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Prism Hearts  作者: 霧原真
第六章
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お買いもの、しましょ - 紀子篇

「こんなところで誰が騒いでいるのかと思えば、まったく、やはりお前たちだったのか。皆藤と三木がいっしょにいると、いつも賑やかすぎるぞ」

「あっ、りこたんだよ、ゆっきぃ。ちゃんとみちをあるいてくるね」

「当然だろう、姐さんはお前と違って道なき道を突き進んだりしないんだよ。よく見ておきなさい、あれが良識と常識ある大人の姿だ」

「りょ~しきと、じょ~しき?」

「あれ!? お前、それすらもワードとして認識してくれないの!? 前は分かってくれなかったっけ!?」

「? そうだっけ~?」

なんだこいつ、もしかしてどんどん知識が退行しているのだろうか。というか、常識知らずのバカ者め、と常々思っていたのは確かだが、だからといって本当の意味で常識知らずになってしまっているとは、まさか思っていなかった。

そしてそんなことより、俺が水着をとっかえひっかえしながら志穂の気に入るものを探していると、後ろの方から姐さんがやってきたのだった。姐さんもまだ買い物は済んでいないらしく、その手にショッパーが握られているということはなかった。

だが、姐さんのことだ、決めるとなったらあっという間に選んでしまうに違いないので、そう心配することもないだろう。

「三木、皆藤、ここは公共の場なのだからな、あまり大きな声を出すものではない。特に三木、お前の声は売り場の端の方まで聞こえているぞ」

「えっ、マジ? やべ、気をつけます」

「あぁ、そうしてくれ。それから皆藤、お前も常々声が大きいと言っているだろう。元気なことは結構だが、それも時と場を弁えてくれ」

「は~い、わかりました~」

「それで、三木、皆藤の水着は決まったのか?」

「いや、それがまだでして…、なかなかこう、ね?」

「そうだよ~、まだなんだよ~」

「そうだったのか。あれだけ騒いでいるから、もうずいぶん決まっているのかと思ったが、そうではなかったのだな。しかし、今すぐに決めなくてはならないものではあるまいし、よく考えてからでもいいかもしれないな」

「そうそう、別にさ、今日決まらなくてもいいわけだしな。今日のところは保留にして、また後日ここまで来るっていうのも、悪いことじゃないと思うし」

「いや、そこまでの必要はあるまい。時間になるまでは大いに悩んで、そして時間になったらスパッと決めてしまえばいいのだ。また後日、などと変に持ちこする必要などないだろう」

「いや~、でも霧子はどうかなぁ…、もしかしたら、今日は決め切れなくてまた後日、っていうのが、けっこうリアルだからなぁ、霧子の場合は。だから、志穂がそうだっていいし、姐さんがそうだっていいと思うぜ?」

「いや、私はもういくつか目星は付けている。あとはもうその中から選ぶだけだ。時間はそうかからないと思うぞ」

「えっ? そうなの? でも、手には何も持ってないみたいだけど?」

「あぁ、それなら、問題はないぞ。目をつけておいたのは三つほどだし、それがどこにあるかということは覚えているからな」

「えっ、そんなことしてるの? それ、ちょっとめんどくない?」

「ふむ…、私は、特にそういうことを思うことはないな。そもそも、かごを持っていくつかキープしていたとして、買うものはけっきょく一つなのだから、他の残りのものは元の場所に戻しに行かなくてはならないではないか。どうせ元あった場所を思えておくのならば、持っていても持っていなくても同じこと、それならば他の買い物客が見ることができるようにキープなどしていない方がいいに決まっている」

「確かにその通りかもしれないけど、でもそんなこと普通できないよね? ちょっとした売り場の配置くらいなら覚えてられるかもしれないけど、でもここかなり広いし、そもそも全面的に水着しか売ってないし、覚えとくのめっちゃ大変だろ思うんだけど……」

「そうか? そこまで言うほどのことでもないぞ」

「まぁ、姐さんにとっては、そうなのかもね、うん。俺には多分できないわ」

確かに、売り場全体が完璧な整合性を持って、水着のタイプとか型とかで分けられていて、その上、それが明確に示されているところとかだったら、そういうことをしようという気になるかもしれないが、しかしこの売り場ではそんなことをしようという気にすらならない。季節ものの大型展示販売なので、店はそこまでの人員を割き切れていないのか、商品の陳列は明確な分類がなされていないし、それだから客はけっこう好き勝手なところに、自分がキープしていたけど買わなかったものをどんどん、ほとんど適当に戻して行ってしまうのだ。

だからこの場には、いろいろな水着が適当な並び方で陳列されているわけで、どんどんいろいろな種類の水着をランダムでとっかえひっかえしていく分には便利かもしれないが、しかしふつうに、たとえば水着の型とかで探していく分には不便極まりないのである。だからたとえば、ここでの買い物は、本当に適当に歩きまわって、そして運が良ければいいものにめぐり合うことが出来る、ということなのだろう。それこそ運が良ければ、ということに他ならないのである。

「あたしはおぼえてないよ~。水着、どこにあったかなぁ……。ゆっきぃ、どこだっけ?」

「そんなこと、俺が知ってると思うのかよ。知ってるわけないだろ、どこでお前が水着を見てたのかも知らないっていうのに」

「でも、ゆっきぃならしってるかなぁ~、って」

「知らねぇよ。とりあえず今、俺がどんどん目の前に出していってる水着の中からさっくり選んでくれないか。俺はほら、早くお前の水着を決めちゃって、霧子を追いかけなくちゃいけないんだからな」

「きりりんのこと、おいかけるの? あたしのおかいものは、おてつだいしてくれないの?」

「手伝いは、してやるって言ってるだろ。いっしょに水着選んでやるって言ったじゃん」

「そうだっけ?」

「そうだよ。だいじょぶか、その記憶力。ほんのついさっきのことなのに、もう忘れたのか?」

「ゆっきぃは、ずっとあたしといっしょにおかいものしてくれるっていってたきがしたから。ちがうの?」

「違うよ、自分に都合のいいようになんでもかんでも勝手に改変するなよな。霧子の後を追うことは言ってなかったかもしれないけど、でもお前とずっといっしょに買い物するとも言ってないだろ」

「にゃ~、そうだったかも?」

志穂は、おそらくついさっきの俺との会話をまったく記憶していないのだろう、くぃっと小首を傾げると、ぽりぽりと頭をかいてそう言った。あるいは、記憶していたが、今しがた続けざまにいくつもの水着を見せられたので脳の一時メモリがフローして、会話のデータがあまり重要ではない記憶として消去されてしまったのかもしれない。

志穂は一時メモリが少ないうえに長期記憶への移行が遅いから、いっぺんにたくさんの情報を与えすぎてしまうと、すぐにいっぱいになってしまって古い情報から上書きされてしまうから気をつけなくてはならないのだ。

というか、実際のところ、学校の授業ももっとゆっくりやってくれないと志穂がついていけないっていうか、現在進行形でついていけてないというか、そもそももうついていく気がないというか。…、いや、たしか、あいつは一年の一学期からもう既に授業時睡眠体制を維持してたはずだから、高校に入った時点でもはややる気をなくしてしまったということなのだろうか。

しかし、うちの高校、そこそこレベル高いはずなんだけど、志穂はどうやって入学したんだろうか。あの学力だと、入学試験で余裕ではじかれるだろうし、それ以外の方法があるかといえば、推薦くらいしかないし、でも推薦って中学のときの成績が良くないと取れないっていうし。志穂は、ほんとに不思議な娘だなぁ……。

「とりあえず、さっさと選んじまおうぜ。姐さんも来てくれたことだし、いっしょに選んでもらおう」

「は~い」

「姐さんは、志穂にはどういう水着があうと思う?」

「そうだな…、皆藤に似合うものか……。私も、おしゃれとはどういうものなのか、よく分かっていないところがあるからな……」

「えっ、でも、自分のはもう目星つけてるんだろ? それなら志穂のも、パパッといい感じに選んじゃってくれよ、姐さん」

「自分のものを選ぶことと、人のものを選ぶことは、やはり違うだろう。自分の物ならば、それこそ今まで生きてきて何着も服を着ているのだから、なんとなく分からないでもないが、しかし自分以外の人の服を選ぶとなると、やはり少し勝手が違うではないか。そう考えると、天方はすごいのだな。去年は皆藤に似合う水着を簡単に見つけ出していたのだぞ」

「でも霧子は、人のを選ぶのは得意だけど、自分のを選ぶのが絶望的に苦手だからな」

「? そうなのか? 去年もかわいらしい、よく似合っているものを買えていたように思うのだが……」

「あっ、いや、センスが悪いとかじゃなくて、決められないんだ。人の分だとけっこうサクッと決めてくれるんだけど、自分のになると悩んで悩んでな。まぁ、霧子の性格的に、自分の着るものだからこそ逆に悩むのかもしれないけど」

霧子は、他人の服を選ぶときは、純粋にその人にとって似合うものを探そう、っていうスタンスを取るのだが、しかし自分のものを選ぶときは、似合うものを選ぶのは当然なのだが、それを他の人が見たときどう思うかとか、そういう細かいところまで気にし始めてしまうのだ。そんなこと、絶対に分かるはずないのに考えてしまうから、基本的に悪い方に悪い方に思考が行ってしまって、なかなか買う服を決められないのである。

もっと自分に自信を持ちなさい、と常日頃言い続けているわけなのだが、しかしなかなかその自意識は変えられないものなのだ。今後も事あるごとに、霧子が自分に自信を持つことができるように声をかけていってやらなくては、その性格をよい方向に引っ張ってやることはできないだろう。

「ふむ、そういうものなのか…、三木は、やはり天方のことをよく分かっているのだな。天方も三木のことがよく分かっているようだし、付き合いが長いから、よく知りあっているということなのだろう」

「そうだな、うん。まぁ、分かってるっていっても、霧子は日々成長してるから好みとかも刻一刻と変わってて、なんでも知ってるってわけじゃないんだけどな。言うなら、知ってることは知ってる、って感じだろ」

「しかし、相手が今なにを考えているかとか、なんとなく分かったりするのか? 私にはそういう、古くから今までずっと付き合いのある友人というのはいないものでな、分からないんだ、そういう感覚は」

「ん~、なに考えているかは、だいたい分かるかな。まぁ、全部分かるってわけじゃないけど、だいたいは。あと、なにしてるかもだいたい分かるな。霧子は昔からあんまり生活サイクルと行動パターンが変わってないから。今は風呂入ってる、とかそろそろ晩飯食ってる、とかそろそろ電話かけてきそう、とか」

「思ったより分かるものなのだな、いろいろと。…、それは、まさか、天方の家に何か細工をして情報を得ている、というわけではないのだな?」

「姐さん、俺のこと疑り深い目で見過ぎだよ。俺はそんなことしないよ。隠しカメラでの盗撮も、超小型集音器での盗聴もしてないから、そんな目で俺を見ないでくれ、頼むから」

「いや、まさか、本当にそんなことをしているとは思っていないが、あまりに自信たっぷりにそのようなことを言うから、まさかと思ったな。気を悪くしないでくれ、いちおう言ってみただけだ」

「それに、霧子はけっこう俺に電話かけてきたりするんだよ。それで、今なにしてたんだよ、とか言ってくるんだ。だからなんとなく、霧子の行動パターンが俺の知識の中に蓄積されていって今に至るっていうか、そういうことなんだよ」

「天方が電話をしてくるのか? しかも、よく?」

「? あぁ、よくかかってくるよ。三日に一回くらいは必ずくるかな。テンパってるときは毎日かかってくるよ。夜寝る前の30分とかに、遠慮しながらもずうずうしくかけてくるぜ。っていうか、たまに電話してる途中なのに寝たりするし、あいつは自由なやつだよ、みんなが思っている以上にな」

「そうなのか…、天方から電話がかかってきたことなど、私は数えるほどしかないのだがな。あまり電話は好きではないのかと思ったが、そうではないのか?」

「あぁ~、前に霧子のケイタイいじってたら発信履歴の名前、俺ばっかりだったっけ。そうか、あいつ、俺以外にはほとんど電話しないのか。俺のことなんだと思ってるんだ、あいつ」

「友人、いや、親友ではないのか? あるいは、兄のように慕っているとも言えるかもしれない」

「それじゃあ、兄のように慕っている、で。俺は霧子のことを妹のように愛しているからな」

「二人は仲がいいからな、うらやまし限りだ」

「霧子はあげないからな? 姐さんでも、霧子はあげないぞ?」

「まさか、三木から天方を奪いとろうなどと、そのようなこと考えてもいない。しかし、そう考えると、昔馴染みの友人というのはいいもののように思えるな。言葉にしなくても通じ合う事ができる間柄というのは、少しだけあこがれる」

「姐さんは、まだ俺とそんなにツーカーじゃないな。もっと姐さんのことも知らないと。ところで、姐さんはどんな水着を買うことにするつもりなんだい?」

「私は、華やかな水着が似合うような女ではない。だから今年も地味なものにしておくつもりだ。私の買う水着など、知っても何の得にもなりはしないぞ。そんなことを気にしていないで、皆藤の水着をいっしょに探してやった方がいい」

「そうだよ、ゆっきぃ。みずぎ、えらんでくれるんじゃないの?」

「おぉ、そうだった、そうだったな。うっかり姐さんと話し込んじまったぜ。よし、それじゃあさっきの続きするか」

「うん!」

「よし、私も、及ばずながら力になるぞ」

そうして、一時中断していた志穂の水着選びは、新戦力である姐さんを加えて再開される運びとなった。姐さんの選んだ水着は気になるものの、きっとまた後で見せてくれるだろうから、ここは意識を志穂に集中させるべきだろう。

というか、姐さんは自分の選ぶ水着を地味といっているが、あれは地味なのではなくシックなのであって、華がないなどとは嘘八百でありそもそもからして姐さん自身が華なのだ。

姐さんが水着を着て優雅にねそべっている様など、いけないと思いつつも妙な色気のようなものを感じてしまって、正直ドキドキするのを禁じ得ないのである。

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