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Prism Hearts  作者: 霧原真
第六章
68/222

他人の携帯電話をいじくることの危険性について

パーティは、ずいぶんと長いことそれに時間を費やしていたような気もするのだが、しかしそのようなことはなく、八時を少し回ったところでお開きになったのだった。酒を飲んでいる都さんは広太が下の階まで送っていき、飲ませた張本人である弥生さんは俺が隣の部屋へと連行していく。

そして、これくらいは、といって洗い物を終わらせてくれた歌子さんにお礼を言い、二人で連れ立って帰っていくのを見送ってから、俺たちの夕食パーティは無事に終了の運びと相成ったのである。

そして騒がしい一夜が明けて、再び今日という日が訪れるのだった。今日も昨日と同様に平日であるため、当然のように学校があるわけであり、いかに昨日のパーティの準備で疲れているとかなんとか言ったところで無駄なことなのだ。

「って感じで、昨日はいろいろ大変だったんだ、霧子」

「にゅ…、そうだったんだ。幸久君、大変だったんだね……」

そして今何をしているかと言えば、今日も変わらず始まってしまう学校に向かって、ついさっき起こしたばかりの霧子を引き連れて歩いているところである。今日は珍しくそこまで眠気を引きずっている様子は見られず、比較的しっかりとした歩調と口調で俺についてきつつ返事を返してくるのだった。

「でも、お食事会したんなら、せっかくだしあたしも呼んでほしかったなぁ……」

「イヤ、別に霧子を仲間はずれにしたわけじゃないんだぞ? でも、霧子はアパートのみんなのことよく知らないし、それじゃあんまり楽しめないかと思って呼ばなかったんだよ。それとあと、霧子が来ると雪美さんと晴子さんも来るし、あと三人分もつくるのは流石に無理だったから、呼ばなかったんだ」

「にゅ、そっか。幸久君のお家にはよく行ってるけど、でもアパートに住んでる人にはあんまり会ったことないかも……。あのアパートって、幸久君たち以外には、どんな人が住んでるの?」

「どんな人が住んでるか? そうだな…、変な作家の人と、変な酔っ払いと、五年生の女の子と、そのお母さん。それとあとは、隣の家に住んでる管理人のおっちゃんだな」

「にゅ……、変な人ばっかり……」

「確かに、そうだな……。まぁ、別に、変な人でも悪い人じゃないし、楽しい人たちだぜ。霧子も、遠目から見てる分には楽しめると思うぞ」

「あ、あたしは、ぅにゅ…、やっぱりいい……」

「そうか? 霧子がそう言うんならいいんだけどさ。それなら俺からも、みんなにあんまり霧子に接触しないように言っとくわ」

「うん、おねがい……」

確かに、メンツとしてはかなり濃い感じはするし、霧子が絡んでいくには若干厳しいものがあるかもしれない。俺たちの友だちメンバーもけっこう濃いかもしれないが、あのアパートの住人たちはそれ以上だからな。年齢を経ている分だけ味が出ているというか煮詰まっているというか、かなり濃厚なキャラクターを持っているように思う。

まぁ、別に年齢を経た人間がすべからく濃いキャラクターを持っているわけではないとも思うので、ただあの人たちが濃いのだろう。そしてあの中に住んでいてそれなりに上手く馴染んでいけている俺も、負けじとキャラクターが濃いか、あるいは染まりきらないように立ち回っているだけか、どちらかだろう。

たぶん、俺のキャラクターがそこまで濃いとは思えないので、後者だろうが。

「あっ、幸久君、あのね、昨日メイちゃんからメールが来て、今日、旅行のためのお買い物にいこう、って」

「えっ? 旅行のための買い物? あぁ…、いいんじゃないか。俺も買いたいものあるし、行こう行こう」

「幸久君は、なにを買うつもりなの?」

「なにって、あれだよ。歯ブラシがちょっとボロくなってて、持ってくの恥ずかしいから新しいの買ったりするんだよ」

「にゅ、そうなの? もっと買うものないの?」

「え~? もっと買うものってなんだよ。女の子はいろいろ買うものあるかもしれないけど、俺は男だからそんなに買う物なんてないぞ。あと買うものなんて、あえて挙げれば、おかしくらいのもんだろ」

「そ、そうなのかな…、でもでも、メイちゃんのメールには、『いろいろ買うものがあるから』、って書いてあったよ?」

「えっ? そうなのか? ちょっと、そのメール見してみ」

「にゅ、はい」

俺がそう言うと、霧子は素直にそのポケットからケイタイを取り出し、俺の前にすっ、っと差し出したのだった。こうしてすんなりケイタイを出してくれているうちは、霧子に変な虫が付いているかどうかなんてことを心配する必要はないだろう。さすがに彼氏が出来たら、ケイタイを見せてくれはしないだろうからな、見せてくれるうちはそんなことは起こっていないと考えて間違いはないのだ。

っていうか、もし霧子が男に興味を示すようになって、もしその男が俺の眼鏡にかなって、もしそのまま彼氏彼女の関係になったりしたら、もうケイタイは見せてくれなくていい。もしも彼氏とのいちゃいちゃを見せつけられたりしたら、俺の精神がぼろぼろになって死ぬ。かわいいかわいい霧子が、俺の庇護の下から離れて男のものになってしまうというだけで耐えがたいというのに、それに加えてきゃっきゃうふふしているところを見せつけられたりしたら…、見せつけられたりしたら……! もぅ……!!

「ゆ、幸久君…、あたしのケイタイが……」

「ん? あぁ、ごめん、握りつぶそうとしてた……」

「にゅ、壊れちゃうから、気をつけてね?」

「悪い悪い、あんまよくないことを考えてたら、ちょっと力入りすぎちまった。まぁ、さすがに握力だけでケイタイ破壊するほど俺のパワーは埒外じゃねぇよ」

「でも、ちょっと前に変えたばっかりだから」

「平気平気、本気で液晶に全体重かけたりすればダメにすること出来るかもしれないけど、そんなことしないからさ。霧子の大事なもんダメにしたりしないって」

心配し過ぎだっつぅの、とか言いながらケイタイをぱかっ、と開き、メールフォームを起動する。受信メールのフォルダを選択し、昨日の夜に届いたというメイからのメールを探す。上から一つ一つ差出人の名前をチェックしながら下がっていく。

「メール、けっこう遅い時間になっても来てるな。もしかして朝起きられないのって夜にいつまでもメールしてるから、とかじゃないよな?」

「夜は、もう十時前には眠くなっちゃうから、遅くにきたメールは起きてから返すんだよ。寝るときはマナーモードにしちゃうから、メール来ても起きれないし」

「…、そうだろうな、うん。霧子がマナーモードのメール着信なんかで目ぇ覚ますんだったら、俺も毎朝こんなに苦労してない、って話だ」

もしそれが出来るんだとしたら、俺は毎朝家を出るちょっと前に霧子にメールを送るだけで、この毎朝の霧子を叩き起こす作業が終了するという奇跡が起こるのだ。そんなことが出来たら、…、出来たら…、寂しいから、出来なくていいわ。

霧子は俺がちゃんと毎朝起こしてやるんだから、別にケイタイの着信なんかで起きてくれなくていいのだ。

「なんか、メールいっぱい来てるなぁ。友だちいっぱいでうらやましい限りだね、と。しっかし、女の子ばっかりだな、メール来てるの。男から来てるのなんて、俺がなんとなく送ったメールくらい、ん? あれ?」

「にゅ? どうしたの、幸久君?」

「こ、これ…、送り主、男じゃね……?」

「にゅっ!? ほぇ…、ぅゅ、…、にゅ~、見ないで~!」

「わぁー霧子にー男の子からーメールがーきてるー」


4月23日 20:17

 送信主:瀬戸くん

 件名:『昨日は……』


そのメールを視界に収めた瞬間、明らかに声が、感情が、真っ平らになっていく。自分の声がかすかにふるえているのが、我がことながらよく分かってしまう。

霧子に男からメールが来ることくらい、そりゃ当然、ないことではないのだ。霧子だって、異性の友だちは俺しかつくらないという縛りの中で生活しているわけではないのだ。まぁ? 霧子のメールボックスの中に? 男からのメールくらい? あっても別に? 動揺したりしないですけど?

にゅぅ、とケイタイを取り返そうとしてくる霧子を左手一本で押さえこんで、俺は自分の反射神経の限界に近い速度でそのメールを開いた。


4月23日 20:17

 送信主:瀬戸くん

 件名:『昨日は……』

 本文:

昨日はありがとね♪

霧子ちゃんが手伝ってくれて

すっごく助かったよ! <(_ _)>

今度お礼させてね! (>_<)


「うわぁーなっかよしー俺こいつのこと知らねー。っつぅか顔文字ー多いーチャラいー」

「にゅ~、それは~」

「っていうか、霧子ちゃんとか、呼び方が気安いな。何だこいつ、何様だ。っていうか、お礼ってなんだっつぅの、霧子になに手伝わせたんだっつぅの」

「瀬戸くんはね、えっと」

「瀬戸くんはーどこの誰ちゃんだー霧子ーおにいちゃんにー隠しごとしちゃーダメだろー。そしてお礼って一体なんなのか、明確かつ明白な説明を要求します。今日は遅刻してもいい、遅刻するよりも重要なことが、今ここにあるんだから」

「瀬戸くんは、えと……」

「さ、さくっと言えないの!? ちょちょちょっ……、ま、待って、待って……。心構え、出来てないから! 急にそういうこと言われると、俺、卒倒しちゃうから!」

霧子が言い淀んだのが、その後に続く爆弾発言を予感させたので、俺はその直前に霧子の言葉を止める。ちょ、ちょっと待ってくれ、急に「彼氏が出来たのです」とか言われてみろ、死ぬぞ、俺。

深呼吸、深呼吸だ、俺。とりあえず心を平静に保つんだ。ダメージが飛んできても、少なくとも耐えることができるように、出来るだけ柔軟な心で待ちうけるんだ。

「よ、よし、俺が質問するから、霧子はそれにハイとイイエで応えるんだぞ? いいか? 正直に、ウソ吐いたりしないでな?」

「にゅん、わ、分かったよ」

「一つ目、瀬戸くんは男の子ですか?」

「ハイ」

「ふ、二つ目、瀬戸くんと知り合ったのは最近ですか?」

「ハイ」

「最近か…、二年になってから?」

「ハイ」

「その程度か。よし、三つ目、瀬戸くんは同級生ですか?」

「イイエ」

「じゃあ、後輩?」

「ハイ」

「なるほど、な……。一年生の、瀬戸くんね…、姐さんに聞いたらクラスが分かるか……? まぁ、今はそれはいいか。じゃあ四つ目な、瀬戸くんとは友だちですか?」

「…、イイエ」

「まだそこまでじゃない、ってことか。つまり瀬戸くんが一方的に馴れ馴れしい、と。ちっ…! クラス突きとめて追い込みかけるか……? ちょっと、一発シメといた方がいいかもな……。次、五つ目、瀬戸くんのことが、ウザいですか?」

「い、イイエ?」

「そっちも、そこまでじゃないのか。それじゃあ、少し様子見だな、その瀬戸くんの動向を。中学突きとめて、同じとこの出身のやつに、話聞いてみるか……。それじゃ最後な、六つ目、瀬戸くんのことを、俺に紹介できますか?」

「えと、ハイ」

「俺が見ただけでしばき倒したくなる感じではないのか。それなら俺が直々に調査してもだいじょぶってことだな。よし、そういうことなら、俺がこの目でその瀬戸くんとやらを見極めてやる」

霧子に友だちが増えることは、非常に好ましいことである。しかし、それは相手が女の子である場合に限られる。女の子の友だちが増えることに対して、俺はどうこういうつもりは毛頭ないのだが、しかし、男の友だち――特に俺の知らない男――が出来てしまうと、そいつが霧子の友だちになっても大丈夫なのか、ということへの明確な判断を下すことができないのである。

男は、霧子を狙う。それは霧子がかわいいから、ある種仕方のないことなのかもしれないが、しかしだからといって、霧子が変な男に狙われていいはずがないのだ。そういう輩から霧子を守ることも、晴子さんより託され、そして俺自身が課している俺の使命なのだ。

「瀬戸くんが霧子の友人としてふさわしくない場合は、悲しいことだが、二度と霧子に近づかないように『お約束』してもらうことになるだろうな。まぁ、いつものことだが。で、メイのメールは、どれだ? これか?」

「幸久君、いじわるだよ~……」

「意地悪じゃないよ。霧子のことが大事だから、守ってやらなきゃならないんだよ。変な奴に付きまとわれたら、霧子だってヤだろ?」

「それはそうだけど…、でもメール見ちゃうんだもん。恥ずかしいよ……」

「恥ずかしいのか、メール見られて……。あっ、これか、メイのメール」

俺にメールを見られて恥ずかしいということは、その瀬戸くんに対して、そこまで悪い印象は持っていない、というかむしろ好意的な感じの方が強いのだろう。霧子が異性を好意的に捉えるということは、それ自体としてかなり稀有なことである。若干ではあるが、霧子は男という存在を怖いものとして捉えている傾向があるから、それを乗り越えるだけの何かが、瀬戸くんにはあるのだろう。

その何かがなんなのか、俺は早急に見極めなくてはならない。それが何なのかによって、俺が下す瀬戸くんへの処分も大いに変わってくるだろうからな。

そして俺は、霧子を守るのは俺なんだ、という決意を新たにしながら、ようやく見つけ出した、メイから霧子に送られたという例のメールを開封するのだった。ちなみにメイのメールは、めっちゃかわいく、そして上手い。

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