デュエル! ②
とりあえず俺は、さきほどの晴子さんの動きをなぞるように自分の持ち札の中から一枚を選択するのだった。一戦目でクラブのQが使われてしまったので、俺の手はQ一枚を欠いた七枚となっている。
さて、問題はここから一枚、なにを選んで提出するか、ということだが…、やっぱりQを選ぶべきではないように思う。だってもしそうしたら、手の中にQが一枚もなくなってしまうではないか。一枚目のQは一戦目で伏せたまま使われたから存在が隠されているけど、でもだからといって、手の中から早々に一種を消してしまうのは危ないのではないだろうか。
もちろん、一枚を伏せた状態のまま一種を使いきるというのは、いい迷彩になってくれることだろうが、しかしまだ一戦目、そういうコンバットプレーに走るのは少なくとも一試合をこなしてからがいいのではないか。焦ることはない、一試合目は馴らしと決めていたではないか。勝手も分からないの飛び道具を多用するほど、俺の勝負度胸は太くない。
となるとQ以外の三種から一種を選択するってことになるのか。もし晴子さんが俺と同じような思考をたどるとしたら、あの手の中にAはないということになるだろう。もし俺にそれを選らばれてしまえば、手の中からAが姿を消す――しかもその両方が公開情報として晒されてしまう可能性すらある――のだから、さすがにそれはないだろう。故にその思考を辿るならば、俺もAを選ぶことはできない。
となると、俺の選ぶことができるのは、JかKということになる。そして、ここで問題になってくるのは、晴子さんの提示している四枚のカードのうちJKQのうちどれを一枚多く配しているか、ということになるのだが、しかし俺にはそれを確かめるすべはない。こればかりは運任せ、ということになってしまうだろう。
JかKか。どちらを選んでも、おそらく大きな差はないはずだ。となれば、もうここは、単に指運で選択するしかないな。
「じゃあ、これで」
「あら、スッと出しましたね。もっと悩むタイプかと思っていましたが、意外と思い切りがいいようですね、ご主人さま?」
「いえ、まぁ、なにを選んでも同じですよ、はは」
「そうやって無策を装って、意地の悪いご主人さまですね。頭の中ではぐるぐると、思考を何周もさせていたでしょうに、何でもない顔をするんですから」
「そんな、まだ初めても同然の、ど素人以前の状況です。無策もいいところですよ」
「謙虚なのか、策士なのか。さぁ、はたしてどちらなのでしょうか? さぁ、ご主人さま、今度は私のこのカードの中から一枚を選んでくださいませ。果たしてペアが出来るでしょうか?」
「どうですかね…、何しろ俺には、まだルールしか分からない有様ですから、本当に文字通り運が良ければ、ってところですよ」
それから、俺は晴子さんの四枚のカードの中で左から二番目を選択。それがメイドさんの手によって、裏返しのまま俺のスペードのJの横に並べられる。
もし偶然、俺の選んだJが膨らんでいれば当たる確率は二分の一。そうでなければ四分の一。必然で生じる確率ではあるが、空の可能性は極めて低いだろうし、まぁ、そこまでひどい状況ではないのだろう。
「ペア、不成立です♪」
「残念ですね、ご主人さま。さぁ、三戦目に移りましょう」
「けっこうサクサク進みますね…、なんていうか、予想外っていうか……」
「痺れるのは、中盤からですよ、ご主人さま。序盤はどうしても、ポイントが左右しませんからね」
「そ、そうなんですか……? そ、そういうことなら…、た、楽しみにしてます」
「それでは、わたしはこれを選びましょうか。ご主人さまは、手のカードは決まりましたか?」
「あっ、は、はい……! ちょ、ちょっと待ってください! すぐに、決めますんで!」
晴子さんは、また迷うことなく一枚のカードを手に取り、俺の前でひらひらと振った。どうやら、晴子さんの動きの徹底ぶりから考えるに、俺のことを急かしているのは間違いないようだ。普通の客にはこんなことしないだろうに、くそぉ…、相手が俺だからってこんな詰め方してくるなんて、非道だぜ、晴子さん……。
しかしいくら晴子さんに急かされたとしても、俺はけっきょくのところ初心者なわけだし、反射的に最善解を導くことなど出来もしないのだ。勝つためには何が何でも考えなくてはならないのだ。たとえそれにどれだけ時間がかかっても、思考を回す続けなくてはならない。
「えっと…、手が六枚になったから、選ぶのは三枚なんだよな……」
残りの手札はJが一枚、Qが一枚、Kが二枚、Aが二枚になっている。ここからそれぞれをへこませることなく選ぶとなるとKとAを優先的に使っていくことになるだろう。そして晒している情報としてJがあるので、もしここで晒すことになってしまえば、空になったところをねらい打たれるかもしれない。いや、そんなことができるかは分からないけど、でも晴子さんなら、俺の知らない裏道みたいな方法を使って何かしてくるに決まっているのだ。俺程度が容易に推し量ることができるほど、晴子さんのやりくちは浅いものではないのだ。
つまり、ここは場に出ていながら公開情報になっていないQこそ選択するべきだろう。もし当てられて公開することになったとしても、それは一枚目のQなんだし、情報としての重要度は二枚目のJが晒されるよりは低くなるだろう。そして当てられずに伏せて場に残ることになれば、二枚のQを伏せることができるわけだし、晴子さんの目からQの行方を完全に消し去ることができる。それはおそらく、初心者の俺から見ても有効な迷彩だろう、ということが分かる。
「そうですよね、そこで引っかかってしまいますよね、ご主人さま。えぇ、少し頭の切れる方は、どなたもそこで悩んでしまうものですから」
「べ、別に、悩んでなんかないですよ……? ほら、バカの考え休むに似たりっていうじゃないですか? 初心者が何を考えても、無駄なんですから、俺も適当によさそうなのを選んでるだけなんですよ?」
「どうでしょうか? 人間、考えないで何かをするということは非常に勇気を伴うものです。自分にとって初めてのものと対面するときは、どのような人であっても自分なりの理論を持って向かうものでしょう。自分の理を持つということは、ある意味で物事と対面する心構えのようなものです。初心者であればあるほど、よく分からないからこそ、行動の推進力や保険として理を持とうとする。もちろん、時折自らの直感のみを信じて、本当にあてずっぽうで立ち向かう人もいますが、しかしそのような人はやはり少数でしかありません。そうやって無茶なことをすることができるのも、ある意味では勇気ということもできるのではないでしょうか。さて、その勇気、ご主人さまはお持ちでしょうか? お持ちですか?」
「…、そ、そんなのは、勇気ではありません……」
「ご主人さま、勇気について論じること、それはわたしとしてもやぶさかではございませんが、後に回すことにしましょう。今は、ご主人さまが手をお決めになることが先のように思いますから」
「ぅ…、そ、そうですね……。まぁ、これでいいか……」
小賢しく理に走っていることを晴子さんに看破されればそこの裏を取られることは必定なので、俺はできるだけ無策なアホを装って勝負を進めていかなくてはならない。そこにどれだけの意味があるか分からないし、そもそももう俺の考えなんて読み取られている可能性は濃厚だが、でもだからといって何もしないでおめおめと死ぬことはできないのだ。
第一戦は最初から捨て石のつもりではあるが、だからといってただ晴子さんに弄ばれて負けてしまっては何も次につながらないではないか。俺は二戦で勝ちぬけなくてはならないのだ、一戦で情報を集め有効な策を立案し、晴子さんの裏をかいて出しぬかなくてはならないのだ。この第一戦にはそれだけの意味があるのである、少しであっても無駄にすることはできないのだ。
「わたしのカードは、これです。さぁ、ご主人さまの手の中から、どれを選ばせていただきましょうか……」
晴子さんの出した札は、ダイヤのK。俺の手の中にはクラブのKが入っている。選ばれてしまえば、ペアが成立しポイントが奪われるカードである。ここできっちりKを選んでくるあたり、晴子さんには俺が特定のカードをへこませないようにカードを消費していく作戦は見透かされているのだろう。いや、見透かされているのはさっき言っていたから明らかだ、晴子さんは、俺が見透かされた上でその思考に則ったカード選択をしていると見抜いているのだ。なんて恐ろしい人だ、晴子さん……。
しかし、俺はこのやり方で第一戦をやり抜き、実践においてこの理論がどれだけ通用するのかということを確認しなくてはならないのだ。そうすることによって次戦の戦略の基本方針を確定しなくてはならないわけで、またゲーム自体の深度を量るということも兼ねているのである。
「それでは、これを選ばせていただきます」
「この真ん中でいいですか? ハルちゃん?」
「えぇ、お願いします」
そして、晴子さんによって選ばれたカードはメイドさんの手で取り上げられ、その内容を確認された後、
「ペア成立です♪ 1ポイントが、ハルちゃんに入ります♪」
パサッと、テーブルの中央へと置かれた。晴子さんが選んだカードは、クラブのK。ペアが成立したので俺のカードも表に返され、晴子さんのカードに重ねられる。
「あら、ご主人さま、失礼しました。ペアが出来てしまいましたね」
「ペアができたら、このカードは、両方表にしてこっちに置くんですよね。…、これで1対0ですか……」
「えぇ、まだほんの一点だけ差がついただけですわ、ご主人さま。まだご主人さまの攻め側は三度も残っているのです、逆転も容易に可能でしょう」
「はは、そうですかね?」
「えぇ、なんということはありませんわ。三回のうち、ご主人さまが二回ペアを揃え、わたしが一度も揃えないように守り切れば、それだけでご主人さまの勝利ですから」
「…、簡単そうですね」
「がんばってくださいませ、ご主人さま。そろそろ、ご主人さまも、このゲームのことが分かってきたころでしょう?」
「ぃ、いや、ははは、さっぱりですよ! 何にも考えてないですからね、アホですからね!」
「ふふ、どうでしょうかねぇ? どうでしょうかねぇ?」
「どうもこうもないですよ! アホですから!」
「ゆ、幸久君…、恥ずかしいから、あんまり大きな声出しちゃダメだよ……」
「恥ずかしいとか言ってたら、勝てないだろ!」
「か、勝てるとか勝てないとかじゃなくて、恥ずかしいのはよくないと思うよ……。みんな、こっち見てるよ……」
「みんなに見られても、勝たなきゃ意味ないだろ! 恥ずかしがってて負けてたら、それこそバカだ!」
「にゅぅ…、幸久君がはなし聞いてくれないよぉ……」
「天方、諦めろ。三木は、勝負事となったら勝つこと以外目に入らないほど負けず嫌いだからな。外野が何を言っても無駄だろう」
「きりりん、ゆっきぃががんばってるのじゃましちゃダメだよ~」
『お茶、飲も』
「にゅ…、そうだね……」
「さぁ、ご主人さま、今度はご主人さまが攻める番ですわ。わたしの手は、この三枚です。ご主人さまの手から一枚、お選びくださいませ」
「えぇ、取られたら取り返していかないといけませんからね。まず、一点ですよね…、どれがいいかなぁ……」
一点取られたら、一点取り返す。俺が勝つためには、これから二点を取らなくてはならないのだから、どんどんやる気出していかないといけないんだ。まぁ、俺はこの一戦目は捨てているからそこまで気合を突っ込んでいく必要はないのだが、しかし晴子さんを少しでも惑わせるために行く気があるように見せなくては。
…、意味ないかもしれないけどな!