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Prism Hearts  作者: 霧原真
第四章
55/222

誰もいない教室で、三人

俺が、霧子に彼氏をつくらせようなどと思いついてしまった精神的ダメージから復帰するために、霧子の髪はポニテがいいのか、あるいはツインテール…、それとも横に流すのがいいか……? と思考錯誤しながら、実際にその髪をいじっていると、静かな教室に、がらっ、と扉が開く音が響いた。

「むっ、なんだ、三木、天方、残っていたのか?」

教室に現れたのは、風紀の用事でホームルームが終わってすぐに教室を出ていった姐さんだった。

「おぉ、姐さん、風紀お疲れ」

「りこちゃん、まだお仕事してたんだ、大変だね」

「なぜ二人ともこんな時間まで残っているんだ。部活も委員会もないのだから、完全下校時刻になる前に早く帰らなくてはならないぞ」

「あぁ、もう帰るよ。ちょっとだらだらしてただけだから」

「にゅ? だらだらしてただけだったの?」

「実際、だらだらしてただけだろ。まぁ、もうそろそろ帰ることになるだろうけどさ」

俺が、別に誰と何を示し合わせたわけでもないのに、グダグダと居座っていたのには、当然意味がある。霧子をどうしたら自立させられるかを考えることも、霧子の将来の恋人のことを考えて死にそうな気分になることも、それから復活するために髪をいじらせてもらうことも、別にここでなくともできることだ。

だというのにわざわざ残っていたんだから、霧子には言っていないのだが、やはり意味があるのである。

「姐さんは、今日も風紀の仕事だよな?」

「なに、ただの巡回だ、大した仕事ではない」

「でもりこちゃん、お仕事えらいなぁ。あたしは、風紀委員のお仕事なんて、大変すぎてできないもん」

「そんなことはないぞ、天方。風紀には、外勤だけでなく内勤もあるから、比較的楽なものもあるのだぞ。受付業務などだったら、天方も楽しんで出来るだろうと思うが」

「にゅ、受付って、いっぱい知らない人とお話ししないといけないんだよね…、や、やめとく」

「そうか、天方は可愛いから、受付に座っていてくれるだけで風紀の印象がよくなるのではないかと思ったのだが、しかし本人がそういうのならば無理強いはできまい。すまなかったな、天方」

「えと、ごめんね、りこちゃん」

「姐さん、霧子をマスコットに使いたいのは分かるけど、そういうのは事務所通してもらわないと。駄目だよ、勝手にそういう話ししちゃ」

「むっ? そうなのか、それはすまなかった」

「まぁ、今回はいいけどな。で、姐さんは、どうして教室に戻ってきたんだ? 姐さんの小隊の巡回ルートから外れてると思うんだけど」

「あぁ、まぁ、少しな」

「にゅ、りこちゃんも、何か用事があるの?」

「用事というか…、いや、そうだな、用事だろう。ちょうどよく三木もいることだし、少し話をさせてもらっていいか?」

「俺に用事か?」

「そうだな、お前にする話がある。ここに来たのも、もしかしたらお前が残っているのではないか、と思ったからだ」

「話ね、いいぜ、なんでも聞く」

「すまないな、手間を取らせて。あとで電話でもメールでも連絡は取れるのだが、やはり目の前に相対して話をしたいと思ったんだ」

「そうだよな、大事な話は顔を見ながらしないとダメだよな。電話とかメールとかは便利だけど、やっぱり目と目を合わせて話さないと真意が伝わらない」

「その点は、私も同じ考えだ。メールでは思いを装うことができるが、目の前で話をしている人間の思いを捉え損なうことはないだろうからな」

「気があうな、姐さん。で、そうやってわざわざ俺に会いに来てくれたのは、何の話をするためなんだ?」

「ゴールデンウィークの旅行のことだ。お前が今朝言っていたからな、それについて私なりに一日、しっかりと考えて結論を出した。聞いてもらいたい」

「分かった、その話、聞くぜ」

姐さんがわざわざ俺にその話しをするために会いに来てくれたのと同じように、実は俺も、姐さんがその話をしに来るのではないかと考えて、こんな時間まで教室でぐだぐだと待っていたのだ。

本当だ、別に今になってちょうどよく姐さんが来たからそんなことを言っているわけじゃない。姐さんが来たらその話を聞こうと思ったし、もしも来なかったら時間を見て帰ろうと思っていたんだ。

「しかし、考えるって言ったのに、相変わらず決断が早いんだな」

「当然だ、いつまでもぐるぐると同じことを思い悩むのは、私の性に合わないからな」

今日の朝、俺はゴールデンウィークの旅行についての話を切り出し、姐さんはそれを聞いて少しだけ考えさせてほしいと言った。おそらく姐さんのことだから、少し考えたいと言ったとして、今言ったように何日も意味もなく引っ張ったりしないのである。

だから、これまでと同じように今日のうちには何らかの結論を出してくれるだろう、と思って俺はわざわざ教室にいつまでも残って待機していたのだ。姐さんはいつでも迅速に思考し、行動するので、それに対するときは、俺も同様に迅速な予測と対応が求められるのだ。

「しかし偶然とはいえこうして三木に合うことができたのは運が良かった。もし会えなければ、また明日までこのことを心の中に詰め込んだままになってしまっただろうからな。いや、それとも、私が来ることを予見して、待っていてくれたのか?」

「まさか、そんなことないって。偶然だよ、偶然。なんとなく教室でゆっくりしてたら姐さんが来たってだけで、待ちうけていたとかじゃないし」

「まぁ、そうか。そうだな、こうして会うことができた偶然に感謝して、話をさせてもらおう」

そして姐さんは、ハキハキとした口調で口を開く。

実際のところ、姐さんが今日の内に結論を出したとすれば、俺のところに話に来るのは放課後しかなかった。なぜかといえば、授業間の休み時間には数学や英語の予習や体育の着替えなんかで、昼休みは風紀委員の当番の仕事で忙しかった今日、姐さんがそうすることができるのは放課後の定時巡回の後か合間の空いた時間しかないのである。

そして案の定、俺の予測した通り、俺が席に座らせた霧子の髪をあぁでもないこうでもといじくりまわしている(という体で髪を触らせてもらっている)うちに姐さんは教室へと姿を現したのだ。これで、俺が今日こうして時間を無為に浪費していたことは、正式に姐さんと話をするという用事をクリアするために待っていた、という一つのタスクへと昇華したのだった。

そして姐さんは、どうやら定時巡回の途中で時間をとって戻ってきてくれたようで、よく見たらその腕には風紀委員会の腕章がまだつけられたままだった。おそらくこの後も、また巡回の続きに行かなくてはならないんだろうし、話の邪魔をして時間を取らせてしまっては悪い。

「さて、と……。旅行、どうするか決めた?」

俺は、姐さんと真剣に話をするために、名残惜しいが、霧子の髪から手を離し、椅子から立ち上がる。

「にゅ、幸久君、髪、もういいの?」

「あぁ、やっぱり、今のところ霧子に一番似合うのはポニテだな。いつまでも変わらないかわいい霧子でいてくれよ……」

「にゅぅ…、かわいく、ないもん……」

「よしよし、拗ねない拗ねない。さて、と…、霧子、付き合わせて悪かったな、姐さんとちょっと話をするから、少しだけ待っててくれ」

「にゅん。…、あれ? 幸久君、今までりこちゃんのこと待ってたの?」

「違うって、偶然だって。俺は用事があるような気がしたから残ってただけで、別に来るか来ないか分からない姐さんを待ってたわけじゃないぞ」

「そうなんだ…、じゃあ、幸久君の用事ってなに?」

「それは、ないしょだよ。男の子の秘密だよ」

「にゅ、ひみつなんだ…、うん、分かったよ」

「細かいことは気にしなくていいから、座って待ってろよ。あとで肉屋でコロッケ買ってやるからな」

「にゅ、いいの?」

「あぁ、どれでも好きなの食べていいからな、今から何がいいか考えとけよ」

「うん、考えとくね」

「で、姐さん、話っていうのは?」

それから、俺は姐さんと向き合うように立ち、その言葉を待ちうける。どのような解答が提出されるかはまだまったく分からないが、しかしそれがどのようなものであっても、俺は受け止めることが求められるだろう。

なぜなら、そうなるような問いを、俺の方から姐さんに対して投げかけたのだから、それはあくまでも当然のことでしかないのだ。姐さんがいっしょに行こうと言ったとしても、旅行にはいかないと言ったとしても、俺はどちらにしてもそれを納得とともに受容するのである。

「お前は、ゴールデンウィークに天方を連れて旅行にいくと言っていた。おそらく他にも皆藤や持田などを誘っていくんだろう。となると、少なくとも友だち四人連れで旅行に行くということになる。それは、去年と同じ状況だし、そのようなことを理由にそれを否定しては去年の己自身の行動を否定することになるからするつもりはない」

「そっか」

「つまり、お前たちが旅行に行くということを否定しようとするつもりも、邪魔をしようとするつもりもないのだ。確かに去年の旅行は楽しかったし、とてもいい思い出になっている。きっと今年の旅行もとても楽しい旅行になるだろうし、いい思い出になるだろうな」

「うん、そうなるといいなって思ってるよ」

「それで、な、つまり……」

「姐さんは、どうするんだ? 行くか行かないか、どっちかだと思うけど? 行くんなら、いっしょにどこに行くか決めようぜ。行かないなら、残念だけど今回は不参加ってことで」

「私は、…、うむ…、つまり、な」

「姐さんらしくスパッといこうぜ。こんなことで言い淀むなんて、姐さんらしくないぜ。もう悩んだんだから、姐さんの中で答えは出てるんだろ?」

「そ、そう急かすな、バカ者! 言う、今言うから、少しだけ、待ってくれ」

「ご、ごめん……」

すぅ、はぁ、と姐さんは片手で俺を制しつつ二度ほど深呼吸をすると、心が決まったのか俺の方へとまっすぐ向き直り、目線をバシッと合わせてきた。その不意に仕掛けられた眼力に、俺は少しだけひるんで軽く目をそらしてしまった。

「ゴールデンウィークの旅行には、もう参加者が集まっているのか?」

「あぁ、もう俺と霧子と、あと志穂とメイも加わって、四人はほぼ確定だな」

「どこに行くかは、まだ決まっていないのか?」

「そうだな、まだどこに行くかまでは話が進んでない。これから行くやつで決めてく感じだ」

「そうか、分かった。その話し合い、わ、私も…、参加させてもらっても、構わないだろうか……?」

姐さんは、ありったけ勇気を振り絞る感じで俺たちにそう告げた。つまりどういうことかといえば、

「もちろん、姐さんなら大歓迎だよ。霧子もいいだろ、姐さんも旅行行くってさ」

姐さんも旅行にいっしょに行くってことだ。それっていうことは、俺への疑惑も警戒心も姐さんの中で折り合いをつけてくれたということを示しているわけで、去年起こったあの問題も過ぎたこととして水に流してくれた、あるいは再び心の奥深くに封印してくれた、ということだろう。

「にゅ、ほんと? わぁ、うん、うれしいよ。去年とおんなじメンバーにメイちゃんもいっしょに行けるなんて、すごいね! 五人で旅行に行くのなんて、初めて!」

それから霧子は、姐さんの旅行への参加を聞いて、とてもうれしそうな顔で手を打った。そもそも霧子が旅行に行きたいという思いの根底には、みんなといっしょに楽しい時間を過ごしたいという願いがあるのだ。

これで、参加者に姐さんが加わったことにより、本当の意味で、霧子の思う「みんな」といっしょに、その望み通りの旅行に出かけることができる、ということになるのだろう。

「だってさ、姐さん」

「…、はぁ、最初から、ただこう言っておけばよかったのかもしれないな。変なことを思い出して思い悩んで、それであげくにいっしょに行きたいと言い出しにくくなって、なんだかわざわざ遠回りをしてしまった気分だ」

「遠回りしても、別にいいじゃないか。最終的にここに来ることができたんだからさ、全部忘れて旅行を楽しめば、それでいいんだって」

「そういうものか?」

「そうだって、姐さんは難しく考えすぎなんだよ。もっと簡単に、適当にふんわり把握していけばいいじゃん」

「私から見たら、三木もかなり難しく考えているように思うが? 何とは言わないが、いろいろとな」

「さぁ? 何の事だか?」

俺は、別に難しく考えているわけじゃないさ。他の人が難しく考えなくてすみ、出来るだけみんなが楽できるように、少しだけ場を整えているだけ。それだけなんだ。

そんなこと、別に当然のことだろう? 友だちが大変な思いをしていたり、思い悩んでいたりする様子を見るのが俺はあまり好きではなく、そうなるくらいなら自分が少しだけ大変な思いをすればいい、というだけなのだ。

そのほんの少しする大変な思いだって、友だちが楽しそうな顔をしているのを見ればすぐに吹っ飛ぶわけだし、比較的に見て割にいい取引だとは思わないか? 俺は、少なくともそう思うわけで、だからこそ自分が少しの労力を払うことを厭うことはないのだ。

女の子を笑顔に出来るなら、いかなる労力も惜しんではならない。それは、晴子さんの教えで、俺が一番好きな言葉の一つだ。

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