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Prism Hearts  作者: 霧原真
第七章
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デュエル! ⑤

「それではこちらのカードでよろしいですか? ご主人さま? それでは、こちら、失礼します♪」

「えぇ、お願いします」

「ご主人さま、本当に、こちらのカードでよろしいですか? よろしいのですか?」

俺が晴子さんの手の中からカードを選ぶと、どうしてか晴子さんから俺を止めるような、そんな声が上がる。

「ぇ…、えぇ…、お願いします」

「そうですか…、こちらでよろしいのですね……」

「…っ、ちょちょ、ちょっと待ってくださいね……」

「待つのですか? ミキちゃん、ちょっと待ってくださいね。ご主人さまは少し悩んでらっしゃるようですから」

「はい、了解しました、ハルちゃん♪」

ちょっと待ってくれ…、どうして晴子さん、そんなことを急に言いだしたんだ……。さっきまで一度も言わなかったじゃないか……。

なんだ、何かあるのか…、もしかしてそっちの左側のカード、選んだら爆発するとか、そういう何かがあるのだろうか……。まさか止められるなんて思ってなかったから、動揺してメイドさんの動きにストップをかけてしまったではないか……。

「こ…、こっちじゃなくて、右……? いや、左……? ま、待って! 待ってくださいよ!?」

「えぇ、ご主人さま、ごゆっくり選んでくださって構わないんですよ。ご主人さまを邪魔をする者は、誰もいないのですから」

なに? なんなの? 晴子さんは、何の意味があって俺が左側のカードを選ぶのに念を押したの? あぁ…、ぜんぜん意味が分からない……。だってそんなことする必要ないじゃん、そんなことする意味ないじゃん。そんなことしたって、俺がそれに従うとは限らないだろう。無視するかもしれないだろう。

っていうか、俺がそのカードを何なのか知っているわけじゃないんだから、止めたって意味ないじゃないか。それが俺にとっての正解かどうかなんて晴子さんに分からないし、そもそもそんな止め方したらそれが正解だって言っているようなものじゃないか。

…、カマか!? そんなところでもカマかけてくるのか!? 晴子さん、徹底しすぎじゃないのか、そんなことまでしてくるなんて……。

となると、俺が選んだ方がJなのかもしれないし、むしろ逆の方がJなのかもしれない。あぁ…、全然意味ないじゃん…、今の晴子さんの……。俺のことをただ悩ませてるだけで、晴子さんには何のメリットもないじゃないか、けっきょく俺が何も見えていない中で左右のどちらかを選ぶっていう状況は何も変わらないんだから。

「じゃ…、じゃあ……! ぃ、いや…、こっち……! っく…、それとも……」

「こちらでも、こちらでも、どちらでも構わないのですよ、ご主人さま。先ほどは単に念を押しただけですので、どちらを選んでも特に問題はないのですよ?」

「み、右……? ひ、左……?」

そう、どちらを選んだところで、なにも変わりはない。それは確かに、そうなのである。もちろん晴子さんが提示しているカードは二種類で構成されているだろうからどちらを選ぶかということには大きな意味がある、と言えるだろう。しかし確率的にはどちらを選んだとしても当たる確率が変動することはないのである。なぜならば俺は、晴子さんのカードとして何が提示されているかを知らないわけだしな。

しかし、だからといってただ俺に嫌がらせをしているだけとは考えにくい。晴子さんがそんな意味のないことを、こんな土壇場で急にやるなんて、それこそ考えにくいではないか。晴子さんは、やるとなったら最初からやるのだ。そんなところで決して容赦などしない、やるとなったら徹底的にやってくるはずなのだ。

なんだ? 何の意味がある……?

はっ……!? まさか…、ここであえて唐突に揺さぶりをかけることで俺を動揺させ時間を使わせることによって、ただでさえあまりの緊張と思考の連続によって乾きつつある喉を、紅茶を注文することによって潤わせようという腹積もりなのではないか!? そんな…、ゲームで金を使わせるだけでは飽き足らず、さらに搾取を行なおうなんて、非道にも程がある!! いったい俺の財布からいくら奪い去ろうという心づもりなんだ!!

「…、いや、変えません。左です」

「ご決断なされたようですね、ご主人さま。押しに弱く流れに流されることが多そうな顔をしている割に、きっぱりとしていらっしゃる」

「まぁ、たまにはきっぱりいかないといけませんよね。人生、流されてばっかりってわけにもいきませんし、お金は大事ですしね」

「ちっ……、勘づいたのね……」

「? ハルちゃん、なにか言いましたか?」

「いえ、なにも? それよりもミキちゃん。ご主人さまは左になさるそうですよ。テーブルにお願いします」

「あっ、はい♪ それでは失礼しますね♪」

晴子さんに押されるがままに流されていてはいけない。それは常日頃思っていることであり、しかしいつでも上手くやることのできないことである。

師匠に歯向かうことはすなわち死を意味する。しかし今回ばかりは、そうとばかり言ってはいられない。というか、これは別に歯向かっているわけじゃないだろう。晴子さんが俺に金を使わせようとしてくるからといって、それに素直に、というか唯々諾々と従っていたら俺の財布の中身がどれだけあっても足りないではないか。そうだ、俺は晴子さんの財布じゃないんだ。広太から支給されるそこまで多くない小遣いを、こんなところで散らしてしまうわけにはいかないのだ。

っていうか、そもそも晴子さんはバイトしてるんだし、俺なんかよりたくさん金を持っているのは明白な事実なのである。むしろ、師匠として俺に何かおごってくれるくらいのことがあってもいいような気が…、しない。そんなこと、頭の中で思うことすら恐ろしい。やめよう、こんなこと考えるの。

今はただ、ここで勝つことだけを考えよう。きっと勝てる。そもそも、ここで勝たないと俺には勝ちの目がなくなるわけだし、引き分けにするために最終戦に向かわないといけないなんて、まったくモチベーションが上がらないではないか。

それにほら、五分五分だろ? 引くって、今まで裏目を引いてきたんだから、ここ一番くらいは引けるに決まってる。神様っていうのは、どれだけ俺に不運を振りまくにしても、最後の最後は運をくれるものなんだよ。そうやって信じてないと、辛いだろ?

「ペア、不成立です♪」

「えっ……?」

嘘…、だろ……? なに? 神様は俺をどこまで追い詰めるつもりなの? っていうか、なにがしたいの? いじめたいの? そもそも俺が神様信じてないのに、急にこんなこと言ったからへそ曲げたの?

…、あぁ…、自業自得か……? もういい、分かった、俺は金輪際、神様とか信じないことにする。信じないっていう態度を貫くことにするぞ、絶対だ!

「さぁ、それでは、第七戦と参りましょうか」

しかし、まさか引けないとは思わなかった。五分五分であることがほぼ間違いない賭けに負けたのは、正直きつい。できればここは無難にペアを揃えて、ポイントを並べてから最終戦に挑みたかったというのに…、しかし仕方ない、こうなってしまったからには現実を受け止めるしかないのだ。

「ご主人さま、手の二枚の中から一枚をお選びくださいませ。最終戦はお選びになったカードで直接勝負をしていただきますわ。選択肢は少ないですが、ご主人さまがこれ、と思われたカードで勝負なさることが出来る、最初で最後の機会ですからね」

しかし、となると、晴子さんの手の中にはなにが残っているんだ? とりあえず、晴子さんが見え見えのトラップを張って待ちかまえているという事はないと思われるから、一枚は俺が第六戦で引くことの出来なかったJで間違いない。それではもう一枚は?

俺の手の中に残っているのがKとQなのだから、晴子さんの手の中にもそのどちらかがおそらくは残っている、と思う。

だからここで晴子さんの攻めをうまくしのいで俺が一点を取り返すにはどちらのカードを……。

「…、ん? おぉ……?」

「? ご主人さま、どうかなさいましたか?」

「いや、あの、あんまり当然すぎて思いつきもしなかったんですけど…、このゲーム、後攻の最終戦って、カードの選びようがないですよね?」

「えぇ、もちろんですわ。双方に一枚ずつしかカードが残っていないのですから、必然的にその残りのカードが最終戦で使用されるカードということになります」

「そりゃ、そうですよね……」

「ですから、この最後から一つ前の試合は、後攻の方にとってはとても大切なものですわ。消去法で、最終戦で使うカードも決まってしまうのですから」

「なるほど……」

まぁ、今この場合においてはそこまでそれは気にすることはない。どちらにしても、ここをしのぐことが出来なければ俺はほぼ確実に負けるのだからな。

おそらく、晴子さんの持っているカードのうちで俺の持っているカードとペアになってくれるのは一枚だけ。つまり晴子さんから見ても、ポイントを重ねることが出来るカードはどちらか一方のみ、ということなのである。晴子さんも、ここでペアを揃えなくては必然的に最終戦で俺に追いつかれることになるのだ、同じだけ追い込まれているのだ。

けっきょく、最終戦を待つまでもなく、この第七戦が事実上の最終戦。決着は、確実にこの第七戦で着くと考えて間違いはないだろう。故に、俺が勝負の力点を置くべきまさにここ。自動的に決まってしまう最終戦のカードなんかに気をやるくらいだったら、ここで晴子さんの攻め手をしのぐことを考えろ、ということだ。

「問題は、わたしの手のカードとご主人さまの手のカードで、はたしてペアを作ることができるのか、ということですわ。この段階に至ると、カードの使い方によっては、すでにペアを作ることもままならない、ということもありますので」

「まぁ…、そういう可能性も、なくはないですよね」

「えぇ、どちらか一方が極端に偏った使い方をしたりしなければ、そのようなことはあまり起こらないのですが、とにかく可能性としてはあると思っておいてください」

「可能性としては、考慮していないわけじゃありませんよ。まぁ、今回はそうなっていないと思いますが」

「ふふ、どうでしょうか?」

なに、なっていないさ。なっていたら、俺には引き分けの目すら残っていないことになってしまうわけだし、そんなことあっていいわけがない。

とにかく、晴子さんが次の攻め手で何を出してくるか、ということについて考えよう。おそらくだが、それはJではない方のなにか、ということで間違いあるまい。

…、あれ? ということは、最後の晴子さんが守り側のときに出るカードは、J? 俺の手に、J、ないんだけど……。

あれ? 負け? もう負け決定?

「じゃ、じゃあ…、こっちで……」

とりあえず、気づいてはならないことへの気づきによって大きな衝撃を受けたわけだが、しかしカードを選ばないわけにはいかないのである。俺は手の中から、晴子さんが序盤で使ったので残っている可能性の高いように思われるKを外し、Qを選択。おそらくだが、さっきの公開情報のQ、あれが二枚目のQなのだ。

「それでは私は、これを出させていただきます」

俺がカードをレールの上に立てるのとほぼ同時に、晴子さんは手札の中から一枚をテーブルの上に滑らせた。その図柄は、J。最終戦で出されるはずの、J。

どうしてJが? その思いが噴出する。

晴子さんがこんなところで意味のわからない、それこそ得るものはなにもない賭けに出るはずがない。だってそうだろう、最後にJを回せば、俺の手の中にJがないのは場の情報から分かっているのだから、確実に俺は得点できず、その勝利が確定される。しかしここでJを出してしまえば、もしも俺のカードと対になるカードが手に残っていた場合、文句なく俺に得点が入り、イーブン。引き分け再試合、という運びになってしまうではないか。

それとも、何か確信したうえで、最終戦にJを回す必要はない、と考えたのだろうか? それだとするならば、そこにはどんな確信があるというのだろうか。

「混乱した顔をしていらっしゃいますね、ご主人さま? なにか、不思議なことでも、ございましたか?」

「ど、どうして、ここで…、Jを……?」

「わたしの手の中のどちらのカードを選んでも、わたしにとっては同じこと。同じだからこそ、ここでJを出すことは、わたしにとっては必然なのですよ、ご主人さま? 聡明な方ですもの、どういう意味か、お分かりでしょう?」

「そ、そんな…、まさか、そんな残し方…、ありえないって……。そんなわけない…、どちらを選んでも同じなんて、そんなわけ、あるわけ……!」

「奇跡はありません。魔法はありません。ですが、トリックと、ペテンと、思い込みはありますわ、ご主人さま?」

そして晴子さんは、手に持っている最後のカードを、俺に向かってフワリと投じた。くるくると回り、ひらひらと舞い落ちる、一枚のトランプ。

それが机の中央、晴子さんのJが置かれた位置のちょうど隣に、スッと着地する。本来なら伏せられたままになるはずのカードが見せた図柄は、もともとテーブルにおかれていたものと同じ、J。

ダイヤのJと、ハートのJ。長斧と剣を携えた二人の衛兵が、勝利という扉へと歩み寄る俺の前に立ちはだかった。

「失礼しました、ご主人さま、今回のゲーム、わたしの勝利にございます。リトライなさいますか? リタイヤなさいますか?」

晴子さんは、涼やかな笑顔で笑いかけながら、敗者であるところの俺に、そう声をかけた。そう、トリックと、ペテンと、思いこみ。けっきょくはそこ。問題は、そこなのだ。

しかしそれならば、たとえ相手が晴子さんであっても対抗し得る。晴子さんの武器がトリックとペテンと思いこみだというのなら、思考によってその裏を取ることも、出来ないことではない。けっきょくは思考ゲームなのだ。

トリックは打ち破りし、ペテンは塗り直し、思い込みは挿げ替えてやろう。俺の勝ちも、このゲームが魔法や奇跡で動かされているものではないのだから、零ではないのである。

「当然、リトライです」

「さすがはご主人さま、負けん気が強くていらっしゃる。それでは、さぁ、第二回戦と参りましょうか」

「えぇ、次は、勝たせてもらいます」

勝てる。いや、勝つ。

次にゲームを掌握するのは、俺だ。

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