表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Prism Hearts  作者: 霧原真
第一章
8/222

うちの高校は、いろいろおかしい

うちの高校は、他と比べたことがあるわけでないから確かにそうと言いきれないのだが、学校を挙げてのイベントというのが少ないように思う。

まぁ、基本的なところとして夏前の体育祭と冬前の文化祭は押さえているのだが、それ以外のこまごまとした行事、たとえば中学のときにはあったマラソン大会とか、高校になったら普通はいくらかやるだろう球技大会とか、そういうのがないようなのだ。

少なくとも、去年一年をこの学園で過ごしてみたわけなのだが、そういう行事みたいなものはなかった。だから、そういう行事を隔年でしかやらない、とかいうおかしな決まり事でもない限りは今年も同様にやらないのだろう。

そういうスポーツ系の行事で活躍して女の子にモテモテとか、俺はそういうのを狙っているわけではないし、そういうことができるほど身体的に優れた能力を持っているわけでもないが、やっぱりそういう行事はあってもいいと思う。

まぁ、そもそも学生の本分は学業だろう、といわれてしまえばそれまでだし、そういうことがしたくてこの学校に入学したわけではないから特に文句を言ってやろうというわけでもないのだが。

しかしそうなってくると、学生たちは学校生活で溜まったストレスの発散先を行事に見出すことができなくなるわけだ。だからというわけではないが、うちの学園は部活動がかなり盛んである。運動部だけでなく文化部も有名なところが多く、毎年いくつもの部活動が全国大会に出場するとかいう話を聞く。

あるいは校内で騒ぐことによってそれを解消しようとする輩も、決していないわけではない。あるいは、ストレスが高じて騒ぎを起こすような輩も同様にいる。そういう、結果的に人に迷惑をかけるような行為に走るものを取り締まるために、学園の風紀委員は非常に発達しているのだ。

姐さんを見ればわかるように、まるで暴徒鎮圧隊のようなことまでやらされるのだから、信じがたい。ここまでくると、ストレス発散の場を公式に用意してやれよ、とも思うが、学校側はどうしてかそれをしようとしない。

授業時間を少しでも減らすことが、進学校としての実績に傷をつけるとでも思っているのだろうか。

さて、それではストレスをあまり感じていない者はどうだろうか。勉強はそこそこにしているだけのやつは当然空いた時間を自分のために使えるのだが、しかし俺のように時間の使い方が下手なやつというのも少なからずいる、と思う。たとえばうちのクラスの面々だ。

何と言っても、進路希望調査をやらせたらクラスの六割近くが第一から第三希望のどこかに「お嫁さん」とか「結婚」とか臆面もなく書くようなやつらだ。本当に、何のためにこんな学校に来ているんだ、と問いただしたところでまともな答えが返ってくるわけがない。

ちなみにそういうことを書かない真面目なやつは、真剣に進路希望調査らしく学校の名前を列挙していたわけなのだが。俺も当然そうやって書いた。

いや、もしかしたら、「お嫁さん」というのもまんざら冗談で書いているというわけでもないのかもしれないが。事実、うちのクラスには、霧子との付き合いで美少女慣れしている俺から見ても、将来男に請われて結婚するんだろうなぁ、と思うような容姿のとても整ったやつらがそろっているわけであり、それを生かして将来生きて行こうという強かさの表明と取れないこともない。

そして、そんなあまり真面目で真っ当というわけではないやつらが集まったうちのクラスに、当然だが、がんばって勉強するぞ、という空気はあまり感じられない。そもそも、進学校に入ったのだからいい大学に合格しよう、という進学校的な気概を持っているやつならば、二年の選択科目で家庭科を専攻したりなどしない。

さて、そんなに勉強しないというのならば、いったい何をしに学校に来るのだろうか。そこで一つの結論として出てくるのがエンタテインメントというわけだ。学校にエンターテインメントを求めるな、と言いたいが、まぁ、俺も楽しい方が好きなわけで異論を唱えるわけではない。

そんなこともあってか、イベントが少ないはずうちの学園にありながら、家庭科クラスだけには固有のイベントが多数存在しているのだそうな。

聞いた話では今の季節には校内の桜のきれいなところを陣取って大々的に花見をするらしいし、夏になったらプールで遊ぶとか言ってたし、秋には紅葉狩りもするとか、冬には雪祭りだとか、そういうおかしな話ばかりが聞こえてくる。

しかしそういうのはどうなんだろう。やっぱり公的な場であるところの学校において、ただ花見をするというわけにはいかないだろう。

そんなわけでそれらのイベントたちは、ただのお遊びでありながら、授業の一環として実施します、という魔法の言葉を駆使することによってまるで法の穴を抜けるようにして開催されているのだ。つまり教師ぐるみ、いや学校ぐるみでイベントを開いている、ということなのだ。そういうのはどうなんだろうな。いかにここが私立の高校で、学校側も完全に黙認しているとしてるからって、やっていいことと悪いことがあると思う。

そして実は今日、俺がいいと思っていようが悪いと思っていようが関係なく、春の一大イベントである花見の日を迎えていたりする。

今日の午後の授業である家庭科の授業に時間をそっくり使って花見のための料理作りが行なわれるわけだ。花見をするための大義名分として家庭科の時間が犠牲になり、そしてそこでつくられた料理は成績をつけるための採点という名目で花見でつままれるお弁当となるのだ。

しかしここで行なわれる料理は、結局のところ花見のためのお弁当作りなのだが、やはり調理実習でもあるということを忘れてはいけない。つまりやってられん、と調理を放り投げたりすると、花見に参加できないだけでなく成績に響くのだ。逆に花見の名目ということに目を瞑ってしっかりと取り組めば、当然だが、成績にも考慮されるということだ。

つまりこの実習、名目上のことではあるがやはり授業であり、成績のことを考えれば決して失敗するわけにはいかないのである。まぁ、俺は、自分でいうのもなんだが趣味が料理という設定だし、料理は得意だから問題はない。

しかしながら、これは調理実習。家で一人で料理をするのとはまったく異なる戦いである。当然だが、調理実習は班で、しかも五人の班で行なわなくてならず、全部を一人で気楽にやってしまえる家調理とは、やはり勝手が違うのではないだろうか。

普通は調理実習なのだから調理をしていればいいと思うのだが、比較的余裕のある俺はそれ以外に班員の、特に料理のセンスがない霧子と料理ができそうにない志穂の面倒を見ないといけないと思われる。

いや、志穂は分からないか。もしかしたら、俺が知らないだけで少しぐらいはできるかもしれない。意外な才能があって、とかいうこともあり得ないことじゃないだろう。

しかし、ここで楽観的な予想をしたとしても、結局できないのであればそれではダメだ。期待を裏切られたら精神的にダメージがでかいから、そういう希望的観測をしてはいけないのだ。

逆に姐さんは、これもなんとなくだが、やってくれるというイメージがある。姐さんなら何でもそれなりにこなしてくれるんじゃないか、という不思議な信頼感があるわけだ。これは日頃の行ないを見ていてというのもあるが、姐さんにできないことがあるとは思えない、という俺の勝手な思い込みもあるのだが。

だってそうじゃないか。自分がすごいと思っている人に出来ないことがあるなんて、思いたくはないだろう? それだけ高尚に美化されてるんだよ、姐さんは、俺の中で。

メイは、家庭科を専攻した理由を「あんまりしたことがないから」と言っていたが、それでも霧子ほどひどくはないんじゃないかと思う。いや、思いたい。メイは、イメージ的に自分を過小評価しそうなところがありそうだから、「あんまりやってない」というのは「特技が料理とはいえない」とかそういうレベルの話に違いない。

しかし、よく考えたら班員の中で俺が力量を知っているのは霧子だけだな。やっぱり、少し偉そうに思われるかもしれないけど、実習の前にみんながどれだけ出来るのか見せてもらったほうがいいのかもしれない。

だがとりあえず分かっていることは、霧子だけは間違いなくダメだ、ということだ。こいつは何もできないんじゃなくて、余計なことをしすぎる。霧子は完全な善意で余計なことをしてくるから性質が悪い。

例えとしていくつか挙げるならば、やたらと砂糖を入れたがる。あと、酢とかみりんとかも入れたがる。それ以外にも数えきれないほどの奇怪な衝動をその内に秘めている霧子とともに厨房に立つということは、それだけで俺の料理が危険に晒されることを意味する。

そしてさらに言うならば、経験値はあるくせに壊滅的に要領が悪い。目分量で測れないくせに目分量で調味料を入れたがる。自分でつくったものの味見をしない。つくっている途中でも味見をしない。隠し味、という言葉に心惹かれて、なんでもかんでも隠し味にしたがる。奇抜なことをしたがる。味付けのセンスがない。等々、様々な欠陥を抱えているのである。

それ故に俺は霧子から目が放せない。いや、放してはいけない。つまり霧子以外の面倒を見ている場合ではない、という状況も存分にありうるのだ。

今回採ると思われる作戦はこうだ。俺は霧子を見張る。姐さんはメイを見てやる。志穂はひとまずやらせてみて、まったく出来なかったら椅子に座らせておく。

あるいは、霧子にはなにか、野菜を切るとか卵を割るとか洗い物をするとか直接調理には関係ない仕事を割り振っておいて、俺は調理しつつ他のメンバーの様子を見て回るというのでもいいかもしれない。

まぁ、実際のところ、なんとかはなると思っている。

ちなみに食材は持ち込み自由で、領収書を渡すと一班五千円まで返金されるらしい。やたらと太っ腹だけど、学校の経営的に大丈夫なのだろうか。

そういえば家庭科専攻は経営における財政圧迫の第一要因だっていう噂を聞いたことがある。実際に御取り潰しがPTA会議の議題にあがったこともあるらしい。俺としてはなんで今でもここが残ってるのか疑問でならない。まぁ、もしも残ってなかったら俺もここにいなかったわけだが。

なにはともあれ、時間は俺たちを待ってくれないようで、あっという間に昼休みになってしまった。俺たちはこれから調理室に入って、料理をどんどんつくっていかなくてはならない。

ひと段落つくまでは、当然昼飯も抜きだ。


…………


「えぇ~、班員諸氏に告ぐ。まだ昼休みだというのに集合御苦労。今回だけでなく全ての実習について言えることだが、調理の結果は成績に直結している。したがって、大きな失敗はできない。すなわち食えないものをつくるわけにもいかないわけであり、一般的に調理し、一般的な料理をつくることが求められているのであ~る」

時間は昼休み開始からすでに10分が過ぎている。俺たちは四限終了とほぼ同時に五人で連れ立って調理室に向かい、他の班に先駆けてちょっくら一仕事という体で今に至るというわけだ。

こんなに早く来る必要はないかもしれないが、先にやることをやってしまって、休憩をはさんでから本番という方が精神的に余裕ができると思ったからこその動きだ。それにもしも思ったよりも状況が絶望的だったときは、時間はいくらあっても足りないだろうからな。

「しかしここで一つ問題がある。お前たちは俺の力を多少知っているかもしれないが、俺はお前たちの力量を知らない。お互いの力を知り合うというのは、全員で力を合わせていくうえで非常に重要なことだ。全員が共有しなければいけない情報だろう。つまり、なにが言いたいかというとだな……」

一息ついてから、どうしたものかと頭を悩ませた結果、昨日の夜になって思いついたことを話す。

「実技試験だ」

これによって、全員の実力の程を班の中で共有する。そうすることで、フォローするべきは誰なのか、みんなを引っ張っていけるのは誰なのか、困ったときは誰に聞けばいいか、ということが明らかになる。

もちろん俺も参加する。しなかったら不公平だからな。

「時間もないことだし玉子焼きでもつくってもらおう。使う卵は二つで調味料はそこらへんにあるのを適当に使っていい。幸いまだ他の班は来てないみたいだからコンロの数は十分以上にある。焦らなくていいから、ゆっくりつくってくれればいい」

「は~い、しつもんしつも~ん。ゆっきぃ、しつもん」

「よし、発言を許可する」

「うん。あのね、もしかしてなんだけど、このたまごやきがお昼ごはんなの? あたし、おなかへったよ?」

「まぁ、そういうことになるだろうな、必然的に」

「じゃあがんばらないとお昼ぬき?」

「志穂は後で購買にでも行くんだろうから、昼抜きにはならないだろ。でもまぁ、下手なもんつくったら昼のおかずが一品少なくなるのは避けられないだろうな」

「わかった、がんばるよ」

「志穂以外に質問は」

「はい」

「はい、姐さん」

「食べられないものができた場合は、どうすれば」

「…、製造者責任に基づいて適切に処分してくれ。食っても食わせても、どうしてもなら廃棄でも」

「了解した」

『はい』

「はい、メイ、どうした」

『もうどうにもならなくなったら、幸久くんは助けてくれる?』

「ん~、今回はどれだけ出来るのかを見たいから基本的に手伝わないつもりだけど…、まぁ、本当にどうにもならないって言うんなら、助けるよ。無理をさせるのが目的じゃないからな」

『わかった』

「よし。あっ、霧子、一ついいか?」

「にゅ? なぁに?」

「食材は有限なんだ。あんまり無駄にするなよ」

「にゅぅ、幸久くんひどい。あたしだっておねえちゃんがお料理してるのを見て勉強してるんだから」

「ほぉ、そうか。ならいいんだけどな。じゃあちゃっちゃと始めるか。はい、散・開!」

「お~」

ぱんっ、と手を打って合図をすると、四人が四人、手に卵をもって空いている調理台へと散っていく。さて、俺はさくっとつくって、みんなの様子を見て回らないとな。

まぁ、あれだ。試食はどうせ俺になるんだろうし、神様、どうかマジで人間に食べられないものだけは来ないようにしてください。昔から霧子の料理を食べてきて鍛えられてはいるけど、俺だって何にだって耐えられるようには出来ていないんですから、ね?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ