「第二回GWの旅行どうしよう会議」開催
「今日こそ、決めようぜ、どこに行くかを」
「にゅ、そうだね、うん」
昨日はけっきょく、あの後ずっと志穂から芋けんぴでの攻撃を受け続け、それから逃れるためだけに精神を摩耗させてしまって、会議は続行不能になってしまったので、全員に「行く先は山がいいか水辺がいいかアンケート」を取り切ることすらできなかった。今日こそは、少しくらい会議らしく旅行についての話を進めなくてはならないだろう。
「そうだな、昨日はまったく話が進まなかったからな。私がもう少し早く皆藤を止めに入っていれば、まだ少しは話し合いの体を取ることもできたかもしれなかったのだがな……」
『のりちゃん、悪くないよ』
なので、今日も昨日と同じように黒板前を占拠して、五人で話し合いなのである。昨日進まなかった分まで取り戻さないといけないんだから、出来るだけ話が脇道にそれてしまわないように気をつけなくては!
そして昨日の二の舞になってしまわないように、今日は話し合いが始まる前からお菓子を出すのは禁止にしたので、机の上はすっきりしたものである。昨日の失敗の原因を、翌日にまで引き継いでしまうような愚を、俺は犯さないのである。
「そうだよ、りこたんわるくないよ~。ゆっきぃがいもけんぴ~たべてくれないのがいけないんだもん」
「あれ? ちょっと待って? なんで今、俺が悪いみたいなこと言われたの? しかもお前に?」
「よせ、三木。その話を掘り返してはいけない。それをもう一回やってしまっては、今日の話し合いも話し合いにならなくなってしまうぞ」
「そ、そうか…、いや、でも、あれは絶対に志穂が悪かったんだって、それだけは譲らないぞ」
「あれは、ゆっきぃがにげるからいけないんだよ。にげちゃったから、おいかけちゃっただけだもん」
「逃げたから追いかけるって、お前は犬かなにかなのかよ。っていうか、追いかけてきたのがいけないとか言ってるんじゃねぇよ。芋けんぴ振り回したら危ないって言ってるんだよ」
「いもけんぴ~、おいしいのになにがあぶないの?」
「芋けんぴは硬くて鋭いだろ、突かれたら突き刺さるかもしれないだろ」
「そんなことならないよ~。ゆっきぃ、じょ~だんばっかり~」
「いや、お前の攻撃力が加わったら絶対に突き刺さるよ。俺の防御力では防ぎきれないくらいのダメージが飛んでくるよ」
「む~、そんなことないもん!」
「なるって言ってるだろ! 死んじゃうだろ!」
「三木、そろそろいい加減にしておけ。ここは一つお前が大人になってだな、水に流してやればいいではないか。皆藤だってお前に怪我をさせたかったからあのようなことをしたわけではないのだから」
「いや、それは分かってるんだけどさ、でもやっぱりしつけ的に教えとかないといけないんだって。やっていいことと悪いこととか、振り回したら危ないものとか、いろいろ教えていけばこいつはちゃんと、それなりに学習するんだからさ」
「うゅ、ゆっきぃ、なんのおはなし?」
「いや、こっちの話だ、気にするな、志穂」
「うん、ゆっきぃがそういうなら、わかったよ」
いつの頃からだろうか、俺が「気にするな」と言えば、志穂が大抵のことは気にしなくなり、とりあえず「分かった」というようになったのは。そういう風に教育したのだから、まぁ、当然といえば当然なのだが、少しやりすぎてしまったかもしれない、という感は否めない。
別に志穂のことを、俺を絶対的な何かとして崇めるよう洗脳するために教育をしているわけではないのだが、しかしいつの間にはこんな風になってしまっていたのである。やり方と程度に気をつけないと、人というものはこうも偏った育ち方をしてしまうということを如実に表しているようで、教育という行為が裏に秘めている恐ろしさのようなものを、俺はまさに体験しているのかもしれない。
まさに、教育とは洗脳と紙一重である、ということが今ここで明らかになったわけだ。
「姐さんも、志穂の教育に協力してくれ。これは、もしかしたら旅行の行く先を決めるよりも大切なことかもしれないんだ」
「そうだよ、りこたん。ゆっきぃのいうとおりだよ!」
「…、志穂、それはお前の言うことじゃない」
「うゅ? そうなの?」
そしてそれを聞いた姐さんはと言えば、数秒の間を置いて、ため息を一つ洩らしたあとに口を開いた。
「三木、皆藤の教育というのは、また今度するのではいけないのか? 今は、せっかくみんなで時間をつくりあって集まっているのだろう。偶然、二日続けて五人そろって集まることができたというのに、そうしていつでもできることに時間を取られるべきではないと思うが」
「にゅ、そうだよ、幸久君。みんなでお話しできるのはそんなに多くないんだから、今日こそちゃんとお話しないと。幸久君が、最初にそう言ったんだよ」
「むっ、正論だな……。志穂にいろいろ教え込むのはまた後でも今度でもいいのは、確かだ。それに、姐さんに無理言って風紀の巡回を休んでもらってるわけだし…、そうだな、ここはちゃんと話し合いをするのが先だよな。俺としたことが、優先順位を見失っちまったぜ」
そう、今は出来ることをやるときではない、やらなくてはならないことをやるときなのだ。姐さんが風紀の定時巡回を休むということは、トップが不在のままで小隊が業務を行なうということに他ならず、やはりそれは、他の委員会のメンバーたちの手前、よくないことではないだろうか。
志穂だって道場に通っているわけだし、メイも定期的に用事があるみたいだし、こうして五人が集まって話をできる時というのは、思ったよりも貴重な瞬間なのかもしれない。あぁ、同じ高校に通って同じクラスにいるときでもこれなのに、もし卒業してしまったらどうなってしまうのだろう。やはりみんながバラバラになって、なかなか会えなかったり、軽く遊んだりすることもできなくなったりしてしまうのだろうか。
それはやはり悲しいな。友だちというのはお互いの関係とつながりに寄るところが、どうしても大きいものだ。いかに仲が良くても何らかの理由で疎遠になってしまえば、その友好とは関係なくどことなく遠い存在になってしまう。遠くに引っ越してしまった親友と、いつの間にか連絡を取り合うことがなくなってしまうように、心の中では仲が良いと思っていても、つながりの面から友情が保てなくなったりすることは、ままあることなのである。
「幸久君、どうかしたの? なんだか、悲しい顔してるよ……?」
「あぁ、いや…、なんでもない。ちょっと悲しいことを考えちゃっただけだ。気にしないでいいから」
「にゅ…、ならいいんだけど…、あのね、幸久君、もし悲しくなったら、お話を聞くくらいなら、あたしでもできるからね?」
「うん…、そうだよな。それじゃあ…、今度、話でも聞いてもらうか」
「にゅん、よく分かんないけど、元気出して、幸久君!」
「あぁ、ありがとうな、霧子」
『あたしも、お話聞ける』
「そっか、メイも聞いてくれるのか…、ありがとう。なんだよ、みんな、いいやつだなぁ」
そうだ、悲しい気分になんて、今はならなくてもいいじゃないか。将来俺と友だちの関係がどうなってしまうかはまだ分からないが、しかし少なくとも今、俺とみんなは仲良く過ごすことができていて、だからこそこんな益体のないバカなことを言っていられるのだ。
この瞬間を忘れて、来るかわからない未来に悲しい思いで向かい合うなんて、愚かなことかもしれない。今楽しいんだから、今は少なくともそれでいいじゃないか!
「さぁ、三木、今日の話を始めよう。すまないのだが、今日はあと30分ほどで抜けなくてはならないのだ。私がいる間に、出来るだけ話を進めてほしい」
「あっ、そうだったのか、ごめんごめん。よし、それじゃあ今度こそちゃんと話し合いするぞ。とりあえず昨日の続きからだから、アンケートの続きだ」
さてさて、昨日のことを思い出すに、霧子にだけ、山と水辺のどちらがいいかを聞いていなかったのではなかっただろうか。霧子は今回の旅行の言いだしっぺだから、その言い分はできるだけ聞いてやりたい。まぁ、もちろんみんなに聞いた意見を参考として加味しながら、ということにはなるのだがな。
「霧子は山と水辺とどっちがいい? 好きな方で言ってくれよ」
「にゅ…、えと、あたしは、あのね、今度の旅行は、山の方に、行きたいの」
「山の方がいいのか? 山登りとかしたいってことか?」
「山登りは、んと、大変だからちょっとヤなんだけど、でも森の中をお散歩するのとかは、したいかも。きっときもちいと思うし、緑がきれいだと思うの」
「なるほどな。霧子は山の方がいい、と。これで昨日と合わせて二対二だな」
アンケートを取って、もしその結果同数になってしまったとき、どのようにして白黒をつけるのが一番穏便かと言えば、それは間違いなく話し合いに寄る場合だろう。自分たちの主張を存分にぶつけ合い、相手の真意を聞き、自分の本音を伝えたうえで分かり合えれば、おそらくどちらかの意見に必然的に集約されていくはずなのだ。
しかし、今回のようなアンケートにおいては、きっとそういう方法では決着をつけることができないに違いない。これはあくまでも自分がどうしたいか、という質問にすぎず、別に確固たる信念に基づいてそれを選択したわけでも、明白な主張を持って口に出したわけでもないからだ。つまり、こういう場合はそもそもからして議論にならないのだ。
なったとしても、「自分はこうしたいんだ」という一時の感情からくる思いを主張し合うだけの不毛な時間を過ごすことになってしまうに違いない。それならばもっと、なんとかして建設的な感じに持っていけるよう、議長ポジションの俺が上手く導いていくのが最もクレバーな解決策だろう。
「っつぅことはさ、あれだろ、水場があって、なおかつ山があってみたいなところだったら、みんなの願望に上手く折り合いがつけられて、いい感じになるんだよな? そういうところだったら、みんないいか?」
「そう、だな。ふむ、そういうところが挙げられるのならば、それに越したことはないだろう。皆の願望を取り入れられるのに、越したことはないからな」
「幸久君、どっちもあるとこなら、去年行ったところがいいんじゃないかな? 去年は湖しか行かなかったけど、すぐ近くに山とかもあったし、二泊三日ならどっちもいけるよ?」
「おぉ、どうした霧子、今日は冴えてるな。そうだな、確かあそこは、地形図とか見たわけじゃないから詳しくは分からないけど、山から川が出てる扇状地で、盆地状になったところに湖が上手く出来てる地形だから、山も湖もあるんだ。農業も盛んで地元でつくったブランド米とかあって、飯が美味いんだよな、あそこは」
「そうだな、それに今年は例年より少し暖かい気候らしいしな、上手くすれば去年よりも水に入って遊ぶことができるかもしれないぞ」
「ほぇ? きょねんもみず~みであそべたよ?」
「遊べたは遊べたけど、けっこう外気は冷たかっただろ。びちょびちょになって、案外寒かったじゃねぇか」
「え~? そうだっけ~?」
「覚えてないのか…、まぁ、別にいいんだけどさ。つまり、去年よりももっと楽しく遊べるぞ、ってことだよ」
「きょねんよりたのしいの? すっごいね!」
「あぁ、きっとな。志穂がいい子にしてれば、すっげぇ楽しいだろうな、特に俺が」
「幸久君は、あそこでいい?」
「そうだな……。去年のよしみでまた宿は取れるだろうけど…、いや、今年はあんなことにならないようにこれだけ始動を早くしたんだ。大丈夫、去年の二の轍は踏まない!」
『去年、なにかあったの?』
「何でもないんだ、持田、気にしないでくれ」
「そうだぜ、メイ、心配なことなんて何もないんだ」
「あぁ、そうだな、三木」
「そうだぜ、なっ、姐さん」
「そういうわけで、とりあえず目的地は去年と同じ宿、という認識をしておく、でいいんだな、三木」
「それで問題ないと思うぜ。まぁ、他にここがいいよ、っていうのがあったりしたら、俺に言ってくれ。コネをたどって宿とれそうだったら候補にしとくからさ」
「なんか、ゆっきぃのこねこねすごいね!」
「コネコネ…、なんか、そんなことないのに、何かを捏ねてる気分になってくるな……。いや、俺のコネがすごいんじゃなくて、ずっと昔にうちの家の顔が広かっただけだろ。別に俺自身が何かすごいコネを持ってるとかじゃないし、俺がすごいわけじゃない」
「しかし三木の実家というのは、やはり名家なのだろうか。普通の家には、そのようなコネはないだろうし、そうなのではないのか?」
「そうだよ、普通のおうちには執事はいないと思うよ」
「あぁ、それは、確かにな。なんか、あれらしいんだよ。昔、やんごとない金持ちだったみたいでさ。まぁ、今はそんなときの金はほとんど残ってないみたいなんだけどな」
「ゆっきぃ、よくわからないけど、すごいね!」
「よく分からないのにすごいっていうなよ……」
まぁ、そのことについては、俺自身も何も知らないといって過言ではない。だって、そういうことについての唯一の情報ソースになってくれそうなおじさんがほとんど何も教えてくれないんだから、仕方ないではないか。
おじさんが教えてくれるのは、三木の家が立派な、その大本は華族の出である家であり、自分たち庄司の人間はそれに仕えるべく存在しているということと、当代当主である俺は、別にそれらしく振る舞う必要はないが、そうであるという自覚だけは持っていてくれ、ということだけだ。
実は元華族なんだと言われても、俺は別に大金持ちでも社会的に地位があるわけでもないし、どうしたらいいか分からない。そうであるという自覚だって、どのポイントについて持てばいいのか、よく分からないのだ。
だから、自分がすごいなんて思うことはできないし、コネがあるといっても、それがそもそもどういう因果でそこに存在しているのかも何も知らないわけで、便利な道具を拾った、くらいの印象しかない。
「俺は、別にすごくなんてないよ」
俺はただ、なぜか便利な道具を持っているだけの三木幸久というだけで、別にすごくもなんともないのだ。