「第一回GWの旅行どうしようか会議」開催
「問題はさ、どこに行くかなんだよ」
姐さんの旅行への参加が決まった翌日の放課後、俺たち五人、つまり旅行の参加メンバーであるところの俺、霧子、メイ、志穂、姐さんは教室で黒板を占拠して喧々諤々の論戦を繰り広げようとしていた。
教卓前の机を四つばかりくっつけ、俺はチョークを持って黒板の前に立ち、それから女の子四人は机の方を陣取っている。俺はカツカツと黒板の中央上部に『GW旅行計画対策会議』と白墨で書き記した。
「にゅ、ポッキー、まんなかにおくね」
「トッポもってきたよ~、まんなかおくよ~」
『プリッツ持ってきた』
「本来ならば、このようなものを持ってくることは風紀的によくないことだが、しかし購買で売られているものだから、今回だけは目を瞑ることにしよう。私は芋けんぴだ、真ん中に置くから、好きに食べてくれ」
「あれ、いつの間にか机の上がおかしでいっぱいになってるんだけど、俺がほんのちょっと後ろ向いてる間に何があったの? っていうか、なんか全部細くて長いおかしなんだけど、なにこれ、偶然?」
喧々諤々の議論が繰り広げられようとは、していないかもしれなかった。
「いや、おかしは別に食っててもいいんだけどさ、ちゃんと話し合いには参加してくれよ? してくれないと俺が勝手に一人で決めちゃうからな?」
「あぁ、それはもちろんだ。こうしてせっかく五人で集まったのだ、少しでも建設的な話ができるように協力するつもりだ」
「にゅ、そうだよ。どこに行くか、ちゃんと決めないとだしね」
『話し合い、大事』
「そうだよ~、ちゃんとおはなししないと、りょこ~がうまくいかないからね~」
「志穂、こっち、こっち向いて言え! 少しおかしから目線を外して! ぜんぜん説得力ないよ!?」
「幸久君、おかしに手、届く?」
「いや、俺はいい。これからチョーク使うし、食うたびに手を拭うのもバカらしいし。俺にもくれるんなら、後で帰りながら食うから、別のところに分けといてくれ。…、まぁ、いいや、始めましょ」
机の上にお菓子が出てきてしまった時点で、もう話し合いがサクサクと進む見込みはなくなってしまったのだ、気を張って少しでも効率的に進めようと考えるのは止めておこう。きっと今日のうちに決まることはないだろうし、もうのんびりいくことにしよう。
しかし、いくらのんびりいくとはいえ、俺は議長。みんながのんびりしているとしても、俺はテキパキ仕事をするのだ。お菓子など、食っている場合ではない。
「それで、あれだ、まずは海に行くか山に行くかなんだけど、どっちがいいですか~」
「あたしは、バリバリ、ゃまぁバリバリ、しゅぎょ~でいぅバリバリ、ぁら~」
「芋けんぴうるせぇ!! さっそくバリバリいわせながら話すんじゃねぇ! 志穂!! 口の中のをごっくんしなさい、まず!! それから、手に持ってるのを口に入れない!!」
「んくっ…、あたしは、みずのほうがいいよ。やまはね、しゅぎょ~でいくからね、りょこ~はやまじゃないほうがいいよ」
そうだ、志穂はゴールデンウィークの終わりに修行するとか言ってたな。山にこもるってことは、わざわざ遠くの山まで行ったりするのだろうか。富士の樹海でキャンプを張って、二日のうちに何度も富士山を登ったり降りたり、したりするのだろうか。そんなことをしたら、休み明けの志穂がまた一段と強くなってしまうではないか。
これ以上強くなられたら、俺は志穂の相手をすることができなくなるぞ。いや、今でも多少持てあましている感じはあるのだがな。
あっ、いや、違うか、休みは道場にお泊まり会って言ってたっけ。道場が山の近くにあるって言ってたから、道場に泊まり込んで、二日間山で過ごす、みたいな計画になっているんだろう。なにかやるなら道場でやればいいだろうに、わざわざ山まで行ってするなんて、武道家という人種は本質的に山籠りが好きなのだろうか。
どちらにしても、志穂をあまり強くされてしまうと、俺が相手をしてやることができなくなるから、あまりやりすぎないでほしいものである。
「食いながら話すなっていつも言ってるだろ、こんにゃろう…、志穂は水辺がいいのな、一票、と」
「私も同じ意見だ。今年の風紀の新入生歓迎訓練は山中行軍訓練でな、もう半年分は山に登った気分なんだ」
「風紀委員会は、毎年毎年新入生に対してなにをやってるんだろうな……」
「なにそこまでの訓練ではない。軽いハイキングのようなものだからな」
絶対ウソだ。何十キロも荷物を背負ってトレッキングとか、そういう訓練をしてきたに違いない。しかも一日のうちに何往復もしたに違いない。
そんなことばっかりしてるから、風紀委員会の評判がおかしなことになるんだよ。もっと楽しそうでアットホームで絡みやすい感じにすれば、他の委員会と同じ程度には素直に新入生も入ってくれるだろうに。
っていうか、普通の高校の風紀委員会がどうして、そんな特殊部隊の養成みたいなことをしてるんだ、ってことだよ。そんな、県下でも有名な不良校ってわけでもないというのに、なぜに対武器戦闘とか軍隊格闘術とかの個人技の訓練や、山中行軍とか渡河行軍とか重武装行軍とかの集団行動の訓練や、長期の休みを利用してフラッグファイトとか要所制圧訓練とかしたりするんだ。まったく意味が分からん。
それとももしかして、風紀委員会は訓練とかじゃなくて、本当に武装化を進めているっていう噂は本当なのだろうか。近隣の高校の武力制圧から全国制覇を目的にしてるとか、学校乗っ取って生徒会を廃止にしその代わりに風紀委員会が学校を仕切ることを目的にしてるとか、いろいろ噂はあるが、本当だったらどうしよう。
「まぁ、いいや、姐さんは水辺に一票な。メイはどうだ。どっちに行ってみたい?」
『あたしは山の方がいいな。海とかは夏になってから行くだろうから』
「ふむ、メイは山か。山に一票、と」
そうか、なるほど、どうせ夏になったら海に行くだろうから、今の季節は新緑の山に行って森林浴でも楽しもうっていう考え方もあるんだな。季節感というか、その季節に一番楽しめる場所っていうのは、やっぱりあるだろうから、そういうのを基準に考えるのも悪くないのかもしれない。
季節を楽しむとしたら、やっぱり春は花見がしたいし、夏は海に行きたい。秋は紅葉を見に行きたいし、冬は…、降っている雪を見ながら家の中でゆっくりしていたいから、出掛けるのはいいや。日本は四季の豊かな国だけど、それを一所にとどまって楽しみ尽くすことはできないわけで、やっぱり旅行には定期的に行きたいよなぁ。
『幸久君、お菓子食べる?』
「いや、俺は手がチョークの粉で汚れてるから。みんなで食っちゃっても、いいぜ?」
『汚れてても食べられる』
「ぃ…、いや、食べられは…、するかも、ん?」
俺がその言葉に応えようとすると、しかしメイが左手をパーにして俺の目の前にくっ、と出し、ちょっと待ったのポーズ。どうやら、何か間違えたのか、画面の文字を打ち直しているようである。
『汚れてても食べさせてあげられる』
「…、あぁ、食べさせてくれるのか。そうか、それなら確かに今の俺でも食えるな」
『幸久くんにも、お菓子あげる』
よかった…、メイが急に「チョークの粉もいっしょに食えよ」みたいな感じの、ロックな性格になっちゃったのかと思って、びっくりした……。晴子さんだったらそういうこと言うかもしれないけど、メイは言いそうなイメージ全然ないから、
すげぇびっくりした……。
その人がしそうな行動のイメージっていうのは、俺の中ではすごく大切なことだ。それは、けっきょくその人が次にどんな行動を取るかっていうことを予測するときの一つの有力なサンプルになるわけで、基本的にその人の行動とか発言とかの先読みをしつつ自分の行動も選択する俺みたいな人間にとって、そういうサンプルから逸脱した行動を取られてしまうと、どうしても混乱してしまって、思考が止まってしまうのだ。
その人がしそうもない言葉遣いとか、使いそうにない言い回しとか、取りそうもない行動とか、そういうのに出会ってしまうと、一瞬固まってしまうのである。最近はそれなりに対応することができるようになってきたけど、昔はかなり相手の行動予測に依存していたから、フリーズ時間もかなり長かったように思う。
「ありがとうな、メイ」
『あ~ん』
「いただきます」
メイが一本摘んで差し出したプリッツを、俺はポリポリとかじっていく。口の中にはほのかな塩味が広がり、なんでか分からないけどめっちゃうまい。
こういうジャンクな味が、思った以上にうまいんだよなぁ……。いや、人間の味覚がうまいと思うように科学的に味が調整されているんだから、基本的にはうまくないわけがないんだけどさ。でも、そう分かっていてもたまに食べたくなってしまうから化学調味料は恐ろしいのである。
っていうか、プリッツのサラダ味って、別にサラダっぽい味しない、というかむしろ普通にうすしお味だと思うんだけど、どうしてサラダ味って言うんだろう…、いや、まぁ、ぶっちゃけどうでもいいことなんだけどさ。
「はぁ、うまいな、ジャンクフード……」
『もう一本、食べる?』
「いや、一本でいいや。食い始めたらいつまでも食っちゃって、話が進まなくなるからさ」
『分かった』
「にゅぅ、あたしも一本あげる」
「えっ? まぁ、一本だけだぞ?」
何本も食べないわ、といったばかりだというのに、どうして霧子がそう言いだしたのかは分からないが、まぁ、別にもう一本くらいだったら食ってもいいかな。あんまりジャンクフードに浸ってしまうのは、料理の腕が鈍ってしまいそうな気がしてイヤなのだが、しかしスナックを二本や三本食ったくらいでどうにかなってしまうことは、さすがにない、…、よな……?
大丈夫、久しぶりに食うお菓子が美味しくて何本も食いたくなってるけど、少しくらいなら大丈夫だって。俺は意志が強いから、帰り道の道すがらポテチを三袋まとめ買いとか、したりしないって。
「にゅ、はい、幸久君、あ~ん」
「あ~ん」
「にゅん」
目の前に差し出されたポッキーが、俺の口元に寄せられるのをただ見守っている今の状況、考えようによっては相当危険なのではないか。もし霧子が心変わりして俺の喉に向かってポッキーを突きだしてきたら、俺はもしかしたらかなり痛い思いをするかもしれない。そうか、あ~んというのは、お互いがお互いを信頼し合っているからこそできることであり、美しき友情の縮図ということなのだな。
なに、問題ない、霧子はそんなことしない。俺はそれを信じているし、逆にもし、霧子がそんなことをしてきたとしても、やさしい気持ちで受け止めてやることができるだろう。そもそもポッキーでは、そんなに大ダメージを与えることなどできないのだからな。
「チョコ、食ったの超久しぶり……」
「にゅ、そうなの? 幸久君、チョコ好きなのに」
「チョコは、高いからな。っていうか、おかしは全般的に高いから、買えないんだ、家計的に。おかし買うくらいなら、いい食材買って美味い料理つくりたいし」
「うちは、おねえちゃんがいっぱい買ってくるから、チョコとかいろいろあるよ? 今度来たとき、食べる?」
「晴子さんのものに手ぇつけるとか、怖すぎてできねぇよ。殺されても文句言えないんだぞ?」
「ゆっきぃ、ゆっきぃ、あたしもたべさせてあげる~。あ~んってして、あ~んって!」
「えっ? 志穂もか? ったく、仕方ね」
「いもけんぴ~あげるね、いもけんぴ~」
「…、いや、芋けんぴは、いいって。それは、あれじゃん、硬いし、すっげぇ硬いし、先尖ってるし?」
「はい、ど~ぞ!」
「っだぁ!! っぶねぇ!!」
志穂は俺の目の前に芋けんぴを差し出し、そして俺がまだそれを受け入れる体勢も心構えもできていないのに、ひゅんっ! と、まったく容赦のない勢いで突き出した。俺はなんとかその攻撃に反応して顔を横にずらすが、ギリギリ間に合わず頬を芋けんぴが掠める。
頬に一筋、何かが通り過ぎたような熱さだけが残った。
「ゆっきぃ、なんであたしのは食べてくれないの?」
「危ないから! 芋けんぴは硬くて鋭いでしょ! そんなので突かれたら無難に怪我するし、俺はお前のこと全然信用できないんだって! やられてからじゃ、遅いでしょ!!」
「怪我なんてしないよ~、ゆっきぃがうまく食べるから」
「今、それができそうにないから俺は顔を横に逃がしたの! 芋けんぴで死んだ男なんて、ニュースになったら恥ずかしいだろっ!」
「む~、ぜったいゆっきぃにいもけんぴ~たべさせてあげるんだから!」
「あ、姐さん! 助けて!」
「ゎ、私は、しないぞ。そういう軽微な破廉恥なことは、人がしている分には問題ではないが、私がすることはできない。そういうことは、きちんと交際をしているものがだな、誰も見ていないところでするべきなんだ。いかん、いかんぞ…、そういうところから風紀の乱れは広まっていくんだ……」
あっ、ダメだ、姐さんはなんかどっかに行ってしまっている。このままでは、おそらく志穂の脅威(芋けんぴを俺に食わせようとする感じ)から助けてくれるよう求めることはできないだろう。
志穂は、俺がメイと霧子の手からはお菓子を食べたのに自分の手からは食べてくれない、とへそを曲げてしまっているようだし、それを止めてくれと言っても通じまい。それに志穂の中で芋けんぴの危険性が確立されていない以上、芋けんぴを食べさせようとするのを止めてくれということも聞いてはくれないだろう。
逃げるにしても、志穂の機動力を振り切ることはできないし、その手の中に、まるで短刀のように芋けんぴを握ってじりじりと距離を図っている気配から察するに、きっと回り込まれてしまうに違いない。
ど、どうしよう…、なんで俺、芋けんぴに追い詰められてるんだ。全然分からん……。