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Prism Hearts  作者: 霧原真
第七章
88/222

デュエル! ③

さぁ、負けるにしてもいろいろして負けないと意味がないぞ、ということで、俺の二度目の攻め側である。ここまでで三戦が行なわれ、手札の約半数である六枚が場に置かれており、そのうち四枚が公開されている。

今までの基本戦略の通りにいくとして、今までの三戦にJ、Q、Kの三枚を使ったのだから手のバランスを整えていくとすると、ここで俺が選ぶのはAということになるだろう。

「…………」

しかし、ここでAは上策だろうか。晴子さんに、バランスをとって闘う俺の基本戦略を看破されているにしてもされていないにしても、ここはむしろAよりもQの方がいいのではないだろうか……。攻め側のカードは公開情報として提示することが確定しているのだ。ここで表に晒すならば、一枚を裏に伏せているQの方がいいかもしれない。あるいは、それ以外にもJなんかも有効なカードかもしれない。

どうしてQかといえば、晴子さんが俺の戦略を、もっとも一般的なものであるバランス戦法と思っていてくれるのであれば、俺がここでQを出すことによって、伏せられているカードがAだと勘違いしてくれる可能性があるからだ。まぁ、それによって、俺の手の中のQが空になってしまうというリスクはあるのだが、それはある意味で仕方のないことではないだろうか。

俺が今まで公開情報で出していないQは、同様のAと同じく、俺がここで選択してくる可能性のあるカードとして晴子さんは理解しているだろうし、それへの対策は取ってくるかもしれないが、後半戦のことを考えると、AよりもQの方が有効な気がするのである。伏せたカードをより不明なものへと変えるために、ここはQだろうか?

Jについては、晴子さんのカードは公開情報としてAが一枚、Kが一枚。非公開情報の伏せカードが一枚(これは消去法でJ以外のどれか、ということになる)。玄人である晴子さんがバランスを取ってカードを使っているかははなはだ疑問だが、もしバランスを取っているとすると、伏せカードはQということになるだろう。あるいはバランスを取っていないとなると、Aか、あるいはKがすでに潰れている可能性もある。まぁ、これについては憶測することしかできないわけで、あまり建設的な議論ではない。

しかしまぁ、確実な話として、晴子さんの手の中にはJが二枚残っているということだ。晴子さんが提示した三枚の中に一枚は入っているだろうし、もしかしたら二枚入っている可能性すらある。なぜなら俺はバランスをとってカードを使っていくのだから、ついさっき公開情報で出したばかりのJを連続して使ってくるとは、晴子さんが思わないかもしれないからだ。つまり提示する手をセーフティで埋めてしまうことで俺の得点を防ぐことをもくろんだ晴子さんの裏を取る形だな。

バランスを取ることを目指す俺、という姿自体を崩してしまうことで、晴子さんの中の戦略に少しでも風穴を開けられれば、ということで、ここはJだろうか?

「…………」

いや、こんなところで戦略をブレさせてしまうわけにはいかない。第一試合は、試しなのだ。そしてその最たるものがバランスを取りつつ手を進めていくことの有用性についての試行なのだから、崩してしまってはその実験の意味がなくなってしまうじゃないか。誰もが用いる王道的な戦略というのは、使い古されたものかもしれないが、しかしそこには王道たり得るだけの安定感と信頼感があるのであり、それを完全に無視して邪道的な戦略に走ることは危険極まりない。

邪道とは、つまるところ王道の影の道なのであり、王道の裏を取ることとほぼ同義なのである。王道を知らずして、邪道を知ることはない。だから俺がしなくてはならないのは、この第一試合を捨て試合と決めたからには、徹底して王道にひた走ることなのだ。そうして王道を走ったあとに、ようやく邪道の影の端を捉えることができるのだから。

そうすることさえできれば、この第一試合は無駄ではなくなる。勝利のための布石、必要経費としての捨て試合として、上手く昇華してくれるだろう。

「じゃあ、これにしましょうか」

「クラブのAですか…、さぁ、どうぞ、今度はこちらから一枚をお選びくださいませ。Aが入っていて、それを引き当てれば同点ですからね、ご主人さま、直感を研ぎ澄ましてくださいませ」

「えぇ、そうですね、はい……」

晴子さん側の手には、おそらくAが一枚は入っている、はず、だと思う。少なくとも一枚がJだとすると、あと二枚がどうやって選ばれるかを考えよう。Jを二枚重ねない限り、残りの二枚のうち一枚はKが入るはずだ。そしてもう一枚は、おそらくA、だと思う。確証は、ない。

いや、晴子さんに俺の思考を読まれているとしたら、むしろあの手の中にAは入っていない可能性もある。俺の一枚目――つまり伏せられたカード――をなんだと思っているか…、ん?

「あっ……?」

晴子さんの出した一枚目は、ハートのA。つまり、俺の伏せカードは、A以外のJ、Q、Kのどれか。そのあとに俺が使ったカードは、JとK。今しがた出したカードは、A。そして俺は、バランスをとって闘っている。

自然と、俺の伏せカードがQの可能性が高いということが浮かび上がって来ないか……?

「どうなさいましたか? ご主人さま?」

「っ…、いえ…、なんでも。さぁ、どれにしようかな」

「なにか、見落としたことでもございましたか?」

「見落とし? はは、まさか。なにも考えてないのに、見落としも何もあるわけないじゃないですか、はは」

見落とし…、そう、見落としだ。俺の側から相手の伏せカードを解析することはしたけど、それに満足して晴子さんの側から俺の伏せカードの解析をするのを忘れていた。晴子さんが俺の伏せカードを、俺がしたのと同じように解析したとすると、十中八九俺と同じ地点に着地したはずであり、伏せカードをQと決め打ちしていてもおかしくはない。そしてそうすると、晴子さんの提示した手の中に、Aはない。空だ。

なぜならば、そこまで至れば俺の思考をトレースすることはたやすく、また俺の次の手をAと推測することもそこまで難しいことではない。相手は晴子さんなのだ、それくらいの地点、易々とクリアしてくるに決まっている。

「じゃあ…、これにします、この真ん中のを」

そして、晴子さんの手が空だとすると、俺がここで考えなくてはならないのは、どのカードを引き当てるのがもっとも今後のためにいいか、ということだ。晴子さんのことだ、来るカードをAと決めたからにはもう手の中はそこ以外に固めてきていると考えるのが妥当だ。さらにその後のことも考えて、おそらくJを二枚重ねてきているはずで、また二枚連続で同じカードを晒したくない心理を逆読みされているとすれば、残りの一枚はKに間違いない。

つまり、晴子さんの手は、J、J、Kの三枚でほぼ確定される。俺がここで引きたいのは、やはりKだろう。それを引くことができれば、晴子さんの手の中のバランスを崩すことができるわけだし、この上ないことだ。

「ふふ、ご主人さま、そんなにKを引きたいのですか? それほどまでに熱烈に願われては、心の声が聞こえてしまうようですわ。ですが、出されたカードがAだというのに…、おかしいですわね?」

「え……? いや…、そんなことないですよ? もちろん、Aがきてほしい、ですよ……?」

「そうでしょうか? ふふ、わたしの勘違いだったかもしれませんね。勘違い、でしょうか?」

「か、勘違い、ですね、はい」

くっ…、読まれている、ということか……。しかし、どうしてそこまで俺の思考を読み取ることができるんだ……? いくら晴子さんといっても、超能力者というわけではないのだから、俺の考えていることを微に入り細に入り読み取ることなんてできないはず、なのだ。

しかしそれができているのである。ただのカマかけにしては言い分が明確すぎるし…、玄人というだけでここまで相手の思考を読み解くことができる、ということなのだろうか、このゲームは……。

「それでは、こちらの真ん中のカードを選ばせていただきますね、ご主人さま♪」

「はい、お願いします」

「こちらのカード…、ペア不成立です♪」

「残念ですわね、ご主人さま…、ですが、まだ攻撃の機会は二度残されています。諦めず、頑張ってくださいませ、ご主人さま」

「えぇ、そう、ですね…、はい……」

ペアができなかったためカードの情報が公開されなかったので、いったい何が晴子さんの手の中から選び出されたのかを知ることはできないが、しかしとりあえず、これで前半の四戦が終わったことになる。

場にある八枚のカードのうち、公開されているカードは五枚で、そのうち三枚が俺のカード。ポイントの面でも情報の面でも一歩譲る形になっているが、しかしここからなんとか捲き返せるようにがんばるしかないな……。とにかく、まずは次の晴子さんの攻め手を防がなくては話にならない。

「二枚、ですよね…、ここから二枚……」

バランスを取って闘ってきたからこそなのだが、俺はここに来てもまだ手の中に四種類すべてのカードを収めている。さぁ、この中からどの二枚を選び出せば、晴子さんの攻め手を防ぎきることができるだろうか。やはり、有力な候補として挙がるのは公開されているカードだろうか。すでに公開されているカードは、やはり公開情報として晒してしまうことに少なからず抵抗があるだろうし、ある意味で安全ということができるだろう。となると…、出すのはAとK、ということになるのか? ここに至って手の中からその種類のカードがなくなる、なんてことを言う必要、というか意味はないが…、さて、それが正しいだろうか。

それとも、逆に公開情報になっているカードを外していくのが効果的だろうか? 公開情報から手を決めていくなんて王道の中の王道のようなものだろうし、一度くらいは裏を取る、っていうことをやってみるのも悪くはないかもしれない。それに、そのとき選ばれるQは、俺の唯一の伏せカード――まぁ、おそらくその内容は看破されているだろうが――なのだから、少なからずカモフラージュになる、可能性はある。

「ずいぶんとお悩みのようですね、ご主人さま?」

「いや、まさか! きまぐれです! ただの、気まぐれ! たまには悩んでるふりでもどうかなって、ね!」

「ふふ、ご主人さまは、ウソを吐くのが苦手なのですね。かわいらしくて、わたしはいいと思いますよ?」

「ぅぐ…、そ、そんなことない、です……」

うぅ…、話しかけてこないでくれ…、晴子さん……。集中力が切れる……。考えろ、考えるんだ……。

とりあえず、選ぶカードは二枚、それは間違いないことなんだ。集中しろ、効率的なカード選択のパターンを見極めなくちゃいけないんだ、一回だって無駄にできる回はないんだぞ。

晴子さんが手に残しているカードは、場に公開されて出ているカードがA一枚にK一枚なのだから、Jが一枚以上、Qが一枚以上、Aが零か一、Kが零か一ということで確定される。また非公開情報も、消去法で考えると、一枚はJ以外、もう一枚がA以外の何かということになってくるわけだ。

さぁ、ここから出来るだけ多くの枚数の確定条件を検索することを目指すのだが、さて、どうだろうか。もっとも極端な例を出せば、晴子さんの手の中には既に二種類(JとQ)しか残っていない、という筋もなくはないが、それはさすがに細いように思える。出ているカードから、バランス良く使われていると仮定すると、全種類が手に残っている可能性も残っているが、それもまた細いように思えてならない。晴子さんが、そんなまっすぐな戦い方をするとは、考え難い。

となると、一種類が空になっていて、一種類が二枚残っているというパターンが一番想定されるだろう。そしてその手の中に一種が二枚残っているパターンは六通りあり、そのうちの四通りでJが残っている。なぜならば、俺の伏せカードからくる縛りによって、晴子さんの伏せカードが二枚ともJという可能性がないからだ。空になっているカードは分からないが、しかし二枚残っているカードは、Jである確率が高い。いや、六つのうちの四つがそうだというならば、それはかなり高いと言ってもいいかもしれない。

つまり、晴子さんの手に残っているカードの半分は、J。提示する手の中にJは入れない方がいいだろう。

となると、三枚の中から二枚を選ぶことになるが、除外される一枚はQで決まりなので、必然、手のカードはKとAということになる。なぜならばAが使われたとしたら二戦目ということになり、つまり二枚連続で使われたということになってしまい、それはできるだけ避けるようにするのではないだろうか。次にKは、二戦目と四戦目の両方で使うことができるが、しかしどちらにしても連続で使うことになってしまうので、同じく避けられるのではないだろうか。

つまり、晴子さんが出したカードは、連続で同じカードを出すことを避けたい心理から見ると、A、Q、K、Aの順である可能性が、わずかに高く、次の攻め手でJの次に出そうなのが、おそらくQなのである。だから、手として提出するのは、AとKでいい。これで晴子さんがJかQを出してくれれば、次の俺の攻め手で俺が得点できる可能性は大いに上がるだろう。

「……、それじゃ、これとこれで……」

ふむ、やはり思考を重ねると最初に思った結論に回帰するパターンが多いようだ。今回も、けっきょく一周思考を回してみた結果、一番最初の発想に行きついたわけだし、それはもう明らかだ。

さて、この一周分の思考、吉と出るか、凶と出るか……。

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