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Prism Hearts  作者: 霧原真
第五章
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パーティの、はじまり(1)

「っし、これで、だいじょぶだろ。完成だ」

一番最後に、大きな椀に盛った筑前煮の上に軽く湯がいたさやえんどうを飾って、パーティ用の六人前の料理たちは無事に完成したのだった。

歌子さんがつくってきてくれるのが肉じゃがということで、それとあわせるように全体を和食中心にまとめてしまったので、パーティというにはやや色彩や派手さを欠いたものになってしまっているかもしれないが、そもそものところ今回の会食の目的は、まともに飯を食っているように見えない弥生さんと都さんにちゃんとしたバランスのご飯を食べさせてあげるところにあるので、あるいはこれで正解なのかもしれないが。やはり和食は野菜を多く使えるから、栄養とか味とか、食事のバランスとしては抜群だと思う。

「三木のおにいちゃん、ごはんできたですか?」

「うん、出来たよ。未来ちゃんもテーブル、ちゃんとセットできた?」

「はいです。ちゃんとできました!」

「おぉ、ほんとだ。キレイに出来てる。すごいね」

「えへ~、それほどでも、ないです!」

使った食器とか調理器具とかを手早く洗いながらリビングを覗き込んでみると、ダイニングテーブルはいつでも食事が始められるように仕度が整えられただけでなく、どこから持ってきたのか、その中央にはかわいらしい一輪刺しが飾られていた。刺さっているのは、よく見たら歌子さんの内職のバラの造花らしい。おそらくきっと、俺が料理をして目を離しているすきに自宅に戻り、それを取ってきてくれたのだろう。

うちには、基本的にそういう、華やかなものを飾ったりしようという感性を持った人間がいないので、花を飾ったりはしないのだ。だからもう、そこにそれが飾られているというだけで軽く違和感を覚えてしまうのだが、だがしかし、意外とそういうのも悪くないかもしれない、と思う俺もいるのだった。

決して自分でやろうとは思わないが、しかし飾られているそれにまで無関心を貫くほど俺の感性は死んでいないわけで。

「花を飾ってくれたんだね、ありがと。花が一輪置かれてるだけでも、けっこう印象は変わるもんだな。なんか、うちのテーブルじゃないみたいだ」

「このお花は、おかあさんのお花をこっそり借りてきました。内職のお仕事でつくったものですから、勝手に使ったら怒られちゃうかもしれませんけど、でもこうした方がきれいです。おにいちゃんも、そう思うですよね? ね?」

「そう、だね。うん、やっぱり花があると雰囲気が華やぐよ。これを見たら、きっと歌子さんも未来ちゃんのこと怒ったりしないよ」

未来ちゃんの軽く上向きの視線は、まるで俺に語りかけるようだった。その訴えは切々と俺の心に届き、響いてくる。

分かる、分かるよ。未来ちゃんはせっかく任された仕事を何とか立派にやり遂げようとしてくれたんだよね。後藤家の主財源である歌子さんの内職の造花――勝手に持ってきてしまったら間違いなく歌子さんに怒られるであろうそれを、こっそり取ってきてくれるほどにがんばってくれたんだ。

勝手にこっそり持ってきちゃったのはあんまりよくないかもしれないけど、でも、それは未来ちゃんが持っている、自分に任された仕事に対する意気込みというか、それだけやる気を持って俺のお願いに応えてくれた、ということなのだ。それならば俺は、未来ちゃんにその仕事を頼んだ張本人として、なんとしてもそのケツを持ってやらなくてはならないのだ。

大丈夫だ、俺は最初から未来ちゃんがどんなことをしてもその責任を全てかぶさるつもりだったんだ。そもそもテーブルセッティングがまったくもってうまくいかず、(未来ちゃんにしてみれば失礼なことかもしれないが)パーティの開催時間の延長をすることになったときどう責任を取るか、ということまでいちおうは考えていたのだ。造花一本分くらいの責任、軽く取ってみせるというものだ。

「だいじょぶだよ、安心して。もし怒られるようなことがあったら、俺がどうしてもってお願いしたことにしていいから。未来ちゃんは良かれと思ってやってくれたんだから、未来ちゃんが怒られることは絶対にないから」

「ほんと、ですか? 未来、おかあさんに怒られないですか?」

「ほんとだよ、怒られるときは、俺が代わりに怒られてあげるから。そうなったらまたお花つくる内職、いっしょにやろうね」

「はいです。未来、がんばってお花つくるです!」

「よ~し、じゃあ、未来ちゃんは歌子さん呼んできてくれるかな? きっともうつくり終わって時間が来るまで待機してる頃だろうからさ」

「わかったです。もうパーティの始まるお時間になっちゃうですからね! それじゃあおにいちゃん、未来、おかあさんを呼びに行ってきます!」

「は~い、行ってらっしゃ~い」

そして未来ちゃんは、どこで覚えたのかビッ、と俺に向かって大きく敬礼をすると、タッタッタと足音を響かせながら玄関に向かい、置いてあったサンダルをつっかけてパタパタと部屋を出ていったのだった。なんというか、引っ越してきたばかりのころは(後藤さん家はうちよりも少し遅れて入居したので、このアパートでは、ほんの少しでしかないがうちの方が先輩なのである)、けっこう人見知りしている感じだったのだが、今やこんなに懐いてくれて、うれしい限りである。

やはり、小さい子に懐かれるというのは、同年代と仲良くなるのとは違う喜び、みたいのがあるよなぁ……。いや、別にロリコンとかじゃない。ただ、こう、おにいちゃんとしてだな、妹が増えたみたいでうれしいというか、なんというか、アレだ。

「さて、俺も弥生さんたちを呼びに行くか。っていうか、広太はあんな人たちの中にいて平気なんだろうか……。まさか潰されてたり、しないよな……?」

実際問題、俺が料理を始めてから、つまり広太が弥生さんと都さんを連れて隣に部屋に行ってしまってからすでに一時間以上が経過しているわけだし、ある程度以上ダメになってしまっていることは覚悟しているのだが。…、いや、ダメになっている広太っていうのも、ちょっと見てみたいかもしれない。広太はいつも完璧で、俺の前でダメになってしまうことなんて今まで一度としてなかったからな。

広太がダメになってしまうこと、つまり俺の前で無様を晒すことはあってはならないと、おじさんとおばさんによってきつく、それこそほんの小さなときから言いつけられているとはいえ、しかし酒によって潰されてしまうのは不可抗力というものだろう。そうだな、俺の前では寝姿すら晒さない広太が、ダメになってしまっている様というのは、素直に見てみたいと思う。

「広太、寝てたりするのか……? それとも酔いつぶれてぐったりしてたりして……。おぉ…、見るの久しぶりすぎるだろ、広太が俺の前で横になってる姿とか」

広太は俺より早く寝ないし、俺より遅く起きないし、風邪もひかないし、だらだらもごろごろもしないしで、俺の前では決して横になったりしないのだ。それこそ、俺の前で横になってしまうことが法によって禁じられているとでも言わんとするかのように、だ。

久々に広太が横になっている姿を見れるとなると、なんだかやけにドキドキしてきたんだが……。別に広太が横になっているからって、ドキドキすることはないのかもしれないけど、でも久しぶりにそんなものを見ることができると思ったら、なんだかツチノコを見せてやるとか言われたみたいに、変に楽しくなってきてしまった。

「よし、いっちょ見に行ってみるか。ついでに弥生さんたちも呼んでこよう」

洗っていた雪平鍋を洗いかごに伏せて置き、俺はタオルで手を拭ってから腰に巻くタイプのシックなデザインのエプロン(おととしの誕生日プレゼントとして広太が手縫いで作ってくれた。店で売ってるような出来栄え)を外し、俺自身の戦場をあとにしたのだった。

六人分の食事をつくるという一仕事をやり遂げた今、俺はそこはかとない達成感と、何かよく分からない開放感のようなものに全身を包まれていた。そして俺はいい気分で軽く伸びをすると、未来ちゃんが走り去っていたのと同じ道のりを、ゆっくりと歩きながら進むのだった。

「あっ、サンダルは未来ちゃんがつっかけていっちゃったのか。もう一足つっかけを出すのもめんどいし、まぁ、別にくつ履いてけばいいか」

フンフフンと鼻歌なんて歌いながら、俺は軽い足取りで隣の部屋へと向かう。隣ではおそらく、なんだかよく分からないうちに弥生さんに酒を飲まされてぐったりしている広太と、それから楽しそうにギャアギャアと酒盛りをしている弥生さんと都さんの姿がある、という光景はほぼ確かな確信として俺の心の中に浮かんでいた。

おじさんが言っていたことによれば、広太は俺よりも少しは飲めるということらしいのだが、しかしだからといって弥生さんに付き合うことができるほどではないだろう。倒れている姿を楽しみにするなんて、広太には悪いかもしれないのだが、しかしそれは、こいつが可愛げもなく完璧でいつづけるからであって、ある意味では自業自得のようなものだ。少しくらいは俺の前で弱っているところを見せていればこんな風に俺が不謹慎なワクワクを感じることもないのだから。

…、いや、それは、さすがに少し暴論が過ぎるか。広太は誠実に俺に仕えてくれているだけなんだし、それを不用意に貶めるようなことは言うべきではないな。

「弥生さ~ん、迎えに来ましたよ~」

ピンポ~ン、とベルを鳴らすも反応なく、ドンドンッ! とドアを叩いても反応はない。仕方がないのでいつものようにドアノブをひねると、案の定ガチャリとドアが開いた。カギをかけろと何度も何度も言っているというのに、まったく学習する気がないに違いない。

あるいは、料理ができ次第俺が迎えに来ると分かっている広太が、気をきかせてわざわざ開けておいたのかもしれない。そんな気は使わなくていいから、なんとか弥生さんに扉のカギをかけることの大切さを説き、出掛けるときも帰ってきたときもカギはかけます、と誓わせてくれた方が、俺としてはうれしいのだが。

いや、広太がいかに完璧な男であるとはいえ、しかしどうしても出来ないこともあるよな。それとも、そんなことを解く間もなく潰されてしまったのだろうか? もしそうだとすると、さすがに少しだけ心配になってくるのだが……。だってそうだろう、少しずつ飲んで潰されるのと、一気に大量に飲んで潰されるのでは、そこにある問題の意味が根本的に異なってくるではないか。

「きゅ…、救急車呼ぶ場面とかじゃ…、ないよな……? 別に呼ばなくても、いいよな……?」

俺は扉を開いてから、弥生さ~ん? と声をかけながら部屋の中に入っていく。相変わらず掃除が行き届いていないというか、酒くさいというか、換気があまりされていないから空気が淀んでいるというか、絶望的な住環境である。きれいに使っている俺たちの生活空間から壁一枚隔てただけの隣がこんなありさまというのは、にわかに信じられないが、しかし真実である。

そして、なにを言っているのか分からないが奥から聞こえてくる大きな声の中に広太の声は聞こえてこない。もしかしたら本当に潰されているのだろうか? おぉ…、本当に広太が横になってる姿がみれるのか? っていうか、俺は本当にそんなことを悠長に楽しみにしていていいのだろうか。

「今度また掃除しないとダメだな…、でも掃除するとそこかしこからエロ本とか出てきてヤなんだよなぁ……。弥生さんに、自分で掃除するようにちゃんとさせないとダメだな、やっぱり」

しかしキッチンだけは、俺がしばしば使うのでそれなりにきれいに整頓されている。食材のあまり入っていない冷蔵庫から取り出された酒の缶と瓶(空である)がきちんとキッチンに片付けられているあたり、広太がこの場にいること、あるいはいたことを明らかにしている。果たして広太は無事でいるのだろうか。そして、そんなことを楽しみしている場合なのだろうか。

「広太~?」

「はい、どうなさいましたか、幸久様?」

リビングに入って、真っ先に俺に気付いたのは、上座に座って俺のことが一番よく見える位置にいる弥生さんではなく下座に座っていて一番見えないはずの広太だった。酒を飲まされても職務からブレないあたり、立派な奴だと思う。

「あれ? 弥生さんに酒飲まされてないの?」

「いえ、少しではありますが、弥生様がどうしてもとお勧めしてくださるので、お酒をいただきました。ですが幸久様のお役に立つことは出来るのではないか、と思っております。何らか問題がありましたら、気やすく言いつけてくださいませ」

「いや、飯ができたから呼びに来たんだけど…、っていうか、お前、平気なのか……?」

「? 何がでしょうか?」

「いや、だから、酒。飲まされたんだろ?」

「はい、ほんの少しですが。ですが問題はありません」

「ゆき~、ひろはね~、めっちゃ酒に強いんだよ? 知らなかったの~? 飲んでも全然酔わないんだよ~」

「違うわ、やよちゃん。庄司くんは酔わないんじゃないの。酔ってるんだけど、でもブレないのよ。酔っていてもいつもどおりに完璧に仕事をこなすなんて、素晴らしいことじゃない」

「都ちん、グラス持つ手が震えてるよ~。そろそろ限界なんじゃないの~?」

「まだまだ平気よ。あたしも強いんだから。まぁ、あたしはこんなに酔ってない風に見えても、いつも完璧にスパッと記憶がなくなっちゃうんだけどね。お酒を飲んだっている記憶しか残らないんだから、困るわよね」

「ゆきは、弱いんだよね~。かわいいね~」

「そうね、お酒弱い人には、どうしてもお酒を飲ませたくなってくるわよね」

「やめてください、アルハラですよ」

「ゆき、難しい言葉を知ってるね」

「俺は絶対飲みませんから。とりあえず、飯できたんで、うちに来てください。広太、問題ないんだったら二人をうちの部屋まで連れてきてくれ」

「はっ、承知しました。弥生様、都様、参りましょう」

「う~ぃ」

「えぇ、分かったわ」

そうして、俺は広太以下三名を引き連れて隣の我が家へととんぼ返りするのだった。しかし、広太が酒に強いとはおじさんに聞いていたが、まさかこんなに強かったなんてな……。

ちっ…、酒も広太の弱点にはならなかったってことか……。まったく、広太の弱点はいったいどこなんだ……。

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