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Prism Hearts  作者: 霧原真
第七章
89/222

デュエル! ④

「…、それでは…、わたしのカードはこちらにいたしましょう」

晴子さんは、ここにきて初めて悩むようなしぐさを見せてから、手の中からカードを一枚取りだしてテーブルの中央に伏せて置く。俺の手はAとKなのだから、JかQのどちらかを出してくれればペアが成立することはあり得ないわけで、そもそも晴子さんにポイントが入る可能性がありえないのだから。

というか、もしもAかKを出されてしまえばペアを作られてしまう可能性は五分五分なのだ。そんな高い確率だったらば、晴子さんなら引いてしまうではないか。もしここで引き当てられてしまったら、俺には攻め側をする機会はたった二回しか残っていないのだから、逆転することそのものが不可能になってしまう。

同点引き分けの場合はやり直しという取り決めになっているのだから、ここは一つ、勝てないにしても引き分けくらいには持ち込みたいところである。そうすれば一度の代金で二度目の戦いをすることもできるのだからな。上手くすれば金を積まずに勝つこともできるのだから、二度三度の出費を覚悟していた身としては、これほど喜ばしいことはないのである。

「ご主人さまがどこをどう予想なさってそのカードをお決めになったのかは分かりませんが、ですが上手くわたしの選択を回避することができているでしょうか? もし回避することができていなければ、二回に一度はペアが成立してしまう計算ですからね」

「まぁ、運が良ければ避けられますよね、うん。俺はもう完全に適当ですから、運が悪かったら当たっちゃいますけど」

「そうですね…、守り側は最終的な判断を下すことができる立場にないですから。いかにがんばって選択しても、それをすべてカードに伝えることができませんもの」

「最後に守り側のカードを決めるのは、あくまでも攻め側ですからね。守り側は、その攻め側が選ぶための選択肢を用意することしかできないんですから」

「ですがそのもどかしさ、意外とおもしろいでしょう? ご主人さま? 最後の最後まで、不確定要素を排除しきることができないなんて、斬新だとは思いませんか?」

「たしかに、斬新は斬新ですよね、お互いがお互いの全力をぶつけあうものですから、こういうゲームっていうのは」

「ご主人さまは、そうはおっしゃっていらっしゃいますが、ずいぶんと熱心にカードを選ばれていましたよね?何か、お考えでもおありなのでしょうか ?」

「いやそんな…、そんなまさか。考えなんてあるわけないじゃないですか。なんせ適当にやってますからね!」

「本当に適当でしょうかね? そうでしたらもう、徹頭徹尾運任せということになりますから、それはそれで、とても勇気のいることだとは思いませんか?」

「もちろん、勇気いっぱいです!」

「だったら、ふふ、よろしいのですけれど」

晴子さんは、伏せた自分のカードに手をかけ、それをスッと表に返す。現れた図柄はQ。俺の手の中に入っていない、Q。

これで、今回の晴子さんの攻め手が実を結ぶことはない、ということになる。なんとかその攻撃をしのぎきることができたという事実によって、俺の心に重くのしかかった重しが一つ取り去られた気分だった。

「ご主人さまの手からは、こちらの右側のカードを選ばせていただきます。これが、わたしのカードとペアになってくれるものならばよろしいのですが……」

しかし残念ながら、晴子さんのカードがペアを成立させることはない。あとは、俺の予想では晴子さんの手の中ではAが空になっているのだから、Aを引いてくれればいい。相手の手の中で空になっているカードは、防御の面では絶対的な守備力を持っているが、しかし攻撃の面ではまるで役に立ってくれないのだから。となるとここは、一点を取りに行かなくてはいけない手前、少しでも攻撃に役立つカードを手の中に残したいものである。

そして晴子さんが選択したカードは、晴子さんから見て右側に置かれたカード、K。悔しそうなそぶりは、決して見せてはならない。へらへらと、状況を無策を装い受け入れるのだ。いや、むしろ晴子さんにペアができなかったことを喜ぶ風にしてもいい。目先のことだけを考えているように見せかけなくては。

「…、ん?」

晴子さんの場に出されているカードの中に、Aが二枚入っている、のか?

一枚目と三枚目にAとKが出され、そして五枚目にQが出されたということは確かなのだが、それ以外のところで本当にAが使われているのか?

「…………」

ちょっと待てよ…、考えろ…、さっきの結論では、晴子さんの場のカードはA、Q、K、Aの順に四枚ということになったのだが、本当にそれであっているのか?

…、俺が四枚目に出したカードは、Aなのだから、そもそも四枚目にAがあることはありえないのではないか……? ……、うぉ…、危ない……。根本的なところを勘違いしていた……。晴子さんの場のカードの構成を勘違いするなんて、負け以外の何物をも呼び寄せないではないか。やばいぞ…、思考を回していく過程で、いろいろ見落としているかもしれない。

いけないいけない、もう一度考えるんだ。

晴子さんの場には、一枚目にA、三枚目にK、五枚目にQが公開されている。そして俺の場のカードから、二枚目はJ以外、四枚目はA以外の何かということ。その条件から、晴子さんの場のカードに再検索をかけていこう。

少なくとも、五枚目にQが出てきたということは、非公開情報のカードの両方がQだったという筋はなくなったということだが、やはり考えなくてはならないのは、さっきの晴子さんの言葉だ。そう、守り側のカードに関しては、相手が最終的な選択をするのだから、完全にコントロールすることができない、というアレだ。

つまり、いくら晴子さんが思考を尽くしてカードを提示しても、しかし最後に俺の選択が入るのだから、そこはある程度の不均一が生じる可能性がある、ということだ。俺の場のカードが、あまりにキレイに均一に揃ってしまったので、そのあたりのことを見落としてしまっていた。

となると、二枚目に出された非公開情報については、おそらく高い精度で見極めることはできないだろう。なぜならば、七枚の中から晴子さんが考えて四枚を選び、その中からさらに俺が一枚を選んでいるんだ、これはもう分からない。ただ、Jではない何か、とすることしかできまい。

となると重要になるのが四枚目だ。これは、五枚の中から三枚を選んで、その中から一枚を俺が選んでいる。まだ少しは見えてくる可能性もある、というものだ。晴子さんが四枚目に出したカードは、現時点で見えている公開情報から逆算することが、おそらく出来るはずなのだ。

もし晴子さんが二枚目にAを出していたら、四枚目の選択の時点でそれは残っていない。いや、そもそも俺のカードがAなのだから、Aは出せないか。もし二枚目にQを出していたら、四枚目か五枚目のどちらかでしか出すことができなくなってしまう。二枚目でKを出しているとしたら、これもまた三枚目で公開されているのだから四枚目では出すことができなくなる。

…、もしも晴子さんが俺の戦略を、最初からバランス戦略だと決め打ちしていたとしたら、二戦目に俺に提示した四枚の中に何が入っているだろうか。

一枚目に俺の手の中から選ばれたカードは、晴子さんの視点から見たらA以外の何か、ということになるだろう。となると、俺が選ぶカードは、その何か以外のものということになるが、それを確定させることは不可能だ。なぜなら不確定要素が多すぎるから、そこに身を任せることがあまりに危険だからだ。いくら晴子さんでも、さすがにそんなことはするはずがない。

となると、やはり一極集中は避けるように考えるだろうか。どこかを膨らませるのが危険と考えたならば、やはり手はフラットにする、はずだ。つまり、晴子さんの提示した最初の四枚は、全種入りのフラットなもの。とすれば、あの即決振りもそこまでの不自然さは感じさせない。

つまり、俺はそもそもありえないと思いこんでいたが、一戦二戦でAが連続して使われていることも、可能性としてまったくありえない、というわけではないのだ。

ということは、三戦目で晴子さんがKを出した時点で、晴子さんが一枚目に公開したAが、不可抗力的に空になってしまった可能性は大いにある。そこから広げると、晴子さんが三枚目にKを出したのは、二枚目がAになってしまってからの指運か、あるいはQになってしまってからのバランスかのどちらかしかない。つまり、二枚目はKではない可能性が高い。

そして、となると、五枚目の時点で、Aか、あるいはQが空になっている。

さらに四枚目のことを考えよう。四戦目、晴子さんが提示した三枚の中には、おそらく一枚以上Jが含まれているということは、ついさっきも考えたことだが、これについては間違っていないと思う。そしてAは入っていない、これもおそらく正しい。

そう考えると、どうなる? 晴子さんがその三枚を選択するにあたって、そこに発生する制限は、おれがほぼ間違いなく出すであろうA以外の何かを選ぶ、という非常に軽いものである。ということならば、やはり一つ膨らんでしまっているJを出来るだけ使いたい意識を持つのではないだろうか。つまり、Jを二枚手に入れようと考えるのではないだろうか?

「ご主人さま?」

やはりあのときの手は、Jが二枚と、あと何かという形に違いないのだ。そして俺は、おそらくJを引いているのだ。となると、あそこに伏せられている四枚目のカードは、ほぼ間違いなくJである。

そして五枚目に出されたカードは、Q。つまり、晴子さんの手の中に残っている三枚のカードは、JとKと、QかA。QかAのどちらかは、確実に空になっている。これ以上は、もう詰めることはできないだろう。

「ご主人さま、カードを公開させてもらっても、よろしいですか?」

「…、えっ!? あっ、はい、お願いします!」

「はい、承りました♪」

マズいな…、意識がどこかに飛んでしまっていた。もう、無策を装うとか、無理なんじゃないのか? ここまで考え込んでいるんだから……。

「残念です。ペア、不成立です♪」

「あら、そうですか…、残念です」

晴子さんが選んだカードは、Aである。晴子さんの手の中で空になっている可能性の高い二種のうちの一つ、Aが、この時点で俺の手の中でも空になった。

「それでは、今度はご主人さまの攻め手ですわね。あと二度のチャンス、両方ともペアをつくることができれば、ご主人さまの勝ちですわ、がんばってくださいませ」

「えぇ、…、そうですね……」

さぁ、次だ。そろそろ一点取らないといかんぞ。

「私の手は、それでは、この二枚にさせていただきます。さぁ、ご主人さまも一枚をお選びになってくださいませ」

「えぇ、はい、そうさせてもらいます」

晴子さんのカードの中で一番不気味なのは、やはり一枚も公開されていないJだ。これは、一枚残っているのは確定なのだが、問題は可能性として二枚残っている、ということもなくはない、ということなのだ。

…、いや、まさか、晴子さんは四戦目の時点でJを一枚使ってしまいたいと思って二枚重ねてきているはずだし、俺もおそらくそのJを引いているはずなのだ。誰だって、終盤に至ってまでカードを二枚かぶらせていたいとは思わないはずなのだ。最後の残りカードが、両方ともJなんて、誰も望まないはずなのだ。それならばこの俺はこの手の中のJ、使ってしまうのがいいのではないだろうか? だってそうだろう。Jは、あまりにも怪しすぎるのだ。そんな怪しすぎるカード、現に俺だってかなり怪しんでいるんだから、誰だって警戒するに決まっている。

一枚も公開されていない種類のカードを最後まで持っていました、なんて、おそらくこのゲームにおける最大のベタ戦略なのだ。姿を消しているからこそ不明なのであり、確かにこれ以上ないほどにその存在が不明瞭である。しかしそんなところで、はたして晴子さんが待つだろうか?

しかしその戦略、姿を消し過ぎているからこそ、あまりに臭すぎる。そんな見え見えのトラップに果たしてだれが踏み込んでいくだろうか。小さな子どもが造った落とし穴のように、穴が見えてしまっているのだ。落ちてあげるのは、よほどお人よしか、あるいはよほどのバカだけだ。

そして残念ながら俺は、そこまでのお人よしというわけではないのである。

「じゃあ、俺はこれで」

見え見えの罠は、見せ餌なのだ。晴子さんはすでに一点リードしているのだから、そんなところで、見破られない方が不思議なほどの単純なトラップを張るという危険を冒す必要はない。ブロックだけに意識を割けばいいのだから、こんなところで危険な道を通る必要はないのだ。

ということは、俺はここでJを使ってしまうのがいいのである。晴子さんがJを残していたらおそらく使うのはここ。Jを不明なままで消し去り、最終戦への伏線に変えることができるのは、もうここ一点、ここだけなのだ。ならば、使う。Jを使うに決まっている。

五分五分の確率ならば、引く。引くしかない。

「Jですか。どこを通ってその思考に至ったのか、とても興味がありますが、ご主人さま、わたしの手から一枚を選んでくださいませ」

「はい…、じゃあ、その、左を」

いける、引ける。俺はここでJを引き、ペアを揃え、一点を獲得するのだ。

そうしてスコアを同点にして、最終戦へと挑むのだ。ここは勝てる、いや、勝つべきところなのだ。

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