表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Prism Hearts  作者: 霧原真
第七章
84/222

デュエル・スタンバイ

「あっ、ゆっきぃ、おかえり~」

「…、ただいま……」

晴子さんに続いて、誰にも見つからないように掃除用具入れから出た俺は、よろよろとみんなの座っている席へと戻るのだった。これから空っぽになるだろう財布のことを思うと、悲しくて足元も覚束なくなるというものである。

「幸久君、トイレ行っただけなのに…、どうしたの……?」

「いや、なんでもないって……。それよりも、メイ、一つ聞きたいんだけど、いいか?」

『なに?』

「あのさ、さっき、この喫茶店はリーズナブルで、あんまり無茶なことしないとお金はそんなにかからないって言ってたよな?」

『…、言った』

「それってつまり、裏を返せば、無茶なことすればお金をいっぱい使うことになる、ってことだよな?」

『そう』

「その、お金がいっぱいかかるかもしれない無茶なことって、なんだ? それについて詳しく教えてほしいんだけど」

『ゲーム』

「…、あぁ、そういえばさっき聞いたか、それ。でさ、そのゲームって、普通のゲーム? ケーキの大食い対決とか早食い対決とか、そういうのじゃなくて?」

『普通のゲームだよ』

そうか、なるほど、普通のゲームなのか。少なくとも、この店でお金をいっぱい使う方法が、俺の懸念していたようなケーキをいっぱい食べるとかじゃなかったというだけでも御の字である。ゲームならば、やってる間に熱が入って連コインし続けて散財、っていう流れが自然だから、そうそう怪しまれることもあるまい。

しかし、普通のゲームというからには筐体がどこかにあるはずなのだが、しかしそのようなものはこの店内には見当たらない。というか、そんなものがあったら周囲の内装と不釣り合いすぎて違和感しか覚えないはずだ。

そういう大きなゲーム機のようなものがないとなると、ここでいうゲームというのはトランプとかのテーブルゲームのことを指すのだろうか? 金を払ってトランプをするとなると、それはギャンブルみたいな感じになるのか? しかしこんな店でギャンブルなんてやっているはずはないし…、どういうことだろうか?

「そのゲーム、メイはやったことある?」

『そんなにやったことない。二回くらい』

「二回? それはまた、中途半端な……」

『二回やって、勝てたから』

「? 二回目で、勝って、やめたのか?」

『勝って、満足』

「ふ~ん…、そうなのか……」

普通、ゲームというものは勝ってやめるのが理想だから、メイの言い草におかしなところは見当たらないのだが、しかしそれはどこか、本当にただの勘でしかないが、俺に違和感をもたらした。たとえばそれがギャンブルのようなものだったら、一度の勝ちで手を畳むようなことはせず、勝ちの流れに乗ってもう一戦といってもおかしくはない。ギャンブルではないとしても、一回目に負けて二回目に勝って、となればようやくゲームに慣れてきたし一回勝って気分もいいしで、もう一回二回とやろうと思うものではないだろうか。

どちらにしても、たった二回では、手を引くには早すぎるではないだろうか。どういうことなのだろう…、そのゲームというのは、一度勝ったらもう止めてしまっても惜しくないものなのだろうか。何度も勝って、という楽しさを感じるものではないということか?

…、あぁ、そうか。ピンと来た。景品だ。

「メイ、それって、勝つと何かもらえたりするか?」

『もらえる』

「そうか、やっぱりな」

景品がもらえるという状況ならば、勝ったり負けたりの、つまりゲームをすることそのものの愉快さを楽しむことよりも、勝って得ることのできる景品の価値にその重点が置かれることになる。つまり、景品を得る権利が生じる一勝をした時点での手仕舞いはおかしなことではなく、むしろ当然ということができるだろう。

というか、その景品っていうのは、はたしてなんなのだろうか、少し気になるな……。

「…、メイは、二連戦して、二回目に勝ったのか?」

『そう』

「あれ? そのゲームって、一人でやるのか? トランプとかにも一人用のパズルみたいなのあるけど、そういうの?」

『違う。メイドさんと対戦』

「なるほどな、対戦、か……」

対戦ということは、おそらく俺がそれをする場合、メイの専属である晴子さんが相手ということになるのだろうな。…、晴子さんと、直接対決するってことか……。

「そうか…、…、……、そうか!」

そして俺は、たどり着くべき場所へと思考を至らせることに成功した。必要なピースは、「金を使う」ということ、「景品付きゲーム」という遊び、そしてそのゲームは「客主導でのメイドさんとの対戦形式」という事実。この三つがそろえば、運が良ければ大して金を使わずにこの状況を切りぬけることができるかもしれない。

まず、晴子さんは俺が「金を使う」ためにそのゲームをすると思うだろう。まぁ、実際そうなのだし、それは勘違いでも何でもないのだが。そして「景品付き」という遊びの形態から、客側の勝利がすなわちゲームの手仕舞いを意味する。つまりいくら金をたくさん使うためにこのゲームを始めたとしても、勝ってしまえばそれ以上の継続は不自然であり、晴子さんとしてもそれは望まないと思われる。そして客側にゲームを始める権利とやめる権利があるということは、店側には客の手仕舞いを止める権利はないということなのだ。

つまりゲームを始めて、二三戦して俺が勝ち、そして急いでるので帰ります的な体でさっさと帰ってしまえば俺が使うのはその二三戦分の代金だけであり、さらにリターンとしてその景品まで手に入るのだから決して無為な出費というわけでもない。

これならば、晴子さんのために金を使おうと思ったけど、しかしうっかり勝ってしまって、晴子さんの体面のためにこれ以上ゲームを続けることはできず、迷惑かけないためにも景品だけもらって帰ります、みたいな流れを演出することができるではないか。これならたぶん晴子さんの機嫌も損ねないし、仕方ないと思ってもらうことも、できるかもしれない。

完璧なプランだ。そもそも俺が二三戦で勝てるのか、という問題はあるが、きっとそこは、ゲーム自体そんなに複雑な構造はしていなくて、ギャンブル性の高い一発勝負みたいなものだろうし、そのゲームに慣れていなくても勝ちと負けが五分五分みたいな運否天賦の戦いになるに違いないのだから、そこまで問題はあるまい。

「メイ、そのゲームって、一回いくら?」

『500円』

「ってことは、二戦で1000円か……」

よし、さくっと二戦くらいで勝ってしまえば、それだけの出費で済む、ということか。運を天に任せるような戦いはあまり好きではないのだが、まぁ、ここではそれ以外に方法がないのだから仕方あるまい。ようは、勝てばいいのだ、勝てば。

「幸久君、ゲームするの?」

「あぁ、景品がほしいからな。それが何だか知らないけど」

「何だか知らない景品がほしいの……?」

「何言ってんだ、霧子! そういう、ゲームに勝って何かもらうみたいなのが、俺は好きなんだ!」

「そ、そうだったっけ……?」

「そういう設定になったんだよ! 今ここだけは!」

「にゅ…、そ、そうだったんだ…、知らなかった……」

「それじゃあ、どういうゲームをするのか教えてくれ、メイ。それをあらかじめ知ってないと、勝てるものも勝てないからな」

『ゲームは、トランプだよ』

そこから展開されたメイの説明によると、それは思ったよりも単純なゲームのようだった。

まず、使うカードはトランプの中でも16枚だけ、スペード、クラブ、ハート、ダイヤのマークからそれぞれJ、Q、K、Aの四枚ずつを取り出して行なわれる。その16枚を黒と赤に分け、客側が黒、メイド側が赤をそれぞれ持つところからゲームは始まる。単純に言ってしまえばその、それぞれ8枚ずつ持ったカードを使って戦うということなのである。

そして先攻後攻をジャンケンで決め、先攻側はまず自分の手の中から一枚を選び、両方から見えるように表向きに、テーブルの真ん中へとそのカードを置く。先攻側はカードを置いたら、次に後攻側が提示するカードから一枚を、そのカードの内容が見えないようにしている状態(これは机に伏せたまま並べていても扇状に手の中で広げて持っていてもいいらしい)から選択する。わざわざ「提示したものから」という言葉が使われたのは、守り側は自分が今持っているカードの中から四枚を選んで攻め側に提示するからである。しかし第五戦以降の、手持ちのカードが四枚を切った状態になったときには、残ったカードを全て提示することになっているようだ。

選んだカードの模様が同じ種類のものだったなら、それはペアが成立したので、一ポイントが先攻側に加点され、その二枚のカードは破棄される。種類が違うものだった場合、それはペアが不成立ということになり、加点されないままカードは破棄される。

つまり、ペアが出来たとしても出来なかったとしても、両者の手札から一戦につき一枚ずつが捨てられることになるのだ。そして、先攻の二度のカード選択が終了した時点で攻め手が交代され、次は後攻が、先攻側がしたのと同様に自分のカードから一枚を選び、続いて相手側のカードから一枚を選択し、ペアの成立不成立を確認しポイントの精算を行なう。

勝敗は単純に、成立させたペア数である獲得ポイントが高い方の勝ちということになる。もし獲得ポイントが同じになった場合は、引き分け再試合を行なうこととなっているらしい。言ってしまえば、多少変則的な神経衰弱のようなものである。

ゲームというのは、それだけの非常に単純なものなのである。これならば、純粋に運の勝負であり、慣れや経験が差し挟まれることはないようだ。

守り側のカード選択について、メイの説明ではちょっと分からないところがあったので、これはあとで晴子さんに聞いてみることにしよう。メイドさんは、きっとこのゲームを何度もやっているだろうし、二度しかやっていないメイよりも、当然詳しいだろうからな。

『っていうこと』

「なるほどな、だいたい分かった」

『そんなに難しくない』

「確かに、そうだな。それで、今さらだけど、勝ったときの景品って何がもらえるんだ? 粗品みたいな感じの、紅茶の茶葉とかか?」

『いっしょにゲームしたメイドさんと、ツーショット写真』

「……、ツーショット……!?」

突然だが、晴子さんは、写真がそんなに好きではない。いや、それは正しい言い方ではないか。晴子さんは、写真を撮られるのがあまり好きではない。撮る方は比較的好きなのだが、しかし撮られるとなると、遠慮することが多いのである。

なんでそんなに写真を撮られるのが嫌いなのか、と以前に聞いてみたことがあるが、どうも幼少期に雪美さんと陽介おじさんに写真を撮られ過ぎて、もう写真を撮られるということ自体に辟易しているのだそうだ。そう考えると、写真を撮るのが好きなのはその反動、ということもできるかもしれない。

つまりここからどういうことが言いたいかといえば、晴子さんが写っている写真というものが、実は非常にレアなものだ、ということである。小学校くらいまでの写真はたくさんあるのだが、しかし中学校の入学式の記念撮影から先は、もう本当に節目節目の大きなイベントのときにしぶしぶ撮られたようなものしかなく、大学生になってからの写真など、もしかしたら天方家にすら一枚もないかもしれない。当然、俺がそんな貴重な写真のうち一枚を保有している、ということはないのである。

常日頃から、弟子として師匠の写っている写真を飾って朝夕に一度ずつ礼拝しなくてはならないのではないか、と思っていたところだ。もしここで晴子さんの写っている写真を手に入れることができるのであれば、長年やろうと思って出来なかったことができるようになるということだ。なるほど、これはいやがおうにもやる気が増すというものだ。

しかし、いきなりツーショットというのはどうだろうか。師匠に対して失礼にはあたらないだろうか。というか、普通に気恥かしい。もしそんな写真を持っているところを誰かに見られて、変なうわさされたりしたら恥ずかしいじゃないか。

…、いや、待て。ツーショットを撮るとき、晴子さんはハルさんとしてメイドのいでたちのままなのではないか? つまり、外から見たら、俺はただメイドさんとのツーショット写真を後生大事に持っているだけであり、別に晴子さんとのツーショットだとは誰にも思われないのではないだろうか。おぉ、それなら変なうわさなんて、どうしたって立たないじゃないか!

「…、よし! 絶対勝つ!」

「ゆ、幸久君…、そんなにメイドさん、好きだったの……?」

「いや、そんなことないぞ。別にメイドさん、嫌いじゃないけど」

「それなのに…、そんなにやる気出たの……?」

「おぉ! やる気出たぞ!」

「三木、あまり騒ぐんじゃない」

「ごめんなさい……」

おっと、いかんいかん、ちょっとテンションが上がりすぎてしまった。姐さんに怒られるなんて、いけないぞ。落ち着け落ち着け…、冷静になるんだ、三木幸久。そんなに浮足立ってると、勝てるものも勝てなくなるぞ!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ