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Prism Hearts  作者: 霧原真
第八章
98/222

がたごと電車にゆられつつ

「ほぇ~、はしってる~」

「まぁ、電車だからな」

俺と霧子がギリギリになって来たから、というわけではないのだが、俺たちは滑り込むように乗る予定だった電車に乗り込んだ。そしてそこから三つ行ったハブ駅で私鉄へと乗り換えを行ない、今日の目的地を目指すのであった。まぁ、この乗り換えさえ済ませてしまえばあとはただ乗っているだけで目的地まで到着するわけで、唯一の面倒な部分をクリアしたと言ってもいいのかもしれないのだが。

しかし実際問題、この電車の乗り換えという作業が非常に困難なわけで、なんとなく、本来ならばする必要のない疲労を強いられているような気分である。具体的に言えば、志穂がどこかに行ってしまおうとするのを止めるのが手間なのだ。というか、志穂はどうしてそんなに様々なことに対して興味しんしんでいることができるのだろうか。高校二年生ともなれば、まだ人生の序盤かもしれないが、少なからぬ知識を有しているはずで、小さな子どもの頃のように無邪気になんでもかんでも興味深い視線を向けることはできなくなるものなのではないだろうか。

だってまったくの無知ではないんだから少しくらい冷めた視線を持ち合わせていてもおかしくはないではないか。目に入る全てのものが新鮮な、田舎からのぼってきたばかりの小さな娘じゃないんだ、もっと落ち着いてくれたって罰は当たらないはずではないか。電車の乗り換えくらいで手を煩わせないでくれ、といいたい。

「ゆっきぃゆっきぃ、あれなぁに?」

「あれか? あれはビルだろ」

「じゃあ、あれはあれは!」

「カプセルホテルってやつだ。看板に書いてあるだろ」

「なにそれ~?」

「ホテルだよ、泊まるところ」

「へぇ~、そうなんだ~。きょうはあそこにとまるの?」

「なんでだよ。去年と同じとこに行くって言ってるだろ。何を聞いて、なにを思ってお前はここにいるんだよ」

「ゆっきぃがいるから、あたしもいるんだよ」

「なにその一蓮托生みたいな感じ。お前と一蓮托生は怖いわ」

「いちれん、たくしょ~?」

「…、お前が死んだら俺も死ぬ、みたいな感じ」

「ゆっきぃしんじゃ、ヤ~」

「いや、死なねぇよ。もののたとえだよ」

とりあえず、大型連休の初日でありながらかなり静か、というか閑散としている車内には俺たち以外には数人しか乗っていないわけで、席はスカスカでガラガラで、どこにでも好きなように座り放題といった体だった。これから向かうのは、確かにキレイな場所かもしれないが、特別に有名な観光地というわけでもないから仕方のないことなのかもしれないが。

そして俺たちは、二つ並びの四人がけのボックス席に三人と二人で分かれて座ることにしたのだった。やはり四人がけなのだから一つのボックス席に対して四人が座るべきなのかもしれないが、しかしそれでは一人が余ってしまうわけで、それでは余ってしまった一人が独りぼっちでつまらないというか、疎外感というか、せっかくみんなで来たのに寂しいではないか。だから、間を取って三人と二人に分かれるのである。そうすれば席を広々と使うことができるし、ふと思い立ったときに一方から一方へと移動することも比較的容易ではないか。

そして今現在、俺は志穂と二人でかけているわけで、しかし志穂がずっと、くつを脱いで座席の上に膝立ちになって窓の外を眺める子ども座りをしているので会話が弾むわけでもなく、ほぇ~となっている志穂を眺めながら特に何もしないでぼぉ…っとして時間を過ごしているのである。まだ住み慣れた街を遠く離れたわけでもないのでそんなに珍しいものがあるわけでもないのに、どうしてそこまで熱心に車窓に貼りついていられるのか、俺にはなかなか分からないのだが、まぁ、志穂には志穂のなにかがあるんだろう。分からないことについては、言及しないのが一番だ。

しかし、隣のボックスでは女子三人がにぎやかにおしゃべりに興じているわけであり、そういう感じも少し羨ましかったりする。でも、わざわざ志穂を窓から引っぺがしてまでそんなことをするのもどうかと思うし、そもそもこうしてのんびりしているのだって嫌いじゃないし、別にこのままでもいいのかもしれない。

「ゆっきぃ、あれみてあれ!」

「? どれだ?」

「あれあれ! あのみどりのあれ!」

「緑? 緑って、車か?」

「あれ、なんのくるま? なんのくるま?」

「…、タクシー」

「タクシー!」

「いや、さすがにお前、タクシーは知ってるだろ。なんにも知らないキャラを定着させようとしないでくれ」

「でも、タクシーのったことないよ!」

「タクシーは大人の乗り物だからな。大人になったら乗りなさい。俺たちはまだ子どもなんだから移動手段は歩きか走りかチャリでいいんだよ。あっ、あと電車とバスもありな。あんまり遠い場所だと、行けなくなっちゃうから」

「ほぇ~、そうなんだ~……。いつかのれるようになったらいいな~」

「いつかな、いつか」

のんびりとした空気が、頭上を流れていく。あぁ、穏やかだ。たまにはこういう感じもいい。いつもこれだと逆に疲れてしまうかもしれないが、しかし時たまであるならばいい。これは癒しだな。

「ゆっきぃ、しりとりしよ~」

「え? しりとり? いや、別にいいんだけどさ、急だな、おい」

「だってひま~」

「なんだ、電車の外見てるのは飽きたのか?」

「あきちゃった~」

「一分前まであんなに熱心に見てたのに、なにがあったんだよ……。まぁいいや、で、しりとりか?」

「そう。あのね、あたしが一つことばをいったらね、そのさいごの」

「いや、しりとりは知ってるよ。ルールの説明とか別にいらねぇって」

「しってるの?」

「知ってる知ってる。ポピュラーなゲームだろ。別にお前が考え出したゲームってわけでもないんだしさ」

「じゃあ、やろ!」

「別にいいけど、お前出来るのかよ、しりとりなんて。お前の知ってる言葉、めっちゃ少なそうなんだけど、きちんと勝負になるのか?」

「なるよ~。あたし、いっぱいしってるもん」

「ほんとかよ。まぁいっか、それじゃあ最初は」

「さいしょは、『ちょ~ちょ~はっし』の『し』!」

「なんで最初が丁々発止なの!? 最初はしりとりの『り』とかでいいんだよ! どうして最初でそういうの使っちゃおうとするかな!! せっかくかっこいい言葉知ってるんだから、ちゃんとゲームの中で使いなさいよ!!」

「え~、じゃあ、さいしょは『り』?」

「いや、別に不満なら丁々発止の『し』からでもいいんだけどさ……。でもお前、それじゃせっかく知ってる言葉を一つ無駄に使っちゃうことにならね?」

「ん~、じゃあ、ゆっきぃがなにかかっこいいのからはじめてよ」

「かっこいいのから? 俺は別にしりとりの『り』から始めてくれても一向に構わないんだけど……。でもまぁ、そういうことなら…、えっと、呉越同舟の『う』から始めるか」

「なにそれ~、しらな~い」

「いや、あるからな。お前の知ってる言葉を基準にしたらしりとりが盛り上がらないんだよ。ちゃんと高校生のしりとりしようぜ」

「むずかしいことばしかつかっちゃダメなの?」

「いや、まぁ、ちょいちょい挟んでいくくらいでいいんだけどさ。なんか簡単な言葉ばっかりだとつまらないだろ、やっぱ」

「うん」

「じゃあ『う』な。ほれ、『う』から始まる言葉」

「えっとねぇ~、う~、う~…、『うどん』!」

「…、志穂、あのな、しりとりっていうのは、言葉の最後に『ん』がついたら負けなんだよ。今のは聞かなかったことにしてやるから、もう少し考えろ、な?」

「うゅ? 『うどん』はダメなの?」

「とりあえず、他のにしとけ。悪いことは言わないから」

「えっと~、じゃあ『うま』」

「そう、それならいいんだよ。気をつけろよ、最後に『ん』がついた言葉を言った方の負けなんだからな?」

「わかった~」

「次は『ま』だよな…、『孫』」

「『まご』だから、『ご』? てんてんは?」

「あ~、『こ』でもいいよ」

「んとね~、こ、こ~、『こま』」

「おっ、『ま』を続けてきたな。やるな、志穂。『マツモトキヨシ』」

「えっと~、『しま』」

「まだ続くか。『祭』」

「『り』…、『リマ』」

「ペ、ペルーの首都か……。渋いところ攻めてくるな…、高校生っぽいぜ……。『マリンスノー』」

「? なにそれ~」

「あるんだよ、そういう現象が。なんつぅか、海の中でプランクトンが雪みたいに降る感じになるんだってさ。俺も実際に見たわけじゃないからよくは分からないんだけど」

「うみのなかでゆきふるの? すごぉい!」

「まぁ、気になるんなら帰ってからネットででも調べてみればいいだろ。検索すれば動画でも画像でも出てくるんだろうし」

「あたしのしらないことが、いっぱいあるんだね!」

「世界はお前の知らないことばっかりだよ。いや、それは俺もだけどさ」

「いろいろおしえてもらうと、びっくりするよね~」

「お前は特に知らないことがいっぱいあるから、教えてる方もびっくりするけどな。っていうか、お前けっこう生きていく上で基本的なこと知らなかったりするんだよなぁ……。今までどうやって生きてきたんだよ」

「? ものしらず~でゆっきぃをびっくりさせたことなんて、ないよ?」

「…、お前は、そうやってなんでもかんでもどんどん忘れていくから、知識が蓄積されないんじゃないのか? っていうかお前、いろいろ覚えてるか?」

「おぼえてるよ?」

「それならいいんだけどさ……」

こいつは、もしかして脳の持っている記憶容量が極端に少なかったりするのだろうか。通ってる道場で脳の魔改造とかされてるのかもしれない。

「じゃあ、『の』だよね。えと~、『のま』」

「『のま』!? なにその言葉!? 苗字!?」

「え~、わかんな~い」

「自分でも分からない言葉使ってんの、お前! それはなしだろ!! 少なくとも自分は知ってて、ちょっとくらいなら説明できる言葉使いなさいよ!!」

「でも、あたしがしらなくても、ゆっきぃがしってるかなぁ、って」

「適当だな、おい……。しりとりってそんなふわっとしたゲームじゃねぇぞ!! それぞれが持っている語彙の数を競い合いつつ、相手を巧妙に追い詰めていく思考ゲームのはずだろ! それを、相手の知識に頼っちゃダメだって!!」

「え~、でもむずかしいことはゆっきぃにまかせたほうがうまくいくし~」

「お前はいつからそういう打算的な思考ができる娘になったの! もっとバカでいなさいよ! 何も考えてないバカでいなさいよ!!」

「じゃあ、『のま』はダメなの?」

「お前がその『のま』について何か説明、というか弁解できるんなら別に構わないけど、出来ないんならダメだ。別の言葉にしなさい」

…、っていうか、もしかしてさっきまでも今と同じように考えて、本当にその言葉があるかどうかは度外視して言葉を出していたのだろうか。二文字で、最初が俺の出した言葉の最後の文字で最後が『ま』になるように組み合わせて。

「…、なぁ、志穂、『リマ』ってなんだ?」

「ほぇ? えと~、りま、りま…、どうぶつ?」

「それはリャマだ」

「じゃあ、たべもの」

「じゃあ、ってなんだよ! ほんとに適当に文字並べてただけじゃん!! 俺がお前の使った言葉の意味を考えてやるって、どういう遊びだよ!!」

「え~、じゃあどうすればいいの~?」

「お前の知ってる言葉を使えばいいんだよ。それが正しいしりとりの遊び方だろ」

「じゃあね~、『り』だから~、…『龍虎双牙滅殺掌波』!」

「なにそのかっこいい名前!! 技!? っていうか、お前、会話の中で漢字使わないキャラじゃなかったのかよ!」

「えっとね~、こうやって、こうやって、は~っ! ってやるわざだよ」

「あ~!! やってみせなくていい!! 俺で試しにやってみようとかするな!!」

「ししょ~がやるとね、ビームみたいなのでるんだよ! あたしはまだだせないけど!」

「一生出せなくていいからな。女の子は別に生身からビームとか打てなくてもいいんだから、変なことばっかり出来るようにならないようにな」

「でも、ビームうてないと、とおくにいるてきをたおせないってししょ~が」

「別にお前を遠距離から狙撃してくるやつなんていねぇよ!! そんなことよりも、もっと出来るようになるべきことがあるだろうが!!」

「あっ! バリア!」

「違うわ!! バトル関連の系列から視点を外して!?」

「ゆっきぃ、つぎは『は』だよ」

「なんで話流そうとするの!? 今、けっこう大事なこと話してるよね!? …、これについては、後でいっぱい言うことがあるからな、覚えとけよ! 『ハッキング』」

「『グミ』」

「『ミッキー・マウス』」

「『す』~、は~、えっと~、『澄み渡る水面を揺らす一陣の突風波』!」

「なにその長くて詩的で情景描写調の名前の技!! ウソだ! そんな技はさすがにないだろ!! このウソツキ!!」

「ウソじゃないもん! ししょ~がいってたもん!」

「っていうか、お前がそんな長い名前のものを暗記してるなんて信じられん! 今、適当に即興でつくったんだろ!」

「そんなことこそできないもん!」

「…、たしかに。え~、じゃあそんな名前の技が、ほんとにあるっていうのかよ~……。信じられねぇよ……」

「ししょ~のオリジナルわざなんだって」

「オリジナルか……。お前のお師匠さんは、すげぇセンスしてるんだな……」

「ししょ~にでんわできいてみる?」

「いや、お前がそんなにいうってことは、ほんとにあるんだろう。ここは納得してやる。『原敬』」

「『し』…、『ジェノサイド昇竜ギャラクティックマグナム烈波掌』!」

「技名長ぇよっ!! っていうか横文字ぃいいいいい!! なんなんだお前の通ってる道場はぁああああああああああああああ!!」

俺たちのしりとりはまだ始まったばかりだが、しかしどうやら、志穂がその気らしいわけで、ノーガードの殴り合いになりそうな予感がする。俺としては、引く理由はないわけで、勝つまでやるだけなのだが。

まぁ、いくら歴史ある流派であってもその技の数には限界が来るわけで、志穂は早々に種切れになることは目に見ているのだ。俺が、負けるわけがないではないか。

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