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Prism Hearts  作者: 霧原真
第七章
78/222

喫茶 サザンクロス前にて

「考えてみたら俺達ってけっこう住んでるとこばらばらだよな」

メイの先導で、行きつけという喫茶店に向かいながら、俺はポツリと呟いた。それはついさっき、メイがこのあたりに住んでいるということを知ってから、ふと思いついたことだった。

「にゅ、そんなにバラバラかな?」

「いや、確かに俺と霧子は家が近すぎるくらいだけど、でも他はそうでもないだろ。だって、メイが住んでるのは隣の駅だし、志穂んちはたしか山向こうだし、姐さんの家は学園挟んで真逆にあるんだぜ? けっこう遠いんじゃねぇの?」

「にゅ…、そう言われたら、そうかも」

てくてくと、俺たちを案内してくれているメイの後に続きつつ、隣を歩く霧子が小首を傾げてそう応える。そりゃ、霧子の家はうちから徒歩一分未満かもしれないし、庄司の家から見てもすぐ近くなのだが。

「ほぇ? ゆっきぃのおうちもきりりんのおうちも、りこたんのおうちもメイメイのおうちも、みんなちかいんじゃないの? みんな、うちからあるいて一じかんもかからないよ?」

「それは、お前の移動速度が 速すぎるんだろ。っていうか、歩いて一時間は遠いだろ。感性が違うんだよ、お前とは」

「うゅ?」

「あ~、だから、俺たちにとっては、歩いて一時間っていうのは遠いんだよ。お前にとってはそんなでもないかもしれないけど、普通の人類から見たら一時間歩かないと辿りつかない場所は、けっこう遠いんだよ。っていうかお前は歩くの速いんだから、俺たちが歩いたらもっとかかるだろ」

「ゆっきぃだったら、10ふんもかからないよね?」

「かかるよ!! お前が一時間かかるなら、俺は一時間半かかるよ!! 志穂、お前はもうちょっと人の話を聞きなさいよ……」

「ほぇ?」

「っていうか、そういえば俺、志穂の家が山の向こうにあるっていうのは知ってるけど、具体的にどこにあるのかって知らないな」

「あたしも、しぃちゃんのお家は、知らないかも。行ったことないから」

「私も知らないな。名簿に書いてある住所は知っているが、しかし実際に行ったことはない。というよりも、私はあまり友人の家に招かれるということがなかったから、実際に訪れたことがある家は少ないな」

『あたしも行ったことない』

「っていうか、俺、志穂の家も姐さんの家もメイの家も行ったことないじゃん。みんながうちには来たことは何度かあるのに、俺が誰かのうちに行くっていうのは、一度もない気がするんだけど」

「幸久君、うちには何回も来てるよ?」

「あっ、霧子の家には何回も行ってるな。週二か週三くらいで遊びに行ってるし、そもそも毎日朝、起こしに行ってるし」

「そういえば、そうだな。私たちは、基本的に三木が中心になって全員を集めてしまうから、三木の家に行くこととはあるが、しかし天方や皆藤の家には行くことがないように思うな」

そういえばそうだ。俺がみんなをうちに連れて行って昼飯をつくって食わせて解散、みたいな流れが、みんなでうちに遊びに来るときの定番としてあるのだが、しかし逆に誰かがみんなを家に連れていくという展開はほぼないように思う。

そうか、俺はこいつらと一年も友だちやっておきながら、誰の家にも行ったことがないのか。うむむ、これは一回行ってみた方がいい気がしてきたな。今度行ってみようかなぁ…、でも急に行ったら迷惑だろうし、お願いしてみるか。志穂だったら二つ返事で了承してくれそうだし、メイも、たぶんいいって言ってくれる気がする。姐さんは、どうかな、やっぱりダメって言われるかもしれないけど、まぁ、物は試しで聞いてみようか。

「ゆっきぃ、あたし、きりりんのおうち、いったことあるよ!」

「えっ? あるのか? 俺の知らないうちにそんなことあったのか?」

『あたしも行った。しほちゃんといっしょにつれてってもらった』

「え~、霧子が二人も家に連れてったのか? ほんとに? 俺抜きで?」

「うん、ほんとだよ~。だってこないだだもん、いったの」

『先週の木曜日』

「へぇ、霧子がねぇ……」

霧子が友だちを自分の部屋に呼ぶなんて、そんなこと今まで10年近い付き合いがあるが、そう何度もあったことではない。しかもそれを、俺抜きという状況にまで広げて考えると、おそらく一度もなかったのではないかと思う。

それがまさかねぇ……。

「っていうか、俺はなに、ハブられたの?」

「にゅ…、違うよぉ…、幸久君は、漫画の続き読むからって帰っちゃって……」

「…、あぁ、そうだった。木曜って、俺が霧子を置いて帰っちゃった日か。あの日に、三人でそんなことしてたのか。俺にも連絡してくれればいいのに、なんだよ、徒歩一分のところにいるんだから呼んでくれよ」

「で、でも、幸久君の邪魔したら悪いかと思って……」

「いや、まぁ、別に女の子同士で仲良くおしゃべりしてたんだろうから、男の俺は呼ばなくてもいいんだけどさ。あれ、三人でって、姐さんは? 姐さんは、連れてってあげなかったのか……?」

「えっ? あっ、りこちゃんは……」

俺は別にいいよ、男だから呼ばなくても。女の子同士で弾ませる話もあるだろうから。なんていうか、男がいるとしにくい話もあるだろうしな。ほら、なんていうのかな、こう、あるだろ、女の子特有のきゃっきゃうふふな感じとか、ストロベリーな感じとか。そんなところに男が割り入っては、そりゃ空気も読めてねぇってもんさ。それくらいは俺も心得てるよ。

でも、姐さんも女の子じゃん? なんで呼んであげないの? いじめ? いじめなの? 俺はそういうの看過しないよ? 絶対許さないよ?

「霧子…、いじわるしてるのか……? そういうのダメだぞ? 友だちなんだから、仲良くしないと……。いや、俺はそんなこと霧子がするなんて、信じないけど…、でも、いや、でもな……」

「いや、三木、それは違う。私は、その日は放課後に、比較的大きな風紀の会議が控えていたから遠慮させてもらったんだ。もちろん天方は、私にも声をかけてくれたんだぞ」

「あっ、そうなの? そうか。そうかぁ……。よかったぁ……。霧子がそんな不良みたいなことしてるのかと思って、心臓止まるかと思った……」

「天方はそのようなことをする性質ではないだろう。それは、お前が一番知っていることだ、三木」

「いや、分かってたけど、でも、あれじゃん。俺の知らないところで成長してるわけじゃん、やっぱり。それもあるし、もしもって思ったらなんか、もう、ね?」

「にゅぅ…、そんなことしないもん……」

「変に疑って悪かったな、霧子。でもな、一番根っこのところでは信じてた。信じてたんだ。それだけは分かってくれ」

「うん、分かったけど、うん」

「天方、これに懲りず、また私のことも誘ってくれ。予定がなければ、きっと参加させてもらうからな」

「うん、そうするね、りこちゃん」

「女の子たちだけで楽しくするのはたいへんけっこうですが、次こそは、俺のことも誘ってくれな、霧子」

「幸久君は、ダメ……」

「なんで!? 今、変なこと言ったから!? それとも戦力外通告でもするつもり!?」

「女の子だけでおしゃべりするから。幸久君にはないしょの話だもん」

「…、ないしょか、ないしょなら仕方ないか。ちぇ…、せいぜい女の子だけで楽しくおしゃべりするといいよ。俺は部屋で漫画でも読んでるよ」

『着いた』

「えっ!? このタイミングで!?」

俺が、軽く集まりから取り除かれた感じにちょっとしょぼくれてみようかなぁ、とか思ったのとほぼ同時、メイがピタッと足を止め、そしてそんなことが書かれた液晶画面を俺たちの方に向けたのだった。こうして俺は完全にしょぼくれるタイミングを失ったわけだが、まぁ、別にしょぼくれなくてはいけないわけではないし、どちらでもいいのだが。

というか、外に向かって発信するポーズですらなく、心の中でひっそりとしょぼくれても誰にも伝わらないわけで、そろそろいい加減にそういう意味のないことをする癖は直したいものである。

「意外と、住宅街って感じだな……」

「このようなところに、喫茶店が本当にあるのか?」

『あそこ』

そしてメイが指差したのは、住宅街の一角の、それこそ一軒家と一軒家の間にあるような、こじんまりとした建物だった。それはなかなかにおしゃれな外装をしており、どことなく落ち着いた雰囲気を感じさせる。ドアの上に掲げられた看板には『cafeteria SouthernCross』と書かれており、なんかよく分からないけどかっこいい感じがする。あれが、はたしてメイの言う喫茶店なのだろうか。

というか、こんな住宅街のど真ん中みたいなところにあって、店の売り上げとかは大丈夫なのだろうか。こんなところじゃなくて、やはり大きな道路に面している方がお客も入るだろうし、売上的にもその方がいいように思う。しかしここならそこまで土地代もかからないだろうし、いや、もともと家だったところを改築したのだとしたら、そもそもそういう諸経費はかなり軽減されるな。いや、実際はよく分からないのだがな。

「おぉ、本当だ、確かに喫茶店のようなものがあるらしいな。それに、思ったよりも客は入っているようだ」

「ほんとだ、中、けっこう人がいるみたいだな。磨りガラスになってるからあんまよく見えないけど」

『いつもあんな感じ。混んでても、マナーがいいから静か』

「メイメイくわし~、すごい~」

「そうなのか。そういうことなら、心配はないんだけど。しかし、メイ、そんなに通い詰めてるのか……。お金、だいじょぶか?」

『平気。なんとかなってる』

「それならいいんだけど…、でもあんまりつぎ込んじゃダメだぞ、メイ。おかねだいじに、だぞ」

『うん、気をつける』

「しかし、小奇麗な外装だな。こういう立派な店は、少しお茶を飲むだけでも高いのではないか?」

『無茶なことしなきゃ平気。ちょっとお茶を飲むだけだったら、そんなにかからないから』

「無茶なこと? 喫茶店で、無茶なことなどあるのか?」

『ゲームとか』

「ゲーム? この店にはゲームがあるのか? ゲームセンターのような店なのだな……」

「そういう趣向の店なんじゃないのか? それか、店長の趣味とか、そういうやつだろ、たぶん」

「そうか、ふむ…、そうだな、個人経営の喫茶店のようだし、きっとそうなのだろな」

「にゅ…、幸久君、このお店、あたしも入っていいのかな……?」

俺たちが、この喫茶店どうなんだろうなぁ、と外観しか見えないというのに話し合っていると、なぜか俺の後ろに隠れて肩越しに眼だけ出して店の様子をうかがって息をひそめていた霧子が、細々とした声をあげた。どうしてそのようなことを唐突に言いだしたのか、それについてはよく分からないが、しかし言いだしからには何か理由があるように思う。

「はっ? なんで霧子は入っちゃいけないんだよ。別にいいに決まってるだろ」

「でもなんか…、イヤな予感が、するんだけど……」

「イヤな予感……?」

イヤな予感といえば、それはおそらく、ついさっきデパートの前で俺が聞いたことのことだろうか。しかしあれは、そういう雰囲気はできるだけ出さないように、何気なく聞いたつもりだし、霧子がそこから不安を覚えるということはない、と、思うのだが……。

しかし、いかんせん晴子さん関連の話だ。俺の声が意図せずして不安じみたものになっていたとしても不思議ではない。俺は晴子さんのことを敬愛しているものの、それと同時に畏敬してもいるのだ。あくまでもしもの話でしかなく、ただの想像でしかないとしても、そこに晴子さんが絡んでくる可能性が少しでもあるとなると、それを考えただけでかすかに声が震えてしまう。

「幸久君も、さっきなにか言ってたでしょ? それ聞いたら、なんかイヤな予感がすごいして……」

「いや、あれは、別にイヤな予感とかじゃ…、ないんだけど……。…、イヤな予感、かもしれない……」

「そ、そうだよね? なんだか、イヤな予感するよね……? にゅ…、なんだか、入るの怖いよ……」

「そ、そういうこと、言うなよ……。がぜん怖くなってきただろ……」

「やっぱり帰る……? 帰った方が、いいと思うんだけど……?」

軽く引け腰で及び腰の霧子が、逃げ出すために後ずさりながら、ほんの軽くシャツの裾を引いている。おそらく、俺が一言逃げるぞ、と言えばあっという間に踵を返して家へと逃げ帰っていくだろう。

「いや、でも…、ここで帰るのは、さすがにちょっとムリだろ……。だって、少なくとも一杯は付き合う、みたいなこと言っちゃったし、それを翻すわけにも……」

だがここで俺たちが想定しているのは、ほんのわずかな、細いというのも難しいくらいに零細の、一本の絹糸のような可能性でしかないのだ。その程度のことを理由に、果たして自分の発言を翻してもいいのだろうか。それで、確かな自分を持つことができていると、言うことができるのだろうか。

逃げていいのか、ただの可能性から。いや、それは可能性と呼ぶことすらおこがましい、言ってしまえば誤差、ほんのわずかに見えたエラーのようなもの。そのようなものから逃げていて、俺は自らを男であると、自信を持って言うことができるだろうか。

君子危うきに近寄らず、とよく言うが、君子であるということと、リスクを完璧に避けるということが等号で結ばれてしまっていいのだろうか。真の君子とは、どのような状況であっても完璧に事を収めることができる存在のことではないんだろうか。

君子は、危うさに近づかないのではない。君子とは、危うさをねじ伏せられる存在でなくてはならない。危うさと対面したとき、それに巻き込まれることを避けるのではなく、その危うさを解消することができる男でなくてはならないのだ。故に、俺はここで逃げるべきではない。避けるべきは危機ではない、危機を恐れる弱い心だ。

「で、でもでも、にゅ…、緊急事態、だし……」

「行くぞ、霧子」

「にゅぅ…、でもぉ……」

「困ったことになったら、俺が守ってやる。だから行く。行って、一杯お茶を飲んで、それで帰る。それだけだ。俺は自分の言ったことを翻さない。メイ、行こうぜ」

『うん』

「ゆ、幸久君、まってよぉ~……」

喫茶店に入るだけ。ただそれだけのことなのだ。

恐れることも怯むことも、それこそ逃げ出す必要なんて、どこにあるというのだろうか。

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