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Prism Hearts  作者: 霧原真
第五章
60/222

一路、商店街へ

「三木のおにいちゃん、お買い物ってどこにいくんですか? 商店街ですか? スーパーですか?」

「ん? 商店街だよ。未来ちゃん、行ったことあるよね?」

「はいです。おかあさんとよくお買い物にいくので、商店街のお店の人たちはみんな知ってます」

「へぇ、すごいなぁ、未来ちゃんは。もう商店街の人たちと顔馴染みなんだね」

「未来がいくと、みんな『こんにちわ』っていってくれるんです。商店街の人たちは、みんないい人たちです」

「そうだね、みんな気のいい人たちだからね。うちは、買い物の担当はだいたい広太だから、俺よりも広太の方が知られてるかな」

「そうなんですか? それじゃあ、未来が三木のおにいちゃんのことを商店街の人たちに紹介してあげるです。そうしたら、おにいちゃんもみんなと仲良し仲良しです!」

「ほんと? そうしてくれたら、うれしいな」

「未来にお任せ、です! お買い物が終わることには、みんな三木のおにいちゃんのことを知ってくれてるようになります」

「いや~、友だちいっぱいになっちゃうなぁ。俺、友だち少ないから、うれしいなぁ~」

「あのあの、おにいちゃんの一番のお友だちって、だれですか? 未来、聞いたことなかったです」

「え? 一番の友だちか…、ん~、誰だろうなぁ……」

商店街への最短ルートをチャリンコで走りながら、俺たちはそんな何でもない話をしていた。後ろに乗っている未来ちゃんの表情は見えないが、しかし楽しそうに話す口調から、少なくとも退屈させてはいないことが、なんとなく分かる。

しかし、一番の友だちは誰? というのは少し難しい質問のように思えた。それは俺にとって誰が大切であるか、ということを認識することに違いないだろうし、数いる友人を比較し、相対的とはいえそれに優先順位をつけることになるだろうからだ。

俺にとって、友人に大事も大事じゃないもない、というか、すべての友人は等しく友人であり、誰が重要とか、誰はそこまででもないとか、そういう判断をすること自体が、ただ一個の人間としておこがましいように思う。

その議論は、押し広げれば「あれかこれか」の選択を突きつけられたときにどちらを選択するかということに直結するもので、極論、「二人の友人が死にかけていて、そのうち一人しか助けることができないときにどちらを助けますか」ということにも結び付くことなのだ。そういう、答えを出し得ない質問が、本当に簡単に、まるで今日の天気を訪ねるような、世間話や茶飲み話のような気軽さで投げかけられたのだ。

自転車に乗っている今、そういう意識の大半を割かなければ考えることすらも困難な質問を受けてしまったということは、非常に危険なことである。俺は以前、考え事をしながら自転車に乗っていて、それが思った以上に深刻な方向に向かって展開してしまい、考え事をする片手間で自転車に乗るような状況になってしまって道端の電柱に衝突し、庄司家の自転車を一台お釈迦にしてしまったことがある。

今回もしそのようなことがあっては、乗っているのは人からの借り物の自転車なわけだし、絶対にいけないのだ。

「一番の、友だちかぁ……」

しかしだからといって、未来ちゃんからの質問に対してまじめに向き合わないというのもおかしな話であり、ここは、その年齢の差が十年に満たないとしても、年長者としてきちんと真正面から対峙する必要があるだろう。そのような態度で向かってあげることは、どのようなことに対してであっても真摯に取り組む大切さや何に対してでも自分の考えをきっちり持つことの重要性を未来ちゃんに伝えることへとつながるに違いないのだ。

未来ちゃんは小学五年生でありながらかなりしっかりしているし、将来はきっとたいそう立派な人格を持った大人に成長するだろう。ほんの少しであっても、その手助けができるならば、俺は俺に出来ることは全てしなくてはならないのである。

「はい、未来はここにはまだ来たばっかりですが、学校にもおうちにも、お友だちがいっぱいですごくうれしいです。転校生なのにみんなやさしいし、おにいちゃんもおねえちゃんもとってもいい人だし、未来はすっごいすっごい幸せです!」

「それじゃあ、未来ちゃんの一番のお友だちって、だれ?」

「未来の一番のお友だちは、えっと、んと、みんなです!」

「みんな?」

「はいです、みんなみ~んな、未来の一番だいすきなお友だちです! おにいちゃんも、おねえちゃんたちも、学校の人たちも、商店街の人たちも、み~んな、です!」

それとも未来ちゃんは、本当は他意なくその質問をしただけなのだろうか。ただ単に俺にはどんな友だちがいるのか教えてほしいと思ったのを、「一番の友だち」を教えて、という質問に換言しただけなのかもしれない。あるいは、俺にとって大事な人が誰なのか、ということを聞こうとして、未来ちゃんの持っている語彙の中でそれに最も当てはまるのが「一番の友だち」という言い方だった、ということかもしれない。

あまり深刻に捉え過ぎて、深読みしすぎた応えを返すよりも、もしかしたら単に「俺にとって友だちはみんな大事だよ」と応えてあげればいいのだろうか。…、そうだな、やっぱり、あんまり小難しく考えたことを言っては未来ちゃんが首を傾げてしまうかもしれないし、単純に、至ってシンプルに、俺の思いを伝えてあげればいいのかもな。

「おにいちゃんは、一番だいすきなお友だちはだれですか?」

「俺が一番大好きなのも、みんな、かな……」

「おにいちゃんも、みんな、ですか?」

「うん、やっぱり友だちはみんな大事だよ。誰が一番とか、誰よりも誰が大事とか、そういうことは言いたくないな。俺が友だちだと思っている人は誰であっても、困っていたら守りたいし、助けてやりたい。でも、それはやっぱり難しいことなんだよね。口で言うのは簡単だけど、易々と出来ることじゃないのは確かだ。だから俺は、そうすることができるくらい、強くなりたいな」

「三木のおにいちゃんは、難しいことをいうですね」

「そうかな? まぁ、単に俺が欲張りなだけだ。手は二本しかないけど、でも守りたいものはいっぱいあるんだ。ただ、それだけ」

「それなら未来とおにいちゃんは、欲張り仲間ですね。未来もみんなとず~っといっしょにいたいし、みんなのことがだ~いすきですから」

「ほんとだ、同じだね」

「はい、おんなじ、です!」

相変わらず未来ちゃんの表情をうかがうことはできないが、しかしそのコロコロと鳴る鈴のような笑い声を聞いていると、ニコニコとほほ笑んでいる様子が鮮明に頭の中に描き出される。未来ちゃんは、年相応によく笑い、そしてよく泣く。感情表現の幅が広いというか、あるいは逆に、感情のリミットが低いということもできる。

未来ちゃんが泣いている姿をみると、心がひどく締めつけられるのだ。女の子が、俺の目の前で、どうしてかは分からないが、泣いている。その状況は、俺の中では許されるものではなく、なんとかして泣きやまそうとしたことも一度や二度のことではない。

まぁ、泣く子をあやすのは霧子のおかげで慣れているというか、経験豊富なので、そこまで難儀することもないのだが。霧子は昔から泣き虫で、些細なきっかけであってもすぐに泣く娘だったからな。

そういえば、そのことに関して俺自身成長したなぁ、と思うことが一つある。それは、その原因となったものに対する感情の制御ができるようになったことだ。小学生のころは、霧子が泣かされたから、という理由でわざわざその原因の何ものかに喧嘩をふっかけに行ったことも少なくなかったからな。

「幸久様、ご歓談中申し訳ないのですが、前を見て運転なさってください。意識が、まったく前に向いていないように思われるのですが、おそらく私の思いすごしということはないでしょう」

「わ、分かってるって。後ろに未来ちゃん乗っけてるんだ、事故なんて起こすわけないだろ」

「しかし、危険であることに違いはありませんので。もし事故を起こした場合は、未来様に危害が及ばないように幸久様が身を捨ててしまいますのでしょうし、ご自愛のためにも、お気をつけください」

「広太は心配性だよな、未来ちゃん?」

「はいです、三木のおにいちゃんは事故を起こしたりしません。さっきは電柱スレスレを走ってましたけど、ぶつかりませんでしたし」

「えっ? 電柱ギリギリ走ってた?」

「はい、上手によけていました。おにいちゃんは自転車がお上手なんですね!」

「ま、まぁね!」

どうやら、危うくまた自転車を大破させるところだったらしい。気をつけなくてわ……。

こんな状況でもし電柱に正面衝突でもしようものなら、最悪、未来ちゃんが宙に舞うことになるかもしれない。それはあってはならないことなのだ。

「幸久様、ともかく、自転車に乗りながら様々なことに思案を巡らせるのはおやめになってください。そのように、状況を顧みずに考えにふけってしまうのは、決して悪癖であるとは申しませんが、危ないことであると言わざるを得ません」

「わ、分かってるって。ちょっと、未来ちゃんとおしゃべりしてただけなんだから、あんまり言うなよ」

「出過ぎた真似であることは重々承知の上です。ですがそれと分かりながらも、口を開かなくてはなりません。幸久様はご自分の身をもう少し案じるべきではないかと存じます。自分よりも他人を思いやることができるということは、間違いなく幸久様の長所の一つではありますが、それは、ご自分を守り切ることを前提に置いたうえでなさっていただかなくては、困ります。あまりそのように滅私で他人に尽くすようなことを為されますと、私の身が、あまりにも幸久様を心配し過ぎてもちません。お医者様には、胃潰瘍になりかけているからストレスには気をつけるよう、以前より診断を受けているのです」

「そ、そうだったのか…、知らなかった……」

「ですから、事故などは、決して起こさないようにお願い致します。幸久様にもしものことがあっては、家の者すべて、いえ、一族すべてに対して申し訳が立ちませんので。三木という家にとって、庄司という家にとって、幸久様ご自身がどれだけ大切な存在であるか、お願いですので、御認識の方を、改めてくださいませ」

「これから、気をつけるわ……」

とは言ったものの、しかし飛ばしている自転車を止めるわけにもいかないわけで、すべての会話、というかやりとりは、自転車で商店街に向かいながら、広太と並走しながら行なわれているのである。終始、俺も広太も未来ちゃんも、お互いに前を向いたまま、顔も目線も合わせることなく、話をしているのだ。

それでもお互いの声の調子とか息の置き方とか、そういう細かいことで気持ちや思いや考えがなんとなくわかるし、表情なんかもはっきりと想像できる。こういう関係が、きっと友だちってことだと思うし、俺にとって理想的な関係なのだ。

「じきに商店街に到着いたします、幸久様。入口付近の有料駐輪場に自転車を停め、手早く買い物を済ませてしまいましょう。30分の無料時間がありますので、その間に済ませることができれば、無用な金銭を浪費することもありません」

「よし、分かった、そうしよう。未来ちゃん、いろいろ手分けして買って回るから大変かもしれないけど、俺たちに力を貸してくれるかな?」

「はい、がんばります! 重たい荷物とかはあんまり持てないですけど、未来もおにいちゃんのお役に立てるよういっぱいお買い物のお手伝いします!」

「未来ちゃんはいい娘だねぇ、まだ小学生なのにお買い物のお手伝いできるなんて偉いよ」

「未来は、もう五年生ですから、ちゃんとお手伝いもできます。お買い物も、食器のお片付けも、お洗濯ものをたたむのも、みんなできます!」

「霧子は中学生になってもまともに買い物行けなかったからなぁ……。それを考えると、未来ちゃんはすっごい大人だよ、えらいえらい」

「そうでしょうか? えへへ、そういわれちゃうと、照れちゃいます!」

「あ~、もう、未来ちゃん、か~わ~い~い~!!」

「三木のおにいちゃんも、かわいいと思います! 二階のおねえちゃんも、そういってました」

「いや、未来ちゃんの方が文句なしでかわいいよ。あとでなでなでさせてもらってもいい?」

「はい、おにいちゃんになでなでしてもらえると、未来、とってもうれしいです!」

「あぁ~、もぅ~、か~わ~い~い~!!」

「幸久様、そういったことは、公衆の面前では自重なさるのがよろしいかと存じます。徒に視線を集めておりますので」

「あぁ、分かっている」

「それじゃあ未来がおにいちゃんをなでなでしてあげます。よしよし」

その瞬間、俺は一瞬ハンドル操作を誤り、転倒しそうになったがなんとかこらえた。あくまでもちょっとびっくりしただけで、別に小さな娘に、不意に頭を撫でられて、動揺したわけではない。

決してだ!!

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