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Prism Hearts  作者: 霧原真
第七章
85/222

装いの自信、偽りの慢心

「ご主人さま、ゲームをなさるんですか? わたしと?」

「うゎっ!? は、ハル…、さん……。ぇ、えぇ…、まぁ、はい……」

俺が晴子さんとのツーショット写真、という言葉の響きに浮かれて気もそぞろになっているところに、音もなく、その当の晴子さんが俺の後ろに立っていた。おそらく俺に金を使わせるため、注文を取りに来たのだろうけど、明後日の方向に意識が飛ばしていた俺は、それこそやり過ぎなほどに驚いてしまい、椅子の上から転げ落ちるかと思った。

「でも、よろしいのですか? ご主人さま…、わたし、強いですよ? 負けたことは、メイお嬢さまにしかありませんし」

『そうだったの?』

「はい、メイお嬢さまは、とてもお上手でいらっしゃいましたから。素晴らしいお手並みでしたので、流石のわたしでも、降参するしかありませんでしたもの」

「へぇ…、メイはそんなにこのゲームが上手だったのか……。やるな…、メイ……」

でも、さっきはあんまりゲームの内容を詳しく覚えているようでもなかったし(さっきのゲームの内容は、メイが曖昧にしか覚えていなかったものを俺が想像と合理性で埋めたものであり、メイから教えてもらったものは、もう少し大ざっぱだった)、もしかしたら単に運が良かっただけ、という可能性もある。しかしまぁ、運も実力のうちっていうし、そういうここぞという場面でツキを呼び込むことができるというのは、ゲームについて熟知するよりもすごいことであり、勝負強いというのは間違いなく一つの才覚なのである。

そして、ここから分かることは、まさにこの勝負、勝敗を左右するのは運であり、時運を得ることが実力を持つことよりも重要である、ということなのだ。つまり、俺もメイのように運を味方につけることさえできれば、二度の対戦で勝利を収めたメイと同じ様に少ない回数で勝ちぬくこともできるということが証明されているのである。

「それでは、御覚悟はよろしいですか? ご主人さま?」

「は…、はい……」

しかし、運があれば勝つことができると分かり、自らのプランの第一歩を踏み出すことができたというのに、その晴子さんの何気なく発せられた一言に、俺の心中を鋭い悪寒が駆け抜けた。ふつう、こういうときに発せられるべき言葉は、「準備はいいか」とか「用意はいいか」とかであるべきだというのに、しかし晴子さんの選択した言葉は「御覚悟はよろしいか」である。これは、何に対する覚悟だ?

さっき行なわれた、俺と晴子さんがした約束――つまり俺がここでお金をたくさん使うという約束――に対して、金を使う覚悟はいいか、ということを言っていると考えると、比較的自然かもしれない。いかに晴子さんといえど、俺が財布を空にしてしまうことに少なからず哀れを覚えるだろうし、それに対する覚悟のほどを問うていると考えるのは妥当な線だ。

あるいは、この店で一番強いわたしに勝負を挑むなんていい度胸ね的な、他の対戦相手を選ばせてあげてもいいわよ、ということを裏に秘めた、俺に時間の猶予を与えてくれるための言葉と捉えることも出来るだろう。もしそれが真意だとしたら、そこには晴子さんのやさしさが込められているわけである。

それともただ単純に、何という意味もなく選ばれた言葉がそれだった、というだけなのだろうか。そうだとしたら、もちろん、それは俺の思いすごしでしかなく、過剰反応だった、というだけのことだ。

しかしその違和感は、軽微というのもためらわれるほどの無味無臭。それよりも今は、目の前にあるゲームをきっちりと勝ちぬける方が重要。脇目を振っている場合ではない。故に無視するのが上策だろう。

「ルールの方は、よろしいですか? ご主人さまはこちらのゲームは初めてのようにお見受けしますので、よろしければわたしからご説明をさしあげますが」

「お願いします。さっきメイから聞いたけど、やっぱり一応聞いておいた方がいいですからね」

「はい。それでは説明させていただきます」

晴子さんから説明されたゲームのルールは、だいたいメイがしてくれたものと同じものであり、根本的なところでの違いはなかった。しかしそれでも、やはりかなり前にゲームをしたのだろう、いくつかの部分で違いはあった。

まず違うところは、守り側のカードの選択方法。メイは四枚に枚数を固定して選択し、四枚よりも少なくなったときは選ぶ行程は省き、もっているカード全てを出すと言っていたが、しかしカードは常に手持ちのカードの半分(奇数枚持っているときは半分から切り上げ)を選択するのだそうだ。つまりゲームが進み持っているカードが減ると、守り側の提示するカードも減っていくということだろう。これは、最後の最後まで守り側に選択の余地を残すという意味で、ゲームをより深くする意味があるだろう。

そして次に、攻め側から提出されたカードの扱いについて。これはメイの話では開いた状態で提示ということだったが、しかし本当は、勝負の場に公平な立場の判定役が立ち合い、攻め側はカードを裏にした状態で提示し、判定役だけがその図柄を確認、ペアが成立した場合にのみ公開されるということだったらしい。これは情報が制限されるということを意味し、ゲームそのものの難度を跳ね上げるルールだ。あるいは、守り側が負けたときのメリットを増やすという意味(守り側から見れば、「相手がペアを揃える」ということが、ただ「相手にポイントが与えられる」というデメリットがあるだけではなく、「相手の使用したカードの情報を得る」というメリットが生じる、ということであり、ポイントを奪われることがただ不利になるだけではなくなった)で、守り側のためのルールということもできる。

「これで、説明はよろしいですか?」

「あの、一つだけ聞きたいんですけど、いいですか?」

「はい、なんなりと」

「守り側がカードを選ぶときなんですけど、選び方に制限はあるんですか? たとえば、…、えっと…、同じカードは二枚選べないとか、そういう制限みたいな……」

「ありません。手持ちのカードの中から、ご主人さまがお好きに選んでくださって構いません。それこそ、一点集中で潰しに来てくださっても一向に問題はありません。他にご質問はございますか、ご主人さま?」

「他には…、連続でゲームをする場合、最初に決める先攻後攻は交代でしたりするんですか? それとも、それぞれのゲームで、完全に仕切り直しってことになるんですか?」

「各ゲームごとに仕切り直しになっています。そもそも連戦という考え方が間違っていて、ゲームは終わった時点で終わり、連続でコインを投入してのコンティニュー、というわけではありません。毎回、負ければゲームオーバーになっております、ご主人さま」

「そうですか…、分かりました、もう質問はありません.。さぁ、ゲームを始めましょうか……」

「はい、承りました、ご主人さま。それではすぐにご用意させていただきますので、少々お待ちください」

「えぇ…、そういえば、ハルさん」

「はい? なんでしょうか、ご主人さま」

「勝ったときの景品…、ツーショット写真らしいですね?」

「えぇ、その通りでございます、ご主人さま。ご主人さまがもし一勝を収められましたら、僭越ながらわたしが、ツーショットのポラロイド写真をさしあげております。あくまでも、もしも、ご主人さまが勝利を得られたならば、ということですが」

「勝ちますよ、えぇ…、勝たせてもらいます。勝負の用意だけでなく、カメラの用意も、しておいてもらって構わないですよ、ハルさん?」

「ご主人さまは、ご自分にかなり自信がお有りのようですね。あぁ、恐ろしい、わたしも簡単に負けてしまわないように気をつけなくてはいけませんね。メイお嬢さまには負けてしまいましたが、そのほかの方に負けるわけにはまいりませんから」

うふふあははと、俺と晴子さんは真正面から向き合って微笑みあっていた。いつもだったらこういう風に晴子さんに対して生意気な感じのする態度には出られないが、今だったら何をしても、今この瞬間この場で何かをされることはない。それならば、こうやって晴子さんが何もできないときを狙って、いつもなら出来ない、少し強気な態度をとってみるのもいいではないか。どうせ何にしても後で、晴子さんのバイト先にうっかり来てしまったことについて思い出し怒りされるわけだし、ただその理由がここでの生意気な態度に変換されるだけなのだからな。

「それでは、準備がありますので、失礼いたします」

そして晴子さんは、丁寧に深く腰を折るとエクステで長くしている髪をさらりとなびかせ、裏へとさがっていくのだった。

「ふぅ……、やばい…、心臓停まる……」

しかし、けっきょくは勝負の前に少しでも晴子さんにプレッシャーでも与えられればいい、と思ってやっていた生意気な態度なのだが、そんなものが晴子さんに通用するはずもなく、さらっと流されてしまった。というかむしろ、俺の方が変にくたびれてしまって緊張していたわけで、自殺点をゴールに叩きこんでいる気分だった。

まぁ、まったく効果が見られなかったとしても、いつもはできない、晴子さんに強気な態度で接する、ということを出来ただけでもよしとしよう。これはこれで、いい経験をすることができたしな。

「三木、本当にゲームをするのか?」

「え? あぁ、するよ。ゲームして、写真撮って、それからさっさと帰ることにするよ」

「そうか、それならいいのだが……。お前は、こういう些細な勝負事に熱くなりやすいからな、あまりのめり込み過ぎないようにな」

「あぁ、それは、気をつけるようにするよ。だいじょぶだいじょぶ、俺はそんな、デカイ金を動かすような勝負は出来ない性質だからさ」

「そうだな、三木は、大きな危機の察知に関しては感度がいいからな。きっと、勝負が大きくなれば潔く身を引くこともできるだろう」

「平気平気、姐さんってば、心配し過ぎだよ」

「三木、覚えておくんだ。一度ずつは小さな金銭しか動いていないとしても、それが積み重なれば、動く金銭の総体は大きなものになるということをな。いいか、一度は500円でも、五度で2500円、十度で5000円だぞ」

「分かってるって、姐さん、心配ないって。でも、心配してくれてさんきゅな」

「まぁ、お前がそういうならおそらく大丈夫なのだろうが、しかししっかり覚えておくんだぞ。引き際というものを見失わないようにな」

「引き際…、ね……。まぁ、五回やって一回も勝てなかったら、潔く止めることにするよ」

「そうだな、そうやって自分でリミットを決めることは大事なことだ。私は、今回は声はかけるが、強引に止めたりはしないから、自分で止める決断をするんだぞ」

「あぁ、気をつける」

「ゆっきぃ~、ケーキ、たべないの~?」

「ケーキ? …、あぁ、食べる食べる。勝手に食べるなよ、志穂。俺のなんだからな」

「え~、でもひとくち」

「さっきあげただろ。そんなに食いたかったらもう一個注文でもすればいいだろ。とにかく、俺の分はやらん」

「う~、そうなの~?」

「そうだよ」

そもそもからして、どうして俺が志穂に一口やらなきゃいけなかったのか、ということからして疑問だ。さっきだって、正直、断固として拒絶し続けることだってできたのである。それだというのに、俺は志穂に一口ケーキを分けてやったのだ。それだけでも、もうすでに大サービスではないか。それ以上を求めようなんて、ただ志穂が欲張りなだけだぞ。

ここは心を鬼にして、絶対にこれ以上は分けてやらないようにしないと。ちゃんと人のものと自分のものを区別することのできるいい子に育ってくれないと困るというものだ。

強欲と暴食は悪徳である。慎ましやかに、おしとやかに。女性として恥ずかしくないようにいろいろと学んでほしいものである。そして最終的には、食事をするときにかちゃかちゃ音をさせないテーブルマナーを身に付け、男といっしょに歩くときは三歩後ろを静々と歩き、おかわりは一度までで抑えられ、それから擬音を口に出して言ってしまったりしない常識を身に付けた大和撫子に仕上がって、もとい成長してもらおうと思っている。

「まぁ、また今度来たとき、食べろよ。楽しみは、何度にも分けた方がうれしいだろ。なにも一回で全部楽しんじゃわなくてもいいだろ」

「ん~、そうかも」

「だから、とりあえず、お茶でも飲んでゆっくりしてな」

「は~い。おちゃ、おいし~」

「ご主人さま、お待たせいたしました。ゲームの御用意が整いました。判定役はこちらで用意させていただきましたが、よろしいでしょうか?」

「あっ、はい、平気です」

「ご主人さま、ハルちゃんは強いですよ~、がんばってくださいね♪」

「えぇ、まぁ、負けませんよ」

「きゃっ♪ ご主人さま、心強いお言葉です♪」

「さぁ、ご主人さま、それでは始めましょうか」

こうして、俺と晴子さんのゲーム対決は幕を開くことになる。とりあえず、一戦目は様子見だろう。ゲームそのものの勝手が分からないからな、まずは見だ。

そして一戦目でなんとか見切り、二戦目で勝つ。そして帰る。それでいいんだ。ただそれだけ、難しいことでは、おそらくないだろう。

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