急いで合流、旅行に出発
「姐さん、ギリギリになってごめん!」
小細工を弄して言い訳をしてもどうせ木っ端みじんに打ち砕かれるんだから、ここは素直にごめんなさいと謝ることにしようと思う。そもそもからして姐さんは言い訳をされることが嫌いで、それがどれくらいかといえば「そんな漢らしくないことをするやつは友だちじゃない!」とか言い出しそうなほどなのだ。
「おぉ、三木、ようやく来たか。待ち合わせには、もう少し時間の有余を持って到着しておくべきだぞ」
「おっしゃるとおりです……」
「しかしまぁ、けっきょく遅刻はしていないのだから、問題はないだろう。これから気をつけろよ」
「あぁ、今度から女の子と待ち合わせするときは、ちゃんと本読みながら待ち合わせ場所に待機して、『ごめ~ん、まった?』って聞かれて、『今来たところだよ』って返せるようにするから」
「そのテンプレートに従わなくてはならないとは思わないが、お前がそれを目指すというのならば止めはしない」
「姐さんとの待ち合わせでもちゃんとやるから、姐さんもちゃんとノってくれよな」
「その必要はないだろう。そもそも、私がお前よりも待ち合わせに遅れて来ることはないのだからな」
「そんなの分からないぜ、もし俺が待ち合わせの一時間前から待機していたとしたら、さしもの姐さんであっても俺より遅れて来ざるを得ないはずだぜ」
「それならば、私は一時間半前から待機するまでだ。その程度の時間を待機して過ごすなど、造作もないことだ」
「じゃあ、俺と姐さんの役を逆にしよう。そうすれば万事解決だ」
「それではそもそもの、お前が時間の余裕を持って待ち合わせに来るということが達成されないだろう。むしろなにも解決されていないではないか」
「じゃあ、俺はどうすればいいんだい!」
「どうもしない。ただ時間に余裕を持って待ち合わせに来ればいい、それだけだ」
「……、霧子…、姐さんが冷たいよ……」
「幸久君、やっぱり遅く来たからりこちゃんの機嫌が悪くなっちゃったんだよ」
「霧子ちゃん、どうしてそんなに他人事っぽい言い草なの? 遅れてきたのは霧子もいっしょなんだよ?」
「それはそうかもしれないけど、でもそれはそれだよ」
「いつから霧子はそんな、大人みたいなこと言う娘になっちゃったのかねぇ……。昔はいつでもいっしょの以心伝心一心同体な仲だったんだけどなぁ……」
「い、今だって、以心伝心だよ!」
「ほんとに~?」
「ほ、ほんとだよ?」
「じゃあ、どうして毎朝スッキリ起きてくれないの? 以心伝心なら、起きてほしいって気持ち、伝わってるよね?」
「にゅ…、にゅぅ……。これからは、がんばって起きるよ……」
「…、まぁ、意地悪はこれくらいにして……」
「意地悪だったの……?」
「俺は定期的に霧子に意地悪しないと肺の持病が悪くなるんだ」
「そ、そうだったの!?」
「ウソだよ」
「…、いじわる~……」
「よしよし、今日も霧子はかわいいな。しかしそれにしても、志穂、なんでお前、時間に間に合ってるんだよ」
「ほぇ?」
「お前は遅刻してくる係じゃなかったのか? 実際、去年も遅刻してきただろ。それ以外にもいろいろ遅刻してるし、てっきりそういう係としてがんばってるのかと思ったけど、違ったんだな」
「ふふ~ん、すごいでしょ~。あたしはこれからちこくはしないってきめたんだよ~」
「急にどういう心変わりだよ。もはや遅刻するのにポリシー持ってるのかと思ってたよ。…、でもまぁ、学校には遅刻してないわけだし、やろうと思えばできるってことか……?」
「がっこうのときはね、ママさんがおこしてくれるんだよ。でもおやすみのときはママさんもおつかれだから、ずっとねてるの。だからあたしもずっとねてて、ちこくしちゃうんだよ」
「なんで自分が起きられないことをしれっとお母さんのせいにしているんだ。自分のせいだろ。ちゃんと自分で目覚ましをかけて、自分で起きなさい。っていうか、志穂のところは共働きだったんだな」
「ともばたらき?」
「あ~、お母さんもお父さんも、どっちも外に働きに出てるんだな、ってこと」
「ママさんは、おそとに出てはたらいてるわけじゃないよ?」
「? そうなのか?」
「うん、ママさんは、あみものきょうしつをしてるんだよ。週に4かいくらいひとがくるよ」
「へぇ、繁盛してるんだな。しかし週四回っていうのは大変だな、忙しい」
「だからママさんはおやすみの日はあたしをおこしてくれないんだよ! ふふん!」
「なんでそんなところで誇らしげなんだよ。お母さんがいっぱいがんばってるんだぞ、ってところで誇らしげになってくれよ。っていうか、そんなこととは関係なく自分で起きろよ。…、いや、それじゃあ今日は、どうやって遅刻しないように起きたんだ?」
「きょうはね~、えっと、メイメイがね、メールでおこしてくれたんだよ」
「そうなのか? メイはやさしいなぁ……」
「メイメイにはなんにもいってなかったんだけど、あさにメールがきたの。びっくりしたんだよ~」
「メイが気をきかせてくれたんだな。メイはやさしいなぁ……。俺は弁当つくるのに手いっぱいで、そんなことまで気が回らなかったよ」
『ちょっと早く目が覚めちゃっただけ』
「それでもいいんだよ。起こしてあげたっていう事実が大事なんだよ、ここでは」
「そ、それなら、幸久君はあたしを起こしてくれたよ!」
「あぁ、確かにそうだな。でも、俺たちがギリギリに来たっていう事実には変わりはない。それもまた真理だ」
「私は、三木のそういう潔いところはとても評価しているぞ。あとは、そのスタンスを常に崩さないようにすることさえできれば最高なのだがな」
「言い訳したくなるときもあるよ、男の子だもん」
「男ならば、やはり常に潔くなければならない。日本男児の武士の心を思い出すんだ、三木」
「姐さんの理想の男になるためには、いざというときはスパッと腹をかっ捌かないといけないっぽいな……。それは現代人としてかなり厳しいものがあるぜ……」
「別に腹を切れなどと言うつもりはない。ただ、女々しい真似をするのは、男として如何なものか、というだけだ」
「姐さんの女々しいの基準はかなり厳しいからな……。…、料理をするのは、女々しい?」
「まさか、そのようなことがあるか。私がしたいのは心構えと心意気の話だ。別に何をしたといって女々しいなどは言わない。しかし、自分のしたことに対して言い訳をしたり言い逃れをするようなことがあれば、どうしてもその性根が女々しいと言いたくなってしまうのだ」
「きっと、姐さんから見たら俺なんか、っていうかこの時代の男そのものがもはや女々しいんだろうな。まぁ、そういう男らしい男になれるように、努力はするぜ」
「今は多様化の時代というが、しかしそれでも一つ通すべき道のようなものはあると、私は考えているがな」
「きっと姐さんの言うことは間違ってないんだろうな。でも、間違ってなくても、正しいかどうかは俺には分からないけど」
「そうだな、誰にも分からないだろうな、そのようなことは」
「ねぇねぇゆっきぃゆっきぃ」
「ん? どうした、志穂」
「しゅっぱつしないでいいの? でんしゃは?」
「あぁ、電車な。電車は、あと五分くらいだ」
「もういく? いく?」
「そう、だな。わざわざこんなとこでしゃべってなくてもいいか。別にホームに行ってしゃべってても同じなわけだし」
「きょうは、どうやっていくの? でんしゃ?」
「電車だ。新幹線で行ったら早いけど、どうしても足が出ちゃうからな、鈍行を乗りついで行くぞ」
「どんこ~って、ゆっくりのやつ? ってことは、でんしゃにいっぱいのってられる?」
「あぁ、まぁ、去年と同じ電車なわけだし、去年と同じくらいと思っといてくれ。行く場所同じだから、同じ乗り方するんだ」
「ってことは、いっぱいだね~」
「志穂は、電車長く乗るのいやか?」
「でんしゃ、すきだよ」
「電車好きなのか?」
「はやいから、すき~」
「早いからか……。じゃあ、実は新幹線の方が良かったりしたのか?」
「しんかんせんだと、はやいけど、ぴゅ~ってすぐついちゃうからつまんない~」
「難しいお年頃だな、お前は」
「そうなの?」
「まぁ、それは別にいいや。それより、ホームに行く前に聞いとくんだけど、実は弁当持ってきてません、って人。いたら手を挙げろ」
「あれ? お弁当は、みんな持ってくるって話じゃなかったの?」
「あぁ、そうだぞ。持ってくるという話になっていたのだから、持ってきていない者などいるはずがないではないか」
「ゆっきぃってば、へんなこときく~」
『実は、幸久くんが忘れちゃったの?』
「いや、俺は持ってるよ。持ってきてるよ。手に提げてるだろ、これだよ」
「うゎ~、でっかい~」
「三木、これは少し大きすぎはしないか? それだけの量、どうしたって一人では食べきれないだろう?」
『それ、何人分あるの?』
「こ、これは、誰かしら弁当持ってこないで人の弁当あてにしてるやつがいるんじゃないかって思った俺が、気をきかせてつくってきたお弁当であって、決して俺が一人でこんなに食べるわけではない!」
「幸久君、お弁当、みんな持ってきてるよ……?」
「えっ!? マジで!?」
「当然だろう。そういう決まりだ」
「あたしもつくったよ~」
『お母さんに手伝ってもらって、つくった』
「あたしも、昨日の夜にがんばったよ」
「…、あのさ、一つ聞いていい?」
「なんだ、三木」
「気のきかせどころ間違えて、あてが外れた俺は、この大量のお弁当をどうすればいいでしょうか?」
「食べるしかないだろう」
「…、無理だよ、こんなにいっぱい。食べきれないよ」
「何を言っている。食べ物を粗末にするなど許さないぞ、常識だろう」
「その常識は、痛いほど知ってる! でも、無理!」
「ゆっきぃ、あたしがいっしょにたべてあげるよ!」
「ほんとか!? 志穂、ほんとか!?」
「ほんと~」
「なんていい奴! 大好き!」
「あたしもゆっきぃすき~」
『あたしも、お手伝いする』
「メイも手伝ってくれるのか! ありがとうございます!」
『あたしも、好き?』
「大好きだ! 今すぐここで抱きしめたいくらいだ!」
『そう』
「ま、まぁ、私も、手伝わないとは言っていない。か、勘違いするな、私はただ、食べ物を粗末にするのが許せないだけだからな」
「それでもありがとう! 姐さん、ありがとう!」
「それに、友だちだからな。友だちというものは、困ったときに助け合うものというではないか」
「どうして聞き伝え調なのかはよく分からんけど、そうだよな! ビバ、友だち! ビバ、姐さん!」
「…、私には、好きと言わないのか……」
「? なんか言った?」
「言わない。言っていない」
「そう?」
「ねぇ、幸久君。みんなのお弁当を分けっこすれば、いいんじゃない?」
「分けっこか。そうか、それがいいな」
「そうしたら、みんな幸久君のお手伝いできるし、幸久君もみんなのが食べられるよ」
「いや、俺は別にみんなのを食べなくてもいいんだ。それよりも俺自身の弁当が大変なことになってるんだから」
「そうだな、分け合うというのはいい考えだ。こちらだけが一方的にものをもらうというのは、性に合わないからな」
「1かいパンチされたら2かいパンチしかえしなさいってししょ~もいってるし、おべんとうもそうだよね?」
「お前の師匠は過激派だな……。っていうか、お前は食った分の二倍の量を俺に食わせようって言うのか?」
「いっぱいたべてね!」
「いや、いっぱいは食べねぇよ」
『幸久君に食べてもらえるの?』
「そうだよ、メイメイ。ゆっきぃがたべてくれるんだよ」
『がんばってつくって、よかった』
「いや、っていうか、ちょっと待って! 俺は自分の分の弁当が、いくらみんなに手伝ってもらったからって、めっちゃあるんだから、もらってる余裕とかないよ!?」
「幸久君、あたしたちのお弁当、食べたくない……?」
「あ~! そういう目で見ないで!! なんとかして食べてあげたくなっちゃうから!! 食べてる余裕なくても、食べちゃいそうだから!!」
「…、ダメ?」
「あ~!! 霧子、わざわざかがんで、斜め下から上目遣いで見つめないで!! そんなキラキラした視線を、俺に向けないで!!」
「ゆっきぃ、ダメ~?」
『ダメなの?』
「志穂とメイも、ダメって言われてるのにしないの! 俺は、他の人に弁当分けてもらってる余裕なんてないの! 余裕なんて…、ないよ!!」
「わ、私はやらないぞ、そんなこと! ちらちらとこちらをうかがうのは止せ、三木!」
「姐さんがやってくれたら、俺も折れる」
「私は、やらない!」
「やってくれないと、折れるに折れられない!」
「折れるんだ、三木!」
「あっ、じかん」
「あ~!! 電車来る時間!! 姐さんからの上目遣いのお願い光線は後でやってもらうとして、今はパパッとでホームに行くぞ!」
「やらないと言っているだろうが!!」
正直、弁当を全員がきっちり持ってきている可能性をまったく考慮していなかったかといえば、まぁ、零ではないといったところだ。俺の方も、実は最初からみんなで分け合うのがいいんじゃないかと思っていた。思っていたよ?
まぁ、俺が少しくらい食べすぎることになったとしても、それくらいのこと、霧子のお願い光線を浴びることができた代償と思えば安いものだ。
しかしそれよりも、今は電車に乗り遅れないことの方が大事だ。急げ急げ、だ。