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Prism Hearts  作者: 霧原真
第六章
71/222

大乱闘めちゃモテシスターズ

手をつなぐのどうのこうの言っている間に俺たちはエスカレーターへと乗り込み、三階を目指していた。エスカレーターというのは本来的には急ぐ人とそうでない人が左右に別れて乗るという決まりはなかったんだそうだ。その証拠に、関東では右側を急ぐ人用に開けて乗るが、関西では逆らしいし、そもそも別れて乗らないところもあると聞いたことがある。つまりそれは、せっかちな日本人がつくり出した新たなエスカレーター秩序ってことなのだろう。

「いや、別にエスカレーターのことはどうでもいいんだよ、うん」

「にゅ? 幸久君、どうかしたの?」

「あっ…、いや、なんでもない、独り言」

「三木は独り言が多いな。考えていることが口から洩れているのならば、少し気をつけた方がいいぞ。というより、自分が独り言を言っているという自覚はあるのだな」

「いや、今はな」

『幸久くん、いつも授業中もいろいろ独り言いってるよ。ぶつぶつ言ってる』

「…、気をつけなきゃ!」

俺は昔から独り言が多い方だ。以前から、おじさんに独り言が多いから気を付けてくださいね、みたいなことを言われ続けてきたし、この前も広太に独り言多いよ、と言われたばかりだ。

ついこの間言われて、気をつけようと心に決めたばかりだというのに、また独り言を言うようになっているなんて根性が足りないのではないだろうか。独り言は恥ずかしいってこの間よく分かったはずなのに、それでも直せてないって…、俺の意志の弱さをあからさまに露呈したことになるだろう。

あまり、そういうことを思い切って注意してくれる人は多くないのだから、言われたときはきちんとその問題に向き合うことが大切なのであり、それを心がけていればくせなんて、基本的には向き合うことによって直すことができるものが多いのだから、直すことができるはずなのだ。

まぁ、そんなもの、けっきょくは理想論でしかないんだけどな。

「あっ! ゆっきぃきた~! ゆっきぃゆっきぃ~!!」

そして二階から三階へ昇るエスカレーターを半分くらい来たところで、上の方から俺を呼ぶ大声が聞こえてきたのだった。何事かとそちらを見上げてみれば、何ということはない、そこには志穂が立っていたのだった。

俺がメールで指示した通り三階の昇りエスカレーターの降り口で待っていた志穂は、なにがそんなにうれしいのか、俺たちに向かってきらきらの笑顔でぶんぶん手を振っている。待てと言われた犬がぶんぶんと尻尾を振っているようにしか見えない。

「なにあいつ、めっちゃ恥ずかしい…、っていうかこのまま合流したら確実に志穂の関係者だと思われて、俺も間接的に恥ずかしい思いすることになるんじゃね?」

「思われるも何も、友だち同士なのだから、間違いなく関係者だろう。それにお前があそこで待っているようメールをしたんだからな」

「でもさ、あんなふうにされたら合流しづらいじゃん。友だちだからってあんなにされても困るっていうか、こんなところで騒ぎまくられても周りから白い目で見られるだけだし、恥ずかしいだろ?」

「恥ずかしくても、あれがお前の友人だ。無視して四階に昇って行ったりするんじゃないぞ」

「ぐっ…、読まれた……!」

『幸久くん、三階で降りるんだからね?』

「お、降りるって、分かってるよ。逃げたりしないって、なにからもさ」

「しぃちゃ~ん、おまたせ~」

「きりり~ん!! お~いお~い!!」

「霧子! 返事したらもっとさわぐでしょ!」

「にゅ…、そうだけど……」

「あと十秒もしないで三階に着くんだから我慢しろよな、霧子。…、あ~! 志穂! 降りてくるな! エスカレーターを逆走してダッシュで降りてこようとするんじゃない!!」

志穂は、基本的に落ち着きがない。今こうして、俺の言いつけ通りに待ち合わせ場所に待っていられたことは、志穂にとってみればけっこうすごいことなのだ。現在地から待ち合わせ場所に歩いてくる間にいろいろ気になるものに目移りしてしまって待ち合わせ場所を忘れてしまったり、待ち合わせ場所についても待ち切れずにどこかに飛んで行ってしまったり、信じられないかもしれないが志穂にとって「合流するための待ち合わせ」というのは比較的難しいミッションに当たるのである。

「ったくもぅ…、まぁ、よく待ってられたな、志穂」

三階に到着し、ようやっとエスカレーターを降りると、俺はとりあえずため息を吐いて、それからいい子に待っていることのできた志穂を褒めてやるのだった。

「にゃ~……」

とりあえず広いところまで連れて行ってからその頭を、メイとつないでいない方の左手で撫でてやることにした。志穂の髪の毛は一本一本が、それこそ志穂自身のように硬く強いので、霧子とは違った撫で心地である。その元気のよすぎる髪はぴょんぴょんと好きな方向に向いていて、自由すぎる、というか、ちゃんと髪をセットしていないのではないか、というか、まぁ、明日も同じようなことになっていたら俺がセットしてやろうと思う。

志穂は、けっこう髪とか服とか、操作可能な外見的なポイントに対して無頓着なので、(基本的には親御さんが買い与えたりしているらしく、自分で選んだりすることはほぼないようだ)磨けばもっと光るはずなのだ。髪のセットくらいちゃんとやりなさいよ、と、俺は声を大にして言いたいのである。今は親御さんのセンスがいいからなんとかなってるかもしれないけど、いずれぜんぶ自分でやらなくちゃいけなくなるときがくるんだから、少しでもやるようにしないといけないだろう。

「志穂、言ってなかったけど、お前今日髪のセットしてこなかっただろ」

「うん、しなかったよ~。ママさんがねぼうしちゃってじかんがなかったんだって」

「なんで他人事なんだよ。お前の頭に乗っかってる髪だろうが。自分でも少しは気にするようにしろって。少し扱いづらい髪かもしれないけど、でも俺のより少しはマシなんだから」

「ん~、でも~、べつにきにならないし~」

「気にしろ、って言ってるんだよ。いつまでも親御さんにおんぶに抱っこじゃいけないんだぞ。お洒落なんて、もらうものじゃなくて自分でやるものなんだからな」

「そうなの?」

「女の子なんだから、そうだぞ。女の子はかわいくなる努力を怠ってはいけないんだ。いつでもお洒落な服を着て、素敵に髪型をキメて、女の子力を高めにキープしないといけないんだ」

「おんなのこりょく?」

「そうだ、女の子がどれくらい女の子してるかっていうのを示すバロメーターだぞ。着ている服のお洒落度とか髪型のお洒落度とか、女の子がかわいくあるための努力を数値化して総合したものだ。それが高いとモテモテ、いや、めちゃモテだな。志穂はみんな親御さんに任せ切りだから、女の子力かなり低いぜ、弱々しいな」

「え~、あたしよわいの?」

「弱いな、弱すぎる。そもそも女の子としてお洒落に無頓着である時点で、最弱クラスであることは間違いないな。うちの近所の小学校五年生の女の子にすら、高校二年生のお前は劣っているぞ」

「よわいのはダメだよ。よわいのはダメって、ししょ~がいってたから。ゆっきぃ、それって、どうやったらつよくなれるの? しゅぎょ~? とっくん?」

「そこらへんに発想が行きついちゃう時点で、女の子力低いよな。もっと自分の見た目とかに気を使ってみるといいぞ、たぶん。親御さんが服を買ってきてくれるのについて行ってみるとか、自分にどんな髪型が似合うか考えてみるとか」

「おようふくは、いっしょにかいにいくよ!」

「動きやすさとか防御力とかそういう観点からじゃなくて、かわいさに注目しないといっしょに行ってる意味ないからな! そういうRPG思考は卒業しないと女の子力上がらないからな!!」

「え~、そうなの? でもぼ~ぎょりょくひくいとまけちゃうよ、てきに」

「日常的な生活を送ってる分には敵なんか出てこないよ! っていうか、出てきたことあるのかよ!」

「うん」

「あるの!? 敵、出てきたことあるの!?」

「さんにんくらいまとめてでてくるよ、てき。まちとか歩いてると、たまに」

「なんでお前の世界はランダムエンカウントシステムが採用されてるんだよ……。っていうか、しかもまとめて出てくるのかよ、ゴブリンみたいだな、おい……。ゴブリンA・B・Cみたいな感じか」

「ごぶりん? なに?」

「あ~、気にすんな」

「うん、きにしない」

「で、出てきた敵は、倒すのか? 逃げるのか? いや、その敵って、やっつけても平気な類?」

「やっつけてもいいってししょ~がいうから、やっつけていいとおもうよ。だからいつもやっつけるの。てきがでたらにげちゃダメ、ってししょ~がいつもいってるから。こうね、どか~ん! ってやっつけるんだよ、いつも」

「どか~ん!? お前…、殴っただけでそんな音がするのか……。そりゃ、敵もやられるよ……。っていうか塵になるよ……」

っていうか、敵ってけっきょくなんだろう。もしかして不良とかに絡まれるのだろうか。それとももしかして、俺たちの住んでいる世界とは違う次元から送られてくる世界の敵みたいなものと、人知れず戦ってたり…、しないわな、まぁ、普通に考えて。

不良と戦うのなんて、中学生までで卒業しようぜ、志穂。高校生にもなってそんなことしてるなんて、ナンセンスだよ、まったく。高校生になったらワルの世界からは足を洗うのよ。

しかしまぁ、志穂は強いし、それを知った不良が腕試し的に喧嘩を売ってくるのだろう。それにしても、志穂と真正面から戦おうとするなんて、勇気がありすぎると言わざるを得ないだろう。俺は絶対にしないぞ、そんなこと。死んじゃうじゃん、真正面から戦ったら。

だって、どか~ん! だぜ、どか~ん! それはムリだろ。爆発音じゃん、どか~ん!って。

「まぁ、そういうことなら、防御力の方が大事かもな、うん。お前はお前なりに考えてたんだな、いろいろ」

「そうびはよくかんがえなさい、ってししょ~がいってるからね! でもね、ど~じょ~のど~ぎがいちばんつよいそうびなんだって!」

「なんだよ、鉄板でも仕込んであるのかよ」

「んとね、ぼ~ぎょりょくがたかくて、しかもちからが3あがるんだって! 3もだよ!」

「そんなとこまできっちりRPG思考が染み込んでるの!? っていうかお前のお師匠さんもそっちの方の住人なのか!?」

「け~けんちがたまると、レベルもあがるんだよ!」

「筋金入りのRPG道場じゃねぇか! そこ、ほんとに大丈夫なのか!?」

「そういったほうが、あたしにはわかりやすいだろ、って」

「…。なんだ、配慮じゃん。やさしいお師匠さんじゃん」

びっくりした。もしかしてお師匠さんも志穂と同じレベルの思考回路を持っているのかと思ったよ。

「分かった、うん、分かった。お前は別に無理して女の子力とか上げなくていいよ、お前は敵に負けないようにリアルパワーを上げて強くならなきゃいけないんだからな。現実世界はコンティニューもリセットも出来ないんだから」

「うん、わかった?」

分かってないな、分かってない。疑問形で頷かれても、全然理解が及んでないってことしか分からないんだよ。

「霧子は女の子力高いよな。お洒落さんだし、バーゲンに出陣しちゃうくらいだし。っていうか、今度のバーゲンっていつあるんだ?」

「にゅ? えと、たぶん、夏前?」

「そうか…、…、今年も強制徴募かなぁ……」

「? 三木、どうした、遠い目をして」

「あっ、いや、なんでもない。なんでも、ないんだ」

『幸久くん、あっちだよ』

「んっ? あぁ、そっか、買い物な、買い物。そういえば、メイの私服姿って、見たことないな。いつも制服着てるよな、うん」

「メイちゃんとは、まだお休みの日に遊びに行ったことないからだよ、幸久君」

「いや、それは分かってるよ。そういう意味で言ったんじゃねぇって。まぁ、旅行のときに見れるし、楽しみはそのときまで取っておくってことで」

『ちゃんとおしゃれしてくる』

「おぉ、ほんとか? 楽しみにしてるよ。志穂は、親御さんにちゃんと服、選んでもらえよ。防御力と機動力高めでな」

「うん! てきが出てきても、やっつけてあげるね。みんなのことまもってあげないと!」

「心強いなぁ、きっと姐さんもいっしょに戦ってくれるよ。戦ってやってくれな、よく分からん敵と」

「よく分からない敵とは戦えないぞ、三木。まずは敵を知るところから始めなくてはならないだろう。弱点や有効な攻撃を見極めなくては」

「志穂の拳は、たいていの存在に対して効果抜群だから、そんなこと気にしないでも平気だよ」

「いや、そういうわけにはいかない。弱点を突き、効果的かつ低労力で闘わなくては、消耗戦になったときに潰されるのはこちらだ。いついかなる戦いであっても、長期的な視点で全体を俯瞰的に見なくてはな」

「姐さんも、けっこうそういうどうでもよくて細かいことに対してガチだよね……」

エスカレーター脇のちょっとしたスペースで、俺たちはどうでもいいことを話して時間を潰していた。実際のところ、別に時間を潰す必然性は全くないわけで、むしろさっさと買いに行けよ、といいたいほどだ。

いや、別に遅延作戦をしているというわけではない。大丈夫、俺の心は、水着売り場(シーズン前の大博覧会みたいな感じの大規模展示をしてるらしい)に入ったくらいでは砕かれないのだ。ダイヤモンドは砕けない。砕けないのである。

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