パーティの、はじまり(3)
「いただきます」
いろいろつくった料理をすべて、広太の助力を得ながら机に運んで並べ終わってから、俺はようやくみんなの食事の席に加わるのだった。
そして俺が食卓に着くのに続いて、誰の視界も妨げないように、室内の陰になっているところで控えていた広太も食卓に着く。いつも、別に俺より先に食っていてもいいと言っているのに、自分の意に沿わないことに関しては、とことん相手の話を聞こうとしないやつである。
「ゆき、おそ~い」
「三木さん、お先にいただいております」
「三木くんも庄司くんも、早く座って食事を始めた方がいいわ。やよちゃんがどんどん食べちゃってるから、まだ流石になくなるってことはないけど、減ってきてるわよ」
「二階のおねえちゃん、食べるの早いですね~」
「ちょっと弥生さん、がっつくの止めてくださいよ。まだいろいろ、いっぱいあるんですから。っていうか、筑前煮のとり肉だけ拾って食べるの止めてください」
「そ、そんなことしてないよ~」
「めちゃくちゃ目が泳いでるんですけど、どうしてそんな見ればわかるようなことに対して嘘つくんですか。それはみんなで分け合って食べるようにつくってるんですから、あんまり勝手なことはしないでくださいよ。っていうか野菜食ってください、そのために今日は俺が晩飯つくったんですから」
「あんまりお母さんみたいなこと言わないでよ、ゆきってば。実家のこと思い出しちゃうじゃん」
「そういうことは、俺に何も言われないくらい生活をしっかりとさせてから言ってくださいよ。掃除をする、洗たくをする、料理をする。お酒を飲み過ぎない、肉とか油ものばっかり食べない、野菜をもっと食べる。常識ですよ、常識。人間として生きてるんだから、もっと人間らしい生活習慣をつくりあげてくださいよ。俺よりも年上なんですから、しっかりしてください、弥生さん」
「それじゃあ、ゆきとひろがおねえさんの面倒見てくれればいいじゃない。別にイヤじゃないでしょ?」
「いや、イヤですよ。どうしてそんなことを、俺がしなくちゃいけないんですか。それに俺たちがやったら弥生さん、絶対に自分じゃやらなくなるじゃないですか」
「まぁ、そうだけどね?」
「広太、弥生さんの代わりに家事とかもろもろやってやるんじゃねぇぞ。手伝うのは別にいいけど、全部やっちゃだめだからな」
「はい、承知しております。先日もお洗濯のお手伝いをさせていただきましたが、きちんと弥生様も動いてくださいましたので、幸久様のお言いつけに逆らうようなことはありませんでした」
「そうか、洗たくか。今度は部屋の掃除とかゴミ捨てとかもしてくださいね、弥生さん。少しずつでいいんで、あの部屋を人間の住む部屋にしていってください」
「ん~、がんばるよ~」
そんなに頑張る気のなさそうな返事を発して、弥生さんの視線は再び、俺たちの方から食卓の方へと戻ってしまったのだった。仕方ないな、できれば自分でやる習慣を持ってほしいんだが、しかしあんなとことで生活していたら具合が悪くなってしまうだろうし、今度片付けに行ってあげた方がいいのかもいれないな。
いや、こうして、けっきょく最終的に俺がやってしまうから弥生さんが自分でやろうという意識をいつまで経っても持たないのであって、俺が断固たる態度を取っていかないといけないのかもしれない。たとえば口は出すけど手は、なにがあっても絶対に出さないとか、そういう風に決めてしまった方がいいのだろうか。
「都さんは、六日ぶりの食事って言ってましたけど、いきなりこんなの食べても大丈夫でしたか? もっとお腹に優しい感じのをつくった方が良かったですか?」
「そういうことは、あんまり気にしなくていいわよ、三木くん。あたしも別に六日間飲まず食わずだったわけじゃないんだから、食べること自体に問題はないの。まぁ、食べてたって言ってもパンをそのまま食べるとか、カロリーメイトかじるとか、そういう簡単なことしかしてなかったから、実質食べてないのとそんなに変わらないのかもしれないけど」
「そんなものばっかり食べてると死んじゃいますよ、都さん。ちゃんと、しっかりしたものを時間を守って食べてください。それこそ店屋物とかでもいいんですから」
「店屋物はダメよ、あたし、あんまり脂っこいもの食べると具合悪くなっちゃうから。店屋物ってけっこうどれも油多めに使ってて、あんまり食べられないの。まぁ、どうしてもってなったら頼んじゃうんだけど」
「都さんも、自分で料理したらいいじゃないですか。弥生さんと違って、やる気がないわけじゃないんですし」
「あたしは、やる気はなくはないけど、どうしても時間がなくってね。つくり始めると、どうしても凝っちゃって、いくら時間があっても足りなくなっちゃうのよ。だから基本的には原稿中はかんたんな携帯食かすっきりしてる店屋物しか食べないのよ」
「そうだったんですか…、まぁ、何にしても、食事だけはちゃんとしてくださいね。いつか身体に無理が来て死んじゃいますからね」
「そのときは、きっと三木くんがご飯食べさせてくれるわよ。今日みたいに、ね」
「まぁ、そうなるかもしれないですけど…、でも、あんまりそういうのに頼りきりになるのはよくないと思うんですよね……」
「でも三木くんは困っている人は放っておけないキャラじゃない。今日もやよちゃんが困ってたからご飯つくってあげるって言っちゃったんでしょ?」
「…、まぁ、そうなんですけどね? でも、そうならないで済むように、自分でもちゃんとしてくださいよ」
「そうね、努力は、まぁ、するわ」
「ほんとにお願いしますからね、都さん」
でもまぁ、おそらく手を出さずにはいられないだろう。そもそも手を出さずにいられるなら、俺は今日も、わざわざ六人分も食事をつくったりしていないだろうし、いろいろなことを気にしないで平穏な生活を過ごすことが出来ているだろうことは明らかなのだ。
我ながら難儀な性格というか、面倒な道ばかりを選んで生きてしまう悪い癖というか、もはや直すことはできないであろう性質だ。自分ではどうすることもできない以上、仕方がないから、折り合いをつけてうまく付き合っていくしかないんだろうなぁ……。
「三木のおにいちゃん、これ、すっごいおいしいです。この、おとうふの、たまごがふわふわでおいしいです」
「煮奴、おいしい? 未来ちゃんの口に合うのが、一つでもあってよかったよ」
「はい、いろんなお味がしておいしいです」
「未来、偉そうなことをいうものではありません。出された料理は、なにも言わずに食べるものですよ。美味しかったと思うならば、ただそれだけを伝えるべきです」
「あっ、はいです。三木のおにいちゃん、ごめんなさいでした。えと、とってもおいしいです」
「いや、あの、そんな、気にしないでください。どういうところが気にいったかとか言ってもらった方が今後の参考にもなりますし、好みが分かった方が今度つくってあげるときの指標になりますから」
「そうですか? それは失礼しました、私は出した料理に意見を言われることが、それがいいものでも悪いものでも、あまり好きではないので、そう言ったのです。ですが三木さんはそうではないのですね」
「そう、ですね、はい。俺はそういう風に言われるのには慣れてるんで、ぜんぜん気にしないです」
というか、俺にとってみれば、料理をつくるということはすなわち評価されるということであり、それは完全に直結しているというか、一セットのものなのである。もちろん批判、もとい評価してくれるのは常に師匠の晴子さんであり、どこがどう悪いか、ということを作業工程や食材選定の段階から明確に示してくれるので、俺はそれを道しるべにして次の料理をつくるときに様々な改善を行なっていくのだ。
というか、むしろいろいろ言ってもらった方が熱心に食べてもらった感じがするし、俺としてはうれしいのだ。口を出されたくない、という、自分の料理に深いこだわりを持っているであろう歌子さんの考え方も分からなくはない。しかし俺はそれよりも、自分は人からもらった言葉によって技術を向上させてきたわけだし、その成長させてもらっている、という姿勢を持ち続けていきたいのである。
「むしろ、よくないところがあったり、口に合わないところがあったりしたらどんどん言ってほしいです。いろいろ好みがあるでしょうし、教えてもらえば次からは出来るだけそれに合わせるようにしますので」
「三木さんはきっと、とても心が広いのでしょうね。私は狭量で、お料理に関して他の人の意見を聞くことはあまり出来ません。自分のつくったものは自分のつくったもので、こだわりを持ってつくっていますから、口に合わないなら食べてもらわなくて構いませんし、好意的なことを言われたとしても、知った風な口をきかれてしまうと胸が悪くなります」
「歌子さんは、すごく料理にこだわりがあるんですね」
まぁ、俺にとっては、料理を食べてもらうときはなにか言ってもらわないと不安になってくるほどだから、歌子さんとは真逆と言っていいかもしれない。晴子さんに料理を食べてもらったとき、もしも何も言わずに晴子さんが部屋に戻ってしまったとしたら、それは俺の料理がヤバかったということに他ならず、なにがヤバかったかは自分で考えろ分からないなら死ね、ということを意味しているのである。
つまり、なにも言われないということは、もはやそれが食べるに値しないものであると烙印を押されたも同然なのだ。もう、俺からしてみれば、それは冷や汗が止まらないレベルの危機なのである。
「ですが、三木さんのお料理は本当に美味しいです。私にとっても、とても勉強になります」
「いえ、俺なんてまだまだです。勉強中の身ですから」
「それならば、よほど教えている人がいいのと、三木さんの飲み込みがいいのでしょう。私もいっしょにお勉強させていただきたいほどです」
「近くに住んでいる人ですし、今度会いに行ってみますか? きっといろいろ教えてくれますよ」
「そうですか? それではまた今度、都合が合ったときにでもお供させてもらってもよろしいですか?」
「えぇ、ぜひ」
基本的におっとりしていてやさしい歌子さんであるが、しかし様々なところに関してピンポイントに深い、独特なこだわりをもっているので、それについてだけはかなり厳しいのである。たとえば今もしていた料理についてとか、未来ちゃんのしつけについてとか、やっている内職についてとか、まぁ、いろいろだ。
「…、うん、まぁ、今日もそこそこ上手く出来たな。全体的に塩気が濃い気がするから、次回は少し気をつけないとな……」
「そんなことないよ、ゆき、味はちょうどいいよ~」
「酔ってる弥生さんの意見なんて、ぜんぜん参考になりませんよ。っていうか、野菜、食べてくださいってば。肉ばっかり拾って食うのは止めてください」
「そんなことないよ、今は焼き魚食べてるよ」
「あっ、ほんとですね、勘違いしました。…、いや、野菜食べてくださいってば」
「野菜なんて食べないでだいじょぶだってば~。ビタミンなんて身体の中でつくりだせるもん」
「ビタミンは体内では生成できませんからね、人間辞めないでください、弥生さん。肉だけ食ってビタミンまで取ろうなんて、肉食動物の考え方ですよ」
「じゃあ、ライオンになるよ、おねえさんは」
「はいはい、ライオンライオン。怖い~」
「あ~、ゆきがあたしのお皿に野菜ばっかり乗せる~」
「おいしいですから、食べてください」
「お母さんと同じこと言うし……」
「お母さんでも何でもいいですから、食べてください、弥生さん。肉ばっかりだと太っちゃいますよ」
「う~、ゆきが言ってはならぬことを~……。おねえさんはあんまり太らない体質だから平気なんだもん」
「体重計持ってきてほしいんですか? それがイヤだったら野菜です、はい、どうぞ」
「う~、いただきます~……」
「ったく、野菜炒めは喜んで食べるのに、それ以外の野菜をこれだけ嫌がるって、どういうことなんですか。子どもじゃないんですから、好き嫌いはやめてくださいよ。ったく、未来ちゃんをのことを見習ってください」
「みくちゃんは、野菜いっぱい食べて偉いねぇ。まぁ、おねえさんは、子どもでいいや」
「なんでそこで妥協するんですか! しっかりしてください! 弥生さん!!」
「だって、野菜嫌いだもん」
「だもん、じゃありませんよ! そうだとしても、弥生さんはちゃんと野菜食べるんですよ! 子どもじゃダメなんです、弥生さんは!」
「じゃあ、野菜食べるから、ゆきがちゅぅして?」
「それはダメです。でも野菜食べてください。その皿の上が空になるまで次の料理は取っちゃダメですから」
「え~、いじわる~」
俺は、料理の味の確認をしつつ、弥生さんの皿に野菜をどんどん盛りつけていく。野菜を食べられない人に無理やり食べさせる気はないが、しかし食べられるのに食べない人にはどんどん食べさせなくてはいけない。大人として、アレルギー以外の理由で好き嫌いをすることは許されないのである。
そしてパーティというにはやや地味な食事会は、にぎやかに進んでいくのだった。とりあえず、弥生さんと都さんにご飯を食べさせてあげるという当初の目的は達成されているように思うし、こういう食卓も、たまには悪くないだろう。