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Prism Hearts  作者: 霧原真
第八章
96/222

早歩きでおしゃべりすると、意外と疲れる

霧子とのことを起こしに来たついでに天方家の始動に一役買って、旅行に出かける前から一仕事成し遂げてしまった俺は、霧子と連れ立って待ち合わせ場所であるところの駅前へと急いでいた。

「霧子、急げ! ギリギリだぞ!」

「にゅ…、ま、待ってよぉ……!」

「俺があんなにがんばって起こしたのに、お前がさっさと起きないのがいけないんだぞ! 霧子が俺のがんばりに応えてすぐに目を覚ましていてくれれば、こんなことにはなってなかったのに!!」

「にゅぅ…、ご、ごめんね……」

「俺があんなに、恥ずかしいことまでしたっていうのに……! それをこの娘ってば、なにも知らずにすやすやとかわいい顔して眠りこけちゃって、もぉ……!! 」

「ゆ、幸久君…、なにしたの……?」

「今となっては言うこともできない、恥ずかしいことさ。あっ、霧子に直接何かしたわけじゃないから安心しろよ。えっちなこととか、したわけじゃないから」

「ちょっと気になるけど…、でも聞いちゃダメな気が……」

「聞かれても話さないからな、ほんとに恥ずかしいことしたんだから。っていうか、ほんとのところあの瞬間に霧子が目ぇ覚まさなくてよかったって思ってる俺もいる。やっぱり、突発的に意味もなく無茶しちゃうのって、若さだよな……」

「ご、ごめんね…、無理させちゃって、ごめんね……」

「気にすんな、いいってことよ!」

正直、いくら焦ったからってあんなことしちゃいけないよなぁ、と今では後悔している。しかし後悔はするが、反省はしていない。

「…、っていうか、ごめん、俺の時間計算も怪しかった。霧子だけが悪いわけじゃないよな、うん」

ガラガラとキャリーケースの車輪を激しく鳴らして引っ張りながら、俺たちは出来得る限りの早足で道程を進んでいく。そもそも、よく考えたら、待ち合わせ時間の九時には駅に着いていなくてはいけなかったわけで、家から駅まで行くための時間も考えていなくてはならなかったのだ。俺の目の前にあるミッションが、「九時までに霧子を起こせばいい」というものではなく、「霧子を起こした上で、九時までに駅にたどり着く」というものだと気づいたときの衝撃ときたらなかったぜ。

実際のところ、俺はせっかく七時半に天方家に辿りついておきながら、晴子さんを起こすために八時まで待機し――片づけ諸々をやってはいたのだが――、それから朝飯を用意して――その前に、とりあえず霧子を起こしておけばよかった、と今さらながら後悔――、なんてしていたのだから、もう少しその行動に改善の余地はあったのではないだろうか。少なくとも、いくら晴子さんの指示だったとはいえ、晴子さんを起こす前に霧子を起こしたってよかったわけだし、八時まで黙って待機したのはマズかったな。それから晴子さんを起こしたあとに雪美さんを起こしたのも間違いだったかもしれない。そもそも今日、雪美さんは無理に起こさなくてもよかったのだ、そっとしておいてあげて、自分のセットした目覚まし(大音響、超振動でめっちゃ近所迷惑)で起きてもらえばよかったのだ。

「このペースならきっと間に合う…、はず……!!」

「幸久君、間に合わないよ…、りこちゃんにメールしようよ……」

「ダメだ! 間に合わせるんだ! 今回の旅行の言いだしっぺが遅刻するなんてダメなんだ! だいじょぶだって、気合で間に合うって!!」

そんなわけで、俺たちはけっこうな危機に瀕していたりするのだが、しかしだからといって諦めてしまうわけにはいかないのだ。霧子が言うように、姐さんに遅刻しますメールを送ってしまうのは簡単だ。電車の時間だって、もしもに備えて一本遅くしたものに乗っていく予定になっているから大した問題はない。しかしだからといって、諦めてしまうのは間違っている。

そもそも俺は今回の企画者なんだから誰よりも先に待ち合わせ場所に行って、旅行の行程の確認なんかをしながら全員の到着を待ちわびるくらいのことをしていてもおかしくはない、というかそれが正しい姿なのだ。それを俺は、家を出発する時点ですでに遅刻ギリギリが確定しているなんてもぅ、どうかと思う。いや、確かに霧子を起こしに行ったりしているから時間のロスはあるかもしれないけど、だからってそれは言い訳にならないんだよなぁ。だって俺が進んでやってることだから、霧子の遅刻は俺の遅刻なんだから。

「燃えろ、霧子! 炎になれ!」

「ほ、炎?」

「勇気を、燃やせ~!! 勇者なら、出来る!!」

「ぁ、あたし、勇者さんじゃないから……」

「じゃあ、俺がやる! 俺の勇気が臨界突破だっ!!」

「幸久君が勇者さんなら、あたしは仲間の白魔法使いがいいなぁ。みんなを回復させてあげるの」

「そういえば、白魔法ってさ、実はけっこう相手の身体に無理させてるんじゃないかって、最近思うんだよな。霧子はどう思う?」

「? 回復させてあげてるんだから、やさしいんじゃないの?」

「いや、回復させるんだったらさ、戦線から下げて治療してやるのが筋だろ? でも白魔法って、傷ついた身体を魔法の力で強引に治癒させてるじゃん」

「ん…、そうかも」

「っていうことはさ、人間本来の治癒能力を超えた治癒が発生してるわけじゃん」

「そう、だね」

「不思議な力でけがを治しました、なんて謎じゃん。っていうことは白魔法っていうのは人間の持っている自然治癒能力を強引に促進させる何かだろ。そう考えないと、不自然じゃないか?」

「不自然じゃないか? って言われても……」

「つまり、人間が普通に治癒するためにしている細胞分裂とかを、強引に促進させてるんだ。これって、命を削る行為じゃないのか? なんだ…、白魔法使い、やさしいと見せかけて意外とやることやってるな……。勇者パーティの影の支配者はサディスティックな不思議魔術で構成員の寿命を削って馬車馬のごとく闘わせ続ける白魔法使いだったってことだな……。霧子も、そうなりたいってことか…、隠れ腹黒だな、霧子……」

「そ、そんなこと、考えたこともなかったよ! で、でもそれは、魔法だから。不思議は不思議でいいんじゃないの? というか、魔法に自然も何もないよ……。魔法なんだから、不思議なパワーで回復しました、でいいんだよ。細胞分裂とか、関係ないんだよ」

「…、まぁ、それはそうかもな」

「それに、それを言ったら、どうして勇者さんはHPが1しか残ってないときでも満タンのときと同じ動きができるの?」

「たしかに…、HP1なんていったら、そりゃもう死寸前じゃん。要看護対象になってるやつが、まともに動けるわけないよな。立つだけでも精いっぱいとかになっててもおかしくない。何が彼らをあそこまで突き動かしているんだろうなぁ……」

「でも、幸久君、勇者さんが負けたら魔王が世界を滅ぼしちゃうんだよ。だからがんばるんだよ、たぶん」

「やっぱり勇気か。いや、それとも使命感か? あるいは、けっきょくは自分が死にたくないから、みたいなエゴイスティックな……」

「ゆ、勇者さんは、魔王と戦うのがお仕事なんだよ、幸久君。魔王が現れたら、勇者さんはがんばるものなんだよ」

「…、それじゃあ、魔王がいなくなった後、勇者はなにをしてるんだ。失業か?」

「し…、失業…、だね……、でもでも、魔王を倒した勇者さんは、きっと一生遊んで暮らせるくらいの褒章が……」

「金目当てだったのか? 勇者っていうのは、バウティハンターみたいなものなのか?」

「にゅぅ……、そんなこと、ないよ、たぶん……。」

「魔王という打倒すべき敵も、食っていくための職も失って、生きていく術を失った勇者か。悲惨だな……」

「で、でも、王様が助けてくれるんじゃないの?」

「いや、基本的に王さまっていうのは勇者を雇ってるんだろ。魔王討伐をしているときはオーナーとして援助もするかもしれないけど、でもそれが終わったら援助は当然打ち切る。勇者は、他の何かをして生きていかざるを得ないってわけだ」

「にゅ、王様、冷たいかも……」

「王さまも、遊びでやってるわけじゃないからな。そもそも魔王討伐っていうのも一つの治安維持だから、王の責務なんだ。つまり王さまと勇者の関係は、あくまでも仕事の間柄で、それ以上でもそれ以下でもない。だから『おぉ、勇者よ、死んでしまうとは情けない』なんて薄情なことが平気で言えるんだよ。これはつまり、『こっちは仕事で援助してやってるんだから、お前もちゃんと魔物退治の責務を果たせよ』っていう深層心理が表わされてるんだ」

「王様…、ひどい……。勇者さんはあんなにがんばってるのに……」

「まぁ、現場の辛さは上に伝わりにくいっていうしな。現場主義の王さまでもない限り、きっと勇者の苦悩は誰にも知られることはないんだろう」

「で、でも、街の人は、やさしくしてくれるよ」

「街には、王城からお達しが出てるんだよ。『この男が今の勇者だから、来たら歓待すること。保証は国が持つ』くらいのことが言われててもおかしくない。つまり、王さまは金をばらまくことによって勇者の援助をしてくれるんだ。そうでもないと、見知らぬ男が家に不法侵入してきて、あまつさえタンスの中やらベッドの下やらを探って小銭とかアイテムとかをパクっていくのを見逃してくれるわけがない。ここまで徹底した補助をしてくれてるんだ、王様はちゃんと仕事してる。これなら、勇者が死んだことを詰るくらいはさせてあげた方がいいのかもしれないぞ。そうでもないと、王さまがストレスで死ぬかもしれない」

「…、幸久君は、そんなこと考えながらゲームして、楽しい?」

「俺はそもそもゲームをしない派だ」

「そうだったね……。それじゃあ、今度いっしょにやろ? やったら、きっと楽しいって分かるよ」

「まぁ、楽しいって分かっても、うちにはゲームを買うような余裕はないんだけどな。それよりもほしいものがいろいろあるから、切れ味のいい包丁とか、軽くて振りやすい中華鍋とか、熱伝導率のいい雪平鍋とか」

「幸久君は、便利なキッチン用品と珍しい調味料買うの好きだもんね」

「あぁ、あれは、ライフワークといっていいかもしれない。まぁしかし…、そんなのよりも、霧子の方が好きだけどな」

「にゅぅ…、またそういうこというんだから……」

「霧子は俺の大事な妹分だからな。可能な限り甘やかさないと」

「あんまり甘やかすのは、よくないよ、うん」

「まぁ、そんなこと言われても甘やかすんだけどな? っていうか、ちょっと速度落ちてきてるぞ、霧子」

「にゅ、にゅん! がんばるよ!」

「がんばれ、霧子! 俺もがんばる!」

そうして、益体のないことについて意味もなくだらだらとおしゃべりすることを得意とする俺と霧子は、早歩きの状態を維持したままそんなことを話し合っていたりするのだった。ぶっちゃけると、地味に息苦しかったりする。

実際のところ、こんなことを話しているくらいだったらもっと脚を早く動かして、一分一秒、いやもう一瞬でも早く、待ち合わせ場所で待ちぼうけを食っているであろうみんなのところへと急ぐべきなのは確かである。

でも俺たちは、隣り合って歩いていながらずっと無言でいるなんてことはできないのだ。確かに俺と霧子は以心伝心なほどの関係を持っているかもしれないが、だからといって常時無言でいるような関係でもない。なんていうか、間が持たないとかじゃなくて、隙があればおしゃべりしたいっていうか、お互いがお互いを大好きすぎるのが問題なのだろう。

当然俺は霧子のことが大好きだし、霧子は俺のことが大好きなのだ。こればかりは、こういうことについて断言するのは俺としてもあまり好ましいことではないのだが、断言できる。っていうか、霧子に嫌われてたら、俺は今すぐ塩の柱になって死んでしまうかもしれない。

「もうすぐだ、がんばれ霧子!」

「時間はだいじょぶ?」

「まだセーフだ、ギリギリ間に合ったっぽいぞ!」

「にゅぅ……、よかったよ……」

そうしてようやく見えてきた駅前の全景に、俺はひとまずホッと胸をなでおろす。時間は待ち合わせ時刻であるところの九時の二分前、とりあえず、なんとか遅刻だけはしないで済んだ、ということだ。とにかく遅刻さえしなければ問題ない、立案者としての体面もギリギリ保たれるというものだ。

そして、待ち合わせ場所に指定した改札前の大きな銅像の前には、もうすでに三人分の姿が見える。どうやら俺たち以外の参加者は既に集合を完了しているようで、やはり俺と霧子がみんなを待たせちゃった的な体であることは間違いないらしい。

くそぉ…、マズいなぁ…、申し訳ない……。問題は、第一声でなんと声をかけて合流するか、ということだ。

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