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Prism Hearts  作者: 霧原真
第七章
86/222

デュエル! ①

「それではご主人さま、ゲームを始めましょう」

「はい、いつでもどうぞ、ハルさん」

ゲームを始めるにあたって、俺たちは店の真ん中の二人席(そういえば、どうしてか空席になっていて、ポツンと孤立している)へと移動するよう促され、そして俺と晴子さんが向かい合うようにそれぞれ座る。それからその横に、もう一脚椅子を寄せて判定役のメイドさん(俺たちが店に入ったときに応対した「ミキ」さん)がちょこんと座った。

しかしこのテーブル、なんか他のやつと感じ違うよな……。なんか机の脚も椅子の足も床に固定されてるし、レールみたいなのがそれぞれのサイドに据えつけられてるし、どう考えても喫茶店で客がくつろぐことを目的として設置されてないだろ、これ。

「これは、特製の対戦台です、ご主人さま。このゲームはご主人さま方にたいへんご好評をいただいておりますので、より一層楽しんでいただけるようにとメイド長が腕をふるいました」

「へ、へぇ…、メイド長は、日曜大工もたしなむものなんですね……」

「はい、メイドのたしなみでございます」

残念ながら、それは俺の知っているメイドのたしなみというものではないように思う。おばさんや美佳ちゃんがたしなんでいたものは、音楽や絵画などの芸術鑑賞であったり、トランプやチェスなどのテーブルゲームであったり、少なくとも日曜大工ではなかった。そういうことは、男にでもやらせておけばいいのであって、メイドさんは室内遊戯をたしなむのがいいように思うのだが。

まぁ、それはいいとして、つまりこのテーブルは、ゲームの対戦用に用意してある特別席ということなのだろう。どうしてそこまで店側がこのゲームに入れ込むのかはまったく分からないが、何か深い理由でもあるのだろうか? それとも、このゲームからの収入が、俺が思っているよりもずっと多いってことなのか?

確かにこのゲーム、それぞれの席でやられてしまうと、メイドさんが動きやすいように配されているテーブルを多少なりともずらす必要があるだろうし、そこかしこでいっぺんにやられてしまうと潤滑な営業に差し障るっていうことも、考えられないことじゃない。それともスタッフの人数の問題か? このゲームにはスタッフ二人がかかりきりになってしまうわけだし、あまり同時多発的にゲームを始めてしまうとホール内のスタッフがほとんど動けない、という状況も考えられるわけだし、それを避けるためにゲームをするときは特別な場に移動して行なう、ということにして、同時に発生するゲームを特製テーブルの数までに収めるのだ。そうすれば、動けなくなってしまうスタッフの人数はあらかじめ予測できるわけだし、どれだけスタッフを配置しておけば店が回るか、ということも設定しやすいだろう。

「それではカードを配らせていただきます。カードを配りましたら、先攻め後攻めを決めるためにじゃんけんをいたしましょう」

「はい」

先攻後攻を決定するじゃんけんに勝ったのは晴子さん、逡巡なく先攻を選択。別に先でも後でも、どちらでも変わらないと思うし、俺としてはどちらでも構わないのだが。まぁ、あえていうなら、やり方を一回実演してもらえる分、晴子さんが先に攻めてくれるのは助かる。

とりあえず、一回見せてもらうとしよう。このゲームのやり方ってやつをな。

「それではご主人さま、まずは八枚の中から半分を選んでください。選び終わりましたら、そちらのレールの上に、こちらからは内容が確認することができないように立てて並べてください」

「半分ってことは、最初だから四枚ですよね。えっと……」

一回目は、当然一試合目なんだから手元のカードが八枚すべて残っており、どのような組み合わせでも選び放題である。さて、この八枚の中からどのようにして選ぶのが一番いいのだろうか。

こういうカードが減っていくようなゲームの場合、通常気をつけなくてはいけないのはカードを如何にして残すか、ということである。最後に同じカードばかりが残ってしまい二進も三進もいかなくなって、というのは、とにかく一番やってはいけないことではないだろうか。

まぁ、それがこのゲームの定石に当てはまるかは分からないのだが。一回目だ、深く考えても、休むに似たり、というやつだろう。ここはとりあえず、それぞれの種類から一枚ずつをピックアップして提出する手札を整えておこう。確率的に見て、晴子さんの選んだカードとペアが成立するのは四分の一だし、おそらくそこまで悪い数字ではあるまい。

「これを、ここに並べるのか」

「はい、そのようにしていただければ、問題ありません。次に、守り側の方が持ち札の半分をレールの上に並べられましたら、攻め側が一枚、カードを選びます。これも裏返しで、相手から内容を確認することができないようにこちらの枠の中に置きます」

「あぁ、そこのいくつかある枠は、カードを置く目安になるものだったんですね。何かと思ってました」

「えぇ、この中央の二つの枠が、両者の勝負札を置くところ、こちらの脇の八つの枠がそれぞれのゲームで使用したカードを、それぞれ重ねて置く所になっています。ゲーム中に参照することができる重要な情報になりますので、ご注意ください」

晴子さんはそう言いながら、言葉を止めることなく自分の持ち札の中から一枚を選択し、スッと今言った枠の中に置くのだった。一枚目はどうしたって運任せになってしまうだろうし、そう選択に時間がかからないのもうなづくことができるだろう。

「そして次に、攻め側が守り側の提示したカードの中から一枚を選択します。このとき、相手側のカードには触れず、指差しと発声を用いて選択するカードを明確に宣言してください。宣言されたカードは判定役が取り、守り側の枠の中に裏向きのまま置きます。宣言はこのように行ないます。こちらの、一番左側のカードを、お願いします」

「これですか? ハルちゃん?」

「はい、そうです」

晴子さんはなおも説明を続け、そして俺がレーンに乗せた四枚のカードの中で、俺から見て一番右側のカードを、迷うことなくスッと指差した。脇に座った判定役のメイドさんは、晴子さんに一度確認をしてから選択したカードを中央の空いている枠の中に裏向きで置く。

ちなみにそのカードはクラブのQで、つまり晴子さんの選んだカードがQだったら晴子さんにペアが成立し、ポイントが一点入るということなのだろう。

「枠の中に二枚が置かれた時点でセッティング完了となり、それ以降の変更は、それが何についてのものであっても一切認められません。逆に、セッティングが完了する前でしたらある程度の変更をすることができます」

「あの、攻め側が守り側のカードを選択するとき、守り側は選択確定直前に自分の手から提示したカードを変更することはできるんですか? イヤな予感がしたから変える、とか」

「それは認められていません。守り側からの提示カードの変更については、攻め側が勝負札を選択したところで〆切となっておりますので。ですが、それまではご自由にカードを交換してくださって構いません」

そして、メイドさんの手によって晴子さんの側のカードが表に返される。そのカードはハートのA、中央に伏せられたクラブのQとは柄の一致しないカードである。

「わたしは、いつもだいたい、よほどのことがない限り、一枚目はハートのAなんです。いえ、別に、意味があるというわけではないのですが」

「ペア、不成立です♪」

メイドさんは続いて俺の側の伏せられたカードに手をかけ、自分だけが見えるようにその内容を確認する。そしてペアの成否を宣言すると、そのカードを再び伏せ晴子さんのハートのAと重ねる(重ねると言っても両方のカードの内容をみることができるようにではあるが)と、脇にある枠の中へそれを置くのだった。

なるほどな、ペアが成立しないときは、こうやって置かれるのか。実際にこうして目にしないと、やはり分からないものだな。この場合は、攻め手にポイントが入らないだけでなく、守り手がどのカードを使ったのかも分からないわけだ。なるほどな…、これは厳しい。ペアをつくることができないと、一方的に自分の手を晒すことになってしまうのだから情報戦として、相手に一歩譲ることになってしまうということだ。

これは、終盤戦がなかなか厳しくなることが予想される。カードの選択ができなくなってしまえば――たとえば序盤で何かの種類を使いきってしまってしまうとか――、それを知られた時点でかなりのビハインドが発生してしまう。しかし使いきっているという事実を隠し通すことができれば、それは相手にとってイヤなことというか、こちらにしてみれば大きなリードを得ていると言えるだろう。

つまりこのゲームにおける焦点は、ポイントを得ることのできる攻め手ではなく、伏せたままカードを消費することができる守り手ということだろう。ポイントは、終盤戦であっても稼ぐことはできるが、そこで重要になってくる情報は、序盤にきっちり守りきらなくてはならないのである。

つまり序盤の四戦で公開される可能性のあるカードは八枚で、そのうち確定的に公開されるのが四枚。それ以外のそれぞれ二枚ずつのカードは、自分のものを晒さず、相手のものを見ることが出来さえすればいいのである。情報で一歩だけでも差をつけることができれば、それは後半戦で大きな一歩となるだろうからな。

序盤戦の目標は、スコアレスの0対0、あるいは一点リードの1対0が理想的。まぁ、2対0なんてものができさえすれば、望むべくもないのだが。

問題は2対2の乱打戦になってしまった場合だが、まぁ、それについてはおいおい考えていけばいい。きっとこのゲーム、そんなに得点の取り合いになることはないだろうからな。

「残念、ペアができませんでした。この場合はこのように、ご主人さまがお使いになったカードがわからないように伏せたまま、私の使ったカードと重ねるようにしておくわけです。ペアができた場合は言わずもがな、それが確認できるように守り側のカードも表に返してから二枚を重ねて置きます。こうやって置くことによって、どちらがどれだけのポイントを重ねたか、ということも一目瞭然です」

「なるほど、よくわかりました」

「あら、ご主人さま、何かにお気づきになられたのでしょうか? なかなかご聡明でいらっしゃいますね」

「い、いや、そんな…、気づいたなんてこと、ありませんよ。は、ははは……」

しかしこの気づき、おそらくはこのゲームの定石である。つまりふつうの人間がふつうにたどり着く、最初の終着点であり、この程度だったら幾度となくこのゲームを経験しているメイドさんたちにとってみれば常識のようなものなのだろう。それだからこそ、俺の表情を読みとった晴子さんはわざわざあんな皮肉を言ったのだ。

そこから考えるに、このゲーム、そんな地点よりももっと深い。メイドさんに強いと言わしめる晴子さんのことだ、心の底では何やら難しいことをいろいろ考えているに違いないのだ。

それとさっきのカマのような、一番最初にはハートのAをいつも出すだのなんだの言うのは、ただのカマだ。晴子さんはけっきょくのところリアリストであり、願掛けとか験担ぎとか、そういう非科学的なところに準拠して行動を選択するということは、それこそ滅多にないのである。故にそれをあまり信用しすぎてはならず、話半分くらいに聞いておいた方がいいのだ。

そもそも晴子さんの話を聞き流すようなことは許されないのだが、しかし勝負の場とあっては話は別であり、バカ正直に駆け引きに乗ってあげることはないのだ。あるいは、逆に晴子の話を信じたふりをして、それを逆手に取るのが上策だろうか。

「いえ、第一戦の第一試合からそこまでたどり着くなんて、普通の方に比べればずっとご聡明ですよ。普通の方は、第一戦が終わるころにそのことにお気づきになるものですから」

「そ、そうなんですかぁ……」

しかし、どうして晴子さんは俺の考えていることをそこまで詳細に見てとることができるんだろうか。だって、俺、一言も言ってないんだぜ、何かに気付いたとか、こういうやり方があるんですね、とか。

よく思うことだけどそれって、俺が考えてること顔に出し過ぎなのか、それともあるいは晴子さんが本当にエスパーなのか、そしてもう一つの可能性としては晴子さんのカマのかけ方が神がかっているかのどれなんだろうか。確かめようにも晴子さんがまともに応えてくれるわけないし、まぁ、どうしようもないんだけどな。

「それでは、次はご主人さまの番です。さぁ、どうぞ、カードをお選びになってくださいませ」

そう言った晴子さんは、すでに自分の前にあるレールに四枚のカードを並べて待っているのだった。やっぱり早いな…、迷いがないというか、なんというか……。それとも早く自分の動きを済ませることで、俺のことを暗に急かしているのだろうか……。

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