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Prism Hearts  作者: 霧原真
第五章
59/222

買い物に、出かけよう

「幸久様、あまりあのような場所で御騒ぎになるのは、感心しません」

「それは、俺も分かってる。でもなんていうか、アレだよ、勢いで。これから気をつける」

勢いのままに今日の夕飯がパーティになってしまってからわずかの間も置かずに、俺は自分の部屋へと帰ってきていた。これから二時間で六人分などという大量の料理をつくらなくてはならないのだから、あまり時間を悠長に使っているわけにもいかないので、テキパキと動かなくてはならないのだ。

「広太、なんだかよく分からない間に今夜、うちでパーティをすることになってしまった。うちを含めて六人分も食うものを用意しないといけない」

「はい、そのことでしたら、私の耳にも届いております。アパート中に皆様の声が響いておられましたから」

「しかし冷蔵庫にある分だけでは、二人分と少ししか買いこんでいないから、絶対に食材が足りない。ということで、今から追加の買い物に行かなくちゃいけないんだが、…、俺の言いたいことは分かるな、広太」

「はい、お金ですね。五千円ほどでしたらすぐにお出しすることができます」

「助かる。っていうか、こういうことしてるから広太がせっかく節約した金も、いつの間にかなくなっちまうんだろうなぁ……」

「お気になさらないでください、幸久様。私が節約して家計を切り詰めているのは、こういった緊急でお金が要り様のときに躊躇なくお金をお渡しすることができるようにです。きちんと貯金にもお金を回しておりますので、たまの贅沢だと思ってお使いください」

「悪いな、広太。出来ればこれでお前の昼飯でも豪華にしてやれればいいんだけど」

「先日も申し上げましたが、私にとっては幸久様のおつくりになった料理が一番の贅沢でございます。それ以上に私の口に合う料理などはないのです」

「分かった、今日の晩飯は、この金で精いっぱいうまいものつくってやるからな。楽しみにしてろよ、広太」

「はい、楽しみにさせていただきます。それでは私も買い物に同行しますので、手早く済ませてしまうことにしましょう。私は大家様に自転車を借りてまいりますので、幸久様はその間にお着替えを済ませてしまってくださいませ」

「ん? あぁ、まだ着替えてなかった。分かった、準備したら下で集合な」

「はい、承知いたしました」

広太は、そう言うと外へと駆けだしていき、それから俺は広太に指摘されたとおり、まだ着たままだった制服から私服への着替えを済ませるために部屋へと駆けこんだのだった。

これから買い物に出るということは、部屋着に着替えるわけにはいかず、かといってどうせ行くのは馴染みの商店街なのだから、そこまでかっちりと着込む必要もあるまい。まぁ、つまりは普通の外出着というか、適当に服を着ていけばいいだろう。

「荷物も部屋の中だっつぅの」

置き忘れそうになった荷物を部屋の中に投げ込んで、とりあえずポイポイと服を脱ぎ散らかしていき、パンツ一丁になって着る服をたんすの中から引っ張り出していく。七分丈で軽めのミリタリーカーゴパンツと、丸首白無地の半袖シャツに黒地のベストを合わせて……

「ゆき~、ここ~?」

俺がたんすの中から服を引っ張り出していると、背中越しにきぃ…、と扉が開く音が聞こえ、それに被せるように弥生さんののんきな声が聞こえた。

「えっ!? ちょっ!! なに開けてるんですか!!」

「いや、ここかなぁ~、って」

「ここかな~、じゃないですよ! 早く閉めてください!! えっち!!」

「いいじゃんいいじゃん、別に減るもんじゃないし。ふんふん、ゆきってばかわいい顔していい身体してるよね」

「その言い方エロい!! やめてください、弥生さん! 見ないでください!!」

「やだよ~、っていうか、見られたくないならさっさと服着ちゃえばいいじゃん。おねえさんが入ってきてるのに、いつまでも裸でいるなんて、ゆきこそエッチだよ」

「なんで俺がそんなこと言われないといけないんですか! 弥生さんが入ってきたんですから、弥生さんの方がエッチに決まってるじゃないですか! 入ってくるときはノック、っていうか、家に入るときはチャイムを鳴らしてくださいって、何度言ったらわかるんですか!!」

「ゆきこそ、別におねえさんの部屋に来るときチャイムもノックもいらないよ。だから、あたしがこっちに来るときだってチャイムもノックもいらないよね?」

「そういう問題じゃないです! それじゃあ今度、弥生さんが着替えてるときに俺もその部屋に踏み込んで、ずっと居座って眺めてますよ!?」

「いいよ~、おねえさんのぴちぴちボディで悩殺してあげるから」

「やっぱりしません!!」

俺がパンツ一丁のまま弥生さんと丁々発止の言葉の投げ合いをしていると、当然その間は俺の着替えは進展していないのだが、外からチリンチリンと自転車のベルが鳴らされた。どうやら大家のおっちゃんのチャリを借りに行った広太が、あっという間にその仕事を終えて戻ってきたに違いないのである。

そうなってしまうと、俺は可及的速やかに着替えを済ませ、広太と合流して買い物へと出向くために部屋を出なくてはならない。つまり、もう弥生さんに気を払っている場合ではない、ということである。

「弥生さん、どうしてもそこにいるならあっち向いててください。今、服着ちゃいますから」

「え~、見ててもいいじゃん。脱ぐんじゃないんだからさ」

「もうなんでもいいですよ!」

じろじろとこちらを眺めている弥生さんの視線を感じながら、しかしそれを出来るだけ気にしないようにしつつ、俺は手早く服を身にまとっていく。まったく、俺が服を着ているところなんて見ていて何が楽しいんだか…、居間でドラマでもニュースでも教育番組でも見ててくれよ。

そもそも、別に弥生さんは料理できない人じゃないんだから、みんなのために何かつくってみるとか、それがしたくないなら、少しでもみんなが心地よく過ごせるように掃除するとか、少し早いけどテーブルのセッティング始めるとか、いろいろ出来ることあるんだから、やってくれよ!

俺の着替えなんて見てるよりも、ずっと建設的な時間の使い方はできるはずなのに、どうしてあえてそっちの方を選んじゃうんだよ!

「ゆきは、身体を鍛えてるのかい? びっくりするくらい締まってるね、腹筋とか。あと背筋の筋とかもキレイに出てるし、なに者だい」

「いや、別に特別鍛えてたりはしないんですけど、なんというか、自然に」

「自然にそんなになるとか、日常生活がおかしいとしか思えないよ。日常的に身体にどんな負荷をかけてるんだい、ゆきは」

「そういうつもりは、ないんですけどねぇ……」

「今度その筋肉の不思議を、触診で調べさせてね。なんか気になるから」

「イヤですよ、弥生さんの触り方はイヤらしいんですから」

「そんなことないって、ただの学術的好奇心だよ。別にエッチなことをしようってわけじゃないんだからね」

「それは、エッチなことをしようとする人のセリフですよ。絶対にやらせませんから。それじゃあ、俺は買い物行ってきますんで、ここにいるんならちゃんと留守番してくださいね」

「お留守番ね、ほいほい」

「冷蔵庫の中の水だったら飲んでもいいですよ。おかしはないんで、探しても無駄ですからね」

「お菓子なんて食べないよ。おねえさんにはお酒があるからね」

「飲み過ぎてパーティのまえからぐったりとか、やめてくださいよ」

「だいじょぶだいじょぶ、おねえさんは強い娘だから」

「はいはい、なんでもいいから自重してくださいよ、小さい子もいるんですから」

「小学生には、さすがに飲ませないよ、平気平気」

「飲ませないのは、未成年にしてくださいね。二十歳以下でお願いしますよ」

「はいは~い」

その返事は非常に軽快であり、それだけを聴いている分には何の心配をする必要もなさそうに錯覚してしまうのだが、しかし弥生さんの日常的な態度を鑑みるに、その返事は逆に全く信用ならないというか、信用してはいけない類のものだった。そういういい返事をしたとき、弥生さんは必ずと言っていいほどこちらの話を聞いていないわけで、おそらく今回もまったく聞いていないか、そもそも聞くつもりがないかのどちらかだろうことは明らかだった。

「じゃあ、行ってきますね」

「行ってらっしゃ~い。おいしいご飯の素、買ってきてねぇ~」

「そうします」

だから俺は、少なくとも今は一升瓶を持ってきていないことを確認してから、弥生さんの説得を諦めてテキパキと着替えを済ませて部屋を出ることにした。まぁ、今持っていなくても、隣の自分の部屋に戻れば、すぐにでも持ってくることはできるのだろうが。

そうさせないためにも、買い物を急いで済ませて、さっさと帰ってくるのが最も良い対応に違いないのだ。何においても時間を与えない、そうすればさしもの弥生さんであっても何もできないはずなのだから。

「広太! 待たせた!」

「それではすぐに向かいましょう、幸久様。商店街とスーパーと、行く先はどちらになさいますか?」

「商店街だ。スーパーの方がいろいろまとまってるかもしれないけど、やっぱりいっぱい買うときは商店街の方がいい」

「了解いたしました。今回は、急ぎということを説明しましたら二台貸していただけましたので、一人一台、分乗して参りましょう」

「よし、すぐ行くぞ。時間もったいないからな」

「それでは幸久様、こちらをどうぞ」

「おっしゃ! 出発だ!!」

「はっ! 了解しました!!」

「三木のおにいちゃ~ん! 待って待って~!!」

俺と広太は二人して全速力でこぎ出そうとして、しかしその一漕ぎ目を踏み込んだ直後、不意に後ろから聞こえた未来ちゃんの声を聴き、両手でブレーキを、全力を込めて握りしめた。進み出そうとした車輪を強引に停止させたので、前に進もうとする勢いを殺しきれず、後輪が軽く浮いてバランスを崩しかける。

しかしなんとか、二人揃ってバランスをうまく取って後輪を着地させると、それから一呼吸置いて自転車を降りて振り返るのだった。

「未来ちゃん、どうかしたの?」

「私たちはこれから買い出しに行ってまいります。未来様、何か御所望のものでもございましたか?」

「えと、あのね、おかあさんが、未来はお料理できないから、おにいちゃんのお買い物のお手伝いをしてきなさい、って。だから、未来もいっしょにいっていい?」

「広太、この自転車、二人乗りって、出来るよな?」

「はい、後輪にまたがるようにしていただければ、二人乗りも可能かと存じます。未来さまは自転車をお持ちでないので、そうするのがもっともよろしいかと」

「そっちの自転車は荷台付いてるな」

「荷台に人を乗せることは、あまりお勧めできません。何か下に敷くものがあれば別ですが、そのまま座っては車体と車輪の振動が直接伝わってしまうので、少なからず痛いのではないかと思われます」

「ってことは、こっちに乗せる方がいいな?」

「はい、その通りです。私がそちらの運転をいたしましょうか? それとも、少し危険ですが、こちらの自転車の前方シャフトに乗っていただくこともできますが」

「いや、このままでいい。女の子の一人や二人、乗せてチャリを漕げないで、なにが男だ。未来ちゃん、このタイヤの横に出っ張ってるとこに足かけて、立ち乗りできるかな? それができたらいっしょに連れて行ってあげられるんだけど」

「はい、出来ます。未来、前におかあさんといっしょにお買い物行ったとき、そうやって自転車の後ろに乗ったことがあります」

「よし、それじゃ、そうやって乗ってくれる? 手は、俺の肩においてね」

「はい、わかりました、三木のおにいちゃん!」

「それじゃ、改めて、出発だ」

「はい、参りましょう」

「れっつ、ごー、です!」

そして俺たち三人は、パーティ用の食材を買いそろえるために商店街へと向かうのだった。未来ちゃんを乗せたことによって自転車の進むスピードは確実に落ちたのだが、しかしそれでも構わないと思った。

歌子さんが未来ちゃんに着いていくように言ったのは、決してただのお手伝いという名の社会勉強ではない。未来ちゃんは商店街のおっさんたちにいたく可愛がられているので、連れているだけで割引率がいつもよりも、ほんの気持ちではあるが、上がるのだ。

きっと、急にみんなの分の飯をつくることになってしまった俺を哀れに思った歌子さんが、せめてかかる金くらいは少なくて済むように、と気をきかせてくれたのだろう。たとえ、歌子さんが料理を作っている間の未来ちゃんの相手をすることを、暗に、ついでに任されたとしても、それくらいのこと大したことではないのだ。

かわいい未来ちゃんといっしょに買い物にいけて、しかもお駄賃代わりにクーポン券をもらったようなものである。歌子さんは料理に集中できて、俺たちは一つも損はなくて、八方丸く収まる、最高の提案だということができるだろう。

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