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Prism Hearts  作者: 霧原真
第五章
66/222

パーティの、はじまり(2)

「広太、お前、酒飲んでるのか?」

四人連れで部屋に戻ってから、弥生さんと都さんは宴会の続きをすぐにダイニングテーブルで始めてしまったが、俺は広太を連れてキッチンに離脱し、事の顛末について問い詰めていた。

「幸久様、問題ありません。言うほどの量を飲んでいるわけでもありませんし、幸久様がご不便被るようなことはないように、いつもどおりになんでも言いつけてくださってかまいません。あくまでもお付き合い程度にいただいただけに過ぎませんので」

「いや、そういうことを言ってるんじゃなくて、大丈夫かって聞いてるんだよ。酒飲んだら気分悪くなったりするんだろ? 俺は一口で意識が飛ぶからよく分からないけど、今はちょっと気分が良くても、でもあとできつくなるもんなんだよな? それなら少し休んでた方がいいんじゃないのか? ほら、弥生さんたちの相手してろって言ったのは俺なんだしさ、俺のことは気にしないで休んでろって」

「いえ、そういうわけにも参りません。たとえお酒をいただいたとしても、だからといってそれを理由に幸久様にご不便をかけることは許されないのです。私のことこそお気になさらず、何なりと言いつけてくださいませ。私は少しくらいのアルコール摂取で動作に問題が出るような造りにはなっていませので」

「造りになっているって…、そういう言い方、止めろって前から言ってるだろ。お前は物じゃないんだから、その物言いはおかしいんだぞ。自分のことは大事にしろって、ずっと言ってることだ。俺の言うことなんでも聞くって言うんなら、そういうこともちゃんと聞けよ。お前は俺の専属執事ってことになってるかもしれないけど、それ以前に俺の弟で、友だちで、家族なんだからな」

「はっ、申し訳ございません、幸久様。ですが、しかし、幸久様が私を心安く思ってくださるのは光栄ではあるのですが、しかしそれでは私は執事として不適格になってしまいます。私を友と思ってくださるその御心はありがたく頂戴しますが、しかしそれと同時に執事としても見てくださらなければ、けじめというものがつきません。執事は、あくまでも家具なのですから」

「またそういうことを……!! そういう発想そのものが俺はイヤだって言ってるんだよ。もぅ…、言っても言っても分からないやつだな、お前は……」

「申し訳ございません、幸久様。しかし私はあくまでも執事であり、幸久様は主なのです。その一線は固持されるべきであり、失礼を承知で申し上げますが、幸久様には主としての自覚がやや欠けているように思います。もちろん、それはメイド長の言を借りたものですが、的を射たものであると私には思われます。幸久様は、三木のご当主様なのです。それを鑑みればこそ、メイド長もそのようなことを申し上げているのではないでしょうか」

「そ、そんなこと言われてもな…、それよりも、もう庄司の人が三木に仕えるのを止めるっていうのはどうだ? そうした方が俺は主の自覚とかいろいろ気にしなくてよくなるし、庄司のみんなも自由に三木の名前に縛られないで自由に生きていけるし、建設的っていうか、あれだ、八方丸く収まるんじゃないのか?」

「僭越ながら、庄司は古くの盟約により三木のお家にお仕えさせていただいております。それゆえに、庄司から三木のお家を捨てることはありえぬことです。また、我々もまた、幸久様に生涯仕えると誓いを立てた故、命尽き果てるまでお傍にお仕えさせていただきます。しかしあるいは、幸久様が三木家当主として庄司との盟約を放棄なさるというのでしたら、我々にはそれを停める術はございません。その新たな命、伏して拝するのみとさせていただきます」

「…、嘘だな。伏して拝するとか言ってるけど、俺がけっきょくはそんなことしないって分かってるから言ってるだけだし、もし言ったとしてもなんだかんだいろいろ理由をつけて俺に仕え続けるに決まってる。ちくしょう…、三木とか庄司とか、よくわかんねぇ……。なにが庄司の人を、そんなに突き動かしてるんだよ……」

「すべて、幸久様の仁の御心故でございます。我々は、その御心につけこんでご厄介をおかけしているだけなのですから、幸久様はなにも御心を痛める必要はないのです。堂々と、三木家のご当主として、悠々と生きておられれば、それだけでいいのです」

「はっ! なにが仁の心だ。何も決断できないヘタレ心の間違いだろ。っていうか、厄介かけてるのは俺の方だっつぅの……。あぁ~、もう~、止め止め、ダメだ、意味ない。この議論、絶対何も生まない不毛の大地だぜ。今までにこんな感じの話を何度したかわかんねぇけど、一度たりともまともな解決策出たことないし、今回も絶対途中で俺が投げる、っていうか今投げたし」

「それでは、パーティを始めることにしましょうか。つい先ほど未来様と歌子さまもいらっしゃったようですし、時間としても頃合いかと思われます」

「そう、だな。よし、そうと決まればさっさと始めるか。広太、この辺にある料理、一回あっため直したらテーブルに運んでくれ。フライパンでやれるやつは俺がやるから、レンジでやるやつはお前がやってくれ」

「はっ、了解しました、幸久様。それでは私は、まずは皆様を席にご案内してまいります」

「おぉ、そうしてくれ、頼んだ」

「はい、仰せのままに」

「あ~! 三木のおにいちゃん、お台所にいたんですね! おねえちゃんたちがごはんはまだ~、って言ってるですよ!」

そしてそのとき、話に熱中していて気づいていなかったのだが、いつの間にか部屋に戻ってきていたらしい未来ちゃんが、ぱたぱたと足音を響かせながらキッチンへと駆けこんできた。歌子さんを呼びに行くという役を見事果たしての帰還だろうことは、その表情を見ていればなんとなく察することができた。

「あぁ、未来ちゃん、おかえり。戻ってたんだね」

「はいです。さっきもどってきたです。おかあさんもちゃんとつれてきたですよ」

「こんにちは、三木さん、お邪魔しています。一つ伺いたいのですが、持ってきた肉じゃがは、どちらに置いたらいいでしょうか? 出来たばかりですので、温め直す必要はないのですが」

「いらっしゃいませ、歌子さん。肉じゃがはダイニングテーブルに置いてもらってもいいですか? すぐに他の料理もそっちに運んじゃいますんで」

「歌子様、本日は幸久様が主賓として皆様をおもてなしいたしますので、どうぞお席についてごゆっくりなさってくださいませ。さぁ、ご案内します、こちらへ」

「それでは、今日のところは御言葉に甘えさせていただきましょう。未来、行きますよ」

「はいです、おかあさん」

「…、さて、軽くあっため直すか」

すでに洗って拭いてを済ませ、所定の位置に吊るしてあったフライパンを手にとって、俺はフライパンで温め直せるものを選りすぐって順番に火を通し直していった。本当はこういうことはあまりやらない方がいいのだろうが、しかしやっているうちに品数が多くなってしまったので最初の方につくったものは、少しではあるが、冷たくなってしまっているのだ。

少し冷めていても美味しいものはあるけど、でもやっぱり基本的にはあったかい方が美味いからな。いかに隣人たちとはいえ人様にお出しする料理だ、出来るだけの手間はかけて、最高の出来のものを提供しなくては晴子さんの弟子としての面子にかかわるというものだ。というかそれは、誰も知らないから別に何の問題もないのかもしれないが、師匠である晴子さん顔に泥を塗ることにもなりかねない行為だ、気をつけなくては。

「これはレンジでいいな。焼き魚はやったばっかりだから平気だし…、これはフライパンで軽く回せばいい。よしよし、ちゃんと美味しくなってから食われるんだぞ」

俺がキッチンにこもって料理の最終段階をこなしていると、ダイニングの方からは広太が四人をもてなしているのか、楽しそうな会話がかすかに漏れ聞こえてくる。そもそも俺はマジで集中していると周りの音が聞こえなくなる性質だから、けっこう盛り上がっているのかもしれないが、それを明確に把握することはできないのだが。

少なくとも、弥生さんが愉快そうに笑っていることと、未来ちゃんがコロコロと声をあげていることと、広太が人数分のグラスを出していることは分かる。

俺としては、ただ、弥生さんが未来ちゃんに酒を飲ませていないかだけが心配である。まぁ、その辺は広太がうまくコントロールしているだろうし、問題はないだろうが。というか、そんなことは歌子さんがさせないだろうし、心配するほどのことでもないのかもしれない。

しかし弥生さんは自由な人なので、それらすべてを無視して蛮行に及ぶことがなくはないので、どれだけ心配してもしすぎということはないのである。もしもバカなことをしようとしていたら遠慮呵責なく一撃をたたき込み、何としてもそれを阻止するようにしなくてはならない。

「広太は、ちょっとまだ離れられそうにないか…、まぁいいや、俺が持ってけばいいだけだしな。そうとなったら、お盆お盆っと……」

広太は器用に、それこそファミレスのウエイターかなにかのように、腕まで使って料理の盛りつけられた皿を運ぶのだが、さすがに俺はそんなことはできないので、無難にお盆を出してくるのだが。っていうか、そんなことに徒にチャレンジして、もしも失敗などしてしまったら目も当てられないではないか。無難に晴子さんに、料理を無駄にした刑で抹殺されてしまう。

そういえば、広太はあぁいうことをどこで習得しているのだろうか。唯一学べそうなファミレスのバイトとかはしたことないはずだし、そもそも俺たちは庄司の家に住んでいるときから外食を滅多にしないから直接見たこともほとんどないはずだし。もしかしておじさんとかおばさんとかに仕込まれたのだろうか…、分からん……。

「お待たせしました。広太、俺は順次キッチンから持ってくるから、みんなに配膳してくれ。基本的にはどの料理も大皿で出すから、小皿によそってあげてくれ」

「はい、了解いたしました」

「都ちん、ご飯だって、ご飯。できたって」

「そうらしいわね。三木くんの料理はどれもおいしいから、外れがなくて安心して食べられるところがいいわ。店屋物って、たまに外れがあるじゃない、このメニューだけどうしてか口に合わない、とか」

「三木さんのお料理は、とても家庭的な味付けがされていますから。食べていると、なんだかホッとしてきますね」

「未来は、おにいちゃんのお料理すきです。お味がおかあさんのお料理ににてるから、すっごくおいしいです」

「幸久様のお料理の飾らない味付けは、皆様に好かれるものですので。幸久様のお人柄が、よく出た結果でしょう」

「俺のことなんて褒めてないでいいから、さっさと全員分配膳しちゃってくれ。せっかく好評の料理も、冷めたらおいしくないからな。あっ、そうだ、みんな茶碗持ってきましたよね。よそってきますからください」

「こちらに、すでに集めておきました。どうぞ、幸久様、お持ちください」

「おぉ、さんきゅ。じゃあ、こっちは頼んだからな、広太」

「はい、了解いたしました、幸久様。終わり次第、キッチンのお手伝いに回らせていただきます」

「あぁ、そうしてくれ」

お盆に満載に乗せた料理の皿たちをテーブルに置いて、俺はキッチンにとんぼ返りを果たす。ご飯もみそ汁もよそわないといけないし、あっためる作業もまだ終わり切っていないし、俺にはやることがまだいくつも残っているのだ。

とりあえず、全員分の茶碗も回収してきたわけだし、ご飯からよそってしまうとするか。これさえ持って行ってしまえば、すでに出したいくつかの料理をおかずに食事を始めていてもらえるだろうし、お客さんを待たせないという意味でも時間を稼ぐという意味でも、どちらにしてもそれが一番の上策のように思えた。

ちょうどさっき、広太が昼のうちにセットしておいてくれたタイマー(昼飯で冷やご飯をチンして食べ、釜を洗って米をといで晩飯のためにタイマーをセットするのは広太の数少ない料理関係の仕事)で炊けた飯と対面するために炊飯器を開く。ふわり、と立ち上る炊きたての白米の匂いは、日本人という人種を幸せな気分にしてくれる、もっとも簡単に発生させられる香りの一つだと思う。

この匂いが好きで料理をしているというわけでは決してないが、しかし、それは俺が好きな匂いの中でもかなりの上位に食い込むものだった。ちなみに一番好きな匂いは、…、なんだろうか。どういうものが好き、と漠然と述べることは比較的簡単なような気がするが、しかし一番を決めるとなると、それは難しい作業のように思う。

他を切り捨てて一つだけ取る、というのが一番を決定する作業である以上、取捨選択と決断がそこには必ず付きまとうわけであり、そしてそれは俺の一番苦手な作業なのだった。

だから、俺は優柔不断のヘタレだというのだ。

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