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Prism Hearts  作者: 霧原真
第五章
63/222

ドッキリ 大 成 功 ☆

「ただいま。弥生さん、ちゃんと留守番しててくれましたか~?」

「幸久様、お荷物をお持ちします。私が冷蔵庫にしまっておきますので」

「あぁ、頼んだ。って、あれ…、弥生さん、どうしたんですか~!」

駐輪料金を払うことなく商店街を出てから十数分後、つつがなく買い物を終えた俺たちは、無事に自分たちの部屋へと帰宅を果たしたのだった。両手は荷物でふさがっているが、なんとか扉を開けると弥生さんに呼びかけながら我が家へと一歩を踏み入れる。

後ろには俺と同様に両手に荷物を提げている広太がいて、またその隣には両手で荷物を提げている未来ちゃんの姿があった。未来ちゃんの提げている袋は商店街で持っていたのと同じものだが、広太がその中身をいくらか別の袋に移し替えていたので、未来ちゃんがそれを一生けんめい持っている感じは、さっきよりもずいぶんと薄らいでいるように見えた。

「三木のおにいちゃん、二階のおねえちゃんは、もうおにいちゃんの部屋にいるですか?」

「うん、いる、はずなんだけど…、おかしいな。やけに静かだ……。いつもは一人でいてもうるさすぎるくらいなのに」

「二階のおねえちゃんも一階のおねえちゃんも、いっつもにぎやかさんなのに、変ですね」

「あっ、そういえば都さんも静かだな。もしかして寝ちゃったのか? そうなると起こさないいけないんだけど…、ま、いっか。飯ができてから起こしたって別にかまわないだろうし……」

「幸久様、弥生様も、もしかしたらご自分の部屋に帰って寝てしまわれたのかもしれません。後で起こしに行ってさしあげれば問題ないでしょうし、今はお料理をつくられた方がよろしいのではないでしょうか?」

「ん~、そう、だな。まぁ、弥生さんもたいがい気まぐれだし、別にきちんと留守番してくれてることも期待してたわけじゃないから、いいんだけどさ」

しかし、別に留守番しててくれなくて良かったから、せめてうちから去るときはドアのカギを閉めてほしかった。こんな金のなさそうなボロアパートにわざわざ入る泥棒もいないだろうけど、やはりそういうことはきっちりしてほしいのである。

防犯上のことも当然あるのだが、それ以上にそういう基本的なところからきっちり締めてしていないと、生活にメリハリというものが生まれないだろう。弥生さんには、いちおう鍵の隠し場所を教えておいてあるんだから、こういうときにこそそれを使ってもらわなくては困るのだ。

「弥生さんは自分の部屋のカギもちゃんと閉めなかったりするからな、人の家のカギをちゃんと閉めろっていうのも無理な話かもしれないけど」

「弥生様には、私からそれとなくお話しさせていただきますので、今はいいことにしましょう。それよりもパーティのための準備を進めなくては、始まりの時間になってしまいます」

「あぁ、分かってるって。さて、料理料理っと。いろいろ買ってきたし、いっぱいつくるぞ」

「未来は庄司のおにいちゃんのお手伝いをするです! よろしくおねがいします!」

「はい、こちらこそ、よろしくお願いします、未来様。いっしょにきれいにテーブルのセッティングをしていきましょう」

「はい、わかったです!」

「とりあえず、俺はもうちょっと軽い服に着替えるか。時間はまだけっこうあるし、思ったよりも余裕あったな……」

がちゃり、と自分の部屋の扉を開き、一歩入って軽く伸びをした。これから六人前の料理をつくらなくてはならないのだ、いつも以上に気を引き締めてキッチンに立たなくては。

こうやって大人数で食べる料理をつくるときは、いつもとはまた少し勝手が違うからいろいろと気をつけなくてはいけないのだ。

「ゆき、おかえり!」

「おかえりなさい、三木くん!」

しかし気合を入れようと自分の方を軽く張ろうとした瞬間、横合いから不意打ち気味に、思い切り手加減なく突き飛ばされた。違うところに意識が行っていたため、身構えも心構えも出来ていなかった俺は、案外腰の入ったその一撃に、足をもつれさせ軽く体をよろめかせながらベッドに思い切り倒れ込んだ。

倒れ込んだ先がベッドだったので特に痛いということはないのだが、しかし、まったく気構えしていなかったところに一撃を加えられたので、その物理的な衝撃以上に精神的な衝撃を受け、いったい何が起こったのか、ということを理解するのに、俺はたっぷり30秒の時間を要した。その間、うれしそうに、年甲斐もなくぴょんぴょんと飛び跳ねて喜んでいる大の大人二人の姿をただ無為に眺めていたのだった。

「ドッキリ、大・成・功~!」

「やったわね! やよちゃん!」

その年甲斐もない大人二人たちとは弥生さんと都さんであり、そのテンションは異様に高く、飛び跳ねてイエーイと何度もハイタッチをしていたり、ガチガチと握った拳骨をぶつけあっていたりした。

無防備に伸びをしていた俺に見事な不意打ちをかますという武士道に背く蛮行を決行した二人を振り返ると、なんかもう、そこにはノリと勢いしかない感じだった。こういうときはあれだ、間違いなく酒だ。こういうどうしようもない雰囲気になるのは、酒を飲んでいるからに違いないのである。

「弥生さん! いるなら返事してください! いないかと思ったじゃないですか!」

精神的なショックから立ち直り切っていないながらもなんとかベッドから起き上がると、俺は弥生さんに言わなくてはならないことの一つ目を口にするのだった。いろいろ言わなくちゃいけないことはあるが、しかしまず第一歩はここからである。

「隠れてたんだよ!」

「俺の部屋に隠れないでくださいよ! っていうか、家に入るのはいいですけど、部屋に入るのはやめてくださいってば!」

「なんで?」

「なんでって…、は…、恥ずかしい、じゃないですか……」

「恥ずかしいの?」

「は、恥ずかしいですよ……」

自室に勝手に入られるなんて、普通に考えて恥ずかしいことだろう。弥生さんには羞恥心という概念が欠如している感があるから分からないかもしれないが、俺にだって見られたくないものとかいろいろあるわけで、そういうものを見られたら恥ずかしいに決まっているのだ。

もちろん、そう簡単に見つかるようなところに隠してはいないし、酔っ払い程度に見つかるはずはないとすら思っているが、しかしそれでも、やはりプライベート空間に侵入されるということは恥ずかしいのである。弥生さんは俺が部屋に入ることに対して何も気にしていないようだが、だからといって俺もそれと同様、というわけではない。

「…、ねぇねぇ、都ちん? あたし、行っても、いいかい?」

「あ~、ちょっと待って、準備しちゃうから。頭の中にきっちりスケッチするから、少しだけ待ってちょうだい」

「え~、待ちきれないよ~、は~や~く~!」

「もぅ、ちょっとだけなんだから待ってよ。あたしも記憶力いい方だけど、でもさすがに心構えしてからじゃないと焼き付けられないのよ。三木くん、恥ずかしがってあんまりこういうこと、あたしの前じゃやってくれないんだから、やよちゃんがやる気になったこういうときこそチャンスは活かさないと……」

「まだ~? まだ~?」

「よし、いいわよ。いってらっしゃい、やよちゃん!」

「よっしゃ~! いっくぞ~!」

…、何の話をしているのかいまいちわからないが、しかし俺は料理をつくらなくてはならないわけであり、そんなにいっしょになっていつまでも遊んでいるわけにもいかないのである。弥生さんにも都さんにも、言わなくてはならないことはたくさんあるが、しかしだからといってそれに時間を費やしていていいのかといえば、それは断じて否である。大人になれ、俺。

二人が何をするつもりなのかは知らないが、まぁ、今日のところは俺の部屋に侵入したことについては多めに見てあげることにして、キッチンに向かうことにしようじゃないか。いや、別に、何か不穏な気配を感じたから逃げるとか、そういうわけじゃないぞ。俺は料理をしないといけないんだ、こんなところで油を売っているわけにはいかないのだ。

「きゃっほ~ぃ!! ゆき、か~わ~い~い~!!」

「ぬぁっ!?」

少しは動悸がおさまってきたのでさっさとキッチンに行ってしまおうとベッドから立ち上がろうとしていた俺に、弥生さんは、ガバッと覆いかぶさるように飛びかかってきた。この場から逃げ出すことに対する理論武装に忙しくて弥生さんの方に意識をあまり割いていなかった俺は、それを避けるための身構えも出来ておらず、はたまた反撃して射ち落とすことも出来ず(弥生さんも、しかしあれでも女性であり、それに手をあげることは俺には出来ない)、状況が流れるままに任せる以外に出来ることはないのである。

そして俺は、上から降ってきた弥生さんによって、腹に座られたうえに手足をがっちり押さえこまれ、見事にベッドに身体を縫いつけられたのだった。それは、強引にもがけば逃げ出すことができる程度の弱い拘束でしかなかったが、しかしどんなやり方をしたとしても弥生さんを振り払うことを必要とするわけで、それによってベッドの角に頭をぶつけてしまう可能性もあるのではないか、とかいろいろ可能性に関して考えを巡らせてしまうと、それをすることができない。

「いいわよ、やよちゃん! ナイスアングル!!」

「ゆき、か~わ~い~い~!!」

「弥生さん! やめて! 頬ずりしないで! っていうか、息が、酒クサい!!」

「おねえさんにお部屋に入られて恥ずかしがる思春期な感じ、か~わ~い~い~!!」

「思春期じゃなくても恥ずかしいですよ!! 都さん、助けてくださいよ!!」

「やよちゃ~ん、もうちょっと身体をね、右側に向かって起こしてね~…、そう! ナイス! マーベラス!!」

「あれっ!? 助けてくれるんじゃないの!?」

「ちょっと三木くん黙っててね。これはね、今描いてる作品の中にいつか出てくる可能性があると思われる構図なのよ。映像として記憶しておいて損はないの。あたしが生きていくために、もしかしたら必要になるかもしれないものなの。だから助けることはできないのよ。あっ、やよちゃん、もっとくちびる寄せて。そう、そうそう、もっと恋する少女の瞳に煌き…、エクセレンッ!!」

「ねぇねぇ、ゆき、ちゅぅしていい? かわいいからさ、ちゅぅしていい?」

「ダメですやめてください絶対いやですだめやめてやだやだやだやだっ!! くちびる、奪おうと、しないでぇええええええええええええええええええ!!!! 助けてっ!! 広太っ!! 俺を、守れぇええええええええええええええええ!!!!」

「幸久様、自宅だからといってあまり大きな声を出すことは感心しません。紳士たるもの常に冷静沈着であるべきです、たとえ自らがどのような状況にあったとしても、です」

「広太! マジ! マジで助けて、ヤバいんだって!! 俺のくちびるが奪われるんだって!!」

「弥生様、女性というものは慎み深く振る舞うべきではないか、と私は思います」

「思想信条は個人の自由だよ。画一的な女性観の押し付けは、女性を狭い檻に閉じ込めることと同じだよ。いろんな男の人がいるのと同じで、いろんな女の人がいるんだよ。もっと視界を広く持たないとダメだよ、ひろ」

「おっしゃる通りでございます、弥生様。申し訳ございません、幸久様、私ではこれ以上の御助力をすることはできそうもありません……」

「諦めるの早いって!! 弥生さんを引きはがすとか、いろいろ出来ることあるって!!」

「ダメだよ、庄司くん。これは大事な資料収集作業なんだから。邪魔しないでね、やよちゃん、右手を三木くんの腰のあたりに回してみよっか。そうそう、で、上半身を密着させて…、いいわよ~、その服のシワ、胸の歪み方、そっかぁ…、こういうふうになるんだぁ……」

「幸久様、申し訳ございません。都様の資料収集に関しては、幸久様に致命的な危機が迫る以外は止めてはならないことになっていますので、お助けすることはできません……」

「誰だ! そのルール決めたの!! 誰が決めたルールだ!!」

「ほかならぬ、私自身です。都様の窮状は痛いほど存じておりますので、それを出来る限りお助けしたい、という私の個人的なわがままにございます。なんなりと処罰をお願いいたします」

「そう言ったら俺が何もしないの知ってて言ってるだろ!! 確信犯なんだろ!!」

「あぁ~、三木のおにいちゃんが二階のおねえちゃんと仲良くしてるです! 未来もごいっしょさせてください!!」

「未来ちゃん!? 来ちゃダメだよ!! こっちには危ないおねえさんがいるよ!! 乙女の純潔を散らされるよ!!」

「よく分からないので、未来も仲間にいれてください~い!!」

ダメだ! 俺は料理を! 料理をしないといけないのに!! パーティの料理を、つくらないといけないのに!!

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