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Prism Hearts  作者: 霧原真
第五章
61/222

商店街でなにぞする

近所に新しくできたスーパーに客を取られてしまっていることへの危機感からだろうか、商店街入り口付近に最近造られたばかりの有料駐輪場に自転車を置いて、俺たちは三人でそろって商店街へと足を踏み入れた。時間的に、夕飯の食材を求める奥様方でかなり混雑している商店街は、パッと見た限りでは何の問題もないように思えるが、しかし実際に買い物していると店の人たちはみんなどこか必死な感じを漂わせていて、スーパーの脅威というものがあるのかなぁ、とぼんやり考える次第である。

「今日も、人がいっぱいです」

「スーパーの影響でヤバいのかとも思うけど、案外俺の思いすごしで、繁盛してるのか?」

「いえ、みなさま、口をそろえて大変だとおっしゃっていらっしゃいます。やはりスーパーができたことは商店街の方々にとっては、それなり以上の痛手なのではないのでしょうか」

「大人って大変なんだな……。俺たちも、せめて商店街で毎日買い物して、少しでも貢献するようにしような。これからも買い物は商店街でしろよ、広太」

「はい、了解いたしました。これからもそのようにさせていただきます」

「未来も、おかあさんにスーパーよりも商店街でお買い物してくれるようおねがいしてみます」

「商店街のみんなのことまで考えられるなんて、未来ちゃんは本当にいい娘だなぁ。偉い、ほんとに偉いよ」

「なでなでですか?」

「なでなでだよ、なでなで」

「三木のおにいちゃんのなでなではすっごくやさしいから、未来、だいすきです」

「もう、霧子と同じくらいかわいいなぁ、未来ちゃんは……。いや、ダメ! 今ここで撫でちゃったら、もう撫でるだけじゃ終われない気がする……!!」

「なでなでじゃないですか?」

「なでなでは、家に帰って、料理つくり終わって、パーティしてるときにしようね。そうしたら誰の、何の邪魔も入らないからね」

「はいです」

「幸久様、息が荒くなっていらっしゃいます。世間体というものがありますので、このような場所でそのような様子を披露することは控えた方がよろしいかと存じます。あと、あまり大きな声をお出しになられますと、先ほども申しましたが、どうしても周囲からの注目を集めてしまいますので、出来る限りこのような公衆の面前ではつつましくお過ごしになるのがよろしいのではないか、と考えます」

「あ、あぁ…、気をつける」

口の端から垂れかけていたよだれを気づかれないように拭うと、俺は緩んでいた顔と気持ちを引き締めるのだった。危ない危ない、未来ちゃんは手放しで俺のことを慕ってくれているから、どうしても気が緩んでしまうな。性格とか懐き方とか、いろいろなところが霧子に似ていると思うが、ここ最近は特にそう思うことが多くなってきた気がする。

別に年若の小さな女の子が特別好きというわけではないし、身長とかの身体的特徴によって相手のことを判断するようなこともないのだが、しかし未来ちゃんのちびっこいところとか、下から見上げてくる上目遣いとか、少女特有の少し舌っ足らずで、でも少し大人びた言葉遣いとか、いろいろなところが俺の心を捉えて離さないのである。

弥生さんが未来ちゃんに「俺はロリコンだ」と言っていたが、しかしそれは決して真実を、的確な表現によって示しているというわけではないのだ。俺は小さな女の子が好きなんじゃない、小さな女の子のことも、一個の女性として尊重すべき存在であると理解しているというだけなのである。

「いえ、分を弁えぬ、差し出がましいことを申しました。しかしこれも、幸久様のことを思うが故のものであると、ご理解いただければ幸いです」

「俺がしっかりしてなかったから言ってくれただけだろ、分かってるって。お前のこと、差し出がましいとか、あんま思ったことねぇって」

「はっ、寛大なる御言葉、ありがとうございます」

「まぁ、まったく思わないわけではないけど、な?」

「しかし、たとえそのように思われたとしても、私は幸久様がご立派な人物となることができるよう最大限のことをさせていただきます。もしそれが癇に障るようなことがありましたら、執事長へとそうお申し付けください。すぐに代わりの者を派遣させていただきます」

「お前は、俺がそういうこと絶対にしないの分かった上で、そういうこと言うからな。俺のこと信頼してくれるのはうれしいけど、もっと自分の身を案じろよ。もし俺が売り言葉に買い言葉で、お前なんてクビ! とか言ったらどうするんだよ。お前、クビだぞ」

「それならば、私は幸久様に相応しい存在ではなかったということです。そのときは、私はそれを幸久様から頂く最後のご命令としてお請けさせていただきし、専属としてのお付きの任から退かせていただくことといたします」

「いや、まぁ、別に言わないけどさ」

「それでしたら、これまで通りにお傍でお仕えさせていただきます。末永くよろしくお願いいたします」

「どうせこっちの方が世話になるだろうけど…、まぁ、それはいいか。よろしくな、広太」

まぁ、俺が広太をクビにすることなんて、実際問題あり得ないことなのだが。そもそも、クビにするということは、そこに何らかの契約というか、雇用者/被雇用者のような関係が存在しているはずなのだが、俺はそれまったく考えないのだから、クビになどする意味がないのだ。俺と広太の関係は、「主と執事」である以前に「三木幸久と庄司広太」なのであり、そこには雇うもクビにするもなく、ただ長い間を共に過ごした幼なじみであり、友人なのである。

友人関係にクビも何もない、ということだ。

「おにいちゃんたちは、とっても仲良しさんです。ずっと昔からお友だちなんですか?」

「いえ、未来様。私と幸久様は、友人ではありません。私は幸久様の執事、言ってしまえば家具です。幸久様の傍にお仕えさせていただくことは私の使命であり、仕事であり、宿願です。しかしそれは、友人という立場に立つということを必ずしも意味しません」

「いつもいっしょにいるのは、友だちじゃないですか? 庄司のおにいちゃんは、難しいことをいうですね」

「はい、少し難しいことかもしれません。未来様には、分からない思いかもしれませんので、完全に理解していただこうとは思いませんし、それを求めることもありません。ただ、未来様は、テーブルと友人となることはないでしょう。つまりはそういうことです」

「でもでも、庄司のおにいちゃんは、テーブルじゃありません。う~…、未来にはよく分かりません……」

「分かりにくいことを言ってしまいましたね、もうしわけありません、未来様。しかし、幸久様にとって、私は友人であるべきではないのです」

「えと、庄司のおにいちゃんは、三木のおにいちゃんのこと、きらい、ですか?」

「いえ、まさか、そのようなことはありません。私は、何よりも幸久様を敬愛し、自分以上に大切に思っています。幸久様の為でしたら、私は喜んでこの命を差し出しましょう。それでも、私は友人と呼ばれるべきではないのです」

「三木のおにいちゃんのこと、だいすき、ですか?」

「はい、何よりも」

にこりと、広太は不安そうな未来ちゃんの質問に微笑みを浮かべて応えた。それは幾度となく聞いたことだが、俺にとっては、いまだに納得することができないことだった。

俺は、目の前で生きている人間を家具として理解することなんてできないし、それが親友のことであるならば、なおさらなのだ。

「広太、照れるなよ。俺たちは親友だろ。友だち以上、だよな?」

「幸久様、」

「未来ちゃん、こいつ照れ屋でさ、照れてんだよ」

「照れてる、ですか?」

「そうそう、さっきのは照れ隠しだから、気にしなくていいぜ」

「おにいちゃんがそういうなら、分かりました。やっぱり仲良しなのはいいことだと思います」

「仲良しなんてもんじゃないよ、俺たちは。なんてったって、生まれてからずっといっしょにいるんだからさ。それなのに親友じゃないなんて、ありえないっしょ」

「はい、お友だちは、うれしいです!」

「もちろん、未来ちゃんも友だちだよ」

「ほんとですか! えへ、うれしいです!」

「広太も、そうだろ?」

「はい、未来様と友人であると私が言うことを、お許しいただけるならば」

「庄司のおにいちゃんも、お友だち、です!」

「ありがとうございます、未来様。そのようなことを言っていただけるなんて、光栄の極みです」

「仲良しはお友だちです。だから、庄司のおにいちゃんもは三木のおにいちゃんとお友だちです。未来はそうだと思います」

「広太、未来ちゃんがいいこと言ったぞ」

「はい、お聞きしました」

「庄司のおにいちゃんのいうことは、難しくてよく分からないですけど、でも仲良しなのにお友だちじゃないなんて、さみしいです……」

「そういうことだ、広太。さっさと諦めて、俺と友だちです、って言え」

「…、それは、できません。できませんが、幸久様がそのように思ってくださっているということだけは、心に留め置かせていただきたく存じます。もったいない御言葉をいただきました」

「…、まぁ、今日はそのくらいで勘弁してやるか。未来ちゃん、こいつさ、自分では絶対に言わないんだけど、俺のことを親友だと思ってるんだよ。でも恥ずかしがってるだけなんだ。許してやってくれな」

「はい、未来には難しいことは分かりませんけど、庄司のおにいちゃんは三木のおにいちゃんのことがすっごい大好きだってことが、分かりましたので」

「よし、じゃあ、これで心起きはなくなったわけだ」

「はい、それでは未来のだいすきな二人がちゃんとお友だちで、ホッと安心です。三木のおにいちゃん、早くお買い物にいきましょう」

「そう、だね。いつまでも入口のあたりでうろうろしてるのは怪しいし、行こっか」

「それでは当初の予定通りに手分けしましょう、幸久様。どのようなお料理をつくるおつもりなのかは分かりませんが、私はなにを買いにいけばいいでしょうか?」

「とりあえず、歌子さんが肉じゃがつくるって言ってたし、こっちも和風でまとめるか。広太は、とりあえず魚の切り身でも買ってきてくれるか?」

「はい、了解しました。魚の種類は、どのようになさいましょう。切り身を焼くのでしたら、サケなどがよろしいですか? それともなんらか干物のようなものの方がよろしいでしょうか?」

「普通に切り身でいいよ。種類は、別に広太の好きなのでいいって。あんま細かいことは気にしないでさ、もっとフレキシブルに動くべきっていうか、言うこと聞いてるだけじゃなくて、したいことしてもいいんだぞ?」

「幸久様のお言いつけを聴くことが、私のしたいことですので、どうぞお気になさらないでください。それでは、私は一人で行ってまいりますので、幸久様は未来様と二人でお買い物を進めてくださいませ」

「はい、未来、がんばります! 三木のおにいちゃん、いっしょにがんばりましょう!」

「そうだね、とりあえず、魚の切り身が買えたら一階戻ってこいよな。戻ってきたら次に買ってくるものの指令を出すから。俺たちは入口に近い店から順番にゆっくり買い物してるから、ちゃんと見つけろよ」

「はっ、了解しました。それではそのようにさせていただきます。お金はこの二千円をご利用になってください。私が残りの三千円を持っておりますので。もし足りなくなりそうなときはそう言ってくだされば、すぐに追加でお金をお渡しいたしますので」

「だいじょぶだって、二千円もあれば何の問題もないんだからさ。ほら、行ってこい、広太」

「はい、了解いたしました。それでは、買うことができましたらすぐに戻ってまいりますので、幸久様はごゆっくりお買い物をお楽しみください」

「まぁ、俺もそんなにゆっくりと買い物はしないんだけどな? あんまりちんたら買い物してると、肝心の飯をつくるための時間があんまり残らなくなるからな、うん」

「それでは、失礼いたします、幸久様」

「おぅ、行ってこい」

そして、広太は歩行者でごった返す商店街の道を、器用に歩行者たちの間をすり抜けて行き、あっという間に俺たちの視界から消えたのだった。どうしてあんなに人がたくさんいるところをすばやく移動することができるのか、全く分からん。

「それじゃあ、未来ちゃん、俺たちも行こうか」

「はい、分かりました。どこから行くんですか?」

「まずは八百屋さんから行こうか。商店街の入口に近いし、広太も見つけやすいだろうしね」

「八百屋さんですね、分かりました。いっぱい買うんですか?」

「そうだね、弥生さんと都さんは基本的に野菜不足だから、そこらへんのところを考慮してつくってあげたいし、いろいろ買うことになると思うよ。未来ちゃんも、買ったのを持つの手伝ってくれるかな?」

「はい、もちろんです! 一生けんめいがんばります!」

「よし、いい返事だ! がんばろう!」

「お~、です!」

とりあえずまず目指すは八百屋ということに決まった。食卓を和食でまとめるとすると、さて、どんな料理をつくっていけばいいだろうか。広太にはとりあえず魚の切り身を買いに行かせたし、それを焼いて焼き魚をつくることは確定だろう。となるとそれ以外に何をつくるかだが、ふむ、どうしたものだろうか……。

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