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Prism Hearts  作者: 霧原真
第六章
69/222

お買いもの

「あぁ、水着か」

『そう』

霧子の新お友だち、瀬戸くんについての情報を聞き出すことに躍起になっていたら、本当に遅刻しそうになってしまい、途中からはマジダッシュになって校門を駆け抜け、そして今、何とか始業時間前に教室にたどり着くことが出来たのだった。

さっきは遅刻するよりも大変な問題がここにあるんだ! なんて言ったが、しかし本当に遅刻しては困る。具体的には姐さんの友人として遅刻とか早退とかサボりとか、そういう風紀的にマズいことは許されないというか、姐さんが許してくれないというか、普通なら注意されるくらいで済むはずのことであっても、姐さんが反省文を要求してきたりするから、気が抜けないのだ。姐さんと友だちでいることは、存外難しいことなのであるが、まぁ、それ以上に楽しい思いをさせてもらってるし、イヤになる、ということはないのだが。

「いろいろ買うものがあるってメールに書いてあったからさ、なにかなぁ、って思ったんだよ。あっ、メールは、霧子に送られたのを見たんだけどな?」

そして今、遅刻せずに席に着くことができた俺は、隣の席にすでに座っていたメイと(いつも俺よりも早くに席についていることから、メイは俺よりも数段まじめだということがよく分かる)おしゃべりをして朝のホームルームまでの時間を過ごしているのだが。当然、話のネタは今朝霧子のケイタイで見た、例のメールについてである。いや、瀬戸くんじゃないよ、メイからのメールだよ。放課後にお買い物がどうこうっていう、あのメールの方だよ。

『女の子だけで買いに行った方がいいと思ったから、幸久くんにはメールしなかった』

「まぁ、そうだろうな。うん、それが賢明だろうな。っていうか、俺なんて連れていったって何の役にも立たないし、むしろ邪魔なだけだよ。それにほら、女の子の水着が売ってるところに男がうろうろしてたら、どことなく怪しいしな」

『そうかな? 変?』

「そうだな…、俺は、変じゃないかと思うけど。だって、俺がそんなとこにいたって何を買うわけでもないし、周りには買い物に来てる女の人しかいないわけだし、何ていうか、場違い? やっぱ違和感あるじゃん。メイだって、そう思ったから俺にはメールしなかったんだろ?」

『違う』

「えっ? 違うのか?」

『あたしは、幸久くんはいっしょに来ても買うものないし、無駄な時間使わせちゃうと思ったから送らなかった。別に、いっしょに来るのが変だと思ってるわけじゃない。来てくれるの?』

「あ~、いや、でも、ついていったから何ができるってわけじゃない、っていうか、俺、別にセンスがいいとか、そういうスキルもないし、ついていっても邪魔になっちゃうだろうし。いや、もう普通に足手まといなんじゃないかなぁ……」

『きっと、そんなことない』

「そんなことあるある。だからさ、今日は俺のことは気にしないで女の子四人でお買い物してらっしゃいな。俺は家帰って晩飯つくんなきゃだからさ」

『幸久くんも、絶対役に立つ。来てくれたら、みんなうれしい』

「いやいや、そんなことないって。それにアレだろ、やっぱり恥ずかしいもんじゃないのか? 水着を選んでるところなんて、やっぱり見られたいものじゃないだろ?」

『そんなことない。いろんな人がいた方が、意見を聞けて参考になる』

「そうかもしれないけど、でもそれもセンスのない、しかも男っていうんじゃ意味ないだろ。やっぱり連れてくんなら役に立ちそうなやつじゃないとダメだ。足手まといがいると、行動全体の速度が下がるからな、迅速なお買い物をするためには、いらないやつを連れていっちゃいけないんだよ」

『じゃあ、いる人だったら連れて行っていいの?』

「そりゃ、まぁな。必要なら連れて行かないわけにもいかないし、連れて行かなきゃいけないからこそ必要なやつってことだろ」

『でもその人が、自分は役に立たないって思ってたらどうしよう……』

「そういうときはな、なんとかして説得するのが当然いいんだけど、でもどうしてもなら無理やりつれていっちゃうっていうのもありだろ。まぁ、一般論だけどな」

『そっか。で、幸久くんは、お買い物いっしょに来るの?』

「いや、俺は、役に立たないから行かなくていいっていうか、まぁ、他にやることがないわけじゃないし? 無理について行って邪魔することもないんじゃないかな、って思ってるけど」

『うん、分かった』

「おぉ、分かってくれたか。うん、分かってくれたんなら、それでいいんだ。それじゃ、今日の放課後は、俺は帰って晩飯つくるから、四人で存分にお買い物を楽しんできてくれ」

「みんな、おはよう~! 朝のホームルーム始めるから、席に座っちゃってね~!」

「みなさん~、おはようございます~」

『先生たち、来た』

「やべぇ、ちゃんと見てないと怒られちまう。ゆり先生のことだけは、ちゃんと見てないとダメって言われてるからな」

『そんなこと言われてるの?』

「あぁ、こないだ言われたんだ。ホームルームの間、メイとしゃべくってたら、その後にな」

『そうなんだ』

「あぁ、だから少なくともゆり先生の話だけは熱心に聞かないといけないんだ」

『なんだか分かんないけど、幸久くんも大変』

「まぁ、言うほどでもないけどな」

というわけで、俺は横を向くのを止めて前に向き直り、前に立って出欠を取っているゆり先生のことをじっと見つめるのだった。一言一句を聴き逃さぬ集中力というものは、こういうときにこそ発揮されてしかるべきなのである。

しかし、今日の先生の振り袖、いつもよりも色使いが華やかだな。刺繍のあしらい方も大胆だし、何かいいことでもあったのだろうか? ふむ、後で聞いてみるか。


…………


「ん~、はぁ…、で、俺はなんでこんなところに?」

一日の授業を、特に問題もなくうまく切り抜けて、放課後の時間が訪れていた。

「それじゃ、お買い物しなきゃね」

「そうだな、せっかく来たのだから、きちんと揃えるものを揃えなくては」

「ね~、なんのおかいものにきたの~?」

『水着』

「ちょ、ちょっと待て! なぜ、俺が、ここにいる!」

この時間、俺はさっさと家に帰って、冷蔵庫の中に入っている食材的に見て今日の晩飯なににしようかなぁ、なんて思いを巡らせている頃のはずだった。そう、はずだったのである。

しかし、だというのに、俺がどこで何をしているかと言えば、

「なぁ…、ここ、デパートじゃね……?」

デパートだった。隣駅の駅前の、このあたりでは一番大きなデパートの前に、どうしたことか、俺は立っていたのである。

「にゅ? デパートだよ?」

「デパートに決まっているではないか、何を言っているんだ、三木。いっしょにバスにも乗ったではないか」

「ゆっきぃ、もしかしてずっとねてたの?」

『気にしないでいいと思う』

朝にメイと話をした限りにおいては、俺はこの買い物には付き合わず、女の子同士で旅行にもっていく新しい水着の選定に行くということになっていた、ような気がする。どこで何がどうねじくれてしまったのか、それをこの瞬間にここで、自問自答とはいえ、論じることはスマートではない。

今ここですべきことは、俺がいるはずのない場所にどうしてかいるというこの現象の原因を究明することではなく、この状況をいかに手早く正確に切りぬけるか、ということに他ならない。変に選択を間違えると、このまま女性用水着売り場に、女の子四人と連れだって直行ということにもなってしまいかねないので、冷静沈着かつ大胆不敵な選択が求められるのだ。

まず第一に、経験則からして、どうして俺がここにいるのかとか、どういうからくりがあるのかとか、そういう細かいことを気にしていてはいけないわけで、ここでそういうことを問い始めてはならない。そういうことを問い始めてしまうと、俺の思考がそちらにばかり偏ってしまい、もっとも肝心なこの場からどのようにして脱出するかということについての思考が疎かになってしまい、けっきょく脱出すること自体が上手くいかなかったりするのだ。

だからここは、とりあえず一も二もなく脱出し、無事に家に帰り着いてからゆっくりと思案を巡らせ、果たしてどのようにして自分があんなところまで――それこそ相当に歩いているはずだし、あまつさえ金を払ってバスにまで乗っているのだ――行ってしまったのか、ということに思う存分頭を悩ませればいいのだ。それこそ、料理をつくっている間ならば時間はいくらでもあるのだから。

「実は、俺には、晩飯をつくるという崇高な使命があるんだ。ここまで着いて来といて悪いけど、ここで帰らせてもらうぜ」

「にゅ? 幸久君、帰っちゃうの?」

「あぁ、ちょっと今日は本気で料理つくりたい気分だったんだ。ここまで来といて、悪いな」

「なんだ三木、バス代まで払っておいて、何も買わずに帰るのか? せっかくだ、何か買ってから帰ればいいだろうに」

「いや、ちょっと急いで帰らないと、せっかく降りてきたアイデアが飛んじまうんだ。買い物はいつでも出来るけど、料理のアイデアはこの瞬間の限定ものだぜ」

「かってないものとか、ないの? あたしは、いろいろかっておいで、ってママさんからメモもらってきたよ~」

「買ってないものはあんまりない。っていうか、そんなに買うものはない。だから今日じゃなくても全然かまわないんだ。ほら、歯ブラシなんてさ、いつでも変えるだろ?」

『幸久くんも、いっしょにいこ?』

「いや、だから、俺は、今日は帰るんだ。悪いな、メイ。っていうか、メイは今朝の時点で分かってなかったっけ……?」

『細かいことは、あんまり気にしない方がいい』

「あぁ、そうだな、その通りだ。細かいことは気にしないことにして、とりあえず俺は家に帰るぜ!」

そして俺は脱兎のごとく駆けだそうとして、しかしそれに失敗した。身体を反転しようとした一瞬のすきを突かれて、誰かに手を握られてしまったのだ。

無理やり腕を振りぬいて、それを振り払うことは不可能ではないだろう。しかしそれをやって、もしもその手をつかんだ人が転びでもしたらどうすればいい。そんなことをしてはならない。

俺は、その手を掴まれた感覚に、ほぼ無意識で身体の動きを停めたのだった。女の子に、仮にそれが意図的でないとしても、俺の動きが危害を加える可能性があるとしたらだいたいの行動が強制停止するように、俺は晴子さんに仕込まれているのだ。ちなみに、同様に、俺の目の前で女の子に危機が迫ったときは無意識的に女の子を守る方を選択するように仕込まれている。

晴子さんがなにを考えてそんな風に俺を仕込んだのかはよく分からないが、そのおかげで俺が女の子に怪我をさせるようなことはないので、感謝はしている。だがしかし、無意識で女の子のために己の身を捨ててしまうことがあるのは、この身体の持ち主として少し怖いので、そこだけはもうちょっと緩めに仕込んでほしかったのだが、まぁ、今さら後の祭りである。

「め、メイ……? どうかした……?」

俺の手を握ったその手の小ささにイヤな予感を覚えながら、俺は首だけを回して振り返る。そしてその視界に映ったのは、メイだった。

「俺、もう、帰るぜ……?」

『いっしょに、いこ?』

「い、いやいや、帰るってば」

『いっしょに、いこ?』

笑顔だった。基本的に無愛想、いや、表面に示される感情の起伏の小さいメイが、ニコニコの笑顔で俺の手を握って、そこに立っていたのである。それはやはりどことなく違和感を覚えるものであり、確かにその笑顔は非常に魅力的なものであると認めることはやぶさかではないのだが、しかしそれでありながら違和感を禁じ得ない。

ただ微笑んでいるだけではない。それは、その状況を見ればよく分かる。

メイは、俺を、その性質をよく見抜いたうえで、止めたのだ。手を握れば俺が止まると分かっていて、その上で俺の手を握ったのだ。

そしてこの笑顔である。どことなく、有無を言わせぬ何かを感じる。

そうか、メイって、こんな表情も出来るんだな。友だちの新たな一面を、なんとびっくり、発見してしまったのである。

「め、メイさん? 俺は、みんなのお買い物には付き合えないですよ? ほら、今日は水着を買いに来たんでしょ? それならさ、俺なんて足手まといなだけだよ。俺なんか連れてったら邪魔なだけだって、朝にもよく聞かせただろ? メイだって、ほんとは分かってるんじゃないの? でもメイはやさしいからさ、俺を仲間外れにするなんて、って思ってくれてるのかな? うれしいな、その気持ち。でも、気持ちだけもらっとくからさ、うん、今日は、帰るよ。また今度、買うものが水着じゃないときに、誘ってな。じゃ!」

再び振り返って歩きだそうとして、しかしまだ、そこには俺を捕まえているメイが手を握っている感触があった。歩き出そうにも、放してくれなくては歩きだすことができないではないか。頼むから、俺の言ってることを分かってくれ、放してくれ。

『いっしょに、いこ?』

メイのケイタイの液晶の文字は、さっきからまったく変わらない。一貫して、俺をこの場にとどめようとするばかりである。

「帰っちゃ…、ダメ……?」

『ダメ♪』

俺がこの場から逃げ出すことは、たぶん無理だと思う。メイは、きっと俺をこの場から逃がしてくれない、そんな気がするから。

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