間は志穂の空腹を収めることはできるかもしれないが、しかしまた晩飯の二時間前くらいに腹が減ったと騒ぐに決まっている。それならば今はもう少しの間我慢させて時間通りに昼飯を食わせた方がいい。

志穂は食い始めたら無尽蔵だからな、昼飯を始めてしまえば全部食うまで止まらないわけで。でもそのわりに食い溜めみたいなことができるわけでもないのだ。一日の食事のリズムがずれてしまうと、非常にめんどうなことになってしまう。志穂の食事のタイミングは朝は七時、昼は十二時、夜は二十時の三回なのだ。それを忠実に守ることが志穂の面倒をみる上では一つ、重要なことになってくる。だから今は少しおかしを食べさせて空腹を誤魔化すにとどめるべきだろう。

「おかしたべていいの? ごはんのまえに、おかしたべていいの?」

「あぁ、別にいいぞ。今日は特別だからな。っていうか、みんなも食べてるんだから、気にしないでいいんじゃないか?」

ご飯の前にお菓子を食べるのはダメ。それは俺と志穂とのお約束の一つだ。しかし普通の人のようにお菓子を食べた分ご飯が食べられなくなってしまうからではない。こと志穂に限って、お菓子を少し食べたくらいで食事がしっかり取れなくなるなんてことはないのだ。

それならばどうしてお菓子を食べちゃダメなんて言っているかといえば、もちろん意地悪などでは決してなく、少しでも俺が目を放すとお腹がいっぱいになるまでお菓子を食べてしまうのだ。志穂のお腹がいっぱいになるまでというと、その量も相当のもので、あっという間に信じられないような量を平らげてしまう。そのお菓子消費はもちろん志穂の財布から出されるのだが、しかしときおり俺が出してやっていることもあって、つまり、あまり志穂にお菓子を食べさせてしまうと俺の財布の中身が削られてしまうのだ。

だからこそ、志穂にはあまりお菓子を食べさせてはいけないのである。俺はお財布の中身が大事だからな、出来れば志穂のお菓子代なんかで使ってしまいたくはないのだ。

しかし今はそんなことを心配する必要もない。なぜならばここは電車の中で存在しているお菓子の量そのものに大きな制限がかかっているし、新しく買いこんでくることはできない。さらに志穂は俺の目の前にいるわけで、さすがにこの状況から俺の視線を振り切ってお菓子をありったけむさぼり食うこともできはしないだろうからな。

「ほれ、このポッキーをやろう。一袋を、ゆっくり大事に丁寧に、一時間くらいかけて食うんだぞ。一時間経ったらもう一袋やるからな」

「わ~い、ゆっきぃありが、…、うゅ……」

「? どうした? いらないのか?」

俺がキャリーケースの中から取り出したポッキー(なんか細いやつ。旅行だから奮発して買った)の箱を開けると、その中から二つに小分けにされているうちの一つを引っ張り出して志穂に差し出した。これ一つでどれだけの時間を持たせることができるかが分からないが、今言った一時間は持たせてほしいところだ。とか思っていたのだ、しかしどうも様子がおかしい。素直に受け取ろうと手を伸ばしてきたと思ったのだが、しかしどうしてか袋に手を触れそうになったところでビタッ! と動きを止め、小分けの袋を俺の手の中に残したままスッと手を引いたのだった。

「チョコの気分じゃなかったか? 悪いけどあとはおせんべいしかないぞ?」

「そうじゃなくてね、あのね、えと、みんながしてたら、してもいいの?」

「みんながしてるんだから、いいじゃないか。別に気にしなくていいんだぞ、みんな食ってるんだから」

「みんながしてるからっておんなじようにしていいってわけじゃないって、ゆっきぃまえにいってた。…、いってた?」

「なんで疑問形なんだよ。確かにそんなこと言ったような気がするよ。おぼろげにしか覚えてねぇじゃん。っていうかお前、せっかく俺がいいこと言ったみたいな流れになりそうなのに、それじゃ台無しじゃねぇかよ」

「でもあんましおぼえてないから~」

「覚えてないなら無理して俺の言葉を引用するんじゃない。他人の言葉をわざわざ引用するのは自信を持って言えるときだけにしろ」

「は~い。でも、みんながたべてるからってたべちゃダメでしょ? がまんしてえらい? えらい?」

「あ~、偉いぞ、えらいえらい」

「おなかすいたけど、ゆっきぃがまだっていったから、まだおひるごはんもがまんするよ。えらい? いい子?」

「そうだな、我慢強くてわがまま言わないのはいい子だぞ」

「いい子だったら、なでなで? なでなで?」

「…、あぁ、そういうことか」

キラキラとまばゆい視線を、向かい合わせで椅子に座っているのでいつもの上目遣いではなく、真正面から俺にぶつけてくる志穂。目力で負けることはないが、しかしいつもよりも強いキラキラが俺の目を貫いていく。はてさていったいどうしたというのだろうか、と思ったが、しかし解答は至極簡単なものでしかない。

なんということはない。いい子でいることを殊更にアピールすることによって、俺に自分の頭を撫でさせようとしているのだ。こいつ、頭撫でられるの好きだなぁ、くらいには思っていたが、まさかそんな姑息な手を使ってまで撫でられようとしてくるとは、俺が思っている以上に俺に撫でられることが好きなのかもしれない。まったく、別に誰が撫でても同じだろうに、かわいいやつめ。

だがどうしてか、そんな志穂の態度が俺の心に一陣、冷たい風を吹かせたのだった。志穂に懐かれてうれしくないわけではないが、何かが満たされない、どこか物足りない。どうしてしまったというのだろうか、と自分に問いかければ、その答えもつい先ほどと同様にすぐ見つかるのだった。

「お前、なんか最近とみに賢くなってきたな。いや、賢いっていうか、小狡いっていうか…、小賢しくなってきてる。あぁ…、ぴゅあぴゅあだったころの志穂はどこに行っちゃったんだろうな……」

「ぴゅあぴゅあ?」

「そうだよ、なんにも考えてなくてさ、意味もなくバカみたいなことをしてさ……。そうやって頭撫でてほしいからって打算的にアピールしたりしないんだよ。いや、別に頭撫でてやるのはいいんだけどさ、でもそうやって明け透けにアピールされるとさ、なんか冷めるよな」

「え~、じゃあなでなでしてくれないの~?」

そうやってかわいいアピールをすれば俺がすぐに引っかかってホイホイ頭を撫でてくれると思っていたのだろう、志穂は若干不満げな声をあげるとプゥと頬を小さく膨らませた。そして俺は、頭を撫でるのではなくその膨らませた頬に一本立てた人差し指を軽く突き刺し、志穂の頬に具律と指の先をめり込ませる。

まったく、俺のことをどれほどまでに安い男だと思っているんだか。俺のなでなでは、高いぜ?

「なんていうのかなぁ、男心を分かってないっていうかさぁ、こう、ね? もっとズバッと男心くすぐってくれないと、いい気分で頭撫でてやれねぇよ。霧子はそこらへんのところよく分かってるんだよな、こう、かわいいっていうかさ、庇護欲誘うっていうかさ」

「ひごよく? ひごよくってなぁに?」

「庇護欲っていうのはさ、あれだよ、守ってあげたい感じだよ。あと、可愛がりたいなって感じだよ」

「あたしもかわいいよ? まもってあげたいよ?」

「そういうこと自分で言っちゃうのがダメなんだよ。分かってねぇ、分かってねぇなぁ……」

「でもゆっきぃはあたしのことかわいいっていうよ? ゆっきぃがそういうんだから、そうなんだよ」

「俺がそうやって言うとしても、だよ。確かに志穂はかわいいかもしれないけどさ、でもだからってそこで『あたしはかわいいもの』とか言われたらさ、軽く気持ちがヒいちゃうんだよ。おしとやかさとか慎み深さが足りないんだって。そういうとき霧子だったら、『あたし、かわいくなんてないもん』って一歩引くんだよな。そうやってうまく硬軟使い分けていかないと、厳しい女の子界で生き残っていけないぞ! なぁ、霧子?」

「にゅ? 幸久君、どうしたの?」

「霧子はかわいいな、ってこと」

「にゅぅ…、あたしはかわいくなんてないもん。しぃちゃんの方がすっごいかわいいもん」

「聞いたか、志穂。あれがあるべき姿なんだよ。うまくバランス取っていかないとダメなんだよ。まぁ、志穂にはちょっと難しいかもしれないけどなぁ」

「むぅ~、むずかしくないもん!」

「なんだと! お前でもそんな高等技術を使いこなすことが出来るっていうのか!?」

「できるもん! たぶんできるもん!」

「ふむ…、しかし難しいぞ。霧子はあれでも、長年の修練によってあの立ち居振る舞いを身につけたんだ。あれは一朝一夕で手に入るものじゃないぜ」

「あたし、がんばるのとくいだもん! がんばればできるもん!」

「よし、その心意気だけは認めてやる。まぁ、志穂はかわいいし、きっと才能もある。いっぱいがんばって、立派な美少女戦士になるんだぞ」

「うん! がんばるよ!」

「よし、いい返事だ! よ~しよしよしよし!!」

「にゃ~、ゆっきぃ~」

とか言って、けっきょく撫でてるし。いや、いいんだ。俺のスタンスは基本的に信賞必罰、いいことをしたいい子にはちゃんとごほうびをあげなくてはならない。志穂はあざとい感じで俺のことを舐めてかかったかもしれないが、しかしそれでもいい子になろうと懸命な姿に偽りはないのである。それならば、きちんとごほうびをあげるべきなのだ。ポッキーとなでなでをあげてしかるべきなのである。

決して、ぐちぐちといろいろ講釈を述べてみたけどけっきょく志穂の頭をなでてやるのを我慢できなかったというわけではない、誤解してはいけない。

「…、三木、いったいなにをやっているんだ」

「幸久君、しぃちゃんの髪がぐちゃぐちゃだよ?」

『二人とも、電車の中では静かにしないとダメ』

「姐さん、霧子、メイ。勘違いしてはいけない。これは必要な行為なんだ」

「三木、あまりこういうことは言いたくないのだが、お前が女子の髪に触れるのが好きということは承知しているつもりだ。しかしこういった公衆の面前で、そうやって撫でまわすのはよくないことだとは思わないか?」

「ん~、そんなにでも?」

『幸久くん、あんまりこういうところでなでなでするのはよくないと思う』

「え~、そうなのか? 俺は別に撫でるなんて恥ずかしいことじゃないと思ってるから、特に構わないんだけどなぁ……」

「ゆっきぃになでなでしてもらうのはきもちいよ」

「き、気持ちいい、だと……?」

「りこたんもやってもらえばわかるとおもうよ!」

「いや、私はいい。い、異性に髪を撫でられるなど、恥ずかしいではないか……」

「ほぇ? はずかしいの?」

「私にしてみれば、お前たちがどうしてそれを恥ずかしいと思っていないか、ということの方が不思議でならない。そういうことは小さな子どもがするようなことで、この年になってやることではないと、私は思うのだ」

「そんなことないよ、りこたん。なでなではいくつになってもいいものだよ!」

「そうなのか……? と、とにかく私は遠慮しておく」

「そうなんだ~、ざんねんだね~」

しかし、疑問なのはどうして志穂がそこまで俺に撫でられることを喜びとしているか、ということだ。確かに俺は長年霧子の頭を撫でてきているから、なでなでのキャリアだけ見たら相当のものかもしれないが、しかしそこに着実なテクニックが伴っているかといえば、それは俺自身には分からない、というのが現状だ。

つまり、俺は自分のことを自分で撫でることはできないから何とも言えないのだ。そんなにいいものなのだろうか。まったく、とんだテクニシャンだな、俺。

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