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Prism Hearts  作者: 霧原真
第六章
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買い落とし物品回収隊

メイにきゅっ、と右手を掴まれたまま、俺はまるで引きずられるような状態になりながらデパートの中を右往左往していた。いろいろと買うものがあると言っていたがそれはどうやら本当だったようで、メインイベントの前に細かなフラグを片っ端から回収していくように、歯ブラシやらお菓子やら、買い残していたものなのかついでに買っているものなのかは分からないが、それこそいろいろと買いこんでいる。

俺も、ついでに新しい歯ブラシを二本と特売になっていた缶詰めになっている紅茶を二つ(アッサムとイングリッシュ・ブレックファスト。前者は広太の、後者は俺のお気に入り)買ったのだった。そしてみんなも、別にどれも今でなければ買えないものというわけではないだろうが、こまごまと旅行に必要かもしれないものを買っているようだった。

「さて、いろいろ買うもの買ったし、俺は先に帰ろうかなぁ~。帰ろうかなぁ~」

「あとは、水着買いに行くの? メイちゃん」

『うん』

「それは、何階に行けば売っているものなんだ? 私はあまりこういうところに来ないから、分からないのだが」

『三階』

「はやくいこ~いこ~。かいだんでいこ~」

「いや、エレベーターで行けよ、エレベーターで。俺は、帰るけど」

「幸久君、さっきから帰る帰るって言ってるけど…、帰らないの?」

「いや、帰るよ。帰る帰る。帰りたいなぁ~」

「三木、帰る帰るというならばどうして帰らないんだ。いつまでもしつこいぞ。帰るなら帰る、帰らないなら帰らない。自分の意志はきっちり表明するべきだとは思わないのか?」

「思う、あぁ、思うよ。思うから、有言実行させてほしいんだけどなぁ~…、な?」

『三階、いこ』

俺の右手を変わらず握り続けているメイに、俺はさっきから何度も帰りたいぞ、という合図を送り続けているはずなのだが、しかしそれに気づいてくれる様子はない。というか、気づいていてわざと無視しているというか、そういう意地悪なことをされているような気すらしてくる始末である。

おそらくメイは、さっき入口で見せた笑顔から察するに、俺のことを帰してくれるつもりはないのだろう。どうしてそこまで俺を水着購入の旅に同行させたいのかはさっぱりわからないのだが、しかしそれが分からずとも、メイが俺を解放するつもりがないということだけはよく分かるのだ。

「め、メイ、手を放してちょうだい。俺は帰るわ」

勇気を出してそう言ってみる。決して、それによって事態が劇的に好転するなんて調子のいいことを思っているわけでは、さすがにない。それでも、もしかしたらなにか変化くらいはあるかもしれないじゃないか、少なくともなんらかアクションを起こしているんだから。

『いこ?』

「…、はい……」

ケイタイの液晶を、輝くような笑顔とともに小さく首を傾げながら目の前にずいっ、と突き出され、俺は為す術を失った。ここまで強硬に俺を連行しようとしているということは、もう放してくれるつもりはまるでないのだろう。

もし、俺がその右手を穏便に引きはがすためには(当然、パワーで勝る俺がメイの手を引きはがすことができないということはない)指を一本ずつ、俺の左手で開かせていくしかないのだが、それをしている間に空いているメイの左手が俺のどこを掴んでくるか分かったものではない。

つまり両手に対して同時に対処しなくてはならないというわけであり、右手で右手に、左手で左手に向かわなくてはならない。するとやはり、どうしても右手を勢い任せに振り払うしか術がなくなるのだ。それが出来ていたら、そもそもこんなところまで引きづられてきていないのだ。つまり、詰み、である。

まず第一に、右手を取られてしまったことによって、俺は一手先んじられているのである。そのほんの一手の遅れが、けっきょく最後の最後まで効いてくるのだ。俺は、俺の性質によって、この場からの逃亡が叶わないのである。

「幸久君、帰らなくていいの?」

「あぁ、もう、帰らなくていい。別に飯つくる以外の用事もないし、平気」

「三木、ぐったりしているようだが、大丈夫か?」

「大丈夫、ってことにしとく。気にしないでいいよ」

「ゆっきぃ、かいだんでいこ、かいだん」

「俺は、エレベーターで行くから、一人で行っておいで、志穂」

「は~い」

『幸久くん、いこ?』

「はい…、そうしましょう…、メイお嬢様……」

どうしてか楽しそうに階段に向かって駆けていく志穂を見送って、俺はメイの後にしずしずとつき従って歩くのだった。どうしようもない状況に置かれてしまった以上、俺に出来ることなんて、こうしてすべてを諦め開き直って状況の流れに従うことくらいなのだ。

しかし、メイってけっこう強引なとこもあるんだなぁ。最初の印象からすると引っ込み思案で内気な女の子って感じだったけど、しかし今はそんな枠の中に収まる感じではない気がする。

まぁ、それも馴染んでくれたからの行動だと思うし、仲のいい友だちだからこそ自由に振る舞うことができるというか、少しくらいだったら自分勝手に相対することが出来るということなのだろう。メイが、俺たちのことを深い友だちと思ってくれている証明がそこに見出せるのなら、こういう感じも、たまになら悪くないかもしれない。

「それで、皆藤は一人で行ってしまったが、いいのか? 携帯電話に連絡でも入れていた方がいいだろう」

「そうだな、とりあえず、どこで待ってるかくらいは連絡しといたほうがいいだろ。まぁ、それを見た志穂がその通りにしてくれるかは分からないけどな」

「幸久君がメールすれば、きっとしぃちゃんもその通りにしてくれるよ。しぃちゃん、幸久君のこと大好きだから」

「え~、そうか? あいつ、俺の言うこときかないことだってあるんだぜ? ぜんぜん信用ならねぇって」

「なんでもいいから三木、早くメールを皆藤に送ってくれ。エスカレーターだったら各階に一つずつしかないだろうし、待ち合わせにもちょうどいいだろう」

『幸久くん、メールしてあげて。しほちゃん迷子になっちゃったらかわいそう』

「まぁ、確かに迷子はかわいそうだよな、うん。よし、すぐにメールするから、メイ、今だけ右手を放しておくれ。もう帰ろうとしないって約束するから」

迷子というワードから俺が真っ先に思い出すのは、小さなころの霧子の泣き顔だった。

霧子は昔、凄まじく迷子の常習犯だった。今は俺と歩幅が合うようになってきたからそれほどのことはないんだが、遊びに出かければ毎度毎度、誇張ではなく毎回、いつの間にかどこかしらに行ってしまい、そしてどこかで泣いているのだ。それを見つけるのも俺の役目なら、それを泣きやませるのも俺の仕事であり、そんな霧子の手を引いていっしょに帰ってやるのも俺の仕事なのだった。

だから、出来るだけ誰かを迷子にさせたりすることはしたくない。泣いている霧子というのは、俺の中では最大級に見たくないものであり、そしてそれを思い出させるような、誰かが迷子になるなどということはなんとしても防がなくてはならないのだ。

一番確かなのは、俺がその手を握っていることなのだが、(霧子は俺が手を握っていても、一瞬の隙を突いて迷子になったりすることもあったから手に負えない)今回はそういうわけにもいかなかったので今から手を打つしかないのである。まぁ、志穂は少しくらい迷子になったからといって泣きだすような細い神経はしていないように思うのだが、いちおうというか、とりあえずだ。

「ありがとな、メイ。さて、メールね、メール」

三十数分ぶりにその右手が解放された俺は、つかの間の自由を味わう暇もなくポケットからケイタイを取り出してメールを打ち始める。こんなメール一本で志穂の行動を縛れれば、実際のところ何の苦労もないのだろうが、とりあえずやるだけやっておくか。

頼むから大人しく待っててくれよ、志穂。

「さて、行くか。三階だっけか? エスカレーターで待ってろってメールには書いたけど、エスカレーターってどこにあるんだ?」

「エスカレーターは、入口の方だよ。今は売り場の奥の方に来ちゃってるから戻らなきゃ」

「そうだな、皆藤をあまり待たせてしまうのも可哀そうだ。急いで三階に向かおう」

『幸久くん、手』

「え? あぁ、はいはい、お手をどうぞ、お嬢様」

『三階、いこ』

くっ、とそでを引かれて振り向くと、目の前にバックライト煌くメイのケイタイが突き出され、そんな要求が突きつけられたのだった。さっきもう逃げないって言ったばかりだというのに、メイは心配性だな。

しかしまぁ、そういうのならば手を差し出そう。俺は軽く腰を落としてメイに、握っていたケイタイをポケットにしまいなおしてから、さっきまでずっと握られていた右手をもう一度差し伸べる。

メイは、それに満足そうににこりとうなずいて俺の右手を取ると、左手に持ち替えたケイタイをかこかこと操ってそう言った。利き手じゃない方の手でも常人以上にケイタイを操れるって、どういう器用さなんだと聞きたいが、しかし右手でアレだけできるのだからおかしくはないか、と変に納得してしまうのだった。

利き手がどれだけ器用に動いても、それと同様に、あるいはそれに伴って逆の手まで器用に動く、というわけではないのだろうが。しかし現に、目の前でメイが器用に左手でケイタイを繰っているわけで、やはり器用な人というのはいるものなのである。

「メイちゃん、幸久君と手つないでいいなぁ。幸久君、あたしとはもう手つないでくれないんだよ」

「つないだら恥ずかしいって言ったのはおまえだろ、霧子。中二の二学期に、もうつながないもん、って言ったじゃん」

「にゅ…、そ、そうだっけ……?」

「そうだよ、忘れちゃったのか? だから俺は手はつながないようにしてるだろ。まぁ、朝におぶったり肩貸したりはするけど、でも手はつないでないぞ」

「手は、つないでないんだ……」

「まぁ、手をつなぐなんてちょっと子どもっぽいかもしれないし、別にしなくてもいいんじゃないか? メイのは、手をつなぐっていっても、子どもっぽくない方のアレっぽい感じだけどな」

「手をつなぐのはみんな子どもっぽいんじゃないの?」

「手をつなぐっていうか、もうエスコートって感じだよ、これは。メイも、そんな感じだろ?」

『うん、そんな感じだと思う』

「だろ? これだったら別に恥ずかしくはないよな。レディだもんな」

『そう』

まぁ、俺がエスコートしてるのか、俺がエスコートされてるのか、それが曖昧になっているのは少し困るのだが。しかしとりあえず、俺はこうして手を取ることに対して恥ずかしさは持ってないし、メイの方もそういうことはないようなので、手を取り合っていることに問題はないのだろうが。

「それじゃあ、あたしもそれだったら恥ずかしくないかな?」

「いや~、どうだろうなぁ……。ほら、霧子は、あんまりそういうキャラじゃないじゃん。お嬢様っていうか、お嬢ちゃんって感じだろ?」

「にゅ? よくわかんないかも……」

「分からなくていいよ、気にすんな。まぁ、どっちにしても心構えの問題だから、霧子が恥ずかしくないと思うんなら恥ずかしくないんだよ。手をつなぐのも手を取るのも、外見的にはおんなじようなことしてるんだから」

「にゅぅ、そうなのかな……?」

けっきょくは、それを恥ずかしいと思うかどうか、あるいは一つの様式として割り切ることができるかどうか、ということに違いないのだ。そうやって、俺を帰らせないようにするという目的のための手段として手をつなぐという行為を割り切れてる分、メイは霧子よりも精神的に大人ということなのかもしれない。

しかし、精神的に大人であることは確かにいいことかもしれないが、それが常に最善であるとは限らない。子どものように純粋無垢で無邪気なままでいられること、それはそれでいいことではないのだろうか。少なくとも、俺は霧子にそうであってほしいと思うし、もしもそうでなくなってしまったときどんな気持ちになるのか予想もつかない。

「霧子は、かわいければそれでいいんだよ。別に打算とか妥協とかしなくていいからさ、俺はそのままの霧子でいてくれればいいからな」

「にゅ? でもそれじゃ、いつまでも大人になれないよ」

「大人になんてならなくていいの! 霧子は永遠に俺の妹なんだから、そのままでいてくれよ!」

「にゅ、にゅん! わ、分かったよ!」

霧子には、いつまでもかわいいままでいてほしいのだ。それは俺のエゴでしかないが、しかしそうであってほしいのだ。いつか、霧子が大人になってしまう、そんな日がくるだろうことは分かっているのだが、だがそれでも、少しでもそれが来ないように願うことくらいは許されるべきだろう。

いつか霧子が、俺の目をかいくぐって男とつきあったり、ウソを吐いてごまかしたり、そんな大人的な行動をとるようになるかもしれないが、それは仕方ないとは思う。思うが、認めようとは思わない、それだけだ。

霧子は、俺の、妹なのだから。

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