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Prism Hearts  作者: 霧原真
第七章
77/222

寄り道 のち 寄り道

「さて…、帰るか」

メイに額をつーんとされてから30分くらいが経って、けっこういい時間になってしまったので買い物はそこで打ち切りという運びになった。そして、さっきの時点ですでにかごを腕に提げていたメイは当然として、姐さんが全力を賭して取り組んだ志穂の水着選びミッションも無事に達成されたようで、さらに姐さんもいつの間にか自分の買うものを回収してきたらしく、どうやら三人分の買い物は無事に終了したらしいことが分かる。

「にゅぅ…、けっきょく、決まらなかった……」

「また今度いっしょに来てやるから、変なところで落ち込むなよ。元気出せ、霧子」

それならば霧子は? といえば、おそらくなるだろうなぁ、とは思っていたのだが、本当に今日の買い物のうちには買う水着を決めることができず、三人が各々ショッパーを手に提げて帰宅する中、手ぶらで退散することを余儀なくされたのである。

まぁ、霧子のことだから、極限状態に追い込まれない限り即断なんて出来るはずがないわけで、そんなことは長年の付き合いによってとっくに理解されていたことなのである。霧子が即決即断できる状況なんて、それこそ旅行の前日になってしまいました、とかバーゲンセールに来てしまいました、とか、そういうかなり追い込まれた状況にならなくてはいけないのだ。

だから、まぁ、また後日に俺が買い物に付き合ってやるわけなのだが。霧子は、時間をたっぷりあげさえすれば最善解を導き出すことができるのだから、それをさせてやるための手間と時間を惜しんではいけないのだ。全ては、旅行のとき霧子にかわいい水着を着せてやるためなのであり、そのためならば、俺は何時間でも、いや何日でも霧子といっしょに水着売り場に足を運ぶだろう。

さっきは、女性用水着売り場になんて入りたくないよ! とかたくなに主張していたわけだが、しかし霧子のためというのならば話は別である。万難を排して、何度でも足を運ぶことにしようではないか。

「ゆっきぃ、もうかえるの?」

しかし、俺がもうすっかり帰ろうかな、という気分になっているというのに、その空気をまるで感じ取ることなく、志穂がなにやら言いだしたのだった。そして俺は、直感的に、これから志穂の口から出されるであろうことの面倒くさそうな気配を感じ取った。だが、だからといって会話を放り投げてダッシュ逃げするわけにもいかず、来るぞ…、来るぞ…、みたいな感じになりながら、俺は志穂のその言葉に応えるのだった。

「…、帰るだろ。っていうか、帰らない理由ないだろ」

「ゆっきぃのおうちでおちゃのみた~い」

来た…、どこからその発想が出てきて、その着想に落ち着いたのか、まったく読み解くことはできない(そもそも志穂の思考の経路を逆算することなんて往々にして不可能である。やつの思考においてワープやジャンプは常識であり、それがある以上、その不可能感が払しょくされることはない)が、しかしそれは志穂の口から出てきてしまった。おそらく根本にあるのは、せっかくお出かけしたのだからもうちょっと寄り道していたい、という意識で、そこから「寄り道といったらお茶」になって、そしてすべての可能性をジャンプして三木家にたどりついた、のだろうか?

もしも最短距離で思考が行きついたとしたら、おそらくそれは比較的正解に近いかもしれないが、あるいはまったく的外れかもしれない。志穂の思考回路は不思議がいっぱいなので、そもそも予測しようとかいう考えそれ自体が間違っているのかもしれないが。

「…やだよ。なんでわざわざうちまで行ってお茶飲まなきゃいけないんだよ。そんなにお茶飲みたいなら、どっか喫茶店でも入ればいいだろ」

「え~? でもゆっきぃのおちゃ、おいしいよ?」

「まぁ、広太の淹れる紅茶が美味いことは認めるが、でもだからってここからわざわざうちまで行ってお茶にすることには同意できない。というか、俺は帰る。そろそろ夕食の支度し始めないと、間に合わなくなっちゃうかもしれないからな」

「ゆっきぃ、いかないの? ゆっきぃのおうちなのに?」

「だから、俺のうちには行かないって言ってるんだよ。人の話を聞けよ。っていうか、うちに来ても甘いものとか何もないからな。この間は偶然もらいものがあったけど、今日は絶対にないからな」

「でも、ゆっきぃならケーキやいてくれるんでしょ?」

「焼かねぇよ!? 俺は晩飯つくりに帰るって言ってるでしょ!? っていうか、うちに来ること前提で話進めるのやめろよ!?」

「え~? じゃあ、ゆっきぃはどうするの?」

「だから、俺は帰るって言ってるだろ!? 話かみ合わねぇなぁ!!」

「ゆ、幸久君、落ち着いて……」

「あ、あぁ…、落ち着こう……。とりあえず、志穂、一つ分かってくれ。たとえこのあとさらに寄り道したいとして、そしてその行き先がどこかお茶が飲めてゆっくりできるところだったとして、それはうちじゃない。うちは喫茶店じゃないんだから、来るんじゃない」

「うゅ、そうなの?」

「そうなの。寄り道したいなら、どこか喫茶店に行きなさいよ。この辺だったら、霧子が知ってると思うから案内してもらえ、な?」

「うん、わかった~、じゃあ、いこ、ゆっきぃ」

「だから…、俺は行かないんだって……」

「でも、幸久君、まだ少しくらいだったらだいじょぶなんじゃないの?」

「いや、まぁ、少しくらいだったら平気かもしれないけどさ、でもだからってギリギリ限界までほっつき歩いてなくてもいいだろ?」

「でも、少しだけでもついていってあげればしぃちゃんもきっと満足してくれると思うし、すぐ帰るとしても、いっしょに行ってあげればいいんじゃない?」

「むっ、そうか。別に、すぐ帰ってもいいのか……」

そうだ、寄り道に付き合ったからといって、最後の最後まで付き合わなくてもいいのだ。いっしょに喫茶店まで行って、少しだけそこにいてそれから先に帰ったっていんじゃないか。それならきっと志穂も納得するだろうし、もしかしたらそれが一番きれいな結論の付け方かもしれない。

冴えてるな、霧子。買う水着は決められなくても、問題解決の方法に対するひらめきは、この瞬間完全に俺を超えているぞ。

「…、よし、志穂、仕方ないから俺もいっしょに行ってやることにしたぞ」

「ほんと? わ~い、みんなでおちゃ~」

「っていうか、お前、そんなにお茶するの好きだったのか。知らなかったな」

「ほぇ? そんなでもない?」

「えっ!? そんなでもないの!?」

「しぃちゃんは、みんなといっしょにいるのが好きなんだよね? お茶じゃなくても、なんでも好きなんだよね?」

「うん、そう~」

「あぁ、そういうことか。…、じゃあ、いっしょに買い物したので満足して家に帰ってくれよ。なんでそれに加えてさらなる寄り道を要求してるんだよ」

「みんなといっしょにいるの、いっぱいほうがうれしい!」

「…、そうだね。うん、そうだ、まさにその通り」

まぁ、少し付き合ってやればすんなり帰してくれるだろうし、もう少しだけいっしょにいてやるとするか。別に、志穂といっしょにいることが苦痛ってわけじゃないし、もうちょっとだけなら諦めてやろう。

「それじゃあ、いっしょに行く人~」

「あたしは、もうちょっとだけだったら帰らなくても平気だよ。おねえちゃんもバイトで帰り少し遅れるって言ってたから、晩ご飯の時間がちょっと遅くなるし」

「あぁ、今日はバイトの日か、晴子さん。ってことは、雪美さんがこの時間になっても一人ってことか…、腹減らして料理しようとして、火事にでもなってなきゃいいんだけど……」

「それは…、だいじょぶんだよ、たぶん、うん」

「はいはいは~い、いくよ~」

「分かってる、志穂は分かってるから言わなくていいからな。姐さんは、どうする? 来ても平気そう?」

「そうだな…、あまり寄り道をすることはよくないことだし、遅い時間までうろついているのもよくないことだ。だが、うむ、たまにはそういうことがあってもいいかもしれないな。よし、私も同行しよう」

「そっか、姐さんは来るのな」

こういうこと、つまり学校からの帰り道に寄り道をするとか、買い食いをするとか、夜まで学生だけでうろうろしてるとか、一般的に見てあまりよくないとされていることに対して、去年から今にかけて姐さんの態度はかなり軟化しているように思う。去年の初めの頃なんて、いろいろ細かなことに対してもダメ、ということが多かったように思うし、いい意味で砕けてきているということかもしれない。

あぁ、そう考えると、学生だけで旅行に行くなんて、姐さん的にアウトだったかもしれないのに、よく去年はついてきてくれたよな。それとももしかして、俺たちが変なことしたりしないように、監視する意味でついてきてくれたのだろうか? まぁ、姐さんは、やっぱり心配性だからな。

「メイはどうする? 来るか?」

『あたしは』

俺の問いかけに、メイはそれだけが打たれている画面を俺の方に向けた。書き切っていない文字の連なりは、まるでメイが言い淀んでいるのを表わしているかのようだった。

そしてケイタイの脇に添えた人差し指でその側面をコツコツと、まるで考えをまとめているぞ、と言うように一定のリズムを保ちながら叩いている。

コツコツと、何度叩いただろうか、メイの右手がふっ…、っと動きを再開する。ほんの一瞬、ケイタイのキーがいくつか叩かれ、未完成の言葉が完成する。

『あたしも、行く』

「そっか、メイも行くか。っていうか、けっきょく全員で行くのか」

「そう、だね」

「みんなでいったほうがたのしいよ!」

「全員でまとめて動いた方が、防犯上安全ではあるからな、いいのではないか? 私も皆藤もいる、おそらくバラバラに解散してしまうよりは安全だろう」

『幸久くん、喫茶店って行くあて、ある?』

「行くあて? 霧子、どっかいいとこ知ってるか? 知ってるよな?」

「にゅ? ん~…、いくつかあるけど、どこがいいんだろう……。それに、あんまり一人で行ったことないから、道とかはっきりは覚えてないし……」

「…、仕方ない、じゃあ、今日のところは何もなしで解散ということで……」

『あたし、いいとこ知ってる』

「えっ? 知ってるのか、メイ?」

『家、こっちの方だから』

「あぁ、そうだったのか…、っていうか、メイってバス使って通学してるのか?」

『うん』

「そうだったのか、そういえばどこに住んでるかってまだ聞いたことなかったっけ。しかし、毎朝こっちの方から通学して来るっていうのは、ちょっと大変だな」

『そんなことない。バス、早い』

「そうか、やるな、バス……。で、それってここから遠かったりするのか?」

『そんなことない。デパートからならすぐ』

「そうなのか、じゃあ、他のところも別に思いつかないし、そこに案内してもらうか。いいよな、霧子?」

「にゅ、あたしは、平気だよ」

「あたしも、いいよ~。メイメイ、どんなとこなの、そこって?」

『静かなとこ。店員さんたちもやさしい』

「おぉ、それはいいところみたいだな。俺はあんまり喫茶店とか行かないし、あんまり知識もないからそうやっておすすめのところを教えてくれると助かるぜ」

『幸久くんも、きっと気に入ると思う』

「そうかそうか、楽しみだな。メイは、その喫茶店、けっこう行ったりするのか?」

『うん、よく行くよ。すごい美人の店員さんがいて、今日はその人がいる曜日なんだよ』

「へぇ、そんな人がいるのか。メイが美人っていう人なら、きっとすごいきれいな人なんだろうな」

『キレイな人だよ。ハルさんっていうの』

「ハルさん? ハルさん…、ハルさん、ねぇ……」

ハルさんといわれて、俺がその人のことを知っているはずがないのだが、しかしどうしてか脳裏に晴子さんの姿が浮かんだ。確かに、晴子さんの名前を縮めればハルさんになるかもしれないが、だからといってそれがどうしたというのだろうか。

霧子が言うには、今日は晴子さんのバイトの日ということだが、それがどうしてここでつながるというのか。別に晴子さんのバイト先がその喫茶店というわけでもあるまいし。いや、まぁ、俺はそのバイト先がどこなのかをまるで知らないのだが。

「にゅ? 幸久君、その人のこと知ってるの?」

「いや、知らないんだけど…、なぁ、霧子、突然で悪いんだけど、晴子さんのバイト先知ってるか?」

「にゅ…、えと…、あれ、そういえば聞いたことないかも……」

「そうか、ならいいんだ」

まぁ、晴子さんがそこの喫茶店で、ハルさんと呼ばれてバイトしているとして、それが何の問題があるというわけでもないだろう。喫茶店でバイトするなんて学生らしいというか、青春って感じでいいじゃないか。

…、だというのに、なんだろう、この背筋に走るイヤな予感。何を恐れているんだ、俺……?

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